第7話「ヘイヤ」
「ヘイヤ」
思わず声が零れてしまった。ティリーが慌てて、口に人差し指をあてて沈黙をを促す。
『悪い』と心の中で謝った。
レイシーが何か言いたそうにするが「うーん」と悩む表情を見せ、すぐにぱっと明るい顔をする。そして、自分の指から指輪を外して俺に差し出した。
よくわからないままそれを受け取ると、レイシーの声が頭の中に響く。
『聞こえますか?』
「ど……」
どういうことだ? と声を出そうとして、再びティリーに止められる。
『心の中で思うだけで大丈夫ですよ。それで伝わりますから』
思う? とりあえず、レイシーの言う通り心の中で言葉を紡ぐ。
『これで伝わるのか?』
『ええ、それでいいですのよ。これは魔法具を使った短距離秘匿通話です。よく兄たちの前で、ティリーと悪口を言うのに使っておりましたの』
『……』
そういう用途で使ったのかよ! とツッコミを入れたくなる。
『それで、その、あの門の前にいる御方をご存じなのですか?』
『元仲間だ。だが、あんな容姿じゃなかった』
肌が青いのもあるが、俺がすぐに気付かなかったのは、少し幼く感じたからだ。俺が知っているヘイヤは俺と同年代、たぶん24歳くらい。でも、あそこに立っている彼女は顔立ちが10代の少女そのものだ。
『そうですわね。あれではまるで死体のようですわ』
『アンデッドなら、あんな動きはしないんだよな?』
そもそも俺はシロウサ村のアンデッドしか見ていない。自我を保つ例はあるのか?
『ええ、わたくしたちが遭遇してきたアンデッドは、動きもぎごちなく、肉体は腐敗しておりました。なにより自我を持ったアンデッドなど初めてですわ』
『彼女の身体は腐敗せずに、それを維持できているのはなぜだ?』
俺は思ったままの疑問を投げかける。
『わからないことだらけですわね。何者かがこの館に
『そうだな。このまま放置するわけにもいかないしな。本当に西の魔女が瞬間移動してきていたら大変だし』
館の調査は必須だな。
『エシラはあの方に話を聞いていただけないでしょうか?』
レイシーは目線をヘイヤの方へと移す。
『まあ、昔の仲間だし、話しかけてみるよ』
会った途端、憎まれ口を叩かれそうだけどな。
『お気を付け下さい。あの者はわたくしの敵です』
瞳をオレンジ色に変化させたレイシーがそう告げた。
『なるほど、なら戦闘になるかもしれないな』
昔の仲間だからといっても、彼女なら迷うことなく戦える。
『その時はわたくしたちが加勢しますわよ』
『いや、あいつなら俺一人で対処できる。それより、音でアンデッドが寄ってくると思うから、そっちの対処をお願いしたい』
もし戦闘になれば無音で戦うなんて器用なマネはできないからな。
『わかりましたわ』
『じゃあ、行ってくる』
**
「よう、ヘイヤ。久しぶりだな」
門の前に立つ彼女へ声をかけるとそのまま歩いて行く。
「無愛想野郎? あんた、生きてたんだね。それとも一度死んで生まれ変わって愛想良く生きる気になったか?」
目を細めるヘイヤは、地面に突き刺していた魔法剣を抜く。そして土埃を払うように一振りした。向こうも俺を警戒しているらしい。
「おまえのその格好どうしたんだ? 病気か?」
俺のその問いかけに、彼女は何がおかしかったのか、唐突に笑い出す。
「あはははは。病気か……病気ね。そう見えてもおかしくないな」
「おいおい大丈夫か?」
「大丈夫? こりゃ傑作だ。アタイほど病気とは縁のない存在はないぞ」
「どういうことだよ?」
「アタイはもう不老不死の存在だ。老いることもなく、病気で死ぬこともない」
不老不死? いろんな国で不老不死の研究がされていたって噂があるが、それが成功したなんて話は聞いた事がない。
「この街で何があったんだ?」
「なんでそんなことを聞く?」
「そりゃ、拠点として使っていた街が廃墟同然なんだぞ。それにアンデッドが徘徊しているとなれば気になって当然だろ」
「あははは。そりゃそうだな」
「で、何があった?」
「教えられないな。まあ、ちょうどいい。おまえもハンプダンプの街へ送ってやるよ。まだ素材が足りないって言ってたからな」
ハンプダンプ? そんな街は地図でも見かけたことはないし、噂でも聞いたことはない。
「おまえが何を言っているかわからないんだけど」
「知る必要はない。まあ、軟弱回復術師がアタイと勝負しようなんて笑えるんだけどね」
ヘイヤは剣を構えると、舌舐めずりをしてそう言った。
「勝負? ちょっと待てよ。俺は話を聞きに」
ヘイヤが剣先をコチラに向けて真っ直ぐに突っ込んでくる。こいつは猪突猛進。動きは単調なので、先読みは簡単だ。真正面からまともに受ける必要はない。
直前に身体を反らして、彼女の攻撃を躱す。相変わらず動きが雑だな。
「逃げるな! クソが!」
「……」
性格も変わらないか。
自分の思い通りに事が運ばないとぶち切れる。味方にいたときはため息しかでなかったが、敵であるならこれほど戦いやすい相手はいない。
再び同じ動きで突進してくる。
「
すれ違いざまに彼女の右のふとももあたりに魔法を当てる。と、そのまま突っ伏して倒れた。右足が消失したことでバランスを崩したのだろう。
「きさまぁ!!」
悪魔のような形相で俺を睨むヘイヤ。真っ青な顔で血走った目でそんな表情をするものだから、本当に悪魔のようであった。
「不老不死じゃなかったのかよ」
回復魔法を当てただけで身体の組織が消失する。ずいぶん安上がりな不老不死だな。
とはいえ、俺の攻撃はある意味賭けでもあった。彼女がアンデッドでないのなら、この魔法は効かないのだから。
まあ、効かなかったら効かなかったで他の方法を試していただけなんだけどね。
「あははは、アタイを本気にさせたな?」
本気じゃなかったのかよ? とのツッコミはやめておいた。その不適な笑みは背筋がぞっとする。
彼女は懐から緑色に光る石を取り出し、それを呑み込んだ。すると、消失したはずの右足が修復されてニョキニョキと生えてくる。
まあ、確かに不死っぽいな。
「生かしてツァオンのもとに送ってやるつもりだったが、気が変わった。おまえはここで死ね!」
ヘイヤが調子に乗るかのようにそんな言葉を吐く。俺としては別に怖くはない。ガチの剣勝負ならわからないが、手段は問わずに相手を倒すのであれば負ける気はしなかった。
というか、おまえ、弱すぎてパーティーの前衛としては頼りなかったからな。
怒りに任せたヘイヤの剣を余裕で躱して、隙ができたその頭部へと回復魔法をぶち込む。
「
さて、頭部を吹き飛ばした場合は、追加の石をどうやって呑み込むんだ? 首から直接入れるとか、あんまりグロいことは想像したくはないけどな。
倒れたヘイヤは動かない。あれ? これで終わり? と思ったらむくりと起き上がる。
そして石を……。
想像通りだったので、目を逸らしてしまう。あんまり見ていて気分のいいものじゃないからな。
「やってくれるじゃねえか。今度こそあんたを殺してやる!」
頭部を修復したヘイヤが叫ぶ。といっても、修復途中なので、骨や肉が丸見えだ。。
「その石はなんだい? 俺を殺すってなら冥土の土産にでも聞かせてくれてもいいんじゃないか?」
カマを掛けてみる。
「ふっ、そうだな。教えてやろう。これは不老不死の魔石だよ。これを呑めば年をとることも死ぬこともない」
まったく単純な奴だな。こんな奴が自分の部下だったら、絶対に秘密は教えないぞ。
「誰が生成したんだ? そんな魔石見たことないぞ」
「ふふふ、それを作ったのはヤ――」
彼女が何かを言いかけたところで、上の方から声が聞こえてくる。
「何を手間取っているの? 今、大切な取引の最中なのよ」
2階のバルコニーから顔を出したのは、見覚えのある女性。こちらはヘイヤのように死体のような容姿ではない。20代後半くらいの麗しき女性。
どこか見覚えのある顔だが思い出すことができない。
「申し訳ありません。ラッセル夫人。すぐに片付けますので」
「殺すんじゃありませんよ。生け捕りにしなさい。ツァオンさまは素材が足りないとおっしゃっているの」
「はい。かしこまりました」
ラッセル夫人? 俺の記憶がたしかなら、ここの領主であるラッセル伯の夫人は50代近い女性だったような気がするが……。
「ぼーっとしてるんじゃないよ!」
大振りの剣が俺を襲う。まあ、無駄な動きが多すぎて、見切るのは楽なんだけどね。
「生け捕りにするんじゃなかったのかよ?」
「おまえは回復術師だろ? 重傷を負ったところですぐ治せるだろうが」
そりゃそうだが、致命傷には対処できないっての。
再びヘイヤの考え無しの攻撃ラッシュが始まる。
だがそれらを全て躱していく。
「ちくしょう! どうして当たらないんだよ」
ヘイヤは剣を避けまくる俺に対して苛立ちを覚えているようだ。
「自分の実力を考えたことがあるか? もともとその魔法剣が優秀なんだよ。一発でも当たれば相手に大ダメージを与えられる。けどな、当たらなきゃ意味がない」
「クソクソクソ!」
「俺に対してよく周りを見ろと言っていたよな? あれはそっくりそのままおまえに返すぜ。周りを見てないのはおまえだ。だから剣が当たらない。当たったとしてもそれはマグレだ」
「とっとと死ね!」
まあ、このまま攻撃を受け流していても体力馬鹿の彼女には敵わない。わりと情報も集まったし、次はあの夫人から教えてもらえばいいか。
俺は、予め練っておいた魔法陣を展開する。
「
ヘイヤの身体の中心部を狙う。その魔法は、彼女の全てを消失させた。
「さて、身体を全て失っても復活はできるのかな?」
しばらく何もない宙を観察する。
まあ、復活できるわけないよな。呑み込むべき身体を失っているのだから。
まったく、ざまぁねぇな。普段から考えて行動していれば俺だって苦戦したかもしれないってのに。
まあ、バカは死んでも治らないって言うからな。当然の結果だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます