10. 三度目の夢と確信
☆ ☆ ☆
「きゃーーーーーーーーーーーーー」
ドサッという鈍い音と叫び声が、庭園にまで響き渡った。
「リリアナは、どこ、だ?」
目線を上げると、従者に支えられているリリアナの姿が見えた。
良かった、と思った瞬間、胸部に激痛が走った。
錯乱状態の馬に、全身を踏みつけられている。
どこかの骨が折れる音がした、駄目だ起き上がることができない。
体をかわそうとすると、脇腹、腹部、背中と続けて踏みつけられる。
痛みと恐怖でもう体が動かせない。
このまま俺、死ぬのか?
愛するリリアナに裏切られ、すべてを捨てて新しい人生を歩もうと思っていた矢先に、なんだってんだ。
リリアナの泣き叫ぶ声が聞こえる、ああリリアナ、あんなに愛していたのに……。
ミレイア……そうだ、ミレイアは?
やっとの思いで目を開けると、リリアナの後ろで嫌悪感に歪むミレイアの顔が見えた。
馬に踏まれ続ける俺を、汚いものでも見るように目をそらす。
その前でリリアナは従者に体を抑えられている、顔は泣き崩れてぐしゃぐしゃだ。
ミレイア、なぜ俺は彼女を選ぼうとしたんだ?
いつから、こうなった?
最後までリリアナを信じようとしていたはずだったのに。
信じようとしてた?
ならば、なぜ疑念の思いを一度もリリアナに投げかけなかった?
なぜ最後に、リリアナの話を聞かなかったんだ?
お姉さまには言わないで
またいじめられてしまう……
わたしは大丈夫、おにいさま
いつものことだから……
おにいさまのことをずっと……
ミレイアの話だけを聞いて、不審に思いながらも心の中で積もり積もって……
確かめることさえせず、俺はなんてことを!
ああ、取り返しのつかないことをしてしまった……
俺は馬鹿だ! こんなにもリリアナを愛している!
間違いない、リリアナのことが好きでたまらない!
こんな思いのまま死にたくない!
嫌だ! 死にたくない!!
突然、目の前が真っ白な光に包まれた。
ああダメなのか、死ぬのか……。
もう、どこにも痛みを感じない。
上下さえ分からない真っ白な世界から、たくさんの羽が降りそそいでくる。
できることならやり直したい、俺はリリアナになんてひどいことを言ったんだ。
愛しているリリアナ、この想いを伝えたい、謝りたい……
死にたくない!
誰か助けてくれ! 誰か!
* * *
「誰かっ!」
自分の叫び声で飛び起きた。思わず激しく咳き込む。
顔も、胸も、足も、全身が引きちぎられたように痛む。
酷い汗をかいていて、全身にべったりと寝間着が張り付いていた。
……あれは夢なんかじゃない、俺は死んだんだ。
あの恐怖、痛み、そしてリリアナの声とミレイアの表情。
激しい後悔の思いと、最後に包まれた真っ白な光にたくさんの羽。
そういえば、この国の古い言い伝えで、神に仕えた者は悔恨の念が残ると記憶があるまま生まれ変わる、もしくは、同じ人生をやり直すことができると聞いたことがある。
ふと思い出す、ローデリック家は先祖に神子がいたということを。
もしやり直せた場合には、体のどこかに刻印が浮き出るらしい……
「刻印か……!」
汗で冷たくなった寝間着と下着を慌てて脱ぎ、鏡の前に立つ。
正面から見える箇所には、何ら変わったところは見受けられない。
手指の間、足の裏、内腿……自分で見られるところは全て確認した。
くそ、絶対にあるはずだ。
その時、ドアをノックする音がした。
「レイナード様、おはようございます。起きていらっしゃいますか?」
いつものように、クロードが声をかけながら入ってきた。
「あ……」
「おう、おはよう」
「……失礼いたします」
鏡の前に全裸で立っている姿を見て、クロードが後ずさるようにして部屋から出ていこうとする。
「あーーー待った待った!」
裸のままクロードに駆け寄る。
「きゃーやめてくださいませ、レイナード様ぁぁ」
両手で顔を覆いながら、クロードは部屋の隅に走っていった。
近寄ろうとすると、しっしっと野良犬のように手ではらわれた。
「ちょ、ひどいなあ、頼みごとがあるんだよ」
「なんだよ、いいからまず何か着ろ」
「いや、このままで」
「このままでって、裸で?」
「裸で!」
何か言いたげな顔で部屋の隅から離れないクロードに、さっき思い出したこの国の古い言い伝えの話をした。
「……だーかーらー絶対に死んだんだよ俺、やり直してるんだと思うんだ」
「あぁ」
「いままでの夢は過去の記憶だと思うんだよ」
「あぁ、で、その刻印とやらを探してほしいと」
「さすがクロード! 顔もいいが察しもいいな」
フンっと鼻で笑いながらこちらに近づき、頭の上から足先までぐるりと見る。
「鏡で見られるところは、自分で見たんだな、じゃあ後ろ向け」
肩を掴まれ、くるっと回される。
「あーあ、なんで朝っぱらから野郎の裸見なきゃいけないんだよー」
「俺とお前の仲じゃないか、裸なんて小さいころから見てるだろ」
「そうだけどさーこれ、生え際や耳の後ろにあったらわかりにくいよなあ、ちょっと見せろ」
そう言って後頭部を掴み、髪をかき上げた瞬間、「あ!」と声を上げた。
「まさかあったのか?」
「わからないが、これがそうかもしれない、待ってろ」
クロードはベッドサイドにある小さな棚の引き出しから、手鏡を取り出した。
姿見の前で合わせ鏡になるようにして、ゆっくりと俺の右耳を起こす。
鏡には耳の裏側の付け根が映り、そこには当家を守ると伝えられている鷹の羽が精巧に刻まれていた。
「あーーー絶対にこれだ!!」
「声がでかいって」
「だって、この羽は代々続くローデリック家の紋章と同じだろ、最後に降ってきた羽はやっぱりそうだったんだ」
「そうだけどまあ落ち着けって。俺はまだ正直半信半疑だよ、夢のことが不可解なのは承知だ、ただ、お前が死んでやり直してるとか意味が分からない」
まっすぐ目をそらさずに、クロードは言った。
確かに簡単に信じられるような話ではない、自分でも疑心暗鬼の中、突然言い伝えのことを思い出したのだから。
簡単に「間違いない」と言い切られても、納得できただろうか。
不安そうな俺の顔を見て、クロードは続ける。
「でも、そんな場所に誰かが細工ができると思えない。小さいのに細かくて、あまりに鮮明だ。何らかの意味があるものなのは間違いないだろう」
そう言いながらクローゼットまで進み、中から下着と衣服を取り出しはじめた。
「まあ、生き返ったかどうかはわからないが、レイの言うことは信用したいと思っている。昨晩は予知夢を見るようになったのではと思い始めていたんだ。だから、これからも力になれることがあったら何でも言ってほしいし、出来る限りのことはやるから」
「クロード!!」
思わず抱きつこうとすると、下着をグイっと押し付けられた。
「だーかーら、早く着ろ!」
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