第16話「リベリオン」


 見渡す限りの草原は、まるで夢の中にでもいるようだった。


 その遠くの方に少女の後ろ姿が見える。


 あれはレイシーか。


 俺は驚かせないようにゆっくりと近づいていく。


 彼女の姿は、俺が知っている容姿より5歳ほど幼いような気がした。そして、彼女は泣いている。


「なにを泣いているんだい?」


 優しく問いかけた。


「お母さんが……お母さんが」


 母親が亡くなったときのことを悲しんでいるのだろうか? それとも物心ついて、母親がいないことに嘆いているのだろうか?


「俺のことわかるか?」


 彼女の心を見ているのなら、俺の記憶も彼女にはあるはずだ。悲しみを打ち消すには心を許せる人間が側にいるしかない。


 本当ならティリーの方がいいんだけどな。と思いながら、彼女の頭を撫でる。


 すると、レイシーの口元がニヤリと笑った。背筋がゾクリと凍える。これは彼女ではない。


 思わず後ずさりしてしまう。


「なんじゃ、優しくしてくれるんじゃなかったのかのう」


 老婆のような口調。これはレイシーではない別の何者かだ。


「おまえは誰だ?」

「誰? そうわらわは誰じゃったかのう」


 とぼけたように笑みを浮かべる彼女に俺は怒りを覚える。


「おまえ、ふざけてるのか?」

「まあまあ、落ち着けや。わらわがせっかく招待したのじゃから」

「招待? そもそもここはどこなんだ?」


 俺は直感的にレイシーの心象風景だと思っていたのだが、違うのか?


「お主の思うとおり、ここはお姫さまの心の中じゃよ」

「じゃあ、おまえは何者なんだ? それともおまえもレイシーの一部。もう一つの人格か?」


 多重人格の可能性を考えなかったわけではない。


「そんな低俗な存在ではない。そうさのう、『リベリオン』とでも名乗っておこうか」


 リベリオン? 古代語由来の言葉か。意味はなんだっけな……


「そのリベリオンが俺になんの用だ? 俺を招待したといったな」

「ああ。話があってのう」

「用件を言え」


 苛立ちが最高潮に達する。こいつはなんなんだ?


「ああ、おまえの能力のことじゃ」

「能力……蘇生魔法の事か? あれはどうなっているんだ? 俺の魔法は特別なのか?」


 真っ先に思い付くのはそれ。どうみてもあの蘇生魔法は異常なのだから。レイシーの魔眼のようにユニークスキルなのだろうか?


「特別……うーむ、他に使える人間がいないという意味では特別かもしれないのう」

「やっぱりな。俺は本来あんな魔法は使えないはずなんだよ」

「魔法雨の影響を濃く受けたからじゃよ。まあ、もともと適合者だったのもあるか」


 魔法雨? あの夜の流星雨のことなのか?


「どういうことだ。説明しろ」

「偉そうじゃのう。まあ、一つだけ教えてやろう。アンデッドを元の人間に戻した能力は蘇生魔法ではない」

「は?」


 思いがけない答が返ってくる。だとしたら、なんだっていうんだ?


「あれは時間を遡行させる能力じゃ。生き返ったのではない。特殊能力をかけた空間ごと時間を巻き戻したのじゃよ」


 厳密には蘇生じゃなく、時間が戻る?


 なるほど、身体だけじゃなく衣服や持ち物までもが復元されたのはそれが原因か。


「それで? なぜ俺はこんな力が使えるようになった?」

「ん? 聞きたいか?」

「あたりまえだろ!」

「そうじゃのう。わらわの話を受けてくれるのなら話してしんぜよう」


 こいつ、いちいち言い方がムカつくな。


「なんだよ。言ってみろ」

「正式に契約をしないか? おまえの能力を強化してやる」

「契約?」

わらわとの契約じゃよ。真の王としてこの世界に君臨するために必要なことじゃ」


 俺の本能が直感的にそれを拒む。これは受けてはいけないと。


「ちょっと待て、なんか胡散臭いぞ。真の王だと? 魔王の間違いじゃないのか?」


 悪魔がこんな感じで人を誑かしたという昔話を聞いたことがある。


「おまえは真の王としての適合者だからのう。今以上に能力を行使できるぞ」


 まるで詐欺師の言葉。利点しか話さないところなど、そのものではないか。


「今でさえかなり強力なんだぞ。これ以上何を強化するってんだよ」

「では、お試しに時間遡行能力を強化してみようかのう。それを使ってみてわらわとの契約を受けるかどうかをじっくり考えるのじゃ」


 彼女はそう言い放つと、その姿をゆっくりと消していく。


「おい!」

「それと、このお姫さまはお主にとっての鍵じゃからな。大切に扱うのじゃよ。では、また会おう」

「ちょっ――」


 引き留めるヒマもなく再び意識が途切れる。


「待て!!」


 そう叫びながら目を開けた。と、周りには俺を囲む7人の顔が見える。


「ご主人さま。ご無事で良かったです」


 とイーディスが抱きついてくる。


「本当に心配したんだよ。まあ目覚めたならいいんだけど」


 ロリーナがジト目で睨んでくる。何か悪いことしたっけ?


 幼女3人は「起きた!」と合唱し、ラビは「よかった」と神に祈り始め、ティリーは優しく微笑んだ。


「レイシーは?」


 俺はばさりと上半身を起き上がらせる。と、ティリーが「まだ目覚めません」と告げた。


 彼女は俺の隣に寝かされている。というか、俺が隣に寝かされたのか。


 くそっ。どうやったら彼女は目覚めるんだ? さきほどの夢は完全に夢で、彼女の中の『リベリオン』とかいう奴に俺は会っていたわけじゃないのか?


 そんな風に混乱していると、レイシーの目蓋がぱちりと開く。


「レイシー、目覚めたか。よかっ――」


 彼女はぎごちない動きで起き上がると、四つん這いになって俺に近づいてくる。


「どうした?」

「姫さまどうしたんですか?」


 レイシーの側にずっといたティリーでさえ、彼女のその行動の異常さに驚いている。


 彼女の動きはまるで自我を失った人間の動きのようである。そう、アンデッド化したやつらがこんな感じだったか。まさか、発症したのか?


 そんなことを考えて焦るが、彼女の顔色は健康的な色を保っている。


 どういうことだ?


 彼女の顔が俺にかなり接近し、その両手で俺の頭を掴んで引き寄せる。


「ちょ、レイシー?」


 そのまま俺の唇は彼女の唇に触れた。


 その瞬間、魔力が全身を貫くような感覚に陥る。そして、淡いオレンジの光が俺たちを中心に広がっていった。


「これは蘇生魔法?」


 ティリーがそう声を上げるのも無理はない。彼女は俺の魔法を何度も見ているのだからな。


「これが蘇生魔法? 違う、これは全く違うもの。これはわたしの知らない魔法」


 ラビが信じられないものを見たかのように軽く混乱する。


 そしてある程度広がった魔法の光は、爆発的に莫大な魔力を辺りに放出した。


 それはたぶん、この街を覆うほどに。


 そして選別は行われた。



**



 街からはアンデッドが一掃された。さらに、100人以上の人間が蘇生される。いや、正確には時間を巻き戻されたのだ。


 あとから聞いた話だが、それはレイシーの魔眼が反応した者ばかりである。


 とりあえず、俺たちはクライスト公爵の城の客間で休ませてもらっていた。


 まあ、本人は行方不明なので、彼の執事に許可を得て使わせてもらっているわけだが。


「わたくし、なんだか怖いですわ」


 ソファーに座ったレイシーは、額を右手で押さえてうなだれるようにそう呟いた。


 アンデッドという脅威はなくなり、人々も蘇生され、希望の光が見えたというのに彼女は怯えていた。


 理由はわかっている。レイシーの魔眼に反応したものだけが蘇生されたのだ。それはまるで神の選別。彼女は全員を助けたかったに違いない。それがずっと心に重しを載せているのだろう。


「レイシーの魔眼と俺の能力は繋がっている。もし何かあったとしても、俺たちは共犯だよ」


 彼女の向かい側に座った俺は、元気づける意味でちょっと戯ける。


「その言い方はなんだか、あまりいい感じがしませんわ。どうせなら運命共同体とでも言ってくださればいいのに」


 レイシーがめずらしく頬を膨らませて少し不機嫌になる。


「悪かったな。言葉には無頓着なんだよ」

「あなたはわたくしの初めてをあげたのです。少しは自覚してもらわないと」


 え?


 そう彼女は大真面目に呟く。彼女の場合は照れて赤くなるとか、そういうことはないようだ。


「レ、レイシー? もしかして、あの時のこと覚えていたのか?」

「ええ。身体だけは誰かに操られているように動いておりましたが、わたくしの中では意識ははっきりしておりましたのですよ」


 本人にとっては不本意な行動。しかも初めての口づけを俺なんかに……。


「そうか。ごめん……っていうのも変か」

「そうですね。わたくしから口づけしたのですから、被害者はエシラの方でしたね」


 そう言って、少し吹っ切れたようにエシラの口元が緩む。うーん、俺の事は恋愛対象としては意識していないのか? よくわからんな。


「いや、その……気を遣わせて悪いな」

「わたくしは別に嫌な気分ではありませんでしたわ。それになんだか不思議な気分もありました。エシラはお嫌でしたかしら?」


 まっすぐに俺を見つめる瞳。本当にまっすぐ過ぎて、そこに邪な感情など存在しないことが理解できてしまう。


「そ、そんなことはないよ」

「それはよかったですわ。わたくしはあなたにあまり良い所を見せておりませんでしたから、嫌われていたらどうしようかと思いましたの」


 俺の方が照れてしまって、まるでこれでは手玉にとられているようだ。


「それはないよ」

「どうでしょうか。あなたはいつも難しい顔をしています。わたくしに笑いかけてくれることもありませんでしたから」


 『無愛想野郎』と過去にそう罵られるのには理由はあったのだ。


「俺は人との関係をあまり大切にしてこなかった。だから、そういうのは苦手なんだよ」

「わたくしはあなたの全てを受け入れますわ。ですから、怖がらないでくださいませ」


 10も年下の少女にいいように弄ばれているな。


「別に怖いわけじゃ……というか、怖がっていたのはレイシーの方だろ。」

「わたくしたちは共犯者、けど、あなたの一緒なら怖くはないかもしれませんわね」


 今度はにっこりと大きく笑みを見せるレイシー。


 そんな二人の関係を俺は「悪くないな」と思うのであった。



◆あとがき


これにて第一章はおしまい。次は第二章開幕となります。


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・『応援する』や『応援コメント』


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この2つを行ってくれると、作品の大きな力になります! 切実にお願いいたします。


・何かしら心に残りましたらレビューを書いていただいてもかまいません。


次回【第二章 タワーディフェンス】

第17話「防衛計画」


『チャーチの街での新生活がはじまるよ!』に乞うご期待!




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