5. ミレイア誕生会当日 1

雲一つない小春日和の朝だ。

昨晩は変な夢も見なかった、これだけで体が軽く感じる。

朝食を済ませて、午後から行われるミレイアの誕生パーティへ出向く準備をすすめる。


「しかし、ミレイア嬢は15歳になるんだろ、女性の一番華やかなパーティと言えば成人の16歳だというのに、なんでこんなに派手なのやるんだ?」

衣装の支度をしながら、クロードが呟く。


「んー確か、リリアナが結婚するから、姉妹であるうちに華やかなパーティをしたいとかいう理由だったはずだ」

「へぇ、女の子の気持ちはやっぱりわからないな」

「なにをこの色男が」

思わずそう言うと、クロードは子供の頃と同じ顔で笑った。


小さいころから兄弟のようにして育ったクロードは、男の俺から見てもかなり格好いい。

俺の髪色はこの地方に多い黒髪だが、クロードは淡褐色、そして琥珀色の瞳をしている。

身長も俺より少し高く、均整の取れた体格をしている。そのうえイケメンで皆に優しい、女性には特に優しい。


二人で剣術を習っていた時も、クロードのほうが呑み込みが早く、騎士団に誘われるほどだった。

彼なりにいろいろと努力をしているとは思うが、それを一切表に出すことをしない。

こんな良い男が長年の理解者であり親友だなんて、俺は本当に恵まれている、幸せ者だ。


無意識にうんうんと頷いていると、「はい、もうすぐ会えるんだからニヤニヤしない」と、サッシュを持ったクロードにからかわれた。


「リリアナの事じゃないよ、言わないけどな」

「はいはい、別にいいよ、でも夢のことはもう気にしてないみたいでよかったよ」

「気にはしてるさ、なんたって夢の日が今日だからな、早くパーティに行って現実は全く違うと確認したいよ、そうしたら夜寝るのが怖くなくなる」

「健闘を祈るよ、はい、終わりっと」

左胸に勲章をつけ終わったクロードが、俺の肩をポンっと叩いた。


さて、出発だ。



フォルティス家には、既にたくさんの人が集まっていた。

馬車庫はいっぱいで、中庭に馬車を通されているものも見かける。

たしかにクロードが言うように、特に節目でもない年齢の誕生会にしては、派手で招待客が多いな。


しかし、そんなことはどうでもいい。

今日はリリアナのドレスアップした姿を見られる、それだけが楽しみでここに来たようなものだ。

あの薄紫色のドレスを着たリリアナ、髪型はどんな感じだろう、何をしても絶対に可愛い!

あー早く姿を見たい。

正直、ミレイアには何となく会いたくない、顔を合わせる前に早くリリアナを迎えに行こう。


馬車を降りて入口に向かうと、執事のブラッツが笑顔で立っていた。


「これはこれはローデリック公爵閣下、お待ちしておりました」

「やあブラッツ、僕の姫君を迎えに来たよ」


ブラッツは頷きながら微笑んだ。


「リリアナお嬢様でございますね、お部屋で公爵閣下のことをお待ちしていると、侍女から伝言を受けております。その前に、ミレイアお嬢様にご挨拶されますか?」

そう言って、会場の中央に目線を移した。


ブラッツの目線を追うように、会場内を見回す。あまり見かけない若い子爵や伯爵の姿が多いようだ。


「いや、リリアナと一緒に挨拶するよ……あ」


雑然とする人混みの中から、突然、目の中に鮮やかなローズピンクが飛び込んできた。


あれは、ミレイアだ。


派手な飾りがついたローズピンクのドレス、胸元が大きく開き、白い肌が目に入る。

全身の毛がザワッと逆立った。


あれは夢と全く同じだ! どういうことだ⁉

くっそあのカーティスという職人、何故あんなにしつこかったんだ、ナール国のしきたりもわかっていたじゃないか! 嵌めようとしていたのか?

それに夢と同じドレス、いったいどうなっているんだ。

あまりのことに動けずにいると、ブラッツが不安そうな表情で、声をかけてきた。


「ローデリック公爵閣下、いかがなされましたか? ご気分でも優れませんか」

「あ、ああすまない、大丈夫だ。リリアナのところへ案内してくれ」

「かしこまりました、あちらの侍女に案内させます」


ブラッツが手を向けた侍女がこちらに気づき、向かって来ようとしたのを阻止するかのように速足で駆け寄る。

どうしてもミレイアに会ってはいけない気がした。

そのまま会場には一歩も入らず、侍女に導かれるまま廊下を歩いた。

リリアナの部屋は、中庭に続く廊下を抜けた場所にある、小さな別館だ。


リリアナの母親が病死した後、フォルティス侯爵は一年で現夫人を迎え入れ、すぐにミレイアが生まれた。

その際、体の弱かったミレイアの世話に手がかかるという理由で、リリアナの居住用に別館を作り、そこに住まわせたのだ。

外交の多い侯爵だったので、侯爵が屋敷に戻るとき以外は一緒に食事さえしなかったという。


一応は姉妹だというのに、行事の時にしか顔を合わすことがなく、ミレイアは自分が一人娘だと思っていたという噂さえあった。

リリアナとの交流が増えたのはミレイアが社交界デビューした一昨年前からで、二人の関係がぎこちない感じがするのは、そのせいだと言われている。

このことは社交界では公の秘密のようなものだった。


国一番の才媛と呼ばれるリリアナを邪険に扱う継母。

外交が多い侯爵のお金で派手な暮らしをしているせいもあり、侯爵夫人の評判は悪かった。

しかし、ミレイアが13歳になり、社交界に顔を見せるようになってから、徐々に侯爵夫人を悪く言うものは少なくなっていった。

俺にはわからないが、それだけミレイアは人を惹きつける何かがあるのだろう。


別館に着くころには、周りのざわめきが全く聞こえなくなっていた。

侍女がリリアナの部屋の扉をノックする。


「お嬢様、ローデリック公爵閣下がお出でになられました」


扉が開き、リリアナ付きの侍女メアリーが顔を出した。

「お待ちしておりました、どうぞお入りくださいませ」


部屋に通され、扉が閉まる。

リリアナの部屋は緑が多く、もうすぐ冬だというのに、まるで春のような爽やかな香りに包まれていた。

メアリーが声をかける前に、鏡に向かっていたリリアナがこちらを振り返り笑顔を見せた。


「リリアナ!」

思わず駆け寄って、ギュッと抱きしめる。


「レ、レイ!」

「ごめん、ちょっとこのままで」

リリアナが困っているのは分かるが、我慢ができなかった。

たっぷりとした榛色の髪が鼻先をくすぐる。

細い肩が不安そうにしているのがわかったので、抱きしめた腕をゆっくりと離した。


「どうなさったんです?」

俺の腕の中で、美しい深緑の瞳を一層深い色にしてリリアナが訊ねてきた、少し耳が赤くなっている。


「すまない、いつも美しいがそれ以上にまぶしくて、つい抱きしめてしまった」

「まぁ」


後ろでメアリーの声がした、振り返るとリリアナと同じく耳を赤くしていた。

「やあ、メアリー久しぶり、挨拶もせずに失礼したね」

メアリーは首をぶんぶんと横に振りながら「と、とんでもございません」と、顔を伏せた。


部屋の隅に、あのローズピンクのドレスが掛けてあるのが見えた。

この様子だと、ミレイアのことはリリアナもやはり知らないのだろう。


「リリアナ、その薄紫色のドレス、本当によく似合っている、あれにしなくてよかったよ」


ローズピンクのドレスがとても禍々しいものに見える。

さっき見たことを話したほうがいいのか……。


「ありがとう、私もとても気に入っています、レイのサッシュも素敵ですよ」

「うん、ありがとう。そういえば今朝はミレイアには会ったのかい?」

「今日は父が戻っているので本館で朝食を取ったんだけど、その時に少し顔を合わせたの、『今日のドレスは素敵だから楽しみにしていてね』と嬉しそうに言っていたわ」

「そうか……侯爵夫人は?」

「おかあさまは体調がすぐれないと朝食にはいらっしゃらなかったの、でもパーティには顔を出すそうよ」


どうも腑に落ちないことが多い。

夢ありきで考えるせいかもしれないが、誰かに嵌められるシナリオが組まれているように思えてしまう。

やはりリリアナには話すべきか。


「レイったら眉間にしわが寄っているわ、どうかしたの?」

「さっき、下でミレイアを見かけたんだ」

「あらそうなの、本日の主役はとても美しかったんじゃない?」

ふふふと、可愛らしく笑う。


「ちらっと見ただけで、話はしていないんだが……」


そうっとリリアナの耳元に口を近づける。


「派手なローズピンクのドレスを着ていたよ」


そう告げた俺の言葉に、リリアナはハッと息を吸い、目を真ん丸にして口を少しだけ開いたまま固まってしまった。

扉の横で、メアリーがこちらを気にしている。


「メアリーすまない、もう少しで話は終わるよ」そう声をかけ、リリアナに目を戻すと、部屋の隅にかけられているローズピンクのドレスをじっと見つめていた。

視線に気づいたのか、こちらに向き直りにっこりと微笑んだ、俺にはわかる、これは作り笑いだ。


「すみません、あの服職人の話を思い出していました……何か、手違いがあったのかもしれませんね」

「そうだな、俺もあの男の話を思い出していたよ。たしか侯爵夫人から直々に紹介された、カーティスという男だったか……」

続けようとしたとき、リリアナが小さく首を振った。


「いいんです、気にしないでおきましょう。だって私にはこんな素敵なドレスがあるんですもの! メアリーも大変似合っていると言ってくれて、本当にお気に入りなんです、ありがとうレイ」

「はい、今までのどのドレスよりも、お嬢様に似合われていると思います」


扉の横にいたメアリーが嬉しそうにリリアナを見つめ、俺に向かって一礼した。


そうだ、もう考えてもどうにもならない、それにこれ以上何かを言ったとしても、リリアナが悲しくなるだけな気がする。

既にパーティは始まっている、ドレスは万全だ。


「よし、では会場に向かおうか。こんなに美しいお姫様をエスコートできるなんて、本当に今日は素晴らしい日だ! さあ姫、お手をどうぞ」

そう言って腕を差し出すと、少しだけ目を細めたリリアナが「ありがとう、王子様」と、いたずらっぽく口の両端を上げ、そっと腕を組んだ。


誰が企んだことかはわからない、しかし、悪意が潜んでいるのは確かだ。

まずはミレイアがどんな反応をするか、見てやろうじゃないか。



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