第11話「王都」
しばらくするとレイシーが近づいてきてこう告げる。
「エシラ。最後の仕事を」
蘇生魔法が成功しなかった7人を浄化しなければならない。浄化なんて綺麗事を言っているが人殺しのようなものだ。
それでも殺してやらなければ彼女たちは救われない。イーディスの言っていたように、地獄のような時間を永遠に生きることになる。
「ロリ姉さん、イーディス。ちょっとそこで待っててくれ」
「どちらへ行かれるんですか? ご主人さま。わたしもお供します」
イーディスが俺に付いていこうとしたところで、隣にいたロリーナがその手を握る。
「行ってらっしゃいませ。エシラさん」
ロリーナは深く頭を下げる。彼女は俺が何をするかを知っている。そういや、スライム化したメイドたちを一人一人紹介してくれたのは彼女だったな。
イーディスには醜い彼女たち……いや、自分と同じく身体の崩れて酷い状態の仲間のことは見せるべきではない。そして、それらを俺が浄化させなければならないことも。
回復魔法という名前と裏腹に、相手を消滅させるアンデッドにとって最強の魔法。そんなものを気軽に行使していいのだろうか?
そんな心に、迷いではないが陰りが出てくる。
「エシラ。あなたは彼女たちを殺すのではありません。救うのです。それを忘れないでください」
後ろを付いてきていたレイシーが優しく語りかけてくれた。胸に染みる言葉だ。一人だったら、その重圧に押し潰されていたかもしれない。
「ああ、ありがとな。心が少し軽くなったよ」
それからは無言で歩いて行き、一人一人丁寧に浄化していく。
レイシーは浄化するたびに祈りを捧げてくれていた。
「かの者の魂が安らかに神に召されますように」
彼女がいてくれるだけでも俺の心にも安寧が生まれる。
そうして全てのメイドたちを浄化し、俺たちは静まりかえった館で旅の支度を始める。
次の行き先を巡っては、二つの案が対立した。
「わたくしは直接王都に向かい、現状を確かめたいですわ」
レイシーはあくまでも王都に帰還したいようだ。
「私は反対です。さらに西のチェシャーの街へ向かい、公爵の力を借りるべきではないですか?」
一方、ティリーはレイシーの身を案じ、堅実な方法を提示する。
俺は、机上に広げられた地図を睨む。
王都はここから南東へと徒歩で三日ばかり進んだ位置にある。チェシャーは西へ1日半ほどかかる。
「なあ、レイシー。キミの
「そうですわね。半径3ナート(約3m)以内の者であればすべて運べますわ」
「けど、一日に一度しか帰還魔法は使えないんだろ?」
「ええ、そうですが、それが?」
俺は地図を指して説明する。
「チェシャーの街へ行き、そこで公爵に奪還のための兵を借りたとしても、準備等も含めて7日以上はかかる。そうだよな?」
「ええ」
「帰還魔法を使ったしても、騎兵を2人くらいしか送れない。それでは意味がない」
「だからこそ、わたくしは直接王都へ行きたいのです」
彼女は強い意志を持ってそう言う。
「姫さま。お待ちください。すでに半年も経過しているのです。今さら急いでも仕方ありません」
ティリーがそう進言する。俺もそれに半分同意した。でも、彼女のチェシャー行きにも同意したわけではないからだ。
「そう。急いでも仕方がない。でも、こうしている間にも刻々と状況は変わっていく。それにな。公爵がどこまで協力してくれるかはわからないぞ。この街ですら、こんな有様だ。情報を正確に把握してから、どこに協力を頼むかは吟味した方がいいだろう」
その意見にティリーは少し不満げな顔で問いかける。
「では、エシラ殿はどうされるのがよろしいとお考えですか?」
「このまま王都へ向かうが、外側から中の様子を観察するだけだ。もし、他国の軍隊がいたなら即行で逃げればいい。川沿いに北へ行けばチャーチの街もある」
俺は地図を指でなぞりながら説明した。するとティリーが不満げにこう告げる。
「チャーチはチェシャーに比べれば小さな街です。王都を奪還するには兵が足りないのではないでしょうか?」
「俺たちに必要なのは、安全な場所に行って、そこで情報を収集することだ。そのためには守りやすい場所がいい。レイシーの安全が最優先というなら、こっちの方がよくないか?」
レイシーの安全という切り札を出したことで、彼女も頷きやすくなるだろう。
「……たしかに姫さまの安全はなによりですが」
「それにチャーチは王都に近いから情報収集もしやすい。他の貴族から兵を借りるにせよ。ここを拠点とした方がいいだろう? ここは守るには都合のいい場所だ」
王都の奪還も考慮した上での選択だ。
「……なるほど、チャーチは周りを山と川に囲まれていて自然の要塞となった街です。守るには堅牢であり、半年程度で陥落するような場所ではないですね」
「協力してくれるかどうかもわからない場所より守備の固い街へ行った方がいいだろう。それにあの街には第二王子とその軍が駐留していると聞いたことがあるが、これは本当か」
「ええ、チャーチにはディー兄さまがいらっしゃいます。アテにならない貴族よりは、まずは身内ですわね」
彼女の顔も迷いが取れたように明るくなる。
「そういうこと」
「それでしたら、私も賛同いたします。ただし、この街のように王都内部へと侵入するような無茶な真似はしないと約束してくださいませ。姫さま」
「わかっているわ。私もあなたやエシラを危険な目には合わせたくないもの」
ようやくレイシーとティリーの顔も和んでいく。
「よし、決定だ。どこかで馬が調達できればいいな」
「そうですね。二体くらいでしたら、ぎりぎり私の帰還魔法の範囲内にはいりますからね」
「といっても、この街は惨憺たる状態だからなぁ」
「ご主人さま。でしたら、屋敷の裏手の厩舎に馬がいます。それをお使いください」
話を聞いていたであろうイーディスがそう提言する。
「え? こんな状態で馬がいるのか?」
「ええ、ヘイヤさまが街の見回りに使っておられました」
**
転移魔法は、帰還転移だろうが瞬間転移だろうが、魔法が発動されたことを隠すのは難しい。
平時ならそれでいいのだが、こんな状況で敵にそれを知られたとしたら致命的である。戦時であれば転移したらすぐに移動するのが基本だ。
「じゃあ、行くわよ」
「ああ、頼む」
レイシーが魔法陣を地面に展開し、魔法の準備をする。だが、すぐには発動しない。大きな魔法ほど、準備と発動までにかかる時間は長いのだ。
ちなみに帰還場所は、魔法使用者が事前に施した魔法印がある所に転移する。レイシーはそれを王都の西門近くにある厩舎に設定した。
彼女は城内まで馬で駆けるのではなく、徒歩で帰ることが習慣となっていたようだ。
今回はそれが幸いした。もし、城内まで一気に帰還転移することになったら、何かあった時に王都を脱出するのが困難になってしまう。
「
ようやく彼女の口から発動呪文がこぼれた。
視界が一瞬闇となると、すぐに視界は開け、見慣れたテニエルの街から王都キャロルのそびえ立つ城壁の見える西門付近に転移する。
だが、その側には全身黒い甲冑を着た重兵が数人、門を守っていた。
「何者だ?!」
重兵が俺たちに気付き、声を上げる。
そりゃそうだ。転移魔法のおかげで、空の雲は渦巻き、その中心部に光が降りてきているのだからな。こんな分かりやすい目印はない。
「逃げろ!」
俺は馬をすぐに走らせる。
近くにいたティリーもすぐにそれに反応した。
現在、二体の馬に別れている。ティリーが駆る馬にはレイシーが相乗りし、俺の方には前にロリーナ、後ろにイーディスが乗っている。
まあ、ロリーナとイーディスで大人一人分くらいだから、この振り分けは正しいだろう。
背中に柔らかいものが当たる感触があるのだが、まあ気のせいということにしておこうか。
数刻は走り続けて、追っ手が来ないことを確認すると速度を緩める。
「あと少し行くと、ダックワース村がありますわ。そこで馬を休ませましょう」
ティリーの後ろに乗っていたレイシーがこちらを向いてそう告げる。
「了解だ。そういえば、さっきの重兵を見たか?」
「ええ。見たこともない鎧でした。オズの軍隊ではないようですわね」
「貴族連中で、あんな色の鎧の兵を持つものはいるのか?」
「わたくしも、すべての貴族の私兵を把握しているわけではありません。ですので、なんとも言えませんわね」
どこの軍隊なのか?
それはともかく、王都はレイシーの故郷のようなものだ。そんな場所が占領されているのだから気が気ではないだろう。
「大丈夫か? 王都が占領されているんだ。かなり堪えているんだろ?」
「心配には及びませんわ。あの様子ですと、民にはそれほど被害がなさそうですもの」
ちらりとしか見なかったが、テニエルの街のように廃墟と化したような雰囲気はなかったからな。門もきちんと守られていたし、人間の軍隊がいるのであれば街を破壊しても自分の首を絞めるだけだ。
しかし、それならばほぼ無傷で王都を手に入れたことになる。そんなことは可能だろうか?
王都には王直属の親衛隊や、防備に徹した防衛隊と、この国最大の冒険者ギルドがあったはず。それこそ冒険者だけで一個中隊ほどの人数はいただろう。
それらと全面対決ともなればかなりの流血は免れまい。そもそも、王都を攻略するならば、あの堅固な城壁をなんとかしなければならないだろう。
ざっとみたところ、ここ半年で出来たような傷や壊れた箇所など見当たらなかった気がする。俺の見落としもあるかもしれないが、レイシーも安心しているくらいだから民に影響がないくらいの戦闘で治まったのだろう。
そんなことが可能なのか?
方法はある。
いや、俺が敵であればその方法で王都を攻略するしかない。それが一番手っ取り早いからな。
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