第20話「魔王」
しばらく物思いに
「あの……」
イーディスが上目遣いで何か言いたそうだ。と、思ったらが、俺は考え事をしながら彼女を庇って抱き締めたままでいたらしい。墓穴を掘ったな俺。
「悪い」
すぐに手を離す。
「いえ、その……かまいません」
イーディスは頬を染めながら嬉しそうな表情をしていた。
彼女はいい子なんだけどなぁ……。だからといって、この子と付き合いたいとか夫婦の契りを交わしたいとかそういう感じではない。俺にとっては妹のような存在だ。
だからこそ気を持たせてはいけない。それは
と、そんなこと考えていたら、まったく関係のない事柄を閃く。
「あれ? もしかして」
「どうされました? ご主人さま」
俺は自分の右手を見つめ、そして煉瓦の崩れかかった壁に視線を移動させる。
「なあ、イーディス。今からちょっと実験をするんだけど、このことは誰にも言わないでくれるか?」
「はい。いいですけど、何をされるのです?」
俺は右手を壁へと向け、そこに魔法陣を展開する。
本来、回復魔法では物体は直せない。
でも、あの『リベリオン』が言った通り、俺の魔法が時間遡行の効果があるのなら……。
「
淡いオレンジ色の光が放たれてそれは壁に当たる。と、破損した箇所を光らせた。そしてすぐに修復が始まる。
「マジか?」
半信半疑でやったものの、成功した今でもまだ信じられない。
「ご主人さま! それはどんな魔法なんですか? わたし初めて見ました」
「これは時間遡行の能力だ。ようは、時間を巻き戻すんだよ。もしかしたら、俺の蘇生魔法の原理はこれなんじゃないかって考えてたんだ」
イーディスに『リベリオン』のことを話してもしかたないだろう。だから、差し障りの部分のみ説明する。
「すごいです! これがあればなんでもできるじゃないですか」
「なんでもって、大げさだな」
「だって、何度も人を生き返らせることができますし、中身が盗まれた金庫があっても、元に戻せるんですよ」
さすがにその発想はなかった。今度試してみるか。
**
イーディスと仕立屋で別れた後、俺は街を探索する。
危険そうな箇所を探し当てると
俺の回復魔法も本当は『傷を癒す』のではなく、『身体の部位の時間を巻き戻す』だけなのかとも思ってしまう。
そもそも回復魔法というのは、出血を止めたり、裂けた皮膚をくっつけたりと、人間が本来持っている自然治癒能力を加速させるものだ。だから裂けた服までは修復してくれない。
そんな風に考え事をしながら街を歩いて行く。
ある程度危険な箇所の修復が済むと東側へと向かった。こちらには出入り口はなく、城壁に上るための城壁塔が併設されているだけだ。
東側の地形も再確認しておこうと、懐にいれた地図を取り出して塔の階段を上っていく。
「お疲れさまです。頭領!」
城壁の上部に出るとすぐに見張りの兵が敬礼をしてくる。
「ああ、気にしないで見張りの方を優先してくれ」
「は、ありがとうございます」
まだ慣れないんだよな。こういう風に挨拶をされるのは。パーティーを組んで冒険者をやっていた頃は、挨拶なんて返したことはない。ただ無愛想に重要な話だけに返事をしていただけだ。
それがどれだけ楽だったか。早いとこ王都を奪還して、こんな気遣いから抜け出したいものだな。
そんなことに思いを馳せながら城壁からの景色を見る。西側と違って森に隣接してはいない。草原があり、その向こうに川。そして緩やかな山が見える。
こちら側もほとんど人里は見えない。警戒するのは魔物だけでいい。
ふと右手に目をやると、城壁上の歩廊の先に人影が見える。
俺はそちらの方へと歩いて行った。姿は小さくて確認できなかったが、きっとあの子だろうという確信があったのだ。
しばらく歩いて行くと、ようやくその姿が窺える。金髪の髪は風に靡き、城壁のクレノー(狭間)部によりかかって腕を置き、頬を付いて彼女は外を眺めていた。
「レイシー」
彼女の顔がこちらに向く。
白いレースのブラウスを着て、深紅のフレアスカートを履いている。メイド服でもない、演説用のドレスでもない普段着の彼女を見るのは初めてかもしれない。
「エシラ……」
彼女は疲れ切ったような顔をしている。
「どうしたんだ?」
「各諸侯に会うために、まず手紙を出して約束を取り付けなければならないのですわ。それを何十通も、ずっと一日中書いていたのですのよ。送る貴族を思い浮かべて、相手の性格まで考慮して、それで文章を考えることがどれだけ面倒なのか……」
彼女はふうとため息を吐く。
「なるほど、それで根を詰めすぎて気分転換したくなったのか」
「ええ、そうですわ。各諸侯と会って話すだけでも気が重いのに……」
レイシーは会った頃とあまり印象は変わらない。少し性格も砕けてきて、俺にいろいろな面を見せてきてはいるものの、それでもレイシーはレイシーだった。
「ここからの景色もいいな」
夕焼けの景色が美しい西側より、光を浴びて生き生きとしている川と草原と、その奥にそびえる山はまるでレイシーの様に輝いている。
「そうでしょ?」
彼女は嬉しそうににっこりと笑う。
「西側もいいけどな」
「あっち側はティリーがお気に入りなのよねぇ」
「それぞれの性格が出てるんじゃねえか?」
常に注目されることを意識した明るい性格と、姫を支えるためにあまり目立たぬよう抑え込まれた性格。
「どういう意味かしら?」
「そのまんまの意味なんだけどな」
その答えにレイシーは首をひねる。
「よくわかりませんわね」
「まあ、あまり深い意味はないよ。それよりも――」
「っ……!」
ふいにレイシーが両目を押さえる。あの時と同じだ。
「レイシー」
俺が彼女に触れると、俺自身の意識は暗闇に呑まれる。
ぱっと明るくなると同時にレイシーと同じ姿の別の何かが現れた。
「どうじゃ? お試しの能力の感想は」
こいつは『リベリオン』か。
「ふざけんな! 何が『お試し』だ。なぜ全員助けなかった!」
俺は憤る。
すべてはこいつの差し金。
「そりゃ適合者は多くはないからのう。それでも、あの人間たちはけして裏切らないぞよ。イッヒヒヒ」
気持ち悪い笑い方をするなよ。
「どういうことだ?」
「姫の魔眼の秘密は知っておるじゃろ。生き返った人間はすべて姫の味方じゃ。つまり姫と運命を共有するおまえは、人々を思い通り動かすことができる」
たしかに裏切らないのはありがたい。でも、周りが無批判に賛成する者ばかりになるのは危険だ。
そんな状態になったら俺も彼女も増長してしまう、誰も俺たちの間違いを指摘しなくなる。そんな未来に幸せなんか訪れない。
それに……。
「その味方っていう認識は本当に信じられるのか? 実際、レイシーの母親を殺したという囚人ジャヴ・ロックまで含まれているんだぞ」
「人間たちのいざこざなど
「無責任だな」
「それよりも、契約する気になったか?」
なるわけないだろうが。
「おまえさ、自分が致命的な口べたってことに気づけよ。そんなんで相手を説得できると思ったのか? 話を聞いても不信感しか抱かねーよ。やるならもっとうまくやれよ」
「うむ、あれだけの力を見せれば、簡単に心変わりすると思ったのじゃがのう」
「人間を舐めるな! 早く出てけ」
「最期に一つだけ言わせてくれないかのう」
「なんだよ」
「姫の目とおまえの時間遡行の魔法。それを強化したものを他の誰かに渡すといったらどうする?」
「……」
こいつとんでもない条件を出して来やがったな。
「例えば、カドリール王子とか……ほーほっほっほ」
「おい! 待て!」
そこで暗転する。
「エシラ」
いつの間にか城壁の上に戻っていた。目の前にいるのは本物のレイシーだ、と思う。
「ちくしょう! 逃げられたか」
といっても、先に『出てけ!』と言ったのは俺の方だったな。
「また、わたくしの中の誰かと話したのね」
「ああ、毎回毎回、まるで詐欺師と会話しているようだ」
「うふふ、ずいぶんお怒りのようですわね」
「そりゃそうだ。レ……」
レイシーの魔眼によって味方を選別する。みたいなことを話したら彼女はさらに傷つくだろうか?
「なんですの?」
「俺を魔王に勧誘しようとしてるんだぜ。憤慨の一つもするだろ」
話を少し誤魔化す。直接『選別』の話をするのはよくない。それは彼女にさらに重い責任を負わせることになる。
「そうですね。ですが、あなたが魔王になったら、世界は逆に良くなるのかもしれませんですわよ」
「そんなことないだろ」
「いえ、王家だって正義ではありません。カドリール兄さまがクーデターなど起こさずとも、ディー兄さまとダム兄さまは次期国王を狙って対立をしておりましたし、ハーツ姉さまもかなり野心のお強い方ですわ。わたくしは何回殺されそうになったことか。それに他の貴族たちだって長年の権力にあぐらをかき、民を省みない者も多いと聞きます」
彼女はせつせつと訴える。俺は反論できない。
「……」
「みんな自分の欲望ばかり満たそうとして、他人の不幸なんてまったく考えない。あなたが王にならないのなら、こんな世界、一度滅んで、そして良い人だけが生き返ればいいのです!」
めずらしくレイシーが激高する
「レイシー。その考えは危険だ。自分にとって都合のいい世界なんてすぐに破綻する」
そして、それは誰かに利用される。
「でも!」
彼女は悔し涙を流していた。彼女はこの国のために一生懸命だというのに、世界も人も悪い方向に向かっている。
「おまえの涙もおまえの怒りも理解できるよ。だけど、短絡的になるな」
「わたくしは、できれば王家なんかじゃなく普通の子に生まれたかった」
彼女はボロボロと涙をこぼす。言い過ぎたか。
「……」
俺もクズ野郎だ。こんな、か弱い少女にこの国の運命を期待してしまったこともある。彼女自身に俺の居場所を求めてしまったりもした。
本当なら、大人である俺が彼女を導いてやるべきなのに。
「わたくしが普通の女の子でも、あなたは受け入れてくれるのでしょうか?」
彼女は俯き、顔を赤らめる。
この子を守らねばという想いが、心の底から溢れてくる。
でも、結局俺には何もできない。
自分の無力さを痛感することになる。
力さえ手に入れれば……あれ、なんだこの違和感は。
力?
なるほどな。
「そこまでしとけよ詐欺師野郎!」
俺は、レイシーの姿をした何かに向かって睨み付ける。
これはまた幻想。
『リベリオン』の稚拙な策にのってやる必要はない!!
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