第3話「王女と女騎士」


 蘇生した少女の問いかけに俺は答える。


「シロウサ村だ。起きたばかりで申し訳ないが、何があった?」

「な……に? ……はっ! ティリーは? ティリーはどこですの?」


 彼女は焦ったように周囲を見回す。


「ティリー? そいつは誰だ?」

「親衛隊の騎士。私の守護騎士でもあるの」


 彼女の服装はどう見てもメイド姿。高貴な者とは思えない。


 『守護騎士』とは、貴族に仕える専属の騎士だ。いや、彼女は親衛隊と言っていた、ならば貴族ではなく、もっと上の……。


「守護騎士? キミはメイドじゃないのか?」


 そんな俺の問いかけに、彼女は自嘲するように言葉をこぼす。


「ふふ、そうね。この格好は動きやすくて汚れても平気な服を探していて、メイドの子に借りたんだったわ」

「説明してくれないか?」

「ええ、いいですわ。けど、ここがシロウサ村であれば、住人はどうしたのかしら? わたくしたちは……そう、彼らにここに閉じ込められたのだけど……」


 最初は生き生きと話していた少女だが、途中で何かを思い出したらしく言葉尻を濁し、そのまま項垂れる。


「閉じ込められた?」

「わたくしたちは発症したの」

「発症? 何か病気だったのか?」

「ええ。『ンザンビ』と呼ばれる新種の伝染病」


 そんな名の伝染病など初めて聞く。発音が面倒だな『ゾンビ』でいいんじゃないのか?


「その新種の伝染病ってのは?」

「発症するとその日のうちに死亡。けど、それで終わりませんわ。死んだ人間はすぐに動き出すのよ。生き返ったわけじゃないですの。自我も持たずに、あてもなく歩き回る。そして、生きた人間を見つけると襲いかかりますの」

「……」


 この村のアンデッドも住人が発症したなれの果ての姿なのか?


「わたくしは王の命令により新種の伝染病を調べていたわ。自己紹介が遅れて申し訳ありません。わたくしはキャロル王国第二王女のレイシー・プレザンス・キャロリアン」

「王女さまだったのか」


 たしかに、その佇まいや上品な言葉使いは高貴さをかもし出していた。


「王女といっても、王位継承権最下位の身分。だから、そんなにうやまわなくていいですわ。気軽にレイシーと呼んでいただけないかしら」


 そう言って彼女は微笑む。


「ま、まあ、俺はこの国の生まれってわけじゃないからな。あんたがお姫さんだとしても関係ない」

「レイシーです」

「……レイシー」

「はい。呼び捨てで構いませんよ。王国の出身でないのなら、わたくしとあなたは対等です」

「……」


 調子が狂いそうな感じだった。とはいえ、高圧的な態度をとる元パーティーメンバーたちよりは心地良かった。


「あなたのことを聞かせてもらってもいいかしら?」

「俺はエシラ・リデル。東の方から流れてきた、ただの冒険者だ」


 人間関係に嫌気をさして、知り合いのいない方へと逃げてきただけ。


「まあ、だからあなたは髪も瞳も黒いのね」


 そう言って好奇心に満ちあふれた視線を俺に向けるレイシー。そんなに見つめられると照れてしまう。


「お互いに自己紹介も終わったところで、話を戻そうぜ」


 時間は十分あるのだから、本来ならお互いに理解を深めた方がいいだろう。


 だけど、人間関係の苦手な俺は、どうもその過程をすっ飛ばしたくなる傾向にあった。


「あなたは、なんだか不思議な方ですね」

「不思議とは?」


 可憐な美少女に見つめられ、高鳴る鼓動を必死で抑えながら平静を装う。


「あなたとはなんだか話しやすいですの。それにあなたはいい人みたい」

「会ったばかりだろ」

「わたしには特技がありますの」

「特技?」

「人を見る目ですわ。どんな人でも、言葉を多少交わせばその人が信用に足るかを理解できてしまうのです」

「言葉なんていくらでも誤魔化せる。いい人なんていくらでも演じられるぞ」

「そうですわね。言葉だけでは人は騙されます。けど、わたしは魔法の瞳を持っています」


 俺を見つめていた目が青色からオレンジ色へと変化する。魔眼という特殊な能力を噂で聞いたことがある。ある者は、人々の寿命が見えたり、ある者は相手の能力が見えるとか。


「それは?」

「嘘を吐いているかどうかは見抜けませんが、自分の脅威になるか、それとも自分の味方になるかの判断をしてくれますの」

「嘘を吐くのを見抜けないってのは、どうなんだ?」


 予想と少しズレた能力に脱力しかける。


「嘘つきの全てが悪人なわけではありませんわ。人は誰かを傷つけたくない、守りたいがために嘘を吐く場合があるのです。だから、わたしの能力は嘘には反応しないのですのよ」


 能力としては微妙だな。俺だったら嘘を見抜ける方がいい。


「それで? 俺はレイシーの味方なのか? 敵なのか?」

「わたくしの目はあなたを味方と認識しておりますわ」

「それはそれは光栄です。お姫さま」

「レイシーですわ」

「わかってるよ。ただの冗談だ」


 彼女の真剣な目に、俺の方がたじろいでしまう。


「ところでわたくしは、なぜ助かったのかしら?」

「俺は回復術師だ。蘇生魔法を使った」

「蘇生魔法? おかしいですわね。王都にいた頃、発症した末期の患者に蘇生魔法を使ったことがありますの。その時はうまくいかなかったですわ」


 彼女は眉をひそめ首をひねる。


「確率が低いからじゃなくて?」

「100人以上の回復術師を集めて、10日ほどかけて試してみましたわ。けど、誰一人として蘇生魔法が成功しませんでしたの。だから、あれはただの死体ではないと判断が下されたのですわ」


 俺の蘇生魔法だけが効くのか? 思わず自分の手のひらをじっと見る。そこで大事なことを思いだした。


「そうだ。もう一人いたんだ」


 納屋の中にはもう一人アンデッドがいる。


「もう一人……そう、ティリーが一緒に捕まったのですの」


 はっと我に返ったようにレイシーの顔に焦りが見える。


「そういや、レイシーはなんで縛られてたんだ?」

「わたくしたちはこの村に着いた頃には感染していましたわ。村の人も伝染病のことを把握していたんだと思いますの。ですから、わたくしたちが死んで、そのまま動き出さないように縛って納屋に放り込んだのではないかしら?」


 酷いとは思うが、まあ、仕方ないよな。


「事情はわかった。納屋に戻ろう」

「ティリーがまだ中にいるのね」

「もしかしたら救えるかもしれない」

「そうね。けど、あまり希望は持たないようにしておきますわ。アンデッド化した者に蘇生魔法をかける場合、通常よりも確率が低くなるのかもしれないですの。わたくしが成功したのは、すごく運が良かっただけなのかもしれません」

「……」


 レイシーの言葉を否定できない。彼女の王都での話を聞く限り、蘇生魔法の成功確率はかなり低いのだ。


 納屋に入ると、視界に入ったアンデッドをめがけてレイシーが駆け出そうとする。


「ティリー!」

「危ないよ。あれは本来のティリーじゃないんだろ?」


 俺は右手を挙げてレイシーを制止した。アンデッドは呻き声を上げながらもがいている。


「そうね。取り乱してしまったわ。正気の状態で彼女のあんな姿を見たのですもの」


 ティリーと言われる人物は、見た目はただの干からびた死体だ。自分の親しい人があんな状態だとしたら、かなりつらいだろう。


「俺の蘇生魔法は、あと4回使える。今日がダメなら明日もやろう」

「……エシラ。蘇生魔法を試すのは今日だけでいいですわ」


 彼女はぎゅっと両手を握りしめて悔しそうに呟く。


「けど、回数を試した方が」

「すでにわたくしを成功させてしまっているのです。確率論でいえば、成功確率はゼロに近いんじゃないかしら? あなたに何度も試行させては無駄な時間を過ごすことになります。それよりも、この伝染病の原因を探りたいですの。それがわたくしの使命ですから」


 レイシーの瞳には、任務を遂行するための覚悟が宿っているようにも感じた。ただ、それを背負うには、彼女はまだ幼すぎるような気もする。


「キミがそう言うなら今日だけ試そう。俺もアンデッドのことは気になっていたからな」


 俺はさらに前に出ると、両手を前方に突きだし、両手の平を床に転がっているアンデッドへと向ける。


 『術式展開』そう心の中で唱えると、魔法陣が空間に展開される。それを確認すると、言葉で魔法を発動させる。


蘇生リバイブ


 またしてもオレンジ色の光がアンデッドの体を包み込む。いつもの蘇生魔法でないことは確かだ。どういうことなんだ?


「エシラ、その光」


 隣のレイシーも不思議そうにその光を見る。蘇生魔法を見慣れた者なら、違和感を抱くのも無理はない。色がまったく違うのだから。


 しばらくするとアンデッドの身体の修復が始まる。これは成功したと言っていいだろう。


 確率が低いとはいえ、ゼロではない。なんだか、自分の運をすべて費やしているような気がしてきた。反動というか、確率の収束で、このあと俺はハズレばかり引きそうな気もする。


 蘇生したティリーは20代前半くらいの女性で、白銀のプレートメイルを着込んでいた。その右腕には真っ白な刀身の片手剣がある。


 あれ? いつの間にか鎧だけでなく、剣まで修復……いや、この場に倒れていたアンデッドはそんなものは持っていなかった。どういうことだ?


 さらに数刻経つと、彼女の意識が戻る。


「んっ……」

「ティリー!」


 レイシーが嬉しそうに駆け寄った。その瞳には涙が溢れている。


 ティリーと言われる女性もレイシーと同じ金髪碧眼。ショートカットで、背は俺よりも少しだけ低いくらいか。


 それほど筋肉質というわけでもないし、女性が理想を抱くような体つきをしている。鎧を解いてドレスでも着させたら、貴婦人と間違われそうなくらいの容姿であった。


「ひめさ……ま」


 ぼんやりした顔で、レイシーを見上げるティリー。


「ティリー! よかったぁ」


 ティリーに抱きついてうれし泣きするレイシーに、彼女はまだ状況を把握できていないようだ。


「あの、私はたしか発症して……」

「エシラが助けてくれたの」


 そう言って、レイシーがこちらを見上げると、ティリーも呆けたようにこちらに視線を向ける。


「助けて……くれた?」

「そう、すごいの、この人。王都で誰も成功しなかったアンデッド化した患者への蘇生魔法を二度も成功させたのよ」

「蘇生魔法………………はっ! 姫さま、今は何日ですか? あれから私は何日死んでいたのですか?」

「今? えっと……エシラ。今日は何日ですの?」


 そう聞かれて、俺にも答えられなかった。というか、その答えを聞くために二人を蘇生させたってのもあるからな。


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