9. 報告書
「以上が、カーティスの店裏口で起きたことでございます」
報告を終えたベイツが、一歩後ろに下がり頭を下げた。
久々に会ったベイツは、驚くほど身長が伸び、王室騎士隊隊員にも引けを取らないほど立派な体格をしていた。
「ありがとうベイツ、突然の頼みだったのに引き受けてくれて感謝している」
「過分のお褒めをいただき、恐縮に存じます」
グッと顎を引き、姿勢をさらに良くしてベイツは頭を下げた。
「いやいやそんなに硬くならなくていいよ、本当にありがとう、しかしクロードのとこに来てたあのちっさいのが、こんなに立派になってるとはなー」
俺の言葉にベイツはへへへと笑った。
身長はもう変わらないくらいだが、まだ少年の面立ちがあどけない。
「こいつさー準騎士学校の成績が優秀だったから、試験免除の飛び級で騎士学校に入学する事になったんだよ、それなのに剣の相手してくれとか言うんだぜ、絶対俺嫌だわー」
横にいるクロードが、憎まれ口をたたきながらも嬉しそうな表情をしている。
その横でベイツはまたへへへと笑っていた。
昨晩クロードの提案で、カーティスの店の見張りをベイツに依頼した。
期間は一週間、その間に怪しい者が現れなければ諦めようと話していたのだが、まさかの初日に依頼者であろう人物がカーティスの店を訪れた。
ベイツは、その人物が到着した時間、その時の様子、会話はもちろんのこと、口調の強弱や動きさえも詳細にまとめ上げていた。文字も書式も大変美しく、短時間で仕上げたとは思えない素晴らしい報告書だった。
もし、今日ベイツがカーティスの店に行っていなければ、このことはわからないままだったのか……。
クロードとベイツには感謝してもしきれない。
「さーてと、もう帰っていいぞベイツ、レイナードにしっかり挨拶しろよ」
ニコニコしているベイツの肩をぽんっと叩き、クロードが部屋の扉を開けた。
ベイツは言われるがまま廊下に出て、くるっとこちらに振り返って頭を下げた。
「ありがとうございました、ベイツ・リドリーまた来ます!」
「うるせー、おいなんだその挨拶は! あーもう、ありがとな」
もう一度ぺこりと頭を下げるベイツの背中を押し、クロードは一緒に部屋の外へ出て行った。
あークロードそんな急がなくてもいいのに、もっとお礼を言いたかった。
バイト代どころか、他にもなにかしてやりたいな。
そうだ、騎士学校への入学祝いをしなければ! うーん、あの頃って何が嬉しかったっけ。
悩んでいると扉が開き、クロードが部屋に戻ってきた。
「礼儀はまだまだだな、失礼を許してやってくれ」
「許すも何もこちらが頼みごとをしたんだ、感謝しかないよ。後でしっかりと礼をさせてくれ。それに俺たちだって数年前まであんな感じだったじゃないか」
「まあ、そうだな」
クロードは頷き、ベイツからの報告書を手に取って捲りはじめた。
「思ってたより早かったな……」
報告書を確認するクロードを見ながら、自然とため息が漏れる。
車軸に紋章か、フォルティス家の紋章は鳥の翼に大麦をあしらったシンプルだが美しい紋章だ。似た図案の紋章は他にないので見間違えることはないだろう。
あとは侍女風の女か、大柄で黒髪、フォルティス家では見かけたことがないな。
そして、馬車の中から聞こえた声……。
あのドレスのことを知っている、少女のような声、ミレイアなのか?
夢の中でミレイアは、リリアナがわざとドレスの色を合わせてきたと言っていた。
現実のリリアナは、ミレイアのドレスの色は知らなかった。
あの日、リリアナがローズピンクのドレスを受け取っていたら、そしてそのドレスでパーティに出席していたら、一体どんなことが起こっていたのだろうか。
あの来客の多さ、主役は妹であるミレイア、そこに同じ色のドレスを着た姉が登場したら?
それを見たミレイアが泣き出したりでもしたら?
才媛と名高い姉が美しい妹に嫌がらせをした、なんて噂が広がるのはあっという間だったはずだ。
恐ろしい、想像するだけで全身に嫌な汗をかいてしまう。
「レイ、大丈夫か?」
クロードに声をかけられ、ハッと我に返る。
いつの間にか、目の前にハーブティーが置かれていた。
「あぁ大丈夫だ、ありがとう」
答えながらも、また溜め息をついてしまう。
「しかしこれは……おかしな話だな……」
クロードが机の上に置いた報告書を、トントンと指でたたく。
そうだ、おかしな話だ。誰がリリアナを貶めようとしているんだ。
継母である侯爵夫人が考えたことなのか、ミレイアなのか。
どうすればいいのかがわからないが、やはり夢に糸口がある気がする。
「なあレイ、夢の話だが……」
そこまで言って、クロードは言いよどんだ。
「どうした?」
「いや、お前が最初に見た悪夢の事なん……」
クロードはまた黙ってしまった。
最初の夢か、あの夢はあまり思い返したくない。
なんたって馬に踏み殺されたんだ、思い出すだけでも恐怖と痛みが蘇る。
クロードは無言のまま飾り棚に向かい、引き出しから小さな革張りの手帳を取り出した。
「今覚えている夢の内容、思い出せるだけこの手帳に書き留めておいたほうがいいな、あと、これから見る夢も」
そう言って机の上に手帳を置いた。
「お前は予知夢だと思うのか?」
「そんなのわからない、ただ今回は危機を回避できただろ、書いておいても損はないと思うんだ」
確かにそうだ。
書き留めることで困るわけではないし、夢は忘れやすいから後々思い返すのに便利だろう。
急に見るようになったおかしな夢。
もしそれが、予知夢だとしたら、って、あれ? 予知夢だとしたら……!
「え! 俺死ぬじゃん!!」
クロードが肩をびくっと震わせた。
「声でっかいな! 驚かせるなよ!」
「いや、だって、死ぬんだぞ!」
思わずまた声が大きくなる。
さっきまで真剣な顔をしていたクロードが苦笑いをしている。
「レイ、今回のことは偶然かもしれない、でも、もしかしたら予知夢かもしれない。このままだとリリアナと結婚もできないうえに、馬に……」
「嫌だ!」
「だから声でっかいって、やめろ」
クロードは緊張の糸が切れたかのように笑い出し、その顔を見て釣られて笑ってしまった。
今まで張りつめていた体の力が抜けた気がする。
なぜか二人でそのまま大きく深呼吸をした。
「なあクロード、俺一人じゃ頭がおかしくなってたかもしれない」
「とりあえず今日はもう遅い、明日また考えよう」
「ああ、そうするよ」
クロードは机の上を手際よく片付け、扉の前に立ち、いつもどおりの美しいお辞儀をした。
「俺だって、レイが死ぬなんて嫌だからな」
最後にそう言って部屋を出て行った。
おいクロード、ちょっとキュンとしただろ。
はぁ……。
一人になった途端、急に疲れが襲ってきた。
眠るのが怖い気がするが、瞼が重くて目を開けていられない。
今日は夢を見るのだろうか。
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