第10話「姉妹」
目の前にいる7歳の容姿をした27歳の少女……女性にレイシーが問いかける。
「あなたエルフ族とか……じゃないですわよね?」
「人間だよぉ。マダムの実験に付き合わされてこんな身体になってしまったみたいなの」
そういえば夫人は若返りの研究のために、感染症に効果がある魔石を実験に使ったんだよな。
27歳ということは20歳近くも若返ることが可能なのか。そりゃ夫人がご執心するのも無理はないか。
「その実験の結果をまとめた書類とか魔石に関する資料はないかしら?」
「書斎にあるかな? バトラさん……執事の方が行方不明になってからは散らかり放題なので、その……探すのが大変かと」
「いいですわ、それくらい。案内していただけないかしら」
**
書斎は本当にひどい有様だった。
書類が部屋中に散らばり、金庫は開け放たれて中の貴金属類は持ち出されたような形跡があった。
まるで盗賊にでも入られたような感じである。
「これはひどいな」
俺も部屋の現状を見てそう呟いてしまうほどだった。
「手分けして探しましょう。実験に関するもの、それから魔石に関するもの、あと何か重要そうな記述の書類がありましたら教えて下さい」
レイシーの指示で俺たちは部屋の中を捜索する。
そんな中で俺は奇妙な書類を見つけた。奴隷商人への売買契約書だ。奴隷自体は珍しくないが、問題はその人数だ。
男性のみ3000人近くを売り渡したとのこと。そのリストも付属している。それを見るとこの街の有力者や商人、この街を拠点とする冒険者たちの名前もあった。その中に、元仲間のハッタの名を確認する。
俺が唖然としながらその書類を読んでいると、レイシーがそれに気付いて近寄ってくる。
「何か面白いものを見つけたのかしら?」
「これを見てくれ」
書類を手渡すと、彼女はざっと目を通した。そして彼女なりの見解を伝えてくる。
「彼らが無抵抗で奴隷に成り下がるのもおかしな話ですわね。ラッセル伯とその私兵を除いた、この街のほぼ全ての男性を売り渡したというのですの?」
「レイシー、実はこの街に来てちょっとした違和感を抱いていたんだ」
「違和感?」
「この館に来るまでに、アンデッド化した住人を見てきたが、ほとんどが女性だったんだよ。気付かなかったか?」
「なるほど、たしかにそうですわね。そうなると、この書類の信頼性も高まりますわ」
彼女は自分の持っていた書類を俺に渡す。
それは魔石を買ったさいの領収書だ。金額はキャロル金貨で30000枚。国家予算規模の金額だ。地方領主が気軽に出せるようなものじゃない。
そこで気付く。
「そうか! 奴隷商人に売った金額で魔石を入手したのか」
「その大量の魔石でラッセル夫人は、自分の若返りのための実験を繰り返していたのでしょうね」
「問題はどうやって3000人もの一般市民を捕縛して連れ出したのかだ」
街には冒険者もいただろうし、その中には白金級の凄腕もいたはず。それ以前に3000人もの人数を運ぶ手段などあるのだろうか?
「考えられるのは……そうですわね、感染してしまって抵抗できなくなってしまったとか」
「感染したら死んでアンデッド化だろ? 奴隷として使えないんじゃないか?」
「ならば奴隷として使うのではなく、何かの実験に必要とか?」
実験。人間を魔法素材のように扱う奴らがいるってことか。そういや、ヘイヤは「素材が足りない」とか言ってたな。
「わからないことが多すぎるぞ」
「ひとまずこれらの資料は王都へと持って帰りましょう。諜報部も情報を集めていると思われますので、それらと合わせれば全容が見えてくるかもしれませんわ」
俺たちがそう結論に達していると、ティリーが焦ったようにレイシーを呼ぶ。
「姫さま! 王からの緊急の書簡が見つかりました」
俺も気になるので彼女の元へと行く。
「何が書いてあるのかしら?」
「王からの派兵の要請です」
「派兵? 隣国のオズとは停戦協定を結んだばかりですわよ」
レイシーは疑念を抱いたのか、口元を少し歪ませる。
「いえ、派兵先は王都です」
「王都?」
「何者かに王都が乗っ取られた模様」
彼女の言葉にレイシーの顔色が一瞬で変わる。
「ティリー戻るわよ!」
今まで見たことのない、蒼白な顔で彼女はそう叫んだ。
「どこに戻るのですか?」
それに対してティリーは沈着に聞き返す。
「王都に決まっているではありませんか」
「落ち着いて下さいませ、姫さま。書簡の日付をご覧下さい」
「日付?」
レイシーは書簡に記されている日付を確認する。俺も覗き込むが記載してある日付は王国歴255年の9月21日。ところが現在は王国歴256年2月3日である。つまり書簡は半年前に送られたものだった。
「今さら姫さまが急いで駆けつけたところで、何ができるわけでもありません。それよりもしっかりと状況を把握することの方が大切ではありませんか?」
ティリーのその言葉で落ち着きを取り戻したレイシーは、大きく深呼吸すると彼女に向き直る。
「……そうね。ティリー、ありがとう。わたくしも少し頭に血が上ってしまったようですわ」
「いえ、私の進言を聞いて下さり誠にありがとうございます」
ティリーがレイシーの前に跪き、深々と頭を下げる。
「ティリー、いいのよ。そんなに畏まらないで。わたくしはあなたを信用しているのですから」
「もったいないお言葉です」
ティリーは王家に仕える者であるのだから、まあ当たり前の行動なのだろう。
だが、レイシーは彼女に信頼を……いや、彼女にはもっと近しい存在として振る舞って欲しいのだろう。だからこそ、格式張った振る舞いを止めて欲しいと願っているのかもしれない。
俺に対してもそれは窺える。最初に会った時からそうだった。だから俺は、彼女が王女であることをあまり意識せずに話しかけている。
「レイシー。王都に戻る時は一緒に行ってやる。だから、その前に俺の願いを聞いてくれないか?」
彼女が落ち着いたのなら、この館を出る前にやっておかなければならないことがある。
「お願いですか?」
「ちょっと試してみたいことがあるんだ。それはレイシーの協力も必要なんだよ」
「まあ、なんですの?」
「この屋敷にいるメイドたちのことだ」
俺が言わんとすることはわかったのだろう。はっとして両手を口に当てるレイシー。
「そうですわね。あの者たちも放置していくわけにはいきません」
**
まずは階段の壁に貼り付いていたスライムのような身体の少女。俺に「コロシテクダサイ」と嘆いていた彼女だ。
「どうだ。おまえの目は反応したか?」
「いえ、残念ながら反応はありません」
「わかった。けど、念のため蘇生魔法をかけてみるよ」
「ええ」
魔法陣を前方に展開。
「
放たれたのは淡い青い光。そして、蘇生魔法は成功することなく霧散する。
「ダメか。ロリ姉さん。実験で身体が崩れたメイドはあと何人いる?」
俺は付いてきた幼女姿のメイドのロリーナに質問する。
初めは「ロリ姉さん」という呼称に不満を漏らしていたが、途中からどうでもよくなったらしく、とりたてて文句は言ってこない。
「あと8人だよ。ちなみにその子はアンリと言って、クッキーの大好きな子だったの」
「アンリ。ごめんな。おまえを助けられない。けど、全部終わったらおまえを浄化してやる。約束する」
俺がそう問いかけると「アリガト……」とかすれそうな声が聞こえてきた。
そうやって、スライムのようになったメイドたちをレイシーの魔眼で見ていく。だが、そのほとんどはレイシーの目に反応することもなく、そして俺の蘇生魔法も成功することはなかった。
5回が限度回数だった蘇生魔法も、なぜか使用限度に達していない。それはある意味確信に変わっていた。明らかに俺の魔力が増大している。
そして、最後の一人となったときに、レイシーの目が反応した。
「この子、もしかして」
「反応したのか?」
「ええ、そうなんだけど、わたくしのこの目の反応……わたくしの認識が正しいのかわからなくなってきましたわ」
つまり彼女は目の反応を『自分の味方』と認識していたが、本当は違うのではないかと思い始めているのだろう。
これは一種の賭けである。
彼女の魔眼が反応したのはロリーナだけだった。が、反応した彼女は二度も蘇生魔法が成功している。これはもう確率の問題ではない。
今は詳しい事はわからないが、彼女の魔眼と俺の魔法にはなんらかの秘密が隠されているのかもしれない。
「まあ、それはあとでゆっくり考えればいい」
俺は10回目の蘇生魔法を使う。
そして俺の勘が正しかったのか、オレンジ色の光がメイドの身体を包み込む。しばらく経つとその姿は、醜いスライムから可憐な少女へと変化していった。
彼女は銀髪で、前髪が切りそろえられたショートヘアのだ。年齢は17歳くらいだろうか。ロリーナと同じ緑の瞳である。
「んんっ……」
少女が上半身を起こす。と、ロリーナが嬉しそうに彼女に抱きついた。
「イーディス!」
「え? 姉さま? ロリーナ姉さまなの?」
「そうよ。良かったぁ、あなただけでも元に戻すことができて」
ロリーナは嬉しそうに涙を流す。そういえば、この二人、なんとなく顔立ちも似てるし、イーディスがロリーナを「姉さま」と呼ぶのだから姉妹なのだろう。まあ、見た目は逆だけどな。
「他のみんなは? ……そうね、マダムに実験台にされて……あれ? でも、わたしなんで元の身体に?」
「エシラさんが魔法で治してくれたんだよ。ほら、そこに立っているお方」
ロリーナの視線が俺に向くと、イーディスという少女も釣られて俺を見る。
「あなたがわたしを……」
俺を真っ直ぐに見つめる少女は、急にぽっと頬を赤くして俯いてしまう。
「身体の具合はどうだい?」
「はい、なんともありません。わたし、元に戻れるなんて夢にも思いませんでした。その……深く感謝いたします」
「感謝されたくてやったわけじゃないから、気にしなくていいぞ」
俺は照れてまた視線を外してしまう。レイシーにも指摘されていたがそうそう直るものじゃないな。
「そんなわけにはいきません! わたし、あの地獄のような時間の中で願ったことがあるんです。もし、わたしをこの地獄から救い出してくれる人が現れたのなら、その方にすべてを捧げようと。ですから、ご主人さまと呼ばせていただきます」
彼女は俺の前に跪くと左手をとり、その甲に口づけをする。大昔、主人に忠誠を誓うメイドが行った儀式の一つだ。今はもう廃れているが、お伽噺の中ではよくあるシーンだった。
それを彼女は再現してみせる。それは俺への忠誠が本物であると証明するために。
「大げさだな。そこまで深く考えることはないぞ。そこのロリ姉さんなんか、一度蘇生魔法をかけてやったのに、すぐに感染して死んでしまってな、もう一度蘇生魔法をかけたくらい気軽に助けてやってるんだぞ」
俺はあまり深刻にならないようにとロリーナの話を笑い話にして語る。
「まあ、ロリーナ姉さまったら、二度も助けてもらうなんて羨ましい」
「はわわ、エシラさん。その話はやめてよぉ。あたしも感謝はしているんだから」
「わかっているよ」
場が和む。最悪な場所ではあったが、この姉妹は最後の希望でもあった。
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