第4話「成れの果て」


「エシラ殿。誠にありがとうございました。このご恩はけして忘れません。いえ、王にこの旨を報告し、直ちに恩賞を出していただけるように進言いたします」


 ティリーは義理堅いというか、真面目な性格と言っていいだろうか。どこの誰ともわからぬ冒険者の俺をすぐに信用してくれて、頭を下げて心から礼を言ってくれた。


「恩賞は別にどうでもいいよ。それよりもどうして会ったばかりの俺のことを信用してくれるんだ?」

「信用ですか? 姫さまが信頼しておいでのようですので、私はそれに従ったまでです」


 そっか、ティリーもレイシーの能力のことは知っているのか。


「レイシーの目のことはティリーも知っているんだな?」

「はい。姫さまの能力は王家に受け継がれる血の一つです」

「王家ってのは、そんなレアな能力を持っているってことか?」


 貴族や王家の人間は臣下を率いるために、通常の人間より強力な魔法を使えるということは噂話では聞いていた。だが、その魔法がどんなものかまでは知らされていなかった。


「はい。ただし、その能力はそれぞれの勢力の中で秘匿されています。私は王や、他の王子たちの能力を知りません」

「なるほどね。けど、レイシー」


 俺はレイシーの方へと視線を向ける。


「なんですの?」

「俺に目の秘密を打ち明けていいのか?」

「ですから、あなたは信頼できる方であると目が告げています。だから秘密を打ち明けたとしても問題はありません」

「それならいいけどさ」


 信頼されるのは悪くはないが、何かこそばゆいんだよな。今までは裏切られる方が多かったからってのもある。


「エシラ。あなたは冒険者でしたよね?」

「そうだが」

「仲間はどこにいるのです?」


 古傷がズキリと痛む。それは心のだ。


「仲間ね……とある事情で今は一人なんだよ」


 そこでレイシーはポンと胸の前で手を合わせると、隣にいるティリーの顔を見る。すると彼女は軽く頷き、レイシーは再び俺を見る。それも嬉しそうに。


「でしたら、あなたを雇いたいのですが、いかがでしょう?」

「雇う?」

「今回の新種の伝染病の件。どうしても調べなければならないのです。国内で苦しんでいる民のためにも」


 彼女はせつせつと語る。まだ幼き少女とはいえ、王家としての責任と使命があるのだろう。


「雇うといっても、俺は戦闘のあまりできない回復職だぞ」

「アンデッド化した者の浄化には回復魔法が有効ですわ。こんな状況だからこそ、あなたの能力は必要になってきますの」

「まあ、それは俺も実感してはいるよ」

「わたくしもティリーも回復魔法が使えません。ここに到着する前に、魔導師二人を失っています。あなたがいれば、任務の成功率もあがると思うので……その」


 上目遣いに、控えめにレイシーはそう告げる。強制はしないけど、付いてきてほしいってことだろう。


「まあ、アンデッドの件は俺も気になってはいるからな。それにいつまでも一人でいるわけにもいかない。別に拒む理由もないな」

「ありがとうございます。エシラ。これからよろしくですの」


 そう言って右手を差し出すレイシー。ティリーもそれを微笑ましそうに眺めている。


 彼女の手に触れると柔らかな感触。壊れてしまいそうなくらい小さな手だ。それでも、その温かさは心地良い。


 ようやく俺は、自分の居場所を見つけられたのだろうか。



**



 村で必要な食糧や物資などの補給をした。


 中でも一番有用な物は、魔時刻石の入手だろう。手のひらほどの円盤上の石で、これは現在の時刻と暦を示す魔法具であった。村長宅にあったのを拝借する。


 石の中央に嵌められた宝石のような青い石には『25602030724』という数字が浮かび上がっていた。これは王国歴256年2月3日7時24分を示す。


 暦法は1年を365日にとしたもので、千年前の皇帝グレリオが定めたとされていた。時間に関しても1日を24等分し、さらにその一つを60等分する方法がとられている。



 俺が流星雨を見たのは王国歴254年の8月10日だ。つまり、俺は半年どころか2年半も眠っていたことになる。


 そしてレイシーたちが王都を出発したのは王国歴255年の3月14日。発症したのがその7日後。彼女たちも1年ちかくこの村で足止めされていたのだ。


 ちなみに彼女は今日14歳の誕生日を迎えたらしい。もちろん俺は、誕生祝いを用意していない。


 本人もそれを悲しんでいる素振りはなかった。それよりも彼女には為すべき事を重要視しているようである。


 一般的に15歳で成人扱いされるこの世界において、それ以前の年齢から重い責務を背負わされた彼女には同情すら抱いてしまう。


 だからといって、今の俺に何ができるわけでもなかった。



 次の日の朝、俺たちは村を出立する。


「テニエルの街へ行くんだよな?」


 前を歩くレイシーに確認のために聞く。簡単な打ち合わせは昨日のうちにしていたのだが、俺としてはあまり乗り気ではなかったのだ。


「はい。そうですよ。エシラには馴染みの街なんですよね?」

「……」


 そこで俺は、なんともいえない嫌な気分になる。なぜなら、その街は元パーティーメンバーが拠点としていた場所なのだ。


 俺を見捨てたハッタやヘイヤやヤマネに会う可能性もある。けどまあ、こっちはお姫さまに雇われてるんだ。あいつらのことなんてどうでもいいか。そう納得することにする。


「テニエルには何しに行くんだ?」


 そういや肝心なことは聞いてなかった。伝染病の調査という曖昧な目的しか教えてもらっていない。


「わたくしたちはそもそも、テニエルにいる領主ラッセル伯に会うために王都を発ったのですわ」

「その途中で発症したというわけか。新種の伝染病ということは予防薬や、治癒魔法は解析されていないんだよな?」

「ええ」

「そんな状況でどうやって伝染病に感染しないようにするんだ?」

「伝染病とはいえ、流行風邪とは違います。飛沫による空気感染ではなく、体液が体内に入ることによる感染に注意しなければなりません」


 過去に何度か伝染病が流行ったという噂は聞いたことがあるが、これほど強力なのは初めてだろう。


「患者に触れなければいいと?」

「そうですわね。正確には感染したモノに噛まれなければいいのですわ」

「おいおい、ずいぶんと生々しいアドバイスだな」

「あたりまえですわ。わたくしたちはそれを生身で実感してきたわけですから」


 そういや、発症したんだよなこの二人は。原因は患者に噛まれたってわけか。


「けど、アンデッドはかなり動作がのろいぜ。余裕で躱せると思うが」

「それはですね――」


 レイシーが苦々しい顔を向けながら返答しようとした時、ふいに先頭を歩いていたティリーが声を上げる。


「姫さま。銀狼です」


 この地域は『銀狼』という狼から変異した魔物がよく出没するんだったな。まあ、舐めてかからなければ大した怪我も負わずに退治できるはず。


 少しデカいだけの狼なのだから。


「エシラ。気をつけてくださいませ」

「ただの銀狼だろ?」


 俺は杖を身構える。獣タイプの魔物なら、俺は仲間のサポートに回るだけだ。


「いいえ。ただの銀狼ではないみたいですわ」


 前にいたレイシーとティリーが左右にずれると前方の視界がクリアになる。


 そこにいたのは傷ついた銀狼……いや、片眼が飛び出していて舌もだらんと口から出たままだ。まるで死骸のように。


 これはただの銀狼ではなく、新種の伝染病に感染した『成れの果てアンデッド』だ。


 なるほど、ならば俺の出番である。


 アンデッド相手なら回復術師でも、十分戦えるのだ。


 やってやるぜ!




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