第12話「教会」
ダックワース村に向かって、先頭をゆっくりと馬を歩ませていたティリー。
「待って下さい!」
彼女が手を上げて俺に制止の合図をする。
「どうした?」
「匂いませんか?」
そう言われて風に紛れた微かな腐敗臭に気付く。
「アンデッドか」
ダックワース村まであと数百ナートというところで、そんな気配があるということは、すでに村は壊滅している可能性が高い。
「姫さま、お降りください。私が見てきます」
「ええ、気をつけて」
馬からレイシーを下ろすとティリーは馬を走らせる。
危険だと止めようとした。しかし、考えてみれば俺さえ無事ならばティリーが感染しても蘇生魔法がかけられる。
そして、レイシーの魔眼が反応した特定の人物なのであれば、何度でも蘇生するのだろう。それはロリーナの件が証明していた。
しばらくその場で待っていると、ティリーが戻ってくる。その顔は厳しいままだ。
「村は壊滅しておりました。アンデッド化した住人しかおりません」
「ありがとうティリー。ご苦労だったわね」
「姫さま、お手を」
ティリーにそう促されて、レイシーは再び騎乗する。
「アンデッド化もここまで来ているのか。そもそも発生源はどこなんだろうな?」
俺は素朴な疑問を口にした。
「それを調べるためにわたくしは王都を出たのですわ。もちろん、王直属の諜報部隊も動いているとは思うのですが、王都があのような状態ですからね」
「そういう意味でも、第二王子がいるチャーチの街は行く意義がありそうだな」
王都からそれなりに近く、王家の人間が滞在している。ということで、仮設の司令部を立てているはずだ。
「それと、少し気になる事もあります」
ティリーが浮かない顔でそう告げる。
「気になる事?」
「アンデッドの数が少し少ないような気もしました」
「まさか、テニエルのように男だけどこかに売り払われたとか?」
レイシーが俺と同じ考えをティリーに問いかける。
「それも考えましたが、アンデッドの数は村の住人の4分の1ほどなのです」
それなら少しは希望があるかもしれないと、俺はこんな予想を言葉にする。
「感染を逃れた人が村を捨てたとか」
「それならいいのですが、なにやら胸騒ぎもします」
ティリーはまだ何か不安要素を拭い切れないようだ。
「もしかしたら、チャーチの街に逃げ延びているのかもしれないですわね」
レイシーは彼女の不安を拭うように希望の言葉をかける。
「そうですね」
そんなわけで、村には向かわず直接チャーチの街へと向かうことにした。馬を休ませられないので、走らせることができない。仕方がないのでゆっくりと進むことにした。
道中でレイシーがこんな話をする。
「そういえばここの村の近くには古い教会がありまして、わたくしはそこで精霊の告知を受けたと聞いておりますの」
「精霊の告知とは?」
「わたくしの名はレイシー・プレザンス・キャロリアン。ミドルネームであるプレザンスはわたくしを守護する精霊からいただいたものですの」
「そういや、王家の人間は特殊な能力があるんだったな。魔眼とか金色の槍とか、そこらへんの能力を授かるってわけか」
「ええ、そうですの。王家の人間が国を守るのに必要な能力ですからね」
隣に並んでいた馬の歩みが止まる。
「エシラ殿!」
ティリーが緊張した声で呼びかけてきた。それとこちらも馬を止める。今度は俺も、漂ってくるその臭いに気付いた。
「アンデッドだな」
「方向としては、例の古い教会の方に集まっているようですが」
彼女はそちらの方向を目を細めて見る。
「おかしいですわね。あの教会は古くて倒壊の危険性があると、閉鎖されていて誰もいないはずなのですが」
レイシーがそんな話をする。
「私が見てきます」
ティリーがそう言ってレイシーを降ろそうとするのを俺は止める。
「いや、俺たちも行く。状況からしてティリーの偵察を待っている場合じゃない」
「どういうことですの?」
「教会の方にいるのは、たぶんダックワース村の住人がアンデッド化したものだ。村の方は少なかったんだろ? 残りは教会の方に行ったと考えれば辻褄は合う」
「けど。どうしてですの? なぜ教会なんかに」
「アンデッドの習性だよ。彼らは生きている人間を襲う。そして、教会には」
レイシーが俺の言いたいことに気付く。
「逃げ込んだ生存者がいるのですね」
馬に無理をさせて走らせる。と、教会が見えてきた。予想通り、その周りをアンデッドたちが囲っていた。
俺は馬を下りると、ロリーナとイーディスも降ろしてこう指示する。
「ここから動かないで馬を見張っててくれ。すぐに戻る」
「うん、わかった」
「はい、仰せの通りに」
さらに隣で馬を下りたレイシーとティリーに付いてくるように言う。
「俺が回復魔法でまとめて浄化する。その間、群がってくるアンデッドがいたら引きつけておいてくれ」
「了解しました」
「わかりましたわ」
二人とも気持ち良く俺に従ってくれる。本来俺はレイシーに雇われたただの傭兵なんだけどな。
それでも、もっとも効率良く戦闘が行えるのなら、時間の短縮だけではなく仲間の生存率も上げられる。
ティリーが俺に従っている理由は、その方が彼女の安全を確保できるからだろう。
「それと、レイシー。もし魔眼に反応するアンデッドがいたら教えてくれ、俺としても蘇生魔法が使えるなら浄化はしたくない」
「ええ、かしこまりましたわ」
俺の左右をレイシーとティリーが守る。王女さまに護衛を頼むなんて、贅沢な行いではあるが、今は緊急事態だ。
「
手始めに真正面にいるアンデッドの集団に魔法をぶち込む。
ちらりとレイシーを見るが、彼女は首を振る。視界内に彼女の魔眼が反応するアンデッドはいないということらしい。
ならば思いっきり暴れても大丈夫だな。
とはいっても、俺は無制限で魔法をぶっ放すだけであるが。
**
教会の周りにいたアンデッドは、わずかな時間で倒すことができた。俺が
一人で戦うよりは効率良く処理できたはず。あとは、教会に立て籠もった人たちを助けないと。
俺は扉に手をかける。
「……開かない」
扉はビクともしなかった。
俺は、その脇に空いたわずかな亀裂を見つけ、そこから中を覗き込む。
教会内部には4人の人影が見えた。
一人は20歳くらいの修道服を着た女性、たぶん
「おーい、聞こえるか!」
俺が大声で呼びかけると、それに気付いた女性がこちらへ恐る恐るやってくる。
「誰?」
「通りすがりの冒険者だ」
そう答えると、彼女は不審げに問いかけてくる。
「冒険者? 周りのアンデッドはどうしましたか?」
「脅威は取り除いた。もう呻き声は聞こえないだろ?」
彼女は奥にある扉に行き、しばらくすると戻ってくる。きっとバルコニーにでも上がって周りを確認したのだろう。
「患者たちをその……退けていただけたのですね。ありがとうございます」
少し気になる言い方であったが、まあわからないでもない。それよりも今は中にいる者の無事を確認するのが先だ。
「扉を開けられるか?」
「ごめんなさい。中から板を打ち付けてしまったの。外すには壊さなきゃいけないわ」
そう言って彼女は持っていたハンマーを扉に叩きつけようとした。
「待った!」
俺は急いで止める。
「どうしたんですか?」
「その教会がなんで閉鎖されていたか知っているか?」
「閉鎖? そういえば倒壊の危険性があると……あ」
扉を壊した後に倒壊の前に走って逃げるという手もある。
だが、同時に倒壊する危険性は高い。。
だったら、ティリーの剣技で最小限の力で扉を破るか?
その場合は扉の近くで待機させるのは破片が飛び散って危ない。
ある程度離れた位置で待機してもらうにしても、空いた扉に向かって走ってきてもらうことになる。
修道女の彼女はなんとかなるだろうが、他は10歳未満の幼い子が3人もいる。ボロボロになった床を走らせたらケガをしたり転んだりするだろう。
俺は、振り返ってティリーに聞く。
「隠し部屋の壁を破ったみたいに、ティリーの剣でこの扉を破った場合、衝撃はどれくらいだ?」
「えっと……どれくらいという感じでのお答えはできませんが、まったく衝撃を与えずに扉を破ることは不可能ですね」
まあ、『どの程度の衝撃を与えれば建物が倒壊するか』なんて計れるものじゃないからな。
「ど、どういたしましょうか?」
レイシーが焦ったように問いかける。
「レイシー。
「ええ、少し時間がかかりますが可能です」
「じゃあ、帰還点を教会の外のあの場所にしてくれ。良い作戦がある」
そう言ってロリーナとイーディスのいる場所を指差す。
「わかりましたわ。魔法を設定してきます」
彼女は俺の示した方向へと駆けだしていく。
「何をするのです? エシラ殿」
その場に残ったティリーがそう問いかけてくる。
「ティリーの剣で扉を破壊してくれ」
「それでは建物が」
崩れてしまうと言いたいのだろう。実際に俺も指摘したしね。
「だから俺とレイシーが中に入る。彼女が帰還転移で教会の外へと生存者を移動させれば問題ないだろ?」
「しかし、建物の崩落が間に合わなかった場合はどうするのです。姫さまにそんな危険なことはさせられません」
「だから俺が行くんだよ」
「エシラ殿がですか?」
彼女は俺が一緒に行く意味がわかっていないようだ。しかたがないので、わかりやすく説明する。
「俺の魔法の一つである
「危険な賭けですね」
「彼女と連携がとれれば危険はない」
帰還魔法はそこまで発動に時間のかかるものでもない。せいぜい1分程度だ。それまでもたせればいい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます