第23話「カオスドラゴン」
俺はその場でうずくまり、麻痺にかかったフリをする。
「カール。早いとこ縄で縛り上げろ」
「その女はどうするんだ?」
「こいつは奴隷商人に売る必要ないだろ。俺たちで楽しむだけさ」
下劣な笑みを浮かべる剣士。だが、彼のズボンがふいにずり落ちる。さきほどティリーがベルトを抜いて、布に切れ目を入れておいたのだ。
その隙を逃さなかったメイが、剣士を背負い投げして前方に放り投げる。
「息がくせーんだよ!」
メイが嫌悪の言葉を吐いた。
「フェイス。あいつも魔法で拘束を」
倒された剣士が、魔導師へと指示を出すが、その命令は達成されなかった。なぜなら魔導師の後方から放たれたファイアーボールにより、彼は火だるまになって地面に転げ回ることになったからだ。
まあ、モックの魔法なんだけどね。
「新たな敵か?」
剣士はまったく状況を把握できていないようで、混乱したかのように声を上げる。
「ちくしょう! 失敗じゃねえか」
そう言って逃げだした弓使いを馬で戻ってきたティリーが剣で一太刀浴びせた。これで形勢逆転だ。
俺は平然とした顔で立ち上がると、地面に這いつくばっている剣士の元へと近づく。
「奴隷商の話を聞かせてくれないか?」
「お、おまえ、魔法で動けないはずなのに……」
「ああ、彼が麻痺魔法を放つと同時に、状態異常回復の魔法を重ねがけしたんだよ。事前に魔法がくるとわかっていれば対処は簡単だ」
俺のその言葉に彼は項垂れる。
「……今まではうまくいったのに」
「……」
剣士のその悔しそうな言葉で俺は全てを悟る。彼らはこの村の倉庫を餌に、アンデッドからようやく逃れていた人々を不当に捕まえていたことのだろう。
「どうして俺たちが怪しいわかったんだ?」
剣士の男が力無く問いかける。
「わかったも何も、最初に会った時に問答無用で攻撃してきたじゃないか。こちらに攻撃の意志がなかったってのに。食うに困ってたのなら、まずは相手に話しかけて交渉するだろう。もしくは助けを求めるはずだ。相手を襲うのはそれが決裂してからだろうが、普通は」
「ちっ! 焦ったオレたちがバカだったのかよ」
剣士の男は自分たちの浅はかさを認めて肩を落とす。
「それよりも男を集めている奴隷商ってのは何者なんだ?」
この話は初めて聞くものではない。テニエルの街でラッセル夫人が街の住人を売り払ったという書類も見つかっている。それに関係しているのは奴隷商だということも。
謎の伝染病とどこまで関係があるのかはわからないが、実験と称して男を集めること自体がかなり怪しい。
「……」
剣士の男は黙り込んでしまう。
「ティリー。そっちの奴はまだ生きてるか」
「はい。右手を切り落としただけなので、話はできるかと」
さらりと怖いことを言う。まあ、手くらいなら俺の回復魔法で治せるか。というか、ちょっと使ってみるかな。
俺はティリーの方へと近づいていく。
剣士の男はメイが睨みを効かせているので逃げることはないだろう。
「いでぇえええ」
弓使いは手首から先を切り落とされたことによる痛みで地面を転げ回っている。
これでは話が聞けないなとため息を吐いた。
「
能力は発動しない。やはりレイシーの魔眼が関係してくるのか。
しかたなく、今度は回復魔法をかけてやる。
淡い青色の光が彼の腕を包む。手は生えてこないが、それでも痛みと出血は止まったはずだ。落ち着いてきたのを見計らって彼に話しかける。
「あんたは奴隷商のことを知っているのか?」
「知らねえよ!」
弓使いが不遜な態度をとろうとしたところで、ティリーが彼に剣を突きつける。
「……いえ、知らないです」
「じゃあ、知っている人間を教えてくれないか」
「それは……」
なぜか口ごもってしまう。こいつもダメか。
「頭領!」
背後からモックの呼ぶ声がする。振り返ると衣服のほとんどを焼失した魔導師を引きずってきた。そして、弓使いの横へと放り投げる。
「どうした?」
「そいつの腕を見てくれ」
魔導師の腕には入れ墨があった。それは五芒星の中に古代語で「Chaos Dragon」と描かれている。これは混沌竜という意味だ。
古代語は魔法の発動呪文などにも使われることが多いから、魔術を学んだことがあるものならわりと簡単に読める言葉でもある。
ティリーは一旦剣を下げると、その素早い剣捌きで弓使いの右腕の衣服を切り裂く。そこから露出された右肩には魔導師と同じ五芒星の入れ墨があった。
「この入れ墨はなんだ?」
俺はレンジャーと魔導師の二人に問いかける。
「それは……」
彼らが口ごもるのを尻目にモックがこう告げる。
「そいつらはたぶん盗賊団のメンバーだよ」
「盗賊団?」
「カオスドラゴンといってな、クライスト公爵領をナワバリとする盗賊団さ。といっても、暗殺も請け負うような節操がない集団だよ。うちのギルドにもよくこいつらの討伐依頼が来てたっけ」
「なるほど、盗みや暗殺ばかりか、人身売買にも手を染め始めたってわけか」
「なあ、こいつらどうするんだ? 生かしておいたら、被害者が増えるだけだぞ」
メイが不機嫌そうに呟く。
「そうだな。カオスドラゴンの隠れ家にでも案内してもらうか」
俺がそう言うと、剣士がうつむいて声を振り絞るようにこう告げる。
「……それはできない」
「なぜだ?」
「教えたら殺される」
剣士は震えたように答える。別に中まで案内しろと言っているわけではない。場所さえ教えてくれればいいのだが。
「なあ、勘弁してくれないか? 頼むよぉ」
弓使いが俺に訴えかけるように声を震わせる。
「おまえら、何を怖がっているんだ?」
「とにかく、詳しいことは話せないんだよ」
このままでは話は平行線。無駄な時間を過ごすことになる。
とはいえ、生かしておくにしても、こいつらを俺らの街に連れて帰るのは危険だ。
「頭領。こいつから殺しますか?」
モックが魔導師の首根っこを持って持ち上げる。もちろん脅しであることはわかっていた。それでも、大男に生殺与奪権を握られて恐怖で震え上がる魔導師。
「ひぃいいいい!!」
「助かりたいなら話した方がいいぞ」
モックが魔導師の耳元でそう囁く。
「わかりました、わかりました。話します、話します」
魔導師の男はモックに再び地面へと放り投げられる。
「頭目は『バンダースナッチ』と名乗る不死身の身体を手に入れた男なんです」
魔導師がそう話し始めると、剣士が「バカ! やめろ!」と叫び始める。メイはニヤリを笑みを浮かべながらバトルアックスを彼の股の間へと振り降ろして、剣士の言葉を脅して止める。
「続けろ!」
モックが頑丈な魔法杖を地面に叩きつける。
「は、はい。頭目は伝染病に感染しても発症しませんでした。そればかりか、魔物と戦って腕を落とした翌日には、切断されたはずの腕が元通りになるほどの治癒力を持っていたんです」
興味深いな。俺は問いかける。
「そいつは何者だ?」
「オレはまだ下っ端なので一度しか顔を見たことはありませんが、他の奴の話によれば……ぐぇ、ぐぉごぼぉぼぉ」
話していた魔導師が急に苦しみ出す。
と同時に、魔導師の入れ墨とは逆の方の腕に、入れ墨らしきものが浮かび上がる。
そこに描かれていたのは楕円形のものの中に『egg』と記されたもの。これはたしか、古代語で『卵』という意味だったと思うが……。
それに反応してなのか、他の二人も新たな入れ墨が浮かび上がった。
3人は苦しみながら胃の内容物は吐き出し、悶え苦しむ。
「これは……」
ティリーがぼそりとそう溢すと俺に視線を向けて話を続ける。
「たぶん、発症していますね」
彼女は旅を続けながら様々な発症例を見てきたのだろう。そして、自らも感染して発症したのだ。見間違うはずはない。
「じゃあ、彼らは」
「助からない……でしょう」
「メイ、モック、そいつらから離れろ!」
と声をかけるまでもなく、二人はとっくに距離を置いていた。
「エシラ殿。戦闘準備を」
「そうだったな」
発症して患者が死ぬと生者を求めて動き出す。こうなったらやるしかない。
だが、その前に少しだけ抗わせてもらう。いくら助ける価値はないとはいっても、それを理由に思考停止してはいけない。
魔法陣を展開。
「
魔法は発動しない。淡いオレンジ色の光は霧散する。
結局、俺の魔法は蘇生するものを選別するのだ。俺自身の意志で、誰かを助けるなんてことはできないということを思い知る。
敵は三人。俺が直接回復魔法を撃ち込むまでもなく、ティリー、メイ、モックの三人がそれぞれの相手を倒していく。
「頭領。あいつらの反応した入れ墨は、仕掛け魔法かもしれない」
モックがそんなことを告げた。俺もその魔法は聞いたことがある。
「特定の言葉や行動に反応して発動するやつか」
「ああ、奴らの一人でも盗賊団の頭目の秘密を口にすれば発動するように術式を組んであったんじゃねえか?」
そこまでして秘密を守りたいのか。いや、見せしめかもしれないな。
「ねえ、魔法で発動するような病気って、それ、本当に病気なのか?」
メイがそんな疑問を投げかける。それに対してティリーが背筋のぞくりとするような感想を呟いた。
「伝染病とは言われておりますけど、実はそう思い込まされているだけかもしれませんね」
一同が静まりかえる。
アンデッド化する伝染病自体が誰かに仕組まれたものだとするならば、そいつの目的はなんだ?
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