第18話「頭領」


 街を守る為に、そして王都を奪還するためにも大量の兵が必要だ。


 俺がそのことに言及しようとすると、レイシーがこう切り出す。彼女はすでにそのことを考えていたのだろう。


「兵の問題については早急に周辺貴族たちの力を借りなければならないですわね。とはいっても、わたくしが直接行かなければ交渉もできないでしょう。それに、いざ交渉となっても、腹の探り合いで何日かかるか。そもそも、他の貴族領が壊滅していないとも限りません」

「そこはやはり情報を得てから動くのが堅実でしょう」


 ゲイブリエルはそう提言する。


「けど、そんな時間がないわ」


 街に第二王女がいると知られれば、王都の連中が攻めてくる可能性が高いからな。


「殿下は、カドリール王子が本当に攻めてくると思われますか?」


 ゲイブリエルがレイシーにそう問いかける。


「そうね。王位継承権を持つわたくしがいる限り、『攻めない』なんて選択肢はないでしょうね」


 その答えに納得できないのか、ゲイブリエルは首をひねる。


「しかし、カドリール王子とお会いしたことはありますが、あの方はあまり野心のない方のようにお見受けしました。今回のクーデターにしても、どうしてそのようなことを起こしたのか理解できませぬ」

「それはたぶん、カドリール兄さまの意志ではなく、兄さまを操る誰かの意志であるからよ」


 それ以外に彼がクーデターを起こす理由がないのだ。


「カドリール王子は操られていると?」


 ゲイブリエルは驚いたように口を開けたまま固まる。


「そう、王家の人間なら誰でも良かった。だから操りやすい兄さまに目を付けたのだと思う。そして、その者にとっては王家の血を引く他の者は目障りなのよ」


 レイシーが至った結論。それはまさに真理を突いていると言っても過言ではない。


 彼女は焦るようにこう付け足す。


「とにかく時間が足りないわ」


 時間が足りないか……だったら時間稼ぎをするまでだな。


 俺は思い付いたことをレイシーに伝える。


「なあ、レイシー。王都には、レイシーがこの街に来たことは知られていない。だったら、わざわざキミが目立って動く必要はないだろ?」

「どういうことですの?」


 俺は思い付いた策略を簡単に説明する。


「チャーチの街はアンデッドにより壊滅した。ここまでは真実だ。その後に、盗賊団がこの街を占拠した。そんな風に偽装するんだよ。そうすれば、カドリール王子がわざわざ派兵することはないだろ? だって、さして脅威でもないんだから」


 平時であれば、周辺の村に脅威を及ぼす盗賊団を放っておかないだろう。だが、アンデッドによって周辺の村は壊滅している。わざわざ討伐しなければならない理由がない。


 討伐するとしたら、その盗賊団が王都を狙っているとわかった時だ。だからこそ、できるだけレイシーの存在は隠さねばならない。


「……」


 レイシーはしばらく考え込むと、その案を了承する。


「そうね。それでいきましょう。そうなると、盗賊の頭領ってのを立てないといけないわね」

「そこにいるゲイブリエルにでも頼むか」


 俺が冗談でそう言うと、彼は目を瞑り畏まるような表情でこう答える。


「命令ならばやりますが、少し問題が」

「問題?」


 俺がそう聞き返す。


「私はカドリール王子とも面識がありますし、閣下に付いて王都にも何度か足を運んだことがあります。もし私が盗賊の頭領だと知れたら疑う者も出てきましょう。派兵の前に調査が入るのは明白。そこで疑われたら時間稼ぎどころではありません」


 そりゃそうだな。人選はもう少し考えるか。と思っていたら、レイシーが軽いノリでこう告げる。


「わたくしはエシラでいいと思いますよ」

「は?」


 俺の思考はそこで固まった。


「そうですね。私めは彼とは初対面でしたが、エシラ殿のように切れ者であれば、非常時にも対応できます。かなり適任と言えましょう」


 ゲイブリエルも同意するようにレイシーに向けて頭を下げる。


「ちょっと待て。俺は誰かの上に立つ器じゃない。それが演技だとしても」

「もう、エシラったら。諦めが悪いのですわよ」


 そう言ってクスクス笑い出すレイシー。まあ、仕方が無い……仕方が無いのか?



**



 結局のところ俺がニセ盗賊の頭領に決まった。


 まあ、効率良く王都の連中を騙すには俺が演じた方が良いだろう。


 その翌々日、蘇生した住人を屋敷前の広場に集めてレイシーが演説を行った。


 彼女は蘇生していた仕立屋に一晩でドレスを作らせてこの場に望んでいる。


「わたくしはキャロル王国第二王女、レイシー・プレザンス・キャロリアン」


 真っ白なドレスに金髪の髪が映える。彼女はきりっと表情を引き締め、王女としての努めを果たしていた。


「亡くなられたクライスト公爵に代わり、一時的にこの街を預かることになりました。皆様もご存じの通りこの国は伝染病に侵され、王都は今、逆賊に支配されています」


 クーデターを起こした第三王子のことをあえて逆賊と呼称することで、完全に敵だと周知させたいのだろう。


「そんな状況ではありますが、神は我々を見放しませんでした。この街に奇跡を起こしたのです。ここにいる皆様は、一度死んだ身。それでも神の奇跡により生還されました。それは皆様が神に選ばれたということなのです」


 レイシーが強く神を強調する。彼女はラビと違って、それほど信心深いわけではない。演説を聴く者を高揚させるためのテクニックだろう。王位継承権最下位とはいえ、それでも王家の人間なのだ。


「この未曾有なる危機に立ち向かえるのは、選ばれし民であるあなたたちだけなのです。どうか、このわたくしに力を貸してくださいませ」


 ふと横を見ると、ラビが涙を流しながら神に祈っている。演説を聴く者の中にも同様の者もいる。おいおい、レイシーの演説はやり過ぎじゃないのか? 少し不安になってくる。


「ですが、王都の軍に対抗するには多くの兵士が必要です。わたくしは周辺貴族との交渉のために各地を回らなければなりません。その留守をある方に任せます」


 聴衆がざわざわと騒ぎだす。彼らにとっては「それは誰なんだ?」という感じなのだろう。


「その者は、皆様を蘇生させた奇跡の回復術師でもあります」


 そこで「おおお!!」とい歓声があがる。


「では、この奇跡を起こした神の御子を紹介しましょう」


 打ち合わせ通りとはいえ、こんな聴衆の前に立たされるのは緊張する。


 俺が一歩前に出ると聴衆から割れんばかりの拍手が聞こえた。


「王女殿下から紹介にあずかったエシラ・リデルだ。殿下の交渉を成功させるためには時間稼ぎが必要である。そのためには王都の連中をあざむかなければならないだろう」


 俺は作戦内容を簡潔に聴衆に伝える。


「これは作戦である。これ以降、第二王女のレイシー・プレザンス・キャロリアンの名は語ってはならない。この街にいるのはただの盗賊団だと思わせねばならない」


 演説ということで、俺自身も精一杯高揚させる。


「そして、街の留守を預かる俺は、ただの盗賊団の頭領だということにしてほしい。これは街を守るために必要なことだ」


 150人という少人数だからこそできる作戦だ。それ以上の人数では、秘密の管理が難しいだろう。


 「よ! 頭領!」という声が聞こえてくる。ノリのいい奴もいるもんだ。それに対して俺は「ありがとう」と手を軽く上げて応える。


「ここにいる皆をもう二度と死なせることはしない。これはレイシー殿下に、そして神に誓おう。そして、この国を逆賊から取り戻そう!」


 その声で、聴衆は盛り上がる。特に前列にいる兵士連中が凄いな。士気だけなら王都の軍にも勝るんじゃないか?


 しかしながら俺も立派な詐欺師なんだなと、複雑な気分になる。神などかけらも信じてはいないというのに。


 たしかに俺とレイシーは共犯者だ。



**



 冒険者ギルドへと向かう。諜報活動のクエストを持っていくためだ。


 街の中はかなり荒れていた。住人がアンデッド化して半年以上は放置されたのだから当たり前か。


 正門の修復を最優先で行っているために街中までは間に合わないのだろう。とはいっても、ほとんどの家屋は住民が不在だ。放置しても問題はない。


「こんにちは」


 冒険者ギルドへと入る。そこは酒場が併設された100人ほどの客や冒険者を収容できる建物だ。


 入って右側にすぐに冒険者ギルドの受付があり、そこには本来なら受付嬢がいるはずだった。だが今は空席のままである。


 左側は酒場なので長テーブルが並んでいた。本来なら賑わいを見せる店ではあろうが、今は両手で数えられるほどの人数しかいない。


「あ、頭領だ!」

「かしら!」


 近くのテーブルにいた二人の冒険者がニヤニヤしながら寄ってくる。どれも初めて見る顔だ。とはいえ、相手にとって俺は有名人でもある。なにしろニセ盗賊団の頭領らからな。


「ギルド長はどこだ?」

「そこのテーブルで飲んだくれてるよ」


 冒険者がそう教えてくれる。一つ先のテーブルで、ジョッキに注がれた酒をぐいぐい飲んでいる大男がいた。


 俺はそこへ近づいていく。


「あんたがギルド長だな?」


 俺はテーブルの向かいに座ると男に問いかけた。


「ああ、モック・ダートルだ」

「エシラ・リデルだ」


 名前を出した途端、男は笑い出す。


「ははっ! あんた、頭領じゃないか。頭領、よろしく頼むよ」


 彼はごきげんのようだ。ジョッキをテーブルに置くと手を差し出してくる。


「こちらこそ」


 俺たちは握手を交わすと、モックはこう尋ねた。


「で、なんの用だい? ははは、頭領自らがおいでなさるとはな」

「クエストを依頼したい」


 俺がその単語を出した途端、その店にいた冒険者たちほぼ全員がテーブルの周りに集まってくる。人数としては6人か。あれ? もう1人くらいいなかったっけ?


「それは助かる。こんな状況になっちまって困ってたんだよ」

「他の冒険者ギルドとは連絡が取れないのか?」


 冒険者たちは一箇所の街に移住しない。他の街でもクエストが受けられるようにと、ギルド間では情報の共有が行われている。そのさいに、他の街の情報も入ってくるはずなのだが。


「ここを帰還転移で拠点にしているやつらもいるんだが、街があんな状態だったからな。壊滅したと思われているのかもしれない」

「ギルドも正確な情報を把握していないんだな」


 数ヶ月ここはアンデッドの巣窟となってたのだ。誰も寄りつくことはないのは理解できる。


「まあ、こんな状況だし、生還したばかりだからな」

「そこでクエストだ。王都の情報収集、周辺地域の情報収集。魔物討伐と違って難易度は低いように見えるが、敵地での諜報活動のようなものだ。一歩間違えれば死ぬ」

「ははは、こりゃやりがいのある仕事じゃないか。そうは思わないか?」


 ギルド長は寄ってきた冒険者たちにそう語りかける。


「諜報活動か。一見楽そうに見えるけどな」


 剣士らしき若い冒険者がそう呟く。


 強い魔物と戦うわけではないので、そりゃ楽そうには見えるだろう。けど、ここは念押ししておくか。


「王都に関しては難易度はかなり高いぞ。こちらとしてはミスリル級の冒険者を所望したいくらいだ」

「ミスリル級……」


 冒険者の一人がそう呟くと、全員が口を閉じてしまった。たぶん、それ以下の等級なのだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る