第22話「会敵」
鍛冶屋のグリフィは、現れた少女にいきなりこんなことを言う。
「しばらく休みをやる」
「どういうこと?」
「そちらの御方に協力をしてやれ」
「協力?」
赤毛の少女の視線がこちらに移る。
「あんた、頭領の」
「エシラ・リデルだ」
「そう。あんたに協力するなら仕方ないな。で、何をすればいい」
話が早くて助かるな。もしかしてこれってレイシーの魔眼のせいなのか? そんな風に思ってしまうほどだ。
「キミに警護クエストを頼みたい」
「警護?」
「武器を持って戦えるんだろ?」
「ああ、そういうことね。ちょっと待ってて」
彼女は再び建物の奥へと引っ込む。しばらくして戻ってくると、彼女は鎧を着てやってきた。だが、武器らしいものは持っていない。
「キミは前衛職なんだよな」
「ああ、ウォリアーだ。得意な得物はバトルアックスだよ」
そう言って、背中に手を回すと、人の頭くらいの斧刃がある武器を取り出した。
これはかなり頼りになりそうだな。
**
最初に向かったのはダックワース村。
ここは前に、ラビや孤児3人を助けた教会の近くにある場所だ。ティリーの偵察では住人は完全にアンデッド化しているとの報告だったと思う。
街から一番近いということで、馬を駆って向かう。だが、初っぱなから運は向いていなかったようだ。
「倉庫の中はすっからかんですな」
村の倉庫の中を確認していたモックがそう告げる。
「魔物か?」
「いや、これは人間の仕業でしょう」
モックが外された小型の錠前を見せる。壊れてもいないのでこれは鍵を使って開けたか、盗賊の解錠スキルで開けられたかだろう。
「入っていたのは種子なんだろ?」
「まあ、種でも食えるからなぁ。キャロル豆はまあ、言うまでもないけど、麦の種子は元々食べるもんだし、チャーチ菜の種は、煎って食うと酒のつまみにいいんだよなこれが」
こんな状況だし食うに困っている人間はそれなりにいるだろう。少し行動するのが遅かったか?
ということで、諦めて次の村を目指す。
だが、そこも倉庫は空っぽであった。アンデッド化した住人もいなかったので、先を越されたといっていいだろう。
俺は他の3人の目を盗んで、倉庫自体に
ところが、
今度『リベリオン』に会うことがあれば、そこらへんも問い詰めないとな。
俺たちはさらに別の村を目指す。
そこでようやく嗅ぎ慣れた悪臭が漂ってきた。
「エシラ殿。アンデッドです」
前衛のティリーが声をあげる。
「陣形を維持して寄ってきたアンデッドだけを逐次駆逐しろ!」
俺は皆にそう指示をする。
目的はアンデッドの殲滅ではないからな。
「了解」
「わかったわ」
「任せておけ」
それぞれがアンデッドに対峙する。ティリー以外は戦闘スタイルをよく確認しておいた方がいいだろう。
斧使いのウォーリアであるメイは、豪快に斧を振り回して戦っていく。斧という重い武器を使いながらも、その重さに振り回されることなくうまく立ち回っていた。
寄ってきたアンデッドを一度に数体を倒していく。
ギルド長のモックは、少し距離のあるアンデッドを火の魔法で焼き尽くすと、それに漏れて近寄ってきた敵を棍棒のような魔法杖で殴り倒した。
あれって、俺が持っている魔法杖なんかより頑丈なやつだな。いや、もしかして棍棒そのものなんじゃなかと思う作りである。
俺もアンデッド相手に戦うのであればもう少し頑丈な魔法杖を使うべきかもしれない。魔法の使用限度回数を超えたら、肉弾戦しかないのだから。
そんな感じでサクサクとアンデッドを倒して、村の倉庫がある場所に到達したのだが、そこで襲撃を受けた。
アンデッドでも魔物でもない。
生きた人間だ。
服装からして他の街の冒険者か? と思ったが、装備している鎧はボロボロで、その顔は野宿を何ヶ月もしたかのように真っ黒に汚れていた。
彼らは俺らに問答無用で襲いかかってくる。ゆっくりと話が出来る状態じゃない。
「頭領! 魔導師がいるよ」
メイがそう叫ぶ。
「メイはそいつを優先して倒せ! 殺すなよ!」
俺は日常魔法である
相手に無駄な魔法を撃たせると、メイはそれを回避し一気に距離を詰めた。
「うりゃあああ!!」
メイのバトルアックスの斧頭が脳天に当たると魔導師はそのまま昏倒した。
彼女は意外と立ち回りは上手い。ヘイヤみたいな脳筋じゃないところは、仲間としても頼りになる。
ティリーも剣士の一人と戦っていたが、余裕で打ち負かし武装解除をさせていた。生かして捕らえてくれるのはありがたい。こちらとしても情報が聞き出したいからな。
他の敵はと周りを見渡すと、モックが弓使いらしき冒険者の首根っこを捕まえて持ち上げている。魔法なしで余裕で勝てるのかよ。さすが筋肉系魔導師。
とりあえず倒した3人を個別に縛り上げて皆で囲む。
「おまえら何者だ?」
剣士らしき男は口を閉じたままだ。二十代くらいだが、プライドでも高いのか?
「そっちのおまえは喋れるか? 3人いるからどちらか2人くらいは殺しちゃっても構わないんだぜ」
俺は脅しの意味で隣の魔導師にそう告げる。もちろん、本当にそんなことをするつもりはない。
「わ、わかった、話す。俺たちは冒険者なんだ。半年前まではダンテの街を拠点としていた」
ダンテというと王都の西側にある、ギリギリ国王の直轄領の街だな。
「それがなんで、こんな場所でこそ泥みたいな真似をしてるんだ? ここはクレイスト公の領内だぞ」
俺たちも村のものを勝手に盗もうとはしているのは変わらない。ただ、彼らがなぜここにいるかを聞きたいだけだった。
「しょうがないんだよ。ダンテが壊滅したんだから」
「壊滅?」
今度は弓使いがこう語りはじめる。
「おまえらだって知ってるだろ? 伝染病が流行って住人がアンデッド化していった。それで俺たちは逃げ出したんだよ。けど逃げるところなんてなかったんだ」
まあ、そうだな。どこへいっても伝染病の脅威は変わらない。
「それでこっちまでへ来たってわけか」
「ああ、そうだよ。王都が無事って聞いて、希望をもって来たんだが、よそ者は入れないって追い返されちまった」
「王都はどんな感じだったんだ?」
「わからない。とにかく言葉通り門前払いなんだ」
門番に有無を言わさず追い返されたって感じか。それが本当なら同情の余地はある。
「それで村を荒らし回っているわけか」
こんな状況だし、食うためなのだからしかたがないだろう。
「ああ、あんたたちのナワバリだってのはわかった。だから、もう近づかないと誓うよ。悪かった」
魔導師が反省したようにそう謝罪する。
俺はどうしようかと腕を組んで考える。と、メイがこう提言してきた。
「彼らも困っているようだし、うちらの街に連れて行くのはどう? 今の街は人手不足だからね。爺ちゃんも男手が欲しいっていつも言ってるんだよ」
それもいいかなと思ったが、少しだけ気になる事がある。
ティリーの方を見ると少し険しい顔をしていた。彼女は王家の親衛隊に所属していて修羅場をいくつも乗り越えているはずだ。危険に関して敏感だろう。
俺は今いるメンバーを見渡し、一番適任だと思われるモックにさりげなく耳打ちをする。
「おう。わかったぜ。街へ戻って受け入れ準備をしてもらうように言ってくる」
そう言って彼は馬に跨がると、そのまま駆けていった。街とは逆の方向に。
よし。
「ティリー、縄を解いてやれ、特に剣士の縄はキツく縛りすぎたから丁寧に解いてやれよ」
「わかりました。エシラ殿」
彼女は「了解した」と目配せする。
「こっちも縄を解いちゃっていいんだよね」
メイがそう告げる。こいつは何も教えない方がいいな。わりと勘はいい方だから、不測の事態にも対応できるだろう。
「いいぞ。解いたらこいつらに食べものを与えてやろう。腹ぺこなんだろ?」
「はい。ありがとうございます」
縄から解かれた弓使いから感謝の言葉がこぼれる。
「ティリー、近くに川があったと思うから水を汲んできてくれ」
「了解です」
そう言って、彼女も馬に乗って駆けていく。もちろん水はそこそこは確保してあるので、汲みに行く必要はない。そこで、メイは「おや?」と首を傾げるが、すぐに状況を理解したようで何も言ってこない。
俺は馬に積んであった荷物をとりにいく
「動くな!」
その場に立ち止まって振り向くと、メイが短剣を首元に突きつけられていた。
俺は両手を上げて彼らにこう質問する。
「どういうことだ? せっかく助けてやったってのに」
「悪いな。俺たちの目的は食糧じゃないんだよ」
「食糧じゃない? じゃあ、何が目的だ」
わざとらしくならないように、うろたえたような演技をする。
「おまえだよ。本当はもう一人のあの棍棒使いのウォリアーも捕まえたかったんだけどな」
棍棒使い? あれ、いちおう魔法杖なんだけどな。まあ、モックの筋肉質の大柄な身体を見て、初見で魔導師と思える奴は少ないか。
「俺を捕まえてどうする?」
「奴隷商に売るんだよ」
「こんな状況で奴隷?」
「なんかな。実験に必要な『人間の男』が必要だって集めている奴がいるんだよ。かなり高く売れるんだなこれが」
イヒヒと下品な笑いを見せる魔導師。やっぱりさっきのは演技だったか。
「フェイス。余計なお喋りをしてるんじゃねえ。早くあいつを拘束しろ。女剣士が戻ってきちまう」
「わかったよ」
彼が魔法陣を俺の方に向けて展開する。麻痺魔法がくることはわかっている。対応とタイミングは心得ていた。
「
魔法が発動されて俺の身体は動かなくなった。
予想通りの展開である。まあ、こんな雑魚相手に焦ることもないだろう。
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