第6話「死者の街」
流星雨のことを考える。いったいあの時に何が起きたというのだ?
そもそも新種の伝染病も原因不明。わからないことばかりではないか。
「……シラ。エシラ?」
「へ?」
前を歩いていたレイシーが心配そうに振り返って俺を呼んでいた。
「大丈夫ですの? さきほどからなにやらぶつぶつと独り言を呟いてらっしゃいましたわ」
「え? ああ、ちょっと考え事をしていて。何か用かい?」
「あそこにアンデッドがいますの。あの沼に足を取られて動けなくなったらしいですわ」
彼女が指差した方角には沼があり、そこにはアンデッドがいた。
「動けなくなっているから、蘇生魔法をかけるにはちょうどいいってわけか。よし、いっちょやってみるか」
これで俺の蘇生魔法が効けば3回連続で成功。これはもう、確率の問題じゃなくなってくる。
俺たちは沼の手前まで来ると、アンデッドとの最短距離の沼縁に立った。
「
淡い青い光がアンデッドに向かっていく。
だが、魔法の光はアンデッドの身体にまとわりつかない。この感覚は知っていた。
「失敗ですわね。もしかしたらと思ったのですけど、やはりわたくしたちが蘇生されたのは、とても運が良かっただけなのですね」
「悪い。期待させてしまって」
「いいえ、わたくしはエシラに助けられました。ティリーもです。それは紛れもない事実なのです。そんなに気を落とさないで下さい」
彼女はそう言って優しく微笑んで俺の手を握ってくれた。王族にしてはいい子だなとは思う。
けど、そんな幼さで、自分の身を守るとか、国の存亡をかけた重大な任務とか、大切な臣下を見捨てなければならない覚悟とか、様々な重圧にさらされている。
たぶん俺よりもつらいはずだ。
関わったからには、彼女と一緒にいる限り、俺も支えていかなくてはいけない。大の男が彼女の優しさに甘えてばかりはいられないからな。
**
テニエルの街に到着する。
俺たちが拠点としていたこの街は、城壁こそないが5千人ほどの住民が暮らしているはず。
だが、街道を歩いてきた俺たちは、誰ともすれ違うことはなかった。
嫌な予感がする。
石で組まれた簡易的な門をくぐると、右側の建物の扉が急にバタンと開き、中から人がわらわらと出てくる。
……いや、それは人では無かった。
「アンデッドです!」
先頭のティリーが声を上げる。
「ひとまず引こう。街の中に入るのは危険だ」
俺の意見に、レイシーは頷いてティリーに指示を出す。
「ティリー、下がって」
「はい、姫さま」
と言いながらも、扉から出てきた10人ほどを倒してから彼女はこちらに戻ってくる。まあ、動作が遅いとはいえ、付いてこられたら面倒だからな。
門の外で一旦体勢を整える。そんな中、ティリーがこう切り出した。
「姫さま。あの様子では、街の住人はすでにアンデッド化していると思われます」
「困ったですわね」
レイシーは大きなため息をついた。そして、視線を俺の方に向けて問いかける。
「エシラはどう思う?」
「俺もその可能性が高いと思う。街があの様子では、中央にある館の人間も生きてはいないだろう」
俺のその言葉に、レイシーは右斜め下に視線を向けて少し考える。そしてこう説明した。
「ラッセル伯は、異常事態にいち早く気付いて王都に書簡を送ったそうですわ。わたくしが派遣されたのもそのためですの。何か伝染病に対する重要な情報を持っているはずなのですが」
なるほど、それならば何が何でもその情報を手に入れたいわけか。
「街があの様子ってことは、すでにラッセル伯はどこかに逃げ延びている可能性は?」
「そうであればいいのですが――」
ふいに身体を流れる魔力に干渉する大きな力を感じる。
「姫さま!」
ティリーが街の上空を指差した。
そこには渦を巻く雲。その中心部から光の筋が降ってくる。
「何者かが転移魔法を使ったのですね」
転移魔法は発動のさいに大量の魔力を使用する。周りに知られずに静かに転移なんて芸当はできない。
まあ、平時であれば日常的な風景であり、大して気にも留めなかったであろう。
だが、あの街には『生きている人間がいない』と今、結論づけたではないか。
「生存者がいるのか?」
「もしくは街の惨状を知らずに転移してきたのかもしれませんわね」
いったい何者が転移してきたというのだ。
「転移してきそうな者に心当たりは?」
「そうですわね。あの転移魔法は、使用者制限のない
「じゃあ、特定は可能なんじゃないのか?」
「王の守護騎士であるヘッズマンは、魔法に長けていますので瞬間転移も使えます。ですが、王の側を離れるとは思えません。だからこそ、わたくしがわざわざ調査のためにテニエルへと派遣されたのですから」
「あれは本当に瞬間転移なんだよな? 元々あそこを拠点としていた者が帰還転移を使った可能性はないのか?」
帰還転移は見慣れているが、瞬間転移はそれほど詳しくない。だから確認のために聞いてみた。
「あの光はまぎれもなく高位の瞬間移動ですわ」
ということはやはり使用者は限られるか。
「そのヘッズマンとかいう守護騎士以外に使える奴はいないのか?」
「我が国であの魔法を使える者は……」
口元に手を近づけ、真剣に考えるレイシー。
「……」
「……」
その姿を俺とティリーが見守る。
「西の魔女」
レイシーがぼそりと言った。
「プリックス・プリケット……ですか」
ティリーがレイシーの言葉の意味を理解する。
「そいつは何者なんだ?」
「変わり者の魔導師よ。悪い人じゃないわ。先代の王の守護騎士でもあったの。隠居していて山奥で暮らしていると聞いたことがある。もうだいぶ高齢だし、知らずに街に来たのかもしれないわ」
今のところ可能性としてはかなり高いか。
「そんな高位魔法が使える魔導師なら、アンデッドくらい余裕でやっつけられるよな」
「足腰が弱くなっていると噂に聞いたわ。いくらアンデッドの動きがゆっくりとはいえ、大量に襲いかかられたら」
「おいおい怖いこと言うなよ」
「……」
レイシーは一瞬沈黙すると何か覚悟を決めたようにこう告げる。
「街に潜入して確かめましょう」
**
アンデッドは大きな音に反応する。ということで、俺たちは言葉を交わさず、足音もあまりたてずに静かに行動する。
予め手の動きによる合図を決めておいたので、3人の連携はスムーズに行くだろう。
前衛はティリー。彼女が曲がり角などで、先の様子を確認し、進むかどうかの判断を手による合図で知らせる。
ティリーが立ち止まり、右手をあげる。止まれと言うことだ。彼女は前方を確認し、手を前へと振り下げる。安全を確認したので進んで良いという合図である。
そうやって、街の中心にあるラッセル伯の館へと向った。
途中でアンデッドを見つけると、うまく隠れながら進むことになる。戦闘は音を立ててしまうので、なるべく避けたかった。
街はほぼアンデッドに支配されている。というか、住人のすべてがアンデッド化しているのだろう
だが、言葉では言い表せない違和感を抱く。なんだろう、この感覚は?
何事も無く館の門の近くまで進んだところで、ティリーが強張った顔で振り返る。角を曲がればもう門のはずなのだが……。
ティリーは人差し指を曲がり角の先へとくいと指す。
これは、俺たちにも前の様子を確認しろということだ。
慎重に曲がり角から顔を出す。
そこから北西の方向に館があるのだが、その門の前に一体のアンデッドが立っていた。
いや、あれは生きている人間か?
刀身の赤い剣を地面に突き立て、キョロキョロと周りを警戒している。たまにアクビをしたりするので、どう見ても自我を保った人間の行動だ。
だが、俺がアンデッドと見間違えかけたのはその容姿だ。
鎧から露出している手足が、死人のように真っ青だ。唇は紫色で、白目の部分は血がにじんで真っ赤であった。
そして赤髪。
俺は彼女を知っている。
そこで記憶の扉が開いた。
「ヘイヤ」
前に俺を囮にして逃げたパーティーメンバーの一人。こんなところで再会するとはな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます