第19話「忙しい日常」


 成功率を上げるためにクエスト難易度を上げてしまったが、今は贅沢を言えるような状況ではない。ここにいる人員でこなしてもらうことの方が重要だ。


 だから、俺は言い換える。


「まあ、そこまで贅沢は言わない。レンジャーがいればなんとかなるだろう」


 レンジャー職は軍隊でいえば偵察特化の軽装歩兵。冒険者の職業であれば、隠密や鍵開けスキルを持った身のこなしの軽い短剣使いだ。


 現役の盗賊に勝るとも劣らない能力を持っているのが特長的。


「……」

「……」


 冒険者の皆が静まる中、ギルド長は不適な笑みを浮かべる。


「くくっ、レンジャーか。もっとおあつらえ向きの奴がいるぜ。アヤメ」


 彼がそう呼ぶと、瞬間移動したかのように俺の隣へと女性冒険者がすっと立つ。ショートカットの黒髪で、俺と同じ黒い瞳。


「なに?」


 無愛想に彼女は答える。


「クエストを頼みたいそうだ。ソロを貫くお前向きだぞ」


 ソロ? こいつ単独でクエストをこなしてきたのか?


「この人は?」

「ミスリル級ではないが、金級のレンジャーだ。といっても、正確には「ニンジャ」という職業らしい」


 忍者。それは忍びの者。東の国で隠密や暗殺を得意としていた職業だ。王都の諜報任務にはこれほど最適な人材もいるまい。


「キミにクエストを依頼したい。王都の諜報任務だ。詳しくはこの書類に書いてある」


 俺がそれを渡すと、彼女はじっくりと内容を読んでいく。


 そして「わかった」とだけ呟き、そのまま瞬間的に俺の前から消え去る。


「彼女は瞬間移動テレポートの魔法が使えるのか?」


 ギルド長にそう聞くと、彼は苦笑しながらこう答えた。


「あれは魔法ではなく、『ニンポウ』というものらしい」


 ああ、「忍法」ね。俺も東の国で育ったから聞いたことはあるけど、見るのは初めてだったな。


「他にクエストはないの?」


 さきほど俺のことを頭領と呼んだ奴が仕事をせがんでくる。俺は他の書類をテーブルの上に広げて説明することにした。


「こっちが周辺地域の諜報クエストだ。王都よりは難易度は低いが、偵察スキルを持った弓兵職の方が成功率は高い」

「おお! それなら俺にもできそうだな」


 他の奴からも声が上がる。まあ、誰に割り振るかはギルド長に決めさせればいいだろう。そこまで俺が干渉する必要はない。


「あと、採取クエストとか、護衛クエストがあるから、適当に割り降っといてくれ」


 そうして冒険者ギルドをあとにし、今度は城門の詰め所に行って弓兵に命令書を渡す。


「頭領がおいでになったぞ」

「全員整列! 敬礼」


 隊長らしき兵が号令をかける。


「ご苦労、今日は命令書を届けに来ただけだ。楽にしていてくれ」

「いえ、頭領は私たちの命の恩人であります。忠誠を誓うための行為でありますから、気にしないでください」


 少し頭が痛くなる。


 俺はそこまで偉くないし、恩人でもないのだけどな。なぜなら、助けようと思って助けたのではなく、あの時は魔法が勝手に発動したのだ。


 正確に言えば、あの『リベリオン』とかいう奴が、勝手に選別して生き返らせた。


 まあ、そんなことを言ってもしかたがないか。


 俺は彼らを労うと次の場所へと向かう。


 工兵はたしか別の詰め所だったなと、そちらへ向かい段々畑作り方と進める手順を説明する。


 工兵は兵隊といっても、貴族のお抱え大工のようなものだ。普段は城内の建物や城壁の管理や修復、戦時には攻城兵器や補給のための馬車を作ったりもする。


 そんな物づくりの熟練者なので、こちらの説明も容易く理解してくれたのはありがたかった。


 わらに街を歩くと「頭領!」「お頭さま」などと住人が声をかけてくれるが、まあ、これでレイシーの存在が隠せるのならいいことじゃないか。


 ちょっと……いや、かなり気疲れしたけど。


 ふと景色が見たくなり、西の城壁へと向かう。


 防備兵にかしこまられながら城壁塔へと上ると、そこは素晴らしい景色だった。日暮れというのもあっただろうか。山に沈む夕陽と、川に反射するオレンジ色のキラキラした光。少し心が洗われるような気分になる。


 ふと下を見ると城壁の外のすぐ近くに小屋があって、そこでなにやら奇妙な服を着た人たちが作業をしている。


「あれは何の小屋なんだ?」


 俺は見張りをしている兵士にそれを聞く。


「ああ、あれは教会の小屋ですね。あそこで養蜂を行っているんですよ」


 蜂蜜か。栄養素も高いし、保存食としても優秀だ。そういう意味でも食糧確保には余裕をもたらしてくれる。教会さまさまだな。


 気まぐれに城壁の上の歩廊を歩いて行く。ぐるりと回れば正門に到着するだろう。


 途中でティリーを見つけた。彼女は景色をぼーっと見ている。


「ティリー」

「……ぁ、こ、これはエ……頭領殿」


 ティリーにまで頭領呼ばわりされるのかと、笑ってしまった。


「……っふふふ」

「何がおかしいのです?」

「いつもの呼び方でいいよ。別にティリーまでそう呼ぶ必要はないだろうが」

「そ、そうなんですが、つい」


 いつもとは違ったティリーの表情が見える。彼女は俺と同じで、割と無愛想……と言ったらかわいそうか。真面目な性格なのだろう。


 あの王女と一緒に行動していたのだからそれもしかたないか。


 そういえば、レイシー抜きで二人で会話するなんて初めてかもしれない。


「レイシーはどうしてる?」


 俺のその問いに、彼女は周りを確認してからこう答える。


「お部屋で休まれています。疲れが溜まっていたのでしょう。ずっと眠られているようで」

「王都を発ってからずっと気が張り詰めていたのだろう。けど、また旅立たなくてはならないからな。今はゆっくり休んでもらわないと」

「そうですね」

「ティリーもだぞ」

「え?」

「ティリーもさ、『王女を守らなくては』って気を張っていただろう? 周辺の情報が集まるまであと1、2週間はかかる。それまでゆっくり休んだらいいよ」

「はい。お気遣いありがとうございます」


 彼女は丁寧に頭を下げる。ティリーは誰に対しても礼儀正しい。それは、レイシーであっても。


「なあ、ティリー。俺は他人だし、距離を置くのは構わない。けど、レイシーに対してももっと親しく接してやってもいいんじゃないか?」

「……」

「あの子はおまえともっと仲良くなりたいと思っているはずだ」

「しかし、わたしはただの配下の人間です。身分が違います」

「レイシーがそんな些細なことにこだわると思っているのか?

「いえ……その」


 彼女もわかっているのだろう。それでも真面目な性格が災いして、自分の言動に制動をかけてしまうのだろう。


「彼女に忠誠を誓うのもいいが、レイシーはまだ14歳の子どもだ。もう少し心の負担を取り除いてやるのが大人ってもんじゃないのか?」

「……」


 おせっかいなのはわかっている。でも、本当はティリーだって彼女と仲良くしたいだろう。ティリーは本気でレイシーの事を心配し、そして涙を流すのだから。


 俺も人の事は言えない。


 今までは仲間なんて、距離を置いて必要最低限の言葉さえ交わせばいいと思っていた。けど、それでは上手うまく行くもの上手うまく行かなくなる。


「俺もさ、レイシーに言われたんだよ。自分に笑いかけてくれないって。俺とティリーは似ているよ。けどさ、俺はもう少し彼女との距離を縮めてみるよ。それが彼女のためになるのなら」

「エシラ殿……」

「だからティリーもさ、もう少しだけレイシーに近づいてみないか?」


 彼女は遠くの夕陽を見つめ、照れるようにこう答えた。


「努力してみます」



**



 俺は城内を探索する。


 一時的とはいえ、自分の城という名目なので、できる限り把握しておくべきだろう。


「きゃ!」


 廊下の角でメイドとぶつかる。が、それは俺が知るイーディスであった。


「悪い。ケガはないか?」


 俺は回復魔法の準備をする。


「いえ、大丈夫です」

「そうか、ならいいが」


 と言いながら、彼女が落としたであろう荷物を拾ってやった。。


 それは女性物の衣服と仕事着である。それが大きな籠いっぱいに二つもあった。


「ありがとうございます」


 さすがに一人で持つには重そうだな。


「これは?」

「はい。レイシーさまの着る衣服を仕立て直してもらうのと、あと、新しく入ったメイドの子に着せる仕事着を直してもらおうと思って」

「街の仕立屋か?

「はい。そうです」

「重くないか?」

「へーきです」


 とか返事をしておきながらも、フラフラと足元がおぼつかない。


「どれ、半分持ってやるよ」

「そんな。ご主人さまに仕事を任せるなんて」

「効率重視だ。どうせ俺も今はヒマだからな」


 そう言って一つの籠を持つと、そのまま歩いて行く。


「あ、待って下さい!」

「仕立屋に行くんだろ? でも、こんだけ人数が少ない街なら、城に住んでもらった方が早いんじゃないか?」

「マリーさん……仕立屋さんのお話ですと、魔力で動かす裁縫器具がかなり大きなものなので、城まで持ってくるのが大変ということです」


 あ、そういうことか。


「じゃあ、しかたないな」


 城から仕立屋までは歩いて5分。まあ、遠い場所でもない。そもそもこの城塞都市は直径が1キロほどの中規模の街だ。そこまで不便さはないだろう。


 街は歩くと、あちこちがボロボロになっているのが目に入る。元廃墟だったのだからしかたがない。


 といっても、数ヶ月で荒廃したのは、この街がじわじわとアンデッドに浸食されていったのもあるだろう。生存者は死にものぐるいで戦い続け、住む場所を移し、食糧を確保して生き抜いていったのだから。


 放置されたままなら、ここまで街が破壊されることもなかっただろう。


 そんな街を歩きながら、あそこの石垣が崩れそうだなとか、宿屋の屋根の一部がずり落ちちそうだなとか、壁の煉瓦が墜ちそうだとか、そんなことを考える。


 と思っていたら、すぐ横の武器屋の看板が落ちてきた。


 とっさにイーディスを庇う。上を見て歩いていなかったら気付かなかった。危ない危ない。


「あ、ありがとうございます」


 イーディスは頬を赤らめて礼を言う。この子、俺に心酔しちゃってるからな。できれば距離を置いた方がいいのだが、今の状況でそれをするのも変な意味で誤解されそうだからな。


 俺がゲスな性格であれば、この子の想いを利用して……なんて考えるのだろうけど。


 イーディスは地獄のような状況を生き抜いたのだ、せめて彼女には幸せにはなって欲しい。俺と一緒にいてもあまりいいことはないって。


 だからこそ、レイシーには期待してしまう。王家の人間として、この混乱した国をまとめあげてくれることを。


 そうすればイーディスにも安全な居場所ができる。


 誰も悲しまない世界になんてできはしない。だけど、せめて自分の関わった子には幸せになってもらいたいものだ。


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