第2話 告白の行方

 二度あることは三度あるなんて諺があったりするわけだが、いやはや諺だからといって侮れない。

 二日連続で恋愛に関することで打ちのめされた私はまさか今日は大丈夫だろうと思い、登校していると背後から私を呼ぶ聞き馴染みのある声がした。

「この時間に一緒になるの珍しいね」という声とともに幼馴染みである美樹みきが隣に並んだ。

 昔は私と同じように目立たない容貌だったのに、いつからか派手な見た目に変わっていた。喋り方も変わり、昔の姿はどこへ行ったのかと思うけど、こうして普通に話しかけてきてくれるのは変わってなかった。

「おはよう。私がちょっと家出るの遅かったからね。美樹はいつもこの時間?」

 考え事をしていたせいか、昨日はあまりよく眠れずに寝坊してしまい、遅刻ぎりぎりの時間になってしまったのだが、美樹は「うん。いつもこのくらいだよ」と、気にした素振りもなかった。

 小学生の頃は一緒に登校していたのになんて感慨にふけていると「財部に告白したらしいじゃん」という爆弾が飛んできた。

「な、何で知ってるの⁉」

 隣のクラスである美樹の耳にまでその情報が入っていることに驚いた。人の口に戸は立てられぬというやつか。

「財部が告られたっていじられてるのを見かけた」

 私の知らないところで私の告白が話題に……!

 それもいじられてたって……絶対馬鹿にされてるじゃん。

 財部くんが私の悪口を言っていると思うとため息が出た。

「ん? 何か勘違いしてるかもだから言っとくけど、財部は柚子のこと悪く言ってなかったよ」

「あたしが聞いた限りはね」私の感情の機微をすくい取ってくれるところは昔から変わらないなと嬉しく思う。

「え、じゃあどんな感じだったかな……?」

 止めておけばいいものを興味本位で知りたくなってしまうのは私の悪いところだとは承知の上で訊く。

「別に大したことは言ってないよ」と言って、少し間を空けてから話してくれた。

「財部に対して財部の友達がいじってたのを財部は『彼女に悪いから止めなよ』って言ってくれてたね」

 あんな変な告白をした私を馬鹿にするでもなく、気を遣ってくれてる? なんて優しいんだ!

 単純な私は、その事実だけで嬉しくなった。

 ため息を吐いていた私とは打って変わって、上機嫌になったのを見て、美樹は「良い人を好きになったじゃん」と言った。

 自分の好きな人を褒められるのは自分を褒められるよりも嬉しく、ニヤニヤしながら「だよね」と返答する。

「でも何でそんな人に脚を舐めたいとか言っちゃうかな」

 さっきの私とは違う、呆れから出るため息が美樹から漏れる。

 急に現実に引き戻された感覚に陥った。そうだ。財部くんの優しさに感動している場合じゃない。それどころか、その優しさに付け込んで変なことを言う私って最低なのでは?

 さっきまでの幸せな気持ちが嘘のようにしぼんでいくのを感じる。

 昨日、葉子の話を聞いたときや梨花と話したときには本音を話して付き合いたいと思っていたが、本当にそれでいいのだろうか。

 現に本音を言った結果、私は振られたのだ。それどころか財部くんに気を遣わせる始末。そこまでして貫き通すべきものなのか。

 そんな私の考えを察したのか。美樹が口を開く。

「あたしが柚子が脚フェチだって知ったのは中学のときだけど、その頃から本当に変わらないよね」

 馬鹿にするでもない笑顔で話す美樹はやはり容貌が変わっても私の知っている美樹であった。

「その真っ直ぐで、正直で、純粋なところあたしは好きだけど、今回みたいに悪いほうに向かっちゃうと損だよね」

「損?」

「うん。だって柚子は本当に良い子なのに、たった一つの言葉で評価が一変しちゃうじゃん。それってもったいないよ」

 私自身、自分が良い子かどうかはわからないけれど、それでも自分の度が過ぎた脚フェチのせいで損をしていると言われればそうなのかもしれないとは思う。

「私、変わらなきゃね」

 呟くように言った私の言葉に「だね」と言って微笑みかける美樹。

「それか、変わらずに居続けるかどっちかだね」

 変わる決心をしかけた私は思わぬ選択肢を与えられ、素っ頓狂な声を上げてしまった。

「変わらない⁉ 何で⁉ それじゃあ今までと同じことの繰り返しになっちゃうよ!」

「かもしれないね。でも、いつかありのままの柚子を好きになってくれる人が現れるかもよ」

 そう言われればそうなのだが……。

「柚子の信じた恋愛をしなよ。無理に変わってもそれは結局無理をしてるってことなんだから仮にそれで付き合えたとしてもすぐに終わっちゃうよ」

 戸惑っている私を見て物理的にではなく、精神的に背中を押してくれた美樹。

「変わるか、変わらないか」

 咀嚼するように言葉を繰り返す。

 おそらく、どちらも間違っていないのだろう。要は好みの問題だ。

 私がしたい恋愛は…………。

 熟考している間に学校が見えてきた。周囲の学生たちの喧騒が聞こえる。

 その喧騒に紛れるように「決めた」決心を口にする。

「私、もう一度財部くんに告白してみる」

 それを聞いた美樹は嬉しそうに「そっか。頑張れよ」と言って、今度は物理的に背中を押した。

「うん。今度は、今度こそは、悔いの残らない告白にしてみせる」


 持つべきものは幼馴染みというやつか。美樹が示してくれた道標は私にとって僥倖だった。

 今日、たまたま遅い時間に家を出たおかげで、美樹と会い、助言をもらった。

 それを活かさない手はなかった。

 そして今日もまた、放課後に私の家で梨花にことの顛末を話す。

「へー、そうなんだ」

「あれ? なんか反応薄くない?」

 興味が無さそうというか、面白くなさそうに答える梨花にたじろぐ。

「反応が薄いというか、今日の話はその幼馴染みさんに助言をもらったってだけの話でしょ? それに対して私があーだこーだ言ったらケチつけてるみたいじゃん」

 美樹と面識のない梨花は『幼馴染みさん』という呼称を使う。普通に名前で言えばいいのに。

「まあそうかもしれないけど、もっとなんかこう、さあ。親友として何か、みたいな」

 美樹から助言をもらっておきながら梨花からももらおうとするのは図々し過ぎるのだろうか。梨花もそう思っているから口数が少ないのか。

「もう一回告白するって決めたなら、もう私には頑張ってとしか言いようがないしな。それにここで私が幼馴染みさんとぎゃくのこと言ったら困るでしょ?」

「確かに」

「ほら。ならやっぱり私から贈る言葉は頑張ってだよ」

 美樹と同じように背中を押してくれた。どうせなら脚で押してほしかったが黙っておいた。


 今までの流れでいくと翌日、なんてことになりそうだがそうではない。

 さすがにそれだと再度告白するのに期間が短すぎるため、告白してからちょうど一ヶ月後の今日、告白する。

 それでもまだ期間が短いのかもしれないが、そんなことを気にしていたらどんどん先延ばしになって結局うやむやになってしまうのが怖かった。

 この一ヶ月の間に幾度も脳内シミュレーションをした。

 結果は全敗!

 人間が想像できることは、必ず実現できるなんて言葉があるが、それで言うと、想像ですら成功しない告白が現実で成功するとは思えなかった。

 でもやる。

 やると決めたから、ではない。これはけじめだ。

 ちゃんと告白してちゃんと振られようなんて心持ちでもない。

 そうこれは理屈ではない。

 だって恋に理由なんてないのだから。

 前回と同じ場所に財部くんを呼ぶ。この間みたく、上から誰かが見ているかもとかそんなことはどうでもいい。見るなら見るがいいさ。私が盛大に振られるところをな!

 見えぬ観衆に心の中で啖呵を切っていると、財部くんがこちらに向かって来るのが見えた。

 私くらいになれば、制服の上からでもきれいな脚が見える。ああ、美しい。

手橋てばしさん、遅くなってごめんね」

 こちらが呼び出したのに謝罪から入る財部くんにますます好きが高まる。この苗字呼びだけでも変えられたらいいな。

「ううん。こっちこそいきなり呼び出してごめんね」

 沈黙。

 私より頭一個分高い所から感じる彼の視線が私の緊張を高める。

 心臓の鼓動が速い。なんなら前回よりも緊張している気がする。普通、二回目のほうが緊張しないのではないのか。

 手に湧き出した汗を袖を握りしめることによって何とか緩和する。

 いつまでもこうしていては埒が明かない。彼だって、私が何か言わないことにはどうしようもないだろう。告白は勢い!

「この間のこと憶えてる?」

「う、うん。憶えてるよ」

「もう一回していい?」

 ここに呼び出された時点で薄々勘づいていたのか。私の言葉にひと呼吸置いて「いいよ」と答える。

 ここからは私の喜劇にもならない劇の幕開けだ。

「まず最初に、この間はごめんなさい」

 深く頭を下げる。

 それを見て慌てて「え、何が何が。とりあえず頭上げて」と、言ってくれる優しさに感謝しつつ、頭を上げる。

「いや、この間はいきなり脚を舐めたいとか言ったじゃん? あれってよくよく考えたら気持ち悪いこと言ったなと思って」

 よくよく考えなくても気持ち悪いだろ、と言われないのが新鮮だった。

「それであの後色々考えてみたんだけどさ……私、やっぱり財部くんの脚を舐めたい!」

 まさか今の流れでそうなるとは思っていなかったらしく、面を食らっていた。

「気持ち悪いと思われても仕方ないし、変な女だと思われても何も言い返せない。でも、やっぱり私は自分の気持ちに、言葉に正直でいたい」

 明らかにおかしなことを言っているのはわかっている。それでも私は本気だ。

 真っ直ぐに彼を見つめる。

 彼は前回同様、困ったような感じだったが前回とは違う私の熱意に気付いたのか。彼も真剣な表情になった。

「みんな、人を好きになるのは何かしらの理由があって、それを表に出さなかったり、さり気なく出していったりするものなんだと思う。でも私は正直に言いたい」

 口が乾く。

「私は脚フェチで、財部くんの脚も好きで舐めたいとか正直思ってる」

 引いているのだろうなと思いつつ続ける。

「でももちろん他にも好きなところはある。こうやって私の話を嫌がらずに聞いてくれる優しさだったり、脚だったり脚だったり……」

「脚ばっかじゃん」

 真剣に聞いてくれていたが、さすがに堪えきれなかったようで破顔一笑しながら突っ込んでくれた。

「そんなことないよ! でもいざ言葉にするとなると、なかなか難しくて」

 慌てて弁解すると「そっか」と言葉を繋ぐ。

「手橋さんって面白いね」

 思わぬ言葉に「え?」間抜けな声が出てしまった。

「僕も何回か告白されたことあるけど、手橋さんみたいに馬鹿正直に言う人初めて見た」

 やっぱりモテそうだもんな。そりゃ告白くらいされるわ。うんうんと頷く。

「だから一旦友達で良くない?」

 意外な提案に、またもや「え?」間抜けな声で反応する。

「友達。付き合う付き合わないは置いといてさ、手橋さん面白いから普通に友達になりたいよ」

 これは遠回しに断られている気もするけど、友達……!

「うん! 私も財部くんと友達になりたい!」

 今時というか、いつの時代だってこんな形式張って友達になる人なんかいないであろうやり方で奇しくも友達になった。なったのか?

「じゃあさじゃあさ! 友達記念に脚を舐めさせて!」

「そんな友達はいないよ?」

 つれないことを言う。私の脚は私の物。友達の脚は私の物だぞ?

 なんてここでがっついて本当に嫌われてしまったら元も子もないので、ここはぐっと我慢する。

 男女の友情は成立するのかなんて議題がしばしば挙がることに私は特にどっちの立場でもないけども、もしも成立しないのであれば、この関係はまだ諦めるには早いということなのかな。

 失恋、という言葉は好きではない。

 何が失った恋だ。こちとら何も失ったつもりはないぞ。それどころか得られたもののほうが多いくらいだ。

 それはまだ私が完全に振られたと思っていないからそう感じているだけかもしれないが、とにかく何も失っていないんだ。

 これから失うことがないように私は財部くんの脚を舐められる……ではなく、付き合えるよう頑張っていこうと思う。

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脚を舐めたいだけなのに 高梯子 旧弥 @y-n_k-k-y-m

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