第14話「ワイバーン」



 チャーチへ向かいながら、ラビに話を聞く。


 彼女は西の方にある星霜教会の修道女シスターで、修練のために各地にある教会を回って弱者への救済を行っていたらしい。


 簡単に言えば孤児の世話や生活困窮者への炊き出し等の手伝いだ。


「奉仕活動こそが神の思し召しであると私は考えております」


 そのラビが王都に入ったのは半年前だそうだ。そこにあるこの国最大のウォッツ教会で奉仕活動を行っていたらしい。しかし、ある日届け物をしにダックワース村を訪れていたときに王都の異変を知り、帰れなくなったという。


「異変?」

「はい。突然、王都が閉鎖されたのです」


 村人や旅人の話から察するに、王都ではカドリール王子によるクーデターが起きたということだった。


 王子が持つ私兵が王宮を掌握し、王都防衛軍が彼の支配下になる。王の親衛隊との戦いはあったみたいだけど、かなり小規模なものだったらしい。住人たちにはそれほど被害が出なかったようだ。


 王はなんとか西の方へと脱出したらしいとの噂だが、第一王子の生死は不明のようだ。


「カドリール兄さまがクーデター? まさか、一番王位争いとは無縁な人がそんなことを起こすなんて」

「カドリールってのは、第三王子だっけ?」


 確認の意味を込めて俺は聞く。


「そうですわ。カドリール兄さまは穏健派というか、まつりごとには興味を示さない女癖の悪いだけの、他の兄妹たちにとっては毒にも薬にもならない存在でしたの」


 褒めてるようで、まったく褒めてないな。


「キミの魔眼はどう示していたんだ?」

「味方とも敵とも認識しておりませんでしたわ」


 それはおかしいな。今の王子は王家そのものを敵に回した。つまりレイシーの味方ではない。そんな野心を持っていたのなら、彼女の魔眼が反応しているはずだ。


 だとしたら考えられることは一つ。


「ということは、王子は誰かにそそのかされてクーデターを起こした可能性が高いな」

「それは例えばどなたにですかね?」


 レイシーは俺に意見を求める。


「一番考えられるのは隣国のオズだな。停戦協定が結ばれたとはいえ、王都があんな状態になれば攻める口実になるだろう。クーデターを起こしたカドリール王子が停戦協定を破って攻めてくる可能性もあるのだからな。だったらこちらから先に攻めればいい。どうせ防衛軍の指揮系統もガタガタだろうって」

「なるほど、そう言われるとオズの可能性が高まりますわね」

「まあ、可能性が高いだけで、他の理由かもしれないけどな」


 その他の理由はいくらでも考えられそうだ。そういえばラビの話が途中だったな。


「ラビ。ごめんなさい。話の腰を折ってしまって」


 最初に口を挟んでしまったレイシーがそう言って謝る。


「いえ構いませんわ。わたしはそういう裏事情は一切知らされておりませんから。とても勉強になります」

「そういえば王都の教会は機能しているのかしら?」

「ええ、大司教様もご無事と聞いています。さすがに国教であるパタファリアン教を弾圧することはないでしょう」


 この国の民の9割以上がパタファリアン教を信仰している。国を治める者であれば、敵対などできるわけがない。それがクーデターによって替わられた為政者であっても。


「王都には感染者はいないのか?」


 俺は素朴な疑問を投げかける。


「数百名ほどは出ていると聞きましたが、隔離されているようですし、街が壊滅するほどではないと思われます。それにクーデターのおかげで、住民の移動制限が厳しくなったらしいです。幸か不幸か、それが感染症を防ぐかたちとなりましたけどね。まあそのせいで、わたしは王都に戻る事ができなかったんですけど」


 そうなると、変装して王都に侵入なんて安易な作戦はとれないか。入ってくる人間も厳重に調べるはずだ。


 そんな感じでラビから、かなりの情報を得ることに成功した。やはり生きている人間はありがたい。



**



 チャーチの街に入るには、川の支流が合流する二股近くにかかった橋を越えて山道に入る。


 左右を川に囲まれ、山の中腹部にあるその街は、自然の要塞とも呼ばれていたらしい。


 たしかに、攻める側にとっては面倒くさい立地だよな。


 王都に一番近い街といえど、簡単には陥落しないだろう。ゆえに、じっくりと対策が練れる。


 だが、そんな希望は徐々に削られていった。


 街へ続く道には死体が散らばっていた。一体二体ではない。それは数百体を超えていた。


 その全てが頭が砕かれていた。つまり、アンデッド化した人間を倒す為に戦闘が行われたと推測される。


「街は大丈夫なのか?」


 そんな言葉がこぼれてしまう。それはたぶん、俺以外の皆も思っていることだ。


「姫さま。私が偵察して参ります」


 ティリーがそう提言する。


「いえ、ここまで来てしまったのですもの。わたくしもどんな惨状であろうと、己の目で確かめたいですわ」


 レイシーがそう言うと、ティリーが引いていた馬に近づく。そして、彼女と共にチキとシーズーを優しく抱き上げて降ろした。


 代わりに馬に乗ったティリーが俺にこう告げる。


「私と姫さまが偵察してきますので、エシラ殿はここでお待ちください。何かありましたら、皆の事をよろしくお願いいたします」


 ティリーはレイシーの手を引いて一緒に乗せた。


「わかった。無理はするなよ」

「姫さまが一緒ですから、無理はできませんよ」

「そうだったな」


 ティリーとレイシーが去ると、残された俺たちはその場でくつろぐ。といっても、周りは死体だらけなのでいい気分ではない。


 幼女たちも怖がって震えていた。


「ラビ姉、怖いよぉ」

「お姉ちゃん、手に握ってて」


 チキとシーズーがラビの足元に抱きつくようにすがる。


 それとは逆に、キャティはロリーナと共に馬上でお菓子の話に花を咲かせていた。まあ、怯えられるよりはありがたいかな。


 イーディスはというと、休ませている馬の首筋あたりを撫でている。馬の方も、それを喜んでいるような素振りを見せていた。テニエルの街の屋敷ではこの馬の世話もしていたのだろうか。


 俺はラビの方へと視線を戻す。


「なあ、ラビ。あんたも回復魔法は使えるんだろ?」

「ええ、基本回復は一通り」

「回復魔法がアンデッドに効くことは?」

「教会で仕組みはきちんと習いましたが、それ以前に何度かアンデッドを浄化したことはありますよ。といっても、スケルトンとグール相手に使っただけですけどね」

「あの村に発症者が出て村が襲われたときは使わなかったのか?」

「……」


 彼女は黙り込んでしまう。その気持ちはわからないでもない。


「悪い……酷なことを聞いたな」

「いえ、わたしは怖かったのです。襲ってきたアンデッドが村の知り合いかもしれないと考えてしまうことを」


 そうやって彼女は自分を省みる。別に責めようと思って言ったわけではない。大切な戦力でもあるのだから、それを乗り越えて欲しいだけだ。


 だから俺は、彼女が自分で気付けるようにと問いかける。


「そうだな。けど、回復魔法が効くということはすでに死んだ身体なんだよ。魂だけ死ねずにさまよっているようなものだ。聖職者はそういう時どうするんだ?」


 一瞬の沈黙の後にラビは答えに達する。


「さまよう魂を浄化する。そう考えろと?」


 彼女の顔はまだもの悲しそうだ。


「それが正解というわけではない。だけど、俺がアンデッド化したなら、ひと思いに浄化して欲しいと思うだろうな」


 俺の言葉に彼女は深く頷く。


「わたしもそうですね。本人も苦しんで他人を苦しめて……そんな状態なら早いところ神のもとへと送っていただきたいです」

「平気か?」


 彼女は吹っ切れただろうか? アンデッドに囲まれたときに躊躇なく魔法を放てるのか?


「ええ、もう大丈夫のような気がします。それに、今度こそ、この子たちを守らないと」


 ラビはそう言って足元にしがみつく二人の頭を優しく撫でた。



 とはいえ、俺は回復魔法にすら疑念を抱いている。本来、人を癒すための魔法がなぜアンデッドには攻撃魔法に変化してしまうのか?


 本当に『浄化』であれば、ある意味死者を癒す魔法なのだから、神を信じる者には納得がいく答えだろう


 だが、俺は神を信じない。そんな奴でも使えてしまうこの魔法とは?


 ふいに腐敗臭が風にのって強く流れてくる。


 それまでおとなしくしていた馬が「キュイーン」という高いいななきをした。


「フラッグ、どうしたの?」


 イーディスが驚いたように馬に話しかけ、馬上では二人の幼女(一人は大人だが)が泣き叫んでいる。


「はわわわ、落ちる、落ちる」

「いやぁあああ」


 右後ろから嫌な魔力の気配。


「魔物か?」


 山地であるなら狼系の魔物。違う、これは……。


 腐敗臭をさせながら飛行物体が迫る。


 それはワイバーンと呼ばれる小型の翼竜だった。しかも、アンデッド化している。


「上位回復 《ハイヒール》」


 俺の魔法は見事頭部に当たり、ワイバーンはそのまま墜ちてくる。小型といえども全長は2ナートほどはある巨体だ。


 しかも、後方からはまだ魔力の気配が消えない。


 こいつらは群れで行動しているし、一匹でも発症したら群れごと集団感染するのだろう。


回復魔法ヒール


 ラビはワイバーンをギリギリまで引きつけてから、その頭部すれすれに触れて魔法を発動させていた。


 スケルトンやグールとの戦闘経験があるらしいから、そこらへんは慣れたものだな。


「ラビ。チャーチの街へと行くぞ」

「けど、もしかしたらあの街もすでにアンデッドが……」


 壊滅している可能性は高い。でもこの場に留まっていたらこちらが全滅だ。


「人の発症者は動きがゆっくりだからなんとかなる。でも、魔物はそうもいかない。空から狙われるのはマズイから、どこか建物内に入りたいんだ」

「そうですね。では、シーズーをお願いします」


 そう言って、抱き上げた子を俺の背中に乗せる。彼女の方も、もう一人の子を背負った。


「イーディス、お前なら3人で乗れるな。先にいってレイシーたちを呼んできてくれ」

「了解しました。ご主人さま」


 さて、あとは俺たちがレイシーたちが戻って来るまで粘れるかだな。


 ラビはかなり善戦している。回復魔法ヒールは射程が短いのによくやっていた。もしかしたらかなりの手練れかもしれない。


「ラビ。おまえ、もしかして元冒険者か?」


 俺は背中越しに彼女に問う。


「ええ、昔のことですけどね」


 苦笑いをするラビ。


 何か嫌な事があったのだろうか? まあ、冒険者なんて性格が破綻した奴が多いし、分け前で揉めることなんてしょっちゅうだ。


 それ以上は聞かないことにした。言いたくないこともあるはずだと。


「上位回復 《ハイヒール》!」


 旋回して飛んで来るワイバーンを確実に仕留めていく。が、数が多すぎる。しかも、飛んで来る敵というのがなんとも戦いにくい。


 だからといって、相手がアンデッド化していなかったら手も足も出なかった。そこらへんはギリギリ悪運が勝っているかな。


 とにかく、街の入り口までたどり着ければこちらにも好機はある。


 ここが踏ん張りどころだ!!


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