第13話「孤児たち」
俺の提案に、ティリーは沈黙して考え込むような素振りを見せる。王女の安全を第一に考える彼女には、少し説得が必要か
「レイシーは王家の人間だ。民は守らなくてはならないと思っている。そんな奴がずっと誰も助けられないでいるんだ。かわいそうだろ? 王都のこともそうだが、アンデッドを倒すときもずっとつらそうな顔をしていたぞ」
「それは知っています」
ティリーもそれはわかっていたはずだ。レイシーが王家の責務と重圧に耐えていたことを。
「教会の生存者を助けることができれば、彼女だって少しは救われるかもしれない。そう思わないか?」
「エシラ殿は、どうして姫さまのことをそこまでお考えになれるのですか?」
「俺も彼女には助けられているからな」
俺の心だって彼女に救われている。恩返しってわけじゃない。彼女のつらそうな顔は見たくないだけだ。
「わかりました。その作戦を許可しましょう。私もできる限り衝撃を与えないように頑張りますが、どうなるかは神のみぞ知る――」
「確率的には半々だと思っているよ。だからこそ、神が牙を剥いても平気なように対処する。それが人間の知恵ってもんだ」
「……エシラ殿の考え方は時々はっとさせられます。それに回復術師の方で、神に祈りを捧げないような人も初めて見ましたし」
俺も神に祈らないわけではない。祈るときは人事を尽くした時だ。ただし、その神は創造主ではなく、幸運の女神である。
**
「用意はいいですか。姫さま、エシラ殿」
ティリーが剣を構える。その後ろに俺たちはいつでも駆け出せるように構えていた。
「いつでもいいですわ」
「いつでもいいぜ」
レイシーと俺の声が二重になる。息がぴったりとは幸先がいい。
「いきます!」
ティリーの気合いの入った声と同時に見えない剣先が扉を襲う。と、その扉が綺麗に粉々に切り裂かれ、奥の方へと破片が飛び散る
それを合図に俺たちは走り出した。
少し離れた所には、打ち合わせ通り
建物はきしみ、すでに崩壊が始まっているようだった。
予想通り、ここから彼女たちだけを連れて逃げ出すなんてことは不可能だ。
「
俺たちを囲むのは半径3ナートほどの円錐の魔法壁。淡い青色の光をわずかに帯びている。
次にレイシーが俺と同じ場所に魔法陣を展開する。だが、帰還転移は発動するまでが遅い。それまで俺の魔法壁で持たせなければならないのだ。
ぎぎぎーっという何かがひしゃげる音と、バキバキバキという木材の折れる音が響き渡ると、天井にはめ込まれたステンドグラスの硝子が割れて降ってくる。
まだ大丈夫だ。
しばらくは持ちこたえるが、さらに壁が崩れ落ち、屋根が崩落してきそうな状態だった。
「レイシー、まだか?」
彼女は俺の声が聞こえていないようで魔法の発動に集中している。だが、それでいい。集中を妨げるようなことは言うべきではないのだ。
保ってくれよ。魔法防壁!
さらに防壁の限界以上の衝撃が加われば、それは俺に対しても苦痛を与えていくのだ。
予想以上に建物が崩落してくる。柱が倒壊し、屋根が落ちてきた時には肝を冷やす。
もう限界だ。そう思った瞬間、青色だった光がオレンジ色へと変化する。
それは崩落してきた屋根どころか、倒れ込んできた柱でさえ防御してくれていた。
「
レイシーの発動呪文が響く。
視界は暗転し、気付くと俺たちは外にいた。
「おかえりなさいませ。ご主人さま」
イーディスがご苦労様でしたという意味でも、深々と頭を下げる。
「はわわ、もうダメかと思ったよぉ」
ロリーナは、俺たちの脱出があまりにも遅かったからだろうか、少しうろたえていた。まあ、それだけ心配してくれていたのかもしれない。
「姫さま!」
教会の方から物凄い勢いで駆けてくるティリー。崩落に巻き込まれたのだと勘違いして瓦礫の中を探していたのだろう。
「ティリー?」
「心配しましたよ姫さま」
レイシーに抱きつくティリーの瞳には、少し涙の跡が見えたような気がした。
「えと、あなたたちは何者なのですか?」
俺たちのそれぞれのやりとりを見ていた
「ただの冒険者って言っただろ」
俺がそう答えると、ロリーナが「それはエシラさんだけ」と苦々しい顔で呟く。
「わたくしはキャロル王国第二王女のレイシー・プレザンス・キャロリアンですわ」
レイシーは
「申し遅れた。私は王女直属の守護騎士、ティリー・モラセスだ」
その自己紹介に驚いた
「王女さまに騎士さまなんて……まあ、これは神の思し召しですわ」
そう言った彼女は神にでも祈るかのように、胸の前で両手の指を互い違いに組み合わせながら手を合わせる。
「あたしはメイドのロリーナ。こっちは」
と、ロリーナはイーディスの手を引っ張った。
「私もメイドのイーディスです」
彼女は恥ずかしそうに挨拶をする。
一通りこちら側の紹介が済むと、
「助けていただき誠にありがとうございました。わたしは
顔を上げたラビは、足元で彼女にしがみつく3人の幼女を順番に紹介していく。赤髪のショートの子が『チキ』で、銀髪の三つ編みの子が『シーズー』、金髪のクセっ毛の子が『キャティ』というそうだ。
「よろしくね。キミたち」
レイシーがしゃがみながら、幼女たちへと挨拶する。
初めは怖がっていたその子たちも、レイシーの柔らかな笑みにつられて笑い出す。
基本的には彼女は子ども好きなのかもしれない。
「あの、えっと……」
ラビが俺に向かって何か言いたそうにしていた。
「何?」
「あなたのお名前を聞いていないような気がして」
そういえば「ただの冒険者」で済ませてたっけ。
「俺はエシラ・リデルだ。何度も言うがただの冒険者。訳あって、王女に同行しているだけだ」
「本当に冒険者なのですか?」
彼女が不思議そうに首を軽くひねる。
「どういう意味だ?」
「あなたの放った
見てたのか。ならば異様に思われるのも仕方ないな。
「俺としては
「あれは、司祭の方でも簡単には術式が展開できないと言われているものです。もしかしてエシラさまは高名な元司祭の方ではないでしょうか?」
「司祭? 俺は神なんか崇めたことはない人間だぞ」
予想外の質問に俺の方も混乱してくる。
「そうですか……でも、あれは神に愛されたからこそできる魔法です」
「そうなのか? 本人は自覚なしなんだけどな」
「神は人々の普段からの行いを見ていると言われています。エシラさまは欲深さもありませんし、さぞかし優れた人格をお持ちのお方なのでしょう」
彼女は俺に対して礼賛を浴びせる。なんか勘違いしてるな、この人。
言い訳も面倒なので、それ以上は何も言わないでおいた。
まあ、どうせ安全地帯まで送り届ければ会うこともないだろうし……。
「なあ、ラビたちもチャーチに連れてってやるだろ?」
俺はレイシーに問いかける。
「ええ、そうですわね。王都はあんな状態ですし、近くの村も壊滅状態。チャーチでしたら保護できると思われますわ」
「じゃあ、出発するか……でも、馬が足りないな」
馬は二頭しかいない。
「子供達は馬に乗せて、私たちはそれを引いて徒歩で向かいましょう」
ティリーがそう提言する。
「そうだな。チキとシーズーはそっちに乗れ」
俺はレイシーたちが乗っていた馬を指差すと、さっそくティリーとレイシーが二人を馬に乗せるのを手伝った。
残りはキャティか。俺は彼女を抱き上げて、馬へと乗せる。
その子は「ありがと」と小さくお礼を言った。
「あとは……」
俺は辺りを見回す。そこで目的の人物を見つけた。
「ロリ姉さんも乗っとけ。歩幅は幼女のまんまだからな」
そう言ってロリーナを抱き上げる。
「む、なんかモヤモヤする」
「ねえ、ロリーナはどこから来たの?」
キャティがさっそく彼女に話しかけた。
「え? テニエルだけど」
「そうなんだ。あたし王都出身なんだよ」
幼女同士で話が弾みそうな感じだ。放っておこう。
まあ、ロリーナは27歳なんだがな。
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