第8話 『Heaven Hawaii』
ピクシーにコインをあげたことで、完全な安全地帯となったガソリンスタンド。そこで一夜を明かした茂利とヒナであったが、翌日に例の巨大な機械兵器が目の前を通り過ぎた。
それだけならそこにとどまっていれば、何の問題もなかったのだが、敵の行軍の陰にヒナの友軍からの救援信号をヒナがキャッチした。
やや茂利としては冒険じみた救出に乗り出し、ヒナのサポートもあって第二部隊の斥候長のモモを救出することに成功した。
満身創痍の状態でたどり着いたモモに、ひとまず食事を与えて、そのままシャワーを浴びさせる。その間にヒナは、モモのスーツの修復をしていた。
手持無沙汰の茂利は、ヒナが手早くスーツを修復するさまを見ていた。
「さすが斥候個体、スーツのダメージも最小限にとどまってるわね」
「脱ぐとダイバースーツみたいなのに戻るのか……こう見ると破けてるところが多いんだな」
「スーツの情報因子が破損個所のフィードバックをしきれなくなって、こうなるのよ」
茂利の感想に、ヒナがそう答える。そろそろ茂利はちょくちょく出てくるキーワード、情報因子というものが気になっていた。
「あのさ、答えられればでいいんだけど……情報因子って何?」
「あなたの世界観でわかりやすくいうなら……生体でいえば魔力、備品などでいうなら耐久力みたいなものかしら?」
「なるほどなぁ」
「最も、人体や情報素生体における情報因子については、未だ解明されていないところが多いのだけどもね」
ヒナがそう答え、茂利の反応を見ながらそう続ける。ヒナ曰く、情報素生体が社会に出てからの歴史は数千年に及ぶらしいが、まだまだ未知の部分やブラックボックスじみたものが多いらしい。
その話の中で、茂利は彼女たちが妊娠できないとの情報を得た。中国三千年に迫る歴史の中、情報素生体は有史から女性の姿で設計されてきた。その過程で、妊娠機能はオミットされたという。その後ブラックボックス化したのか、それが解除ができず出産した事例も無いらしい。
「私たちは遺伝子提供者と、過去の個体を掛け合わせて製造される。そしてその中で情報因子の操作に長けた個体が生まれると、私のような情報巫女として指揮官教育を受けるのよね」
「……あの、ヒナさん?結構機密をざっくばらんに広げてませんか??」
「え?このあたりは私たちの世界の常識だし、男性の教育カリキュラムでも触れる内容だから大丈夫よ」
もしかしたら知ってはいけない内容を知り、この後幽閉されてしまうのではと恐れた茂利に、ヒナが何食わぬ顔で答えた。
「ふう、生き返ったっす~。救助重ねてありがとうございます!」
「!?」
茂利たちがやり取りをしているうちに、シャワーを終えたモモが階段を下りてきた。
モモの姿をみて、茂利は顔をすぐさまそむけた。彼女はバスタオルで身体を覆っておらず、生まれたままの姿でいたのだ。
「モモ、すまない!!せめてバスタオルをまいて身体を隠してくれ!!」
「ほぇ??」
真っ赤な顔で、必死に顔をそむける茂利を不思議そうな顔でモモが見る。
「モモ、言う通りにしてあげて頂戴。茂利は違う世界の男性なのだから、私たちの間隔でいたらだめよ」
「わかりました」
「あ、スーツの修復にもう少しかかるから、避難用品にある衣類を今日は使って頂戴」
ヒナからそう諭されたモモがバスタオルを巻くと、ヒナから指示を受けて目の前にあるTシャツと短パンを手に取った。
裸じゃなくなったが、ノーブラにTシャツ……。さらにモモはヒナと違って、プロポーションのいい女性であった。茂利にはこれでも目の毒である。
彼女の大きな胸で強調される、何気ないTシャツの文字『Heaven Hawaii』はまさに天国のような柔らかな二つの実を隠している事がわかる。
『おれもオッサンだなあ……下ネタが浮かんでしまう』
邪念を振り払うためにも、茂利は頭を会議モードに切り替える。
「えーっと、そろそろ情報のすり合わせいいか?」
「スーツはながら作業でできるから、こっちは問題ないわ」
「あ、風呂上りなので飲み物が欲しいっす。人数分もってきますね」
モモが地下の食糧庫に駆け出して、人数分のお茶を持ってくる。暑いこの時期にぴったり、会議にもバッチリの代物だ。
「はいどうぞ~」
「サンキュー」
「ありがとう」
二人がモモからペットボトルの緑茶を受け取ると、とりあえず軽く口を潤す。
「えーっと……自分から話した方がいいっすよね?」
「そうね、お願いするわ」
「じゃあ、自分たち第二部隊は情報巫女のミノリ姉……ミノリらとともに、この町の南区というあたりに転移しました」
モモがこれまでの経緯を話そうとする。地理をヒナに把握させるため、茂利がスタンドの備品である地図帳を手に取りすぐページを開いた。
「どのあたりだ?」
「ええっと……あ、この藻岩ってところです」
「真駒内に近い……自衛隊の施設や宿舎があるな確か」
「ここで転移予定地と違う事に気付いた我々は、周辺の把握と共に後続の第三部隊らが来ない事に備えたのでありますが……」
札幌については茂利のが土地勘がある。モモから第二部隊の展開の動きを地図上で刺してもらい、茂利がヒナに補足していく。最も、地図をみればヒナならすぐに情報を把握しそうであったが、スーツの修復もしている。
よって彼女から何か言われない限り、茂利がモモと話す形でヒナに状況を伝える形式になる。
「まず、真駒内地域や自衛隊関連施設には、情報操作による強力な妨害フィールドが展開されており入れませんでした」
「……周囲に俺のような現地人……その様子だといるわけがないか……」
「……あたりであります」
とりあえず、災害や有事に動いてくれる組織が軒並み機能しない状態。茂利のような現地人はいない、その事実が茂利の心をえぐる。
「続けるであります。そしてこのまま、斥候を各地に展開しながら拠点を当初の藻岩に構えたのですが……そこで敵の襲撃にあいました」
「あの巨大兵器の奴で間違いないな?」
「ちょうど中央区に自分はいたのですが、最後の通信だと……。藻岩を蹂躙した後、そのまま中央区へ向かったようです」
「なるほど……」
とりあえず、他に敵対組織がいるわけじゃなさそうな事がプラスな材料だろう。茂利がとりあえず、スーツの修繕をしているヒナを見る。
「モモ、あなたがダメージを負ったという事は、あなたも遭遇したのよね?よくここまで逃げ切れたわね」
「実は敵を突破してすぐに、地下に潜り気配の少ない方向……勘を頼りにここまできたであります」
「地下歩行空間か!よく無事だったな!」
ヒナの問いにモモが答える。そうすると茂利がすぐに納得して、ヒナに地下歩行空間の位置を地図でヒナに説明する。
「地下は奴らが通っても崩落もしませんでしたね、モンスターも何故か入ってきませんでしたよ」
「えぇ……」
「地下歩行空間ね……」
茂利からしたら耐震こそしっかりしているだろうが、それでもあれだけの重量物が動いて砲弾を撃っていたのだ。だから地下歩行空間が無事である事に、驚きを隠せなかった。
ヒナはヒナで、モンスターや敵が地下を把握しようとしていないことに何か思うところがあるようだ。
「そういえば、第二部隊は斥候部隊の展開まではできたのよね?ほかに敵の情報は入ってきていないかしら?」
スーツの修繕を終えて、ヒナがモモに手渡すと彼女にそう問いかけた。
「私たち第三部隊は到着と同時にあれに出くわしてね、あと茂利とも。だから展開前に壊滅したのよ」
「そうでしたか……第三部隊の助力が得られればと思ったのですが……」
「そういう事は、他にもある程度の情報があるのね?」
茂利がびくりとする。ヒナのまとう空気が変わった気がしたのだ。
「……」
「もう昼時だ、軽く腹に何か入れてから話さないか?」
話ずらそうにするモモに、茂利が見かねて助け船をだす。ただ、これは彼自身のためでもある。
何を聞かされるかわかったものじゃない、下手すればこの後まともに食欲が無くなる可能性もあったのだ。
「そうね、日持ちしないものを持ってくるわ……」
「あ、じゃあテーブルを片すっすね」
表情を変えないまま、地下室へヒナが下りていった。茂利はとりあえず地図を一旦戻し、布巾を持ってきたモモとすれ違った。
すれ違いざまに、小さくモモに『ありがとう』と言われたのは、彼女も話にくい内容だったのだろう。茂利の提案を配慮として彼女は受け取ったのだった。
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