第15話「聖なる領域」
しばらくするとレイシーたちが戻ってくる。こちらも進みながら戦ったので、時間は省略できただろう。
「エシラ!」
「エシラ殿!」
俺は真っ先に重要な事柄を聞く。
「街はどうだった?」
「……」
「……」
その質問には沈黙が返ってきた。
「街の住人がアンデッド化ってのは予想済みだ。それよりも門は開いているか?」
「ええ。開け放たれています。そのおかげで、街はほぼ全滅のようですが」
「なら、このまま門まで行こう。俺に考えがある。レイシー、ティリー、馬を降りてしんがりを頼んだぞ」
「了解いたしましたわ」
「了解です」
馬からレイシーとティリーが降りる。レイシーは例の金色の槍を召喚し、準備万端だ。
彼女たちが降りた馬に、俺とラビと幼女二人が乗る。少々重そうだが、幼女をそれぞれ背負って走るよりは速いだろう。
「行け!」
馬を走らせる。その隣に再び戻ってきたイーディスが並んだ。
「ご主人さま。街はすでにアンデッドだらけだそうです。どうするのですか?」
「門に入ったら脇に塔があるだろ? 兵が見張りを行うために城壁に上る階段だ。そこに入れ、そうすればワイバーンの攻撃は避けられる」
「ですが、中にはアンデッド化した兵もいるんじゃないですか?」
「それは俺がなんとかするよ。イーディスたちはワイバーンの攻撃だけ注意してくれ」
「わかりました。ご主人さまを信頼します」
しばらく走らせると、門が見えてくる。その周りにはうじゃうじゃとアンデッドたちが湧いて出ていた。
ワイバーンの鳴き声や、馬の駆ける音に反応して出てきたのかもしれないな。
「突っ込め!!」
イーディスにそう指示をすると、「上位回復 《ハイヒール》!」を連続で前方へと撃ち込む。そこにいた十数体のアンデッドが浄化され消滅した。
その穴を狙い馬で駆け抜けて門に到達する。と、すぐに右側にある塔の入り口へと突入。幸い、厩舎が併設された大きな空間だったので馬ごと入ることができた。
しかし、音に反応したアンデッドが、階段の上から、そして入り口から押し寄せてくる。
「みんな馬から降りろ! 中心に固まれ」
そう叫んで指示を出した。
俺は皆の中心に行くと魔法を発動するため準備を行う。
最初は無難に
「
淡いオレンジ色の光が俺たちを包み、円錐の魔法壁を作り上げる。
その大きさは、前回以上となる。乗り捨てた馬のことを考えてしまったせいだろうか?
俺らを中心に馬二体を含めた大きな魔法璧。それは厩舎全体を囲む。入り口や階段から降りてくるアンデッドはそれに触れると、自動的に消滅していった。
その魔法壁は徐々に膨らみ、広がりつつある。
これはある意味最強でもあるな。
「すごい……」
「さすがご主人さま」
ロリーナとイーディスが魔法の効果に驚いている。
「ああ、これは神の力。あなたはやはり神の御子なのですね」
ラビが俺に対して祈りを捧げているのだけど、なんか間違ってないか? それに釣られて子供達まで俺に手を合わせるぞ。
ある意味恥ずかしいなこれ。
しばらくするとレイシーやティリーが入ってきた。
二人は余裕の表情を見せている。
俺は呆けたように問いかける。
「もうアンデッドはいないのか?」
「ええ。ほとんどあなたの魔法で消滅しましたわ」
え?
「しかし、すごいですわ。エシラ。入り口から入ろうとするアンデッドたちが全て消えていくさまは、まさに奇跡を見せられたと言っても過言ではありませんでしたわ」
大げさだな。アンデッドがただ自滅していっただけだぞ。
俺は言い訳……というか状況の分析結果を冷静に語る。
「そもそもアンデッドは回復魔法で浄化できるわけだし、
その事実に異論を唱えるというか、結果的に褒め称えるような言葉を告げたのはラビだった。
「わたしも
まあ、なんだか無理に言い訳しても仕方ない気がしてきた。ラビに関しては勘違いしたままにさせておいても構わないだろう。敵対するのでなければ問題は無いのだから。
「ところでワイバーンは?」
俺がそう聞くと、レイシーとティリーは顔を合わせてクスクスと笑い出す。
「うふふ。あなたが作った
「範囲?」
「塔の上まで突き抜けていますわ。おかげで、飛び込んできたワイバーンたちも魔法壁に触れて消滅していっていますの」
塔の上って……たしかここの城壁は10ナート以上あったはずだから……あれ? そんなに範囲広いの?
というか、前回使ったときはここまで広範囲じゃなかったはずだが。
「マジか?」
俺は自分の魔法の事に自分自身で驚いていた。そういえば、発動した魔法防壁は徐々に拡大していたっけ。
「エシラが驚いてどうするのです。もっと胸を張りなさい。これは――」
そんな風に俺を諫めていたレイシーが、突然両目を押さえて苦しみ出す。
「姫さま!」
ティリーが駆けよって身体を支えた。
「なんなんですの? こんなことって……」
レイシーが悔しそうにそんな言葉を絞り出す。
「レイシー! どうしたんだ?」
皆が心配して彼女を囲む。しばらくすると、ゆっくりと顔を上げるレイシー。だが、その瞳はオレンジ色に変化していた。
「姫さま。それは」
「魔眼の暴走……いえ、違いますわ。わたくしの目がこの街にいるものを認識していますの。これはもう、わたくしの味方とかそういう度合いの問題ではありませんわね」
「なにが見えるんだ? レイシー」
「この街にいる100人以上のアンデッド……いえ元住民ですわね。その者たちがわたくしの目に反応しているのです」
本来、レイシーの魔眼は味方を認識する能力。だけど、反応しているのはアンデッドばかり。これはチャーチの街でのロリーナとイーディスの件と被る。
「でも、それってレイシーの味方ってことだろ?」
助けたロリーナとイーディスは今では俺たちの仲間だ。すなわちレイシーの味方である。
「違いますわ。中には牢獄にいる災厄の囚人にも反応しておりますの」
「災厄の囚人……」
噂で聞いたことがある。10年以上前に国家転覆を謀ろうとして、要人たちを数百人近く暗殺した魔導師。
「ジャヴ・ロック。彼はわたくしの母親をも殺しました」
衝撃の事実を聞く。そういや、レイシーはあまり自分のことを話さないのだったな。
「その男が魔眼に反応しているのか?」
「ええ」
「でも、牢獄の中って、地下牢だろ? そんな所まで見えるのか?」
自分の魔法の事ばかりに気をとられていたが、レイシーの魔眼も着実に力を増している。
「前までは面と向かわないとわたくしの魔眼は反応しませんでした。ですが、今は反応した者のいる位置がすべてわかりますの。不幸中の幸いなことに、彼はまだ獄中。というか、封印刑で眠らされていているのですが」
封印刑? 初めて聞く言葉だ。
「封印刑ってなんだ? なぜ死刑でなかったんだ?」
「彼の身体には術式刻印がされていて、魔力を練る必要もなく触れただけで魔法を発動できます。その秘密は彼独自のものですので、その術式刻印を解明するために眠らされているのです」
事情はわかったが、そんな男までレイシーの魔眼に反応するとしたら、それはもう、彼女の味方を見抜くものではない。
だとしたら、彼女の目は何を示すというのだ?
「……」
一つだけ考えられる理由に思い付く。が、決めつけるのはまだ早い。
「っ……」
再びレイシーの様子がおかしくなる。よろめいたかと思うと、そのまま意識を失った。
「姫さま!」
ティリーはそっと彼女を寝かせる。
「ラビ。治癒魔法を使えるか? 俺は
「わかりました。ですが、倒れた原因がわからないことには治癒は難しいですね。とにかく、解析します」
ラビはレイシーの胸の上辺りに両手を広げ、彼女の体内の魔力の流れを探る。そうやって体内の毒素やケガの具合、もしくは弱ってしまった内臓器官を見るのだ。
時間だけが過ぎていく。ラビの額からは脂汗のようなものが流れてくる。
「ダメ……わからない。身体には何も異常がないの」
「そんなはずは……姫さまはこんな苦しそうにしているのに」
ティリーが泣きそうな顔で呟く。
「……んっ……んん」
レイシーは悪夢にでもうなされるように、瞳を閉じたまま小さな呻き声をあげていた。
ラビももう限界のようだ。それを見ていられなくなった俺は、彼女に告げる。
「俺が代わるよ」
「でも……」
「ティリー。
「わかりました」
「はい」
俺は一旦、
続けて、レイシーの身体の解析を行う。だが、解析のために魔力感知を行おうと手をかざしたところで、妙な感覚が身体に伝わってくる。
まるで彼女の心に触れてしまったかのように。
そしてそのまま、俺の意識は吸い込まれた。
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