第8話「ラッセル夫人」
ヘイヤとの戦闘を終えた俺は二人を呼ぶ。
「レイシー、ティリー、終わったぞ!」
俺が大声を出すまでもなく、二人はすぐ側にいた。
「アンデッドたちは?」
「周辺の数百ナールは殲滅しておきましたわ」
「同じく」
いつ戻ってきたんだ? 彼女たちには俺がヘイヤと対峙する間、音で寄ってくるアンデッドたちの相手をしてもらっていたのだが。
「ありがとな。レイシーたちがアンデッドの相手をしててくれたから戦いに集中ができたよ」
「危なかったら加勢しようと思っていたのですけれども、そんな必要はまったくなかったですわね」
「エシラ殿は近接にも長けているのではないですか? 回復術師であるのが不思議なくらいの動きでした」
「今回は相手は弱かっただけさ。あいつは強力な魔法剣に頼り切って鍛錬を怠っていた。だから、俺みたいなのでも勝てたんだよ」
「エシラって、わりと謙遜家ですよね? わたくしはすごいと思いますよ」
近接ゴリゴリの王女さまに言われてもなぁ……。さらにティリーも俺の動きを妙に分析してくる。
「エシラ殿。いくら相手が弱くても、普通は強力な魔法剣を恐れて動きにためらいがでるものです。もしかして、回復職になる前は別の職ではなかったのでしょうか?」
「回復術師になる前は、軍にいたよ。軽装歩兵だったけどな」
まあ、軍での人間関係に嫌気が差して逃げ出したんだけどな。
「なるほど、戦闘の基本はそこで覚えられたのですね」
「こんなところで昔話をしている場合じゃないよ。早く中に入ろうぜ」
二人にそう促す。
レイシーはティリーに「お願い」というと、彼女は門の前に立つ。
「下がって下さい。私が門を破壊します」
そう言ってティリーが剣を構えると、見えない剣捌きで門を一刀両断する。その破壊力は凄まじい。まるで爆発でも起きたかのように、2ナール(2m)はある鉄の門が後方へとバラバラになって吹っ飛ぶ。
彼女も魔法剣を使っているようだが、ヘイヤなんて足元におよばないほど彼女は剣捌きが正確無比である。
館の中に入ると、見たこともないような腐敗臭を放つ魔物がいた。
スライムのようであるが、普通のスライムは水色である。だが、館の中にいたのはどす黒いドロドロとした粘体に人の顔のようなものが貼り付いた醜悪な生物だ。
何か奇妙な音を発しながらこちらへと向かってくる。
さすがに気色悪く思ったのか、ティリーの後ろへと隠れるレイシー。
「きゃー! なんですの? あれは?」
俺も初めて見る生物なので、ティリーに聞いてみる。彼女は魔物に関しては物知りだ。
「見たことのない魔物だな。新種のスライムか? ティリー、知っているか?」
「いえ、私も見たことはない魔物ですね」
とはいえ、標準的なスライム以上に動作が遅い。
「無視していこう。2階にラッセル夫人がいる。彼女に話を聞くのが手っ取り早い」
「夫人は生きていらしたのね。ラッセル伯も一緒なのかしら?」
「さあな。ただ、夫人はアンデッドの件と関係がありそうだぞ」
「まあ、詳しく聞かせて下さいませ」
俺はヘイヤとのやりとりをレイシーたちに説明する。
「その魔石がアンデッドとなんらかの関係があるんですね。入手できれば王都の魔導研究機関で解析できるかもしれません」
階段を上る途中、壁に例の新種のスライムが貼り付いていた。ギョッとするものの、動く気配がないので無視して通り過ぎる。だが、その瞬間、耳に入ってきたのはか細い少女の声だった。
『ワタシヲコロシテ……』
**
2階を捜索するが、なかなか見つからない。そんな時に、覚えのある魔力反応を感じた。
「これは転移魔法の魔力」
ティリーが声をあげる。
「どうやら取引相手はお帰りになったみたいだな」
夫人は「取引の最中なのよ」と言っていた。俺たちが最初に見たのは取引相手の転移魔法の痕跡なのだろう。
「誰と取引をしていたのかしら? まさか西の魔女が……」
彼女は言葉に出してから落ち込むようにうなだれる。たしか親しい間柄と言ってたもんな。
「レイシーは西の魔女と会ったことがあるんだろ?」
「ええ。とてもよくしていただきましたわ」
「キミの目は敵と反応したのか?」
「いえ、わたくしの味方と」
「だったら、取引相手の候補に入らないだろ。俺たちの知らない誰かがどこかで動いている可能性が高い。疑心暗鬼になってもしかたないって。というか、便利な目を持っているんだから、もっと自分の能力を信じろよ」
「そうですわね。ありがとうございます」
レイシーは顔を上げると、ぱっと明るくなる。王女という立場というのがあるかもしれないが、抱え込み過ぎるのもよくないだろう。全てを疑わないといけないなんて悲しすぎるからな。
「姫さま。前方の壁に隠し扉の魔法がかかっております」
ティリーはなんの変哲も無い壁を指差してそう呟いた。
さすがに俺でも、そこまで弱い魔力反応は感知できない。
「魔法で解除……いえ、ティリーの剣で十分ですわね」
「はい。行きます!」
ためらうことなくティリーが壁を切り裂くと、そこには下へと続く階段が現れる。
なるほど。一階の有効活用されていない空間利用して階段を設置したのか。まさか、二階から直接地下へと行く階段があるとは普通は思わないからな。
「
俺は中を照らすための魔法を放つ。
「エシラ。ありがとうですの」
最下級の日常魔法を使っただけなのに、レイシーが本当に自然にお礼を言ってくる。元の仲間だったら礼を言うどころか「遅い!」と罵られたというのに。
こういう何気ない一言に俺は救われているような気もした。
「行こうぜ」
レイシーから視線を逸らして歩き出す。
礼を言われるのにまだ慣れていないせいで、照れ隠しで無愛想な態度をとってしまう。だが、それを見透かされたのか彼女がクスクスと笑い出す。
「どうした?」
「だって、あなたはお礼を言うと、なんだかいつもぷいとわたくしから顔を背けてしまいますから」
「悪かったな。そういうのに慣れてないんだよ」
「うふふ。あなたはたぶん、本当に良い人なんでしょうね」
「なんだよそれ」
「褒めてるんですよ」
「女の子に『良い人』なんて言われるのは、裏があるか、『どうでもいい人」と思われているかのどちらかなんだけどな」
「まあ、そうなんですか?」
「……」
天然っぽい彼女の返答になんだか脱力する。まあ所詮お姫さまだ。
「わたくしは『良い人』をずっと演じてきました。でも、本当は自分が良い人でないことを知っています。ごめんなさい……自分語りはうざったいですわね」
レイシーはその言葉を最後に黙り込む。彼女は、王家の人間であることにずっと縛られているのだろう。だから、自分の味方には心を開こうとする。でも、彼女の味方はどれほどいるのだろうか?
むしろ、ほとんどいないからこそ、貴重な味方には心の内を明かすのであろう。
コツコツと階段を下る音だけが響き渡った。すでに数分は下っている。かなり深く潜っている。
高貴な者が住む建物には、たいてい地下通路へと通じる階段がある。何かあったときに逃げるためだ。たぶん、俺たちが下っている階段がそれに当たる。
「人の気配がします」
先頭のティリーがそう告げた。
俺は自分の周りにまとわりついていた光球を前方の方へと移動させる。と、そこには二人の人物が見えた。
一人は先ほど見た二十代の女性、たぶんラッセル夫人だろう。もう一人は6、7歳くらいの幼女。彼女は黒地に白のエプロンドレスを着ている。レイシーの着ているメイド服に比べて、少し作りか簡略されたものだった。
「マ、マダム。追っ手がもう来ています。もうダメですよぉ」
メイドは泣きそうな声をあげる。
「おまえがとろいからなのよ。本当に使えないメイドね!」
ラッセル夫人は杖のようなものでメイドに殴りかかる。彼女の方もそれを防ごうと右腕を上げた。
ぐしゃりと音がして、メイドの右腕が折れて転がる。
「はわわわ、右腕が取れちゃいました。魔石を魔石をください」
メイドがラッセル夫人に近づこうとすると怒号が飛ぶ。。
「ダメよ! 使えないあんたには、もう魔石はやらないわ!」
夫人はメイドを蹴り飛ばした。
「そ、そんなぁ……あんなに実験に協力したじゃないですかぁ」
それでも足にすがってくるメイドを、ラッセル夫人が足で払おうとしたところで、夫人の足が滑ってそのまま床に突っ伏す。
地下の通路は水がしみ出して、ビチョビチョに濡れていた。夫人の化粧が墜ちて、真っ青な肌がむき出しになる。
俺たちはそんな、喜劇の舞台でありそうなやりとりを呆然としながら見ていた。
「どうする?」
俺がそう聞くとレイシーが「任せて下さい」と一歩前に出る。
「エイダ。これはどういうことなのかしら?」
その声にようやく振り返ったラッセル夫人が、声の主に驚いて土下座をするように頭を床につける。夫人のファーストネームはエイダというのか。
「こ、これはレイシー殿下。お久しゅうございます」
「挨拶はよろしいですわ。それよりも説明をしていただけないかしら」
レイシーは静かな怒りを言葉に込める。これまで俺が見てきた彼女とはまったく違う表情をしていた。
「……」
夫人は完全に彼女に恐れをなしている。王女という立場もあるだろうが、レイシーの本性を知ってるがゆえの恐怖なのかもしれない。
「ジョーはどうしたの?」
「……夫は行方不明で」
「行方不明? それでこのありさまですのね。あきれましたわ」
「も、申し訳ありません」
「それで『実験』とはどういうことかしら? 『魔石』とはなにかしらね」
レイシーの詰問に、夫人はぽつりぽつりと事のあらましを話していく。
街の近くの村で伝染病の患者が見つかったことに起因し、それが徐々に広がっていったことでラッセル伯は調査に乗り出したそうだ。
調査目的もあり、村の住民を治療のために一時的に受け入れたことが、逆に街の住民への感染者を増やすことになってしまったようだ。
ただし、有益な情報をそこで得られたらしく、その情報を王都へと送ったそうだ。
しばらくたって感染を防げないと見たラッセル伯はテニエルの街を封鎖する。だが、王都から緊急の書簡が届くと、彼は私兵を連れてどこかへと出撃したそうだ。
夫人は伝染病が怖くて部屋に閉じこもりきりだったようで、夫からの詳しい話を聞いていない。
その後、街は閉鎖しているというのに感染者が増え、住民たちはパニックになっていく。
「そんなときです。とある商人が、感染症の特効薬となる魔石を持ってきてくれたのです」
「とある商人とはどなたかしら?」
「わかりません。仮面を被っておりましたので」
「仮面?」
「白地にカラフルな化粧を施した道化師のような面でしたね」
「そんな怪しい姿をした者とあなたは取引をしたの?」
「街が感染者で溢れてどうしようもなかったんです」
夫人は試しにもらった魔石を患者に呑ませたようだ。ただし、魔石の効果がある者とない者がいたらしい。
その中には自我を持ったまま、アンデッドの身体を手に入れる者もでてきたとの話だ。
成功したのはヘイヤとそこにいるメイドだけのようだ。感染しても自我を保つことができ、さらに特質的な副作用があったらしい。。
最初は適量が知らずに呑ませすぎて身体が崩壊してドロドロに融けてしまったという者もいたようだ。
その話を聞いて背筋がゾクリとする。
「それって、この屋敷にいるスライムのことか!?」
俺は思わず口を挟んで夫人に問いかける。
「は、はい。彼女たちは実験に失敗したものです。ですが、そのおかげで適量がわかりました。あたくしはわざと伝染病に感染し、魔石を呑み込んで不老不死となりました」
そこでブチ切れそうになる。が、俺と夫人の間に入るようにしてレイシーが顔がこちらに向く。
「エシラ。お怒りはごもっともでございますが、少し落ち着いて下さいませ。今は情報を得るのが先決です」
彼女の声で俺は多少の落ち着きを取り戻した。
「悪い。話の邪魔をしたな」
「いえ、わたくしも実は憤怒しておりますの。ですが、その怒りを発散できる立場でありませんでしたので、あなたの言葉で少し感情が和らぎましたわ」
レイシーは俺に柔らかな表情を向けると、すぐに視線を夫人に戻す。そして、厳しい顔で彼女を問い詰めるのであった。
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