【第二章】タワーディフェンス

第17話「防衛計画」


 城の客間で休んでいると、扉をノックする音が聞こえる。


「どうぞ」


 レイシーがそう促すと、扉を開けてティリーがやってきた。


 部屋に入ると彼女は一礼する。


「どうしたのかしら?」

「セッティ司祭と防備兵の隊長が面会を求めています」

「まだクライスト公もディーお兄さまの行方もわかっていないのよね?」

「ええ」

「そこらへんの説明もしなきゃいけないでしょうし、今日の所はお引き取りいただいて」

「かしこまりました」

「そういえば、リストはできたのかしら?」


 このリストというのは、この街の生還者のことだ。蘇生魔法……もとい時間遡行による生き返った者を調べてもらっている。


「もうすぐですね。今、執事のゲイブリエルがまとめているところです」


 クライスト公爵がいない今、この街の全体のことを把握できているのは彼の元執事以外にはいないだろう。


「彼に言っておいて下さらないかしら、もし王国の諜報員がいたら最優先で連れてきて欲しいと」

「わかりました」


 そう言って、彼女は下がる。


 ティリーと入れ替わるように、イーディスがやってきた。


「お茶はいかがですか? ご主人さま」

「ああ、ちょうどノドが乾いていた。よろしく頼むよ」

「レイシーさまはいかがでしょう?」

「わたくしもお願いしますわ」


 イーディスが引いてきたワゴンをローテーブルの近くへと付けると、その上にのったカップをテーブルへと配置する。


 手慣れた手つきで彼女は、ティーポットに茶葉を入れてお湯を注ぐ。そういえば、この子は元々メイドだったもんな。


「あまり見ないで下さい。恥ずかしいです」


 イーディスが頬を赤くして照れたように呟く。


「そうですわよ。女の子をあまりじろじろ見るものではありませんことよ」


 レイシーに軽く怒られてしまう。まあ、彼女もそれだけ余裕が出てきたってことかな。いい傾向だろう。


「わーいわーい」

「お菓子だお菓子」

「クッキークッキー」


 扉の外が騒がしくなったと思うと、幼女3人が部屋の中に入ってきた。


 その後ろからはラビとロリーナが続き、彼女たちはクッキーの盛りつけてある皿を持っていた。


「さあ、おやつですよ」

「あたしとラビさんが作ったんだよ」


 お茶も入ったみたいだし、甘い物も欲しかったからちょうどいいな。


 しばらくはテーブルを囲んでクッキーを頬張りながら穏やかな時間が過ぎていく。


「そういえば、セッティ司祭が来てたみたいだけど、ラビは面識はあるのか?」


 俺は彼女へと問いかけると、驚いたような顔を見せ立ち上がった。そして、俺の方に近づいてきて、手を合わせて祈るようなポーズをとる。


「まあ。セッティ司祭も蘇生されていたのですね。あの方には大変お世話になりました。そんな方まで助けていただけるなんて、エシラさまはやはり神の使いで間違いありません」


 どうもラビと話していると調子が狂う。


「じゃあ、わたし教会の方に顔出ししてきますね」


 彼女はひらりと修道服を翻して部屋を出て行った。



**



 扉がノックされて元執事のゲイブリエルが入ってくる。50代くらいのあごひげを伸ばした白髪で長身の男だ。


「生存者……蘇生者といった方がいいでしょうか。そのリストがまとめられましたのでお納めください。生き返らなかった者もできる範囲で調べてあります」


 そう言って彼は書類の束をレイシーへと渡す。


 受け取った彼女は、リストの最初のページ見て険しい顔をした。


「ディー兄さまが討ち死に……」


 隣に座っていた俺は、報告書をひょいと見る。


 そこには、クーデターが起きた王都にチャーチの街からディー王子とクライスト公爵の兵が出陣した件が記されていた。


 南西の平原にて王都の防衛隊と衝突。第二王子はここで壮絶な討ち死にをするという衝撃的な事実が書いてあった。


 当初、ラッセル伯爵の兵と合流するはずだったが、約束の時刻に現れなかったらしい。数の上でも不利であり、チャーチからの軍は敗北したようだ。


「ディー殿下のことは残念です」


 ゲイブリエルが深々と頭を下げてこう呟く。


 さらに読み進めると、街に撤退したクライスト公爵も伝染病の爆発的な流行により、発症してしまったということだった。それはつまりアンデッド化してしまったと。


 そして蘇生者リストには載っていない。


 言い換えれば、俺の能力が公爵を蘇生させなかったことを物語っている。すなわち、レイシーの魔眼に反応しなかったのだ。


「クライスト公は蘇生されなかったのね」

「はい……」


 あるじを失った執事としては、これほどの無念はないだろう。


「あなたは優秀だと、クライスト公からはよく聞かされていたわ」

「ありがたきお言葉。ですが、私めにはもう仕えるべきあるじがいません」


 ゲイブリエルは疲れ切って生気のない顔をしている。忠誠を誓った主に先立たれ、生きる希望を失ったかのように。


「王都の事は知っていますわね?」

「はい。王都は完全にカドリール殿下に掌握されたと」

「今は緊急事態なの。クライスト領は一時的に王家が預かります。ディー兄さ……ディー殿下も亡くなった今、この場にいる王家の人間はわたくしのみです。国王陛下が帰還するまで、わたくしが統治します。それでよろしいですね」

「ご自由にどうぞ。私めはもう……ただの平民ですから」

「いえ、あなたには生還した住民たちを助ける義務があります。わたくしに協力なさい。ここはあなたの街でしょ?」

「で、殿下」

「ゲイブリエル・ドドソン。あなたをわたくしの配下に加えます」


 彼の目から一筋の涙がこぼれる。主君を失い、一時的とはいえ街は壊滅したのだ。すべてを失ったと思っていたところに、前の主君と同じように自分を重用してくれる人が現れた。これほど嬉しいことはないだろう。


「いいわね?」

「はい。殿下に忠誠を尽くします」


 彼は跪き、深く頭を下げた。


「顔をあげていいですわよ。それよりも報告の続きを聞きましょう」

「はい……リストにあるとおり、蘇生した者は150名であります。内訳は兵士が100名。残りは一般市民ですね。さらに子供もかなりの割合を占めます」


 たしかに、兵士以外の年齢を見ると15歳未満の子が多い。半数近くはいるようだ。


 レイシーの魔眼が反応した味方、と見るには心細い相手でもある。やはり、彼女の目の反応は単純に時間遡行の魔法が効くかどうかの判断だな。


「それから、これは言いにくいのですが、地下牢で封印刑にされていた囚人が一人だけ生きております」

「ジャヴ・ロックね」


 彼女は既にそれを知っていた。だから今さら動揺することはない。


「それと残念ですが、王国諜報部の方たちはおりませんでした」

「そう。彼らがいれば、もう少し効率良く情報を集められたというのに」


 俺はリストの名前の横にある職業欄を見てふと思い付く。


「レイシー。冒険者が何人か蘇生しているようだ。この中のレンジャーや弓使いに情報収集のクエストを与えてみてはどうだ?」


 俺のその提言に、彼女は指でリストをなぞりながら冒険者を見つける。そして顔を上げると微笑んだ。


「エシラのその案をいただきましょう。あとで正式な書類を作成するから、冒険者ギルドの方に持っていって」

「わかった」


 俺は即答する。


 レイシーは再び書類をざっと読み込むと、顔をあげてゲイブリエルに問いかけた。


「食糧問題はどうなの? この街の備蓄庫にはどれくらいの食糧が残っているのかしら?」


 彼はそれに淡々と答える。


「小麦や干し肉、すぐ近くに川があるので、今の人数でしたら半年は問題ないでしょう。ただ、要塞化できるとはいえ、生還者全員を兵に加えたとしても防衛は難しいですね」


 正規兵が100名。それ以外の住民を加えても戦力は120名強。とてもじゃないが、王都の兵を退けるには少なすぎる。


 しかも兵種の詳細を見ると、街を巡回する衛兵20名、陣地設営や建築修理などに携わる工兵30名に都市防衛の弓兵50名だ。実戦に即使えるのは弓兵くらいか。


「半年以上先のことも考えなければならないわね。流通が完全に止まったこの街は、他の街や村から食糧を入手する手段がないのよ」


 俺は壁に掛けられたクライスト領の地図を見る。そして、その中央にあるチャーチの街の地形を確認した。


 二つの川の支流に挟まれ、さらに山に囲まれた自然の要塞。この立地条件なら使えるか?


「ゲイブリエルさん。この北側の門ですが、どこに通じているのですか?」

「北は険しい山を越えなけれどこにも行けません。兵士の訓練場があるので、そのための入り口に過ぎないです」

「訓練場の広さは?」

「この街と同等くらいの面積ですか」


 街は直径1キロほどで丸く城壁に囲まれている。それと同等であれば有効活用はできそうだな。


「地図を見ると斜面となっていますが、どの程度でしょう」

「訓練場の8割は緩やかな斜面となっています。兵士の体力を鍛えるにはちょうどよいと閣下はおっしゃってましたけどね」

「もう一つ。この訓練場の方向ですが、こちら側から何か脅威になるものが来ることはないですよね?」

「そうですね。隣国のオズが侵攻してきたとしても、山を越えてくることはないでしょう。危険な魔物は左側の山地に生息しております。襲って来るとしたらワイバーンくらいでしょうか。それでも弓兵がいれば大した脅威ではありません」


 俺はひらめいたことを口にする。


「この斜面に畑を作ってみてはどうかな?」


 その提案にレイシーは驚いたような顔をする。


「畑ですか? あんな傾斜地にですの?」


 レイシーは知らないのだろう。段々畑というものの存在を。これは俺のいた東の国では日常的に見る景色だった。平地が少ない土地だったのもあるだろう。


「傾斜地を改良して、水平に保たれた畑を階段のように集積していく。段々畑というのだけどな。周辺には段々畑に必要な木材も豊富だし、その工事を行える工兵もいる。道具は鍛冶屋に作らせればいい」


 まあ、大仕事だが、半年の猶予があるんだ。その間に少しでも自給率を上げないと。


「その段々畑はどんな作物でも平気なのですか?」

「ああ、麦だろうが豆だろうが、単純に土地を有効活用するだけだからな。整地と収穫が面倒なのが欠点だ」

「エシラ。その段々畑の作り方を工兵に教えてあげていただけないでしょうか。命令書は後で作成しますから」

「了解」


 なんだか俺の仕事が増えていくような気がする。とか思いながらも、さらにもう一つの妙案を思い付く。


「食糧の入手方法で、もう一つ提案がある。弓兵に訓練がてら山で狩猟をやらせてはどうだ? そうすれば簡単に肉が手に入る」

「そうですわね。街の防衛といっても、この状態で彼らを最大人数配備しても大した効果はありません。それよりも魔物の襲撃に対する必要最低限の防備で、残りは食糧確保をさせたほうが効率がいいですわ」


 これで食糧問題はどうにかなるだろう。


「あとは兵の少なさをどうやって補うかだが……」


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