第5話「上位回復」


 銀狼は全部で四体。数は多くはないが、発症した人間の患者と違って動作が速い。


「姫さま、私が右の二体を受け持ちます」

「わかったわ。わたくしは左ですわね」


 おいおい。守られるべき姫さまだと思っていたら、当たり前のようにレイシーが左前方へと駆けていく。彼女は武器らしいものは持っていないのに……。


「レイシー・プレザンス・キャロリアンの名において命じます。天空の槍よ。その真の姿を現せ」


 レイシーがなにやら呪文のような言葉を唱える。彼女は魔導師なのか?


 だが、次の瞬間、言葉の如く天空から一本の金色の槍が降ってくる。


 彼女は数ナートをジャンプして槍を空中でつかみ取ると、銀狼に向かって攻撃を開始した。


 普段は優雅な言葉使いや仕草なのに、戦い方はかなり豪快だった。とても華奢な少女が戦っているとは思えない。


 右の方では、動きの見えないほど速い剣捌きで銀狼たちを追い詰めていくティリー。


 彼女たちの動きも早いが、銀狼も同じくらいだろうか。むしろ、生きている銀狼よりも速いのではないかと感じてしまうくらいだ。


「天空破砕槍!」


 レイシーの攻撃で左側二匹の身体が粉々になる。勝負は一瞬で付いた。


 右側の二匹はすでに勝負がついている。首を切り落とされた二匹が横たわっていた。ティリーの方は、必殺技とかじゃなく、通常の剣技でやっつけたようだな。


「すげえな二人とも」


 俺が二人に近寄っていくと、レイシーはにっかりと笑いこう応えた。


「わたくしは王家の人間ですからね。己の身を己で守れる最低限の力は持っていますの」

「最低限って……」


 苦笑いするしかない。完全に俺より強いな。


「それよりもエシラ。人間以外の感染したものには気をつけてくださいませ。なぜか魔物は感染しても動きが遅くならないのです」


 遅くならない? しかも相手は病原菌をまき散らす。


「なんだよそれ。めちゃくちゃ、やべーじゃねえか」

「だから、わたくしたちも噛まれてしまったんです。あれはゴブリンの群れを相手にしたときでしたわ」


 ゴブリンか。ただでさえ多数で襲いかかってくるのに、感染したゴブリンならかすり傷一つで致命傷か。かなり厄介だな。


「この伝染症、わりとヤバいだろ? 魔物が感染して人類絶滅なんてことも有り得るんじゃないか?」

「うーん、まあ、それはありえますけど。まだその段階ではありませんね」

「なんでだよ。感染した魔物はすごい勢いで増えていくはずだぞ」


 人間と違って感染しても移動速度は変わらないのだ。銀狼が感染したら、時間当たりの行動範囲はエグいくらい広いぞ。


「感染した魔物は動きが速くなりますが、人間と違って活動限界がすぐに来ますから」

「活動限界?」

「わたくしたちが調べた限りでは感染して数刻くらいですかね。その場でぱたりと動かなくなります。通常の動きができる代償みたいなものですか」

「人間はなぜ魔物と違うんだ?」

「それはわかりません。調査中ですので」


 未知の部分が多すぎるな。


「なるほど。でもまあ、俺も気をつけるよ。魔物と対峙するときは」


 と言いかけて、覚えのある魔力的圧力が俺の身体を襲う。これは、かなり巨大な魔物の気配。


「姫さま! さらに敵が。あれは、ホワイトドラゴ……」


 勇ましかったティリーの声が震える。


 俺にもその姿は見えた。その白いドラゴンは死んでいる。そして感染していた。


 むちゃくちゃヤバいんじゃないか? これ。


「こんな大きなドラゴンにも感染するの?」

「わたくしたちも初めて見ましたわ」


 白いドラゴンは俺が元いたクズパーティーでもなんとか討伐できた魔物だ。かなり強力な攻撃力を持つレイシーとティリーなら、容易く倒すことができるだろう。


 だが、一つだけ条件がある。


『無傷で討伐せよ』


 いくら彼女たちが強くても、かすり傷一つ負わずにドラゴンを倒すことなんてできない。最悪、一撃でも喰らえば感染は確実。


 しかも、ドラゴンの足の速さでは逃げ切ることもできない。だから、あのクズ野郎どもは俺を囮にして逃げたのだ。


「姫さま……私一人で戦います。もし感染したら私を倒して下さい。蘇生魔法に二度目はありませんから」

「ティリー……」

「では行きます」


 今にも泣き出しそうなレイシーの顔を見ていられなかった。


 覚悟を決めたティリーの肩を俺は掴む。


「待て」

「エシラ殿。どうして止めるのですか?」

「死に急いでいるように見えるからな」

「じゃあ、どうするのです?」

「試したいことがある。アンデッドだから回復魔法は有効だろ?」


 俺のその提案に、彼女は目を逸らす。


「たしかに回復魔法はアンデッドには有効です。ですが、あのホワイトドラゴンはかなりの巨体。なので、十数名の回復術師で攻撃しなければ倒せないでしょう。つまり、回復ヒールを200回以上は使用しなければなりません」

「……」


 俺が使える回復魔法は一日20回ほど。たしかに俺では倒しきれないかもしれない。


「私なら、多少の傷を負うかもしれませんが、数分であのドラゴンの首を落としてみせます」


 傷を負ったら意味がない。再びアンデッド化したら終わりだ。


「無理はしなくていい。ティリーを犠牲にしてまで生き延びたくはないよ」

「じゃあ、どうするというのですか?」


 シロウサ村でアンデッドに回復魔法で立ち向かったとき、俺は妙な感覚を抱いた。


 限界回数を超えて回復魔法が使えたこと、そして身体の内の魔力の流れの違和感。一般的に魔術師は経験を積むと新しい魔法が解放されていくという。


 回復ヒールの高位魔法である上位回復ハイヒール。それ一つで回復量は数倍あると言われていた。


 本来なら新しい魔法は試してから使うものだが、今の状況ではぶっつけ本番で使うしかない。


「ティリー。白いドラゴンが俺の前に来たら、一瞬だけ奴の気を右側に逸らしてくれ。奴の首の付け根に上位回復ハイヒールをぶち込む」

「エシラ殿は上位回復ハイヒールが使えるのですか?」


 驚くのも無理はない。上位回復ハイヒールは、司教クラスの人間が使える魔法だ。冒険者風情が使えるような魔法ではない。


「たぶんな」

「本当に大丈夫なのですか?」


 苦々しい笑いを返すティリー。まあ、信じろという方が無理なのかもしれない。


「いざとなったらティリーが退治するんだろ? まあ、その前に俺に賭けてみてもいんじゃないか? その方が楽だし、レイシーを泣かせることもないかもしれない」

「ふふっ、そうですね。姫さまを泣かせないで済むなら、その方がいいのかもしれません」

「楽に行こうぜ」

「ええ」


 ティリーが力強く頷く。


「よし。交渉成立だ」

「そろそろ来ますよ」


 俺はドラゴンをギリギリまで引きつける。


「ティリー頼む!」


 俺の合図と共に彼女が走り出した。一撃を竜の首に当てるとすぐに離脱して右方向にジャンプする。


 竜の視線が逸れたことを確認し、魔法陣を展開した。


 果たして新しい魔法は解放されているのか。


 高位魔法はそれまでの下位魔法を元にその上に同じ魔法を重ねる。新しい魔法が解放されていれば、高位魔法は発動するはずだ。


 今までとは違う魔力の流れ。


 手応えはあった。


上位回復ハイヒール!」


 下位魔法の回復ヒールと違って、魔法を与える相手とは至近距離である必要はない。


 上位回復ハイヒールの魔法は目標に向かってまっすぐに飛んでいった。


 初撃は完璧。第二撃を……。


 そう思って、次の魔法を練ろうとしたところで、ドラゴンの身体が地面に倒れてくる。

「あれ?」


 不思議に思ってドラゴンの頭部を確認しようとしたが、消失していた。


「お見事です。エシラ殿」


 ティリーが俺の所に戻ってきた。傷は負っていないようで一安心する。


「すごいですわ! エシラ。まさか最高位回復エクストラヒールが使えるなんて、あなたもしかして、本当は大司教さまなんじゃないかしら」

「……」


 最高位回復エクストラヒールだと?


 いや、俺は上位回復ハイヒールを放ったはずなのだが。


 思わず魔法を放った自分の手のひらを確認してしまう。


 それはそうと、大司教と言われて笑っていまいそうだ。


 そもそも俺は信心深くはない。昔の仲間に神を信じない僧侶と揶揄されたこともある。もちろん、僧侶ではないのだけど。


「これで、脅威は去りましたわ。けど、戦闘でかなりの時間を潰してしまいましたの」


 太陽は真上を過ぎて西の方に傾いている。このまま街まで歩くと夜になりそうだった。日が暮れると危険な魔物も出没しやすい。


「今日中にテニエルの街に到着するのは無理そうだな」


 俺のその言葉に、レイシーはティリーに助言を求める。


「途中で野営できそうな場所はありますか?」

「姫さま。少し道を外れますが、西南西に古い遺跡があります。あそこに刻まれた魔法陣は魔物避けの安全地帯でもありますから、今日はそこで休息しましょう」

「ええ、そうですわね。エシラもそれでいいかしら?」

「ああ、問題ない」


 俺は、先ほどの上位回復ハイヒールことをずっと考える。


 たしかに俺は高位魔法を使える自信があった。だが、実際に発動したのは、それよりもっと上の最高位魔法であった。


 才能?


 そんなわけがない。俺は大司教のように神に近い存在でもないし、大した修行もしていない。


 考えられるのはあの流星雨。あの時、何かが俺の身体に変化をもたらしたのだろう。




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