6. ミレイア誕生日当日 2
会場がある広間に戻ると、一段と来客が増えているように感じた。
これ本当に誕生会か? 呼びすぎだろ。
あまりの人の多さに呆れてしまうが、顔に出さないようにしてミレイアを探した。
会場内でもにぎやかな中央テーブル付近で、同世代の公子達に囲まれるミレイアの姿があった。
こちらには全く気付いていない。一旦立ち止まり、深呼吸をする。
今、俺の横にいるリリアナは、とても美しく最高に可愛い、そして夢とは全く違う薄紫色のドレスを着ている。
会場の中央にいるミレイアは、俺が見た夢と全く同じ、ローズピンクの派手なドレスを着ている。
はぁ、夢のことを考えると不可解さが増すので、今は考えるのをやめにしよう。
周りを見渡すが、侯爵夫人の姿は見当たらない。フォルティス侯爵は、遠方から来た侯爵たちと貴賓室で歓談しているようだ。
さてミレイア、一体どんな表情をするのだろうか。
「なぁリリアナ、ミレイアに今から挨拶に行こうと思うんだが、少しだけ後ろに下がって付いてきてくれないか?」
「後ろ?」
「ああ、並んで行かず後ろに付いていてほしい、意味を聞かれると難しいのだが」
「……ええ大丈夫よ、わかったわ」
組んだ腕をスッと離し、リリアナは俺の数歩後ろに回った。彼女にも何か思うところはあるのだろう。
よし! 行くぞ。
人波を避け、中央テーブルに進む。
「失礼、今日の主役に挨拶したいのだが、いいかな?」
ミレイアの周りを取り巻いていた、公子達に声をかけると、一斉に一礼をして後ろに下がった。
「まあ! レイナードおにいさま!」
ミレイアは感嘆の声をあげてこちらを見た。
まだ婚姻式を済ませていないというのに、いつのまにか『おにいさま』と呼ぶようになっていた。
抱きつきそうな勢いで、両手を広げながらミレイアが近づいてくる。
いや、これは危ない抱き着かれるぞ。
慌てて胸に手を当て、挨拶するふりをして下を向き、伸ばしてきた腕をガードした。
行き場がなくなった真っ白で華奢な手は、さっと俺の肩に触れた。
「なんて素敵な薄紫色。流石ですわおにいさま、こんな綺麗な色を着こなせるなんて本当におしゃれでセンスがあります」
キラキラした瞳でまっすぐに見つめてくる。しか胸元の開いたドレスだ、15歳の誕生会によくこんなの許したな。
「ああ、ありがとう、君のドレスも大変美しいよ。来年成人を迎える前の大事な年だね、素敵な一年を過ごせるよう心から祈るよ、誕生日おめでとう」
「まあレイナードおにいさま、今日頂いた言葉の中で一番嬉しいわ」
こぼれそうな笑顔のまま、ずっと視線をはずさない。
何だろう、息苦しいというか、怖い、やっぱり苦手だ……。
「ところで、お姉さまにはお会いになりました?どこにいらっしゃるのかしら?」
長い金髪を後ろにはらい、首をかしげて、大げさに会場を見回す。
「あぁ、リリアナなら一緒に来ているよ」
そう言いながら一歩下がり、後ろにいるリリアナをエスコートして横に並ばせた。
その瞬間、ミレイアの目が大きく見開き、笑顔が消えた。
しかし一瞬の間に、またさっきと同じ笑顔に戻っていた。
「あら、お姉さま、いらっしゃってたんですね」
ミレイアは、リリアナの頭の先からつま先まで、瞬きもせずに目を落とし、その後はただドレスだけを見つめていた。
「ええ、先ほどレイナード公爵閣下と一緒に参りました。朝にもお話したけど、あらためて、お誕生日おめでとうミレイア」
「ありがとうお姉さま、そのドレス……」
ミレイアは言葉が続かないのか、そのまま口ごもってしまった。
笑顔ではあるが、視線はドレスにくぎ付けのままだ。
「ああ、このドレスかい?これは当家の職人に、私のサッシュと併せて用意させたものだよ」
「まあおにいさま、そうでしたの……二人とも仲がよろしいこと、羨ましいですわ」
「いやいや、これは急に私がプレゼントしたものなんだ。リリアナには夫人から用意されていたドレスがあったようだが、私のわがままでこれを着てもらいたくてね、だから夫人にお詫びしたいと思っていたところなんだが……」
ミレイアは少しうつむき、顔からは完全に笑顔が消えている。夫人の名前を出したことが効いたのだろうか。
少しの沈黙の後、顔をあげたミレイアは俺とリリアナを交互に見て口元だけで微笑んだ。
「お母様はきっと気にしませんわ、ごゆっくりしていってくださいねおにいさま、私、あちらにも挨拶してまいりますわね」
そう言ってローズピンクのドレスを翻し、簡単に礼をしたかと思うと、あっという間に騒ぎ立てている公子達の輪の中へ入っていった。
横にいるリリアナが、小さくため息をついた。
「本当にローズピンクでしたね、驚きました……」
それ以上は何も言わず、きゅっと唇を結ぶ。
「何かの手違いだと思っておこう、気分は大丈夫かい?」
「大丈夫です、本当にありがとうレイ、おかあさまのことも……」
「お礼なんていいよ、さあ、何か飲み物をもらってテラスに行こう、今日は風がとても気持ちいい日だ」
「ええ、そうね」
二人で喧騒から抜け出すようにテラスへと移動する。
秋も終わりだというのに暖かく、とても良い風が吹いていた。
リリアナはフェンスに手をかけ、遠くを見つめている。
半分だけ結い上げた髪が風に揺れ、美しい横顔がよく見える。こんな悲しい顔をさせてしまうなんて、一体誰が企んだことなのか。
ミレイアのあの態度を見ると、偶然や手違いとは考えられない、そう確信する。
あのドレス職人は、やけに侯爵夫人の紹介であることを主張していた、やはり夫人が仕掛けたことなのか?
しかし夢を信じるならば、ミレイアが嵌めようとしたようにも考えられる。
でも何のために?理由がわからない。
果実が浮かんだ飲み物を、リリアナに渡す。
「なあリリアナ、今日みたいなこと今までにもあったのかい?」
「……」
俺の目をじっと見つめ、小さく首を横に振った。
これ以上聞かないほうがいいのだろう、今までフォルティス家の良くない噂を耳にしたことはあったが、所詮噂だとあまり気に留めていなかった。
リリアナを早くここから連れ出したい、あと数カ月がもどかしい。
「そうか、気にしないでくれ、変なこと聞いてごめん。ところで昨日のお菓子、全部食べてないだろうね?」
「まあ、さすがの私も全部は食べてませんよ!せっかくのドレス着れなくなっちゃうと困りますもの」
そう言ってお腹を両手でぽんぽんと叩き、ドレスの裾をひらひらさせながら嬉しそうに笑った。
あぁ、リリアナ大好きだ、もう絶対に悲しい顔はさせたくない。
夢の中での泣き顔をまた思い出し、思わずリリアナを抱き寄せる。
「レイ!」
「ちょっとだけ」
「もう、人が見てますよ」
「いいよ、こんなに好きなんだし。俺はこれからずっと君を守るから、何かあったら必ず言ってほしい」
腕の中でリリアナは黙っている。
「あー結婚式が待ち遠しい、全部すっ飛ばして早く結婚したい」
リリアナは何度も頷き「飲み物がこぼれます!」と言って、腕から離れた。
頬と耳が真っ赤に染まっている。そして、小さな声で、「私も待ち遠しいです」と呟いた。
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