脚を舐めたいだけなのに
高梯子 旧弥
第1話 告白失敗
「……好きです! 脚を舐めさせてください!」
告白。人生においての大きなイベントの一つ。私はこの日が来るのをどきどきしながら待っていた。
私は下げていた頭を戻し、彼のほうを見遣った。
うわ、絵に描いたような引き方をしてる。
え、嘘でしょ? 告白されて引かれるって私そんな変な女なの? いや、わかったぞ。彼はモテそうな雰囲気の割に告白されるのは初めてで戸惑っているんだな。それで微妙な反応をしてしまったんだ。そうだそうに違いない。
頭の中で自己完結していると、彼は戸惑いながらも口を開いた。
「えっと、告白でいいのかな? これ?」
ほらやっぱり告白され慣れてないんだ。告白であることすら理解できていないじゃないか。しょうがない。ここは私がリードしてあげよう。
私はできる限りの満面の笑みで「うん」とさわやかに答えた。
ここまですれば理解できるだろうと思ったのだが、なぜか彼はより一層困ったような表情になってしまった。
どうしたのだろう。何も私だって確実に受け入れてもらえるなんて思ってないどころか、断られる確率のほうが高いだろうと思っているので、無理なら断ってくれればいいのに。
二人の間に沈黙が流れる。
しかし、この沈黙も彼となら悪くないと思っている自分が居た。
が、彼は沈黙してしまうのが苦手なのか。一回、大きく深呼吸をして言葉を発した。
「ごめんね、ちょっと無理かな」
ですよね。
「いや、それは
私はその日、一緒に下校した親友の
「そもそも脚を舐めさせてって何?」
「え、それはもちろん好きって意味だけど」
「伝わらないよ?」
肩を竦めて欧米人のような反応をする梨花。
私なりの愛情表現だった旨を伝えたら「それじゃあただの変態だよ」なんて心外なことを言われた。
「そうなの⁉ だって告白って好きを伝えることでしょ? なら、具体的にどこを好きになったか言ったほうがいいかなって」
「別に具体的にどこを好きになったかは言わなくていいんじゃないかな。そういうのって付き合ってから言うんじゃない?」
そうなのか。私はてっきりどこが好きなのか言ってあげたほうが告白された側は安心するのかと思った。
学生の恋愛なんて好きでもないのにとりあえず付き合うなんてこともままあるのだから、私は本気だよというのを知ってもらおうと思っていたが必要ないのか。
「まあ柚子ちゃんの言ってることが間違ってるわけではないんだよ」
「ただ」言葉を一回区切る。私のベッドに座っている梨花の脚がブランコのように揺れる。
「好きなところを言うにしても言い方がきもい」
めちゃくちゃはっきり言うじゃん。
傷つくぞ?
「脚が好きって言うならそんなに駄目じゃないと思うけど、脚を舐めたいは変態だよ。何でそんな言い方をしたの?」
親友からの二度目の変態発言にダメージを負いながらも何とか正気を保つ。
「だって普通に言ったんじゃインパクト弱いかなって」
「強すぎだよ」
間、髪を容れずに言葉を挟み込む梨花に気圧される。
「柚子ちゃんは出会ったときから変わった子だなとは思ってたけど、まさかこんなに変わってるとは」
高校入学して私たちは一年生のとき、そして二年生となった今も同じクラスに属している。
しかしまさかそんな呆れられるとは……。
「え、じゃあじゃあどうすればいいのかな⁉」
藁にも縋るならぬ、脚にも縋りながら訊くと「脚成分を私で補完しないで」と、払われた。
ち、ばれたか。
「うーん、言うて私も告白したことないからよくわからないんだよね。明日クラスの誰かに訊いてみれば?」
名案だ!
私の通っている高校は、決して頭が悪い所ではないが、特段良くもない。中の上くらいの偏差値に位置している。
頭の良し悪しで恋愛の何かが変わるのかはわからないが、もしも変わるのだとしたら同じ学校に通っている子に訊いても私と大差ないのではないかという疑問を持ちながら登校する。
教卓の目の前という立地の悪い席に着き、かばんから物を取り出していると「おはよう」という声が前から降ってきた。
声のするほうを見遣る。そこには友達と言っていいのか微妙なラインのクラスメイト
いけいけな陽キャみたいな性格なのに、黒髪ロングで、制服も着崩していない実は真面目な子という印象の葉子。
そんな子とあまり目立たない人間である私が時たま一緒に居るのは少し不思議な感じがした。
「柚子、財部に告ったの?」
「大きな声で言わないで!」
制止する私の声が何よりも大きく、逆に目立ってしまった。私は自分のことを棚に上げながら口チャックのジェスチャーをしつつ、廊下へ出るよう促した。
ちらほらとクラスメイトの視線を感じながら教室を出て、ひとけの少ない階段まで葉子を連れて行く。
「誰から聞いたの」
人が居ないのを確認してから小さな声で訊ねる。葉子もそれに倣って小さな声で話す。「昨日、柚子が校舎裏で財部に告ってるの非常階段から見てたんだよね」
周りに誰も居ないのを確認したつもりだったが、まさか上から見られていたとは。
「で、そのときに好きですの後になかなか耳を疑うような言葉が聞こえたんだけど、あれは何?」
やっぱりそうか。そうだよね。告白見てたってことはそれも聞いてるよね。
私は昨日、梨花に打ちのめされたことは一旦忘れて切り出す。
「いやー、何と言いますか。はい。簡単に言うと、脚を舐めたいなって」
「きも」
ですよね。昨日の今日だからわかってました。はい。
折れそうな心をイメージした理想の脚で支える。そうさ。人は脚によって支えられているのさ。
「昨日のはちょっとした手違いだから気にしないで。そういえば葉子は彼氏いるよね? 葉子から告白したの?」
これ以上傷を抉られる前に話を逸らす。それに実際に恋人がいる人の話を聞けるのは、今後私が告白するうえで何か参考になるかもしれないという期待がないでもなかった。
「告白ってほど形式張ったものではなかったけど、一応あたしからしたよ」
告白をして、それが実ったという話は告白をし、失敗した私からすれば、先を行かれた感じがして少し悔しかった。
「どんな感じで告白したの?」
成功者の話を参考にするというのは自己啓発本を読むこととほぼ同義だろう。まあ、ああいう本は書くのは本人じゃなくて別のライターの場合がほとんどらしいけど。
「うんっと、デートしてるときに会話の中でさり気なく付き合っちゃおっかみたいな感じで言ったかな」
デート! 付き合う前からデートするという驚きと会話の中に告白を混ぜる技量に対する驚き両方が私の中で渦巻いた。
しかしそんなことはおくびにも出さずに訊ねる。
「へー、そうなんだ。そういえば葉子の彼氏ってどんな人?」
「バイト先の先輩の大学生」
年上! 女性のほうが精神年齢が高いと言われるからなのか。どうにも女って生き物は年上好きが多い気がする。
私は同級生のほうが私らしく居られる気がしていいのだが。
「どうしてその人を選んだの?」
「うーん、お金があるから?」
え、そんな理由で付き合うの?
付け加えるように、有名な私立大に通っているという情報をくれたが、それもまた私からすれば『そんな理由』という類のものであった。
「……えっと、お金ってそんなに重要?」
おそるおそる訊くと「重要というか、それが目当てで付き合ってるところもあるかな」という信じ難い返答だった。
「え、でもでも好きでもない人とデートとかしても楽しくなくない?」
「一緒に出掛ければご飯奢ってくれるし、物買ってくれたりするし、とりあえず良いかなって」
いやいや、良くないでしょ! お金や物が欲しいだけじゃん! そんな乞食みたいな恋愛で良いの⁉ なんて言葉を吐けるわけもなく「まあ付き合ってから好きになる場合もあるもんね」なんて月並みな言葉しか言えなかった。
「柚子のさ、正直に言い過ぎちゃうところも長所なのかもしれないけど、男が欲しいんだったら本音と建て前をうまく使い分けたほうが良いよ」
葉子の言わんとしていることは理解できる。けど、納得しているわけではない。
葉子のように本音を隠して告白すれば、成功率は上がるのだろう。ただ付き合いたいだけならそれもいいのかもしれない。でも、本心を言わせてもらえば、私はそうはなりたくなかった。
理想論かもしれないけれど、本音を隠さずちゃんと言って付き合いたい。だからこそ私は告白のときに脚を舐めたいなどということまで包み隠さず言ったのだ。
それでも現実は悲しいことに、脚を舐めたいという本音を言った告白よりも、お金のためという本音を隠した告白のほうが実るのである。
もちろん、他にも要因はあるだろうが、こと告白においては好き以外の本音は隠したほうがいいのだろう。
鳴り響くチャイムの音の中に葉子の「戻ろっか」という声が混じり、私の鼓膜を揺さぶった。
今日は一日葉子の言っていたことを脳内で咀嚼していた。
お金もぐもぐ。学歴もぐもぐ。本音もぐもぐ。建て前もぐもぐ。
注意力散漫な私に気付いた梨花が「何かあった?」と訊ねてくれたので昨日と同様、私の部屋にて、ことの顛末を話した。
「葉子がそんなことを」
話を聞き終えた梨花が昨日と同じく私のベッドに座りながら相槌を打つ。
「そうなの! 確かに私もおかしいのかもしれないけど、葉子もおかしくない?」
興奮して喋る私に「落ち着いて」と、両手で制止のポーズをする梨花。まるで餌を前にした犬のようになっていた私は大人しく「うん」と言って犬らしく脚に頬擦りをしようとして「止めて」と蹴りを繰り出される。
一瞬、喰らうのも有りかと思ったが、防衛反応が働いたのか。避けてしまった。残念。
「柚子の言いたいことはわかるよ。私だってどちらかと言えば、柚子のほうがちゃんとした恋愛な気がするもん」
「でも、葉子の恋愛も否定はできないかな。だって誰も不幸せになってないし」
「え、葉子の彼氏は不幸せじゃない? だって葉子は彼氏のこと好きではないんだよ」
「でもそれを彼氏は知らない。なら付き合えてるわけだから幸せなんじゃない?」
理屈ではそうなのかもしれない。でも、それを簡単に認めてしまうと、恋愛に好きという感情はいらなくなるのでは?
そう伝えると「うーん、どちらかって言うと、嫌いや苦手という感情が無ければ付き合えるって感じじゃないかな」という持論を展開する。
その後、補足のように「極論だけどね」という付け足しをしたのを聞いて「そういう考えもあるんだね」と返すので精一杯だった。
知らなければ好かれてなくとも幸せ。そんな形の恋愛を未だ理解できずにいた。
私の狼狽える姿に見かねてなのかはわからないが、梨花が近付いて来て「私も柚子と一緒でちゃんと私のことを好きな人が好きだもん」と言って、頭を撫でた。
その行動が嬉しくなり、狼狽えた私は狼のように脚を擦ろうとして「だから止めてって」と怒られた。
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