第2話「蘇生魔法」


 あれから俺はブラックドラゴンからの攻撃を避けながら蘇生魔法を放った。さすがに1回目で上手くいくことはなかったが、4回目においてホワイトドラゴンの復活に成功する。


 確率的には3割で当たりを引けたのだ。運だけは俺に味方をしてくれたようである。


 甦ったホワイトドラゴンは目前に迫るブラックドラゴンに敵意を向け、両者は対峙する。俺はその隙に逃げ出した。


 体力の続く限り走り続け、森を抜けてようやく街道に出る。遠くの方では、ドラゴン特有の咆吼と木々がバリバリと倒れる音が響いていた。


 さらに歩いて行くと草原地帯になる。小高い丘がいくつか見えた。もう日も落ちかけている。


 その丘の一つにグリゴリの大木を見つけた。あれは魔物を寄せ付けない特殊な樹木だ。今は夏なので、赤い小花を咲かせている。


「さすがに体力も限界だな」


 あそこまで行けばひとまず安心だ。俺は気力を振り絞って大木に到達すると、その根元に腰を下ろして息を整える。


 一息吐いたら街へ戻るか……そう考えるが、正直帰りたい気分ではない。俺を捨てたパーティーメンバーのいる街なのだから。


 今日はとりあえずここで野宿をしよう。


 俺は草地に寝転がると夜空を見上げる。


「また新しい仲間を探さなきゃならないのか……」


 魔物討伐は4人以上でパーティーを組むのが基本である。そもそも、俺は回復職なので一人で魔物は倒せない。だから仲間は必須だ。


 とはいえ、人付き合いが苦手な俺は、自分から気の合う仲間を見つけるのが得意ではない。


 誘われるままにパーティーに入り、いつも多少の我慢を強いられることになる。


 冒険者以外に転職できるほどのスキルを持っているわけではないので、現状を受け入れるしかないのだろう。


 昔、とある司祭に回復魔法の器用さを見込まれて教会に誘われたことがあるが、すぐに断った。


 なぜなら俺は神を信じないからだ。


 回復魔法は神の加護とも言われているのに、俺は信じることができなかった。そして、信じていない俺が回復魔法を使えること自体が神の存在を否定しているのかもしれない。


 夜空を一筋の光が流れる。


「あ、流れ星」


 この世界には流れ星に願いをかけるなんて習慣があるのだが、俺は神頼みのように意味のない願いはしたくない。


 もちろん、最善を尽くして運を天に任せるような願いならまた別である。


 この行為は一見、神を信じない俺には矛盾した言動のように思えるだろうが、これは単純に確率論の話である。


 生粋のギャンブラーと言った方がいいだろう。確率を上げるためなら、いくらでも努力はするからな。


「あれ?」


 流れ星は一つではなかった。二つ三つ、いや、それ以上に光が流れていく。


 流星雨という現象を噂で聞いたことがある。が、俺がそれを見るのは初めてだった。こんな夜は何かの予兆だと、亡くなった父さんが言ってたっけ。


 ドクン! と鼓動が跳ね上がる。


 体内の魔力の流れがおかしい。体が熱くなる。なんだこれは?


 そのまま俺は意識を失った。



**



 目覚めると肌寒い。が、すでに日は昇っていた。


 季節は夏のはず。なのに、吐く息が白い。


 おまけに、グリゴリの木に咲いていた花がすべて散っている。そればかりか葉もすべて落ちていた。


「どういうことだ?」


 考えられる要因は二つ。


 急激な気温変動が起きた。


 もう一つは気温変動は起きてなく、これが正常。そこで考えられるのは、俺が半年以上この場所に眠っていたということだ。


「まさかな……」


 それを確かめるには近くの村へ行くのが一番だろう。誰かに聞けばいいのだ。この寒さは急激に起きたのか、それとも今は冬なのかを。


 グリゴリの大木から南に半日ほど進むとシロウサ村に到着する。ここは魔物討伐のさいに食糧や水などの補給させてもらったこともあった。


 人口は50人程度の小さな農村である。


「……!?」


 村に向かう途中、わずかな違和感を抱いた。


 普段なら街道を歩けば、他の冒険者や旅人、商人の馬車などとすれ違うはず。だが、まったくそれらと出会うことなく村に到着してしまった。


 まあいい。まだ日は落ちていないので、住人に話も聞けるだろう。


 だが、村は異様なほど静まりかえっていた。


 小さな村とはいえ、比較的子どもの多い場所だった記憶がある。昼間だというのに村の中を遊び回る子供達の声が聞こえない。


 それどころか、どんよりとした異様な空気が村全体を覆っていた。


 さらに建物の入り口の木戸はボロボロになっており、石壁には血糊のような赤いものがべったりと貼り付いている。


 それは一箇所ではない。まるで人々が大量に殺戮されたかのような状況。血なまぐさい臭いと腐敗臭が漂ってくる。


「何があった?」


 呆然と村の入り口に立ち尽くしていると、近くの建物の扉がギギギっと音を立てて開く。


 生存者か? と思ったのもつかの間、出てきたのは人では無かった。


 顔は干からびて眼球はなく、腕もねじれて変な方向に曲がっており、着ている服はぼろ切れのようだった。それが呻き声をあげながら、おぼつかない足取りでこちらに向かってくる。


「アンデッドか」


 俺が遭遇してきたアンデッドというと、すでに骸骨と化したスケルトンがほとんどだ。それらは動きも早く、苦戦を強いられる。


 目の前にいるアンデッドは、干からびた死体がそのまま動くタイプで動作も鈍いようだ。初めて見る魔物でもある。


「スケルトンよりは楽に戦えそうだな」


 手に持った杖でアンデッドの頭を殴ると、ぐしゃりと簡単に砕けてそのまま地面に転がっていく。


 なるほど、頭を潰せば簡単に動かなくなるのか。スケルトンのように、バラバラにしても復活するようなことがないのはありがたい。


 だが、アンデッドの頭をたたき割った事で、静寂が崩れる。


 その音を聞きつけたのだろうか、村の建物の扉が一斉に開いた。


 そして、そこからはアンデッドが湧いて出てくる。


「おいおい。まさか、住人全員アンデッド化したわけじゃないよな?」


 動きが鈍いのは幸いだ。なので焦る必要もない。前衛職でない俺でも余裕で対処できる。


 一体一体、確実に頭を潰して退治していく。そんな機械的な作業が続いた。


 とはいえ、魔法杖は打撃用にはできていない。壊れてしまえば俺の放つ魔法も不安定になる。……いや、今は仲間もいないのだ。回復魔法なんてあまり使うことはないか。


 ん?


 そういえばスケルトンの討伐クエストのとき、俺は魔法アタッカーとしてこき使われたこともあったな。


 アンデッドは、なぜか回復魔法が攻撃魔法・・・・に転じてダメージを与えられる。


 こいつらもアンデッドの仲間であれば、攻撃として通るはずだ。


 試しに使ってみるか。


回復ヒール


 近づいてきたアンデッドの頭部に魔法を撃ち込む……と、その頭部が消失して崩れ落ちた。


「お、いけるじゃん!」


 杖を使うのは最後の手段でいいな。


 そんな感じで調子に乗って『回復ヒール』を使いまくるが、途中で妙な感覚がした。いつもなら使いすぎると魔力の流れが鈍ってくるのに、今日はそれがない。


 それどころか一日の限度回数を超えてしまった。通常なら『回復ヒール』は1日20回しか使えない。


 これはどういうことだ?


 一般的に魔術師は経験を積むと新しい魔法が解放されていくという。とはいえ、神も信じない回復術師が、司祭が使えるような上位回復ハイヒールが使えるようになるとは思えない。


 試しに使ってみようにも、アンデッドも出尽くしたようで村一帯は静かになる。


 そういえば流星雨が降った夜。体内の魔力の流れに異常が起きていた。何か関係があるのだろうか?


 と考えていてもこの状態では答えは出ない。とにかく今は情報収集が必要だ。


 本当に生きている人間がいないか、慎重に一軒一軒の室内を確かめていく。


 そんなとき、右奥の方にある建物の納屋からアンデッドが発していたのと同様の呻き声が聞こえてきた。


 まだ残っていたか。


 日はまだ真上だが、近くの街まで行くとしても夜になってしまうだろう。


「ここで休息をとるとしたら、安心して寝られるように根絶やしにしておかないとな」


 そんな独り言をこぼしながら、納屋の扉をそっとあける。


 密閉されていたこともあり、内部はむせ返るような腐敗臭が漂っていた。


 呻き声は奥の方から聞こえる。


 日常魔法である灯火ライトの魔法をかけて納屋の内部を照らす。と、そこには二体のアンデッドが横たわっていた。


 そのアンデッドはなぜかロープで縛られている。それが原因で動けないようだ。


 なるほど、それで襲ってこないのか。


 ならば、とっとと終わらせよう。


「楽に逝かせてやるよ。おまえが行くのは天国かな。それとも地獄なのかな」


 ずっと一人でいたので、独り言がどうにもこぼれてしまう。少しこじらせすぎだと、反省した。


 パーティーで行動していた時はほぼ無口で、無愛想野郎なんてあだ名をつけられていたというのに。


 俺は呼吸を整えて魔法の準備をする。


 片手を突き出し、回復魔法の魔法陣を展開しようとしたところで、ふいに思い付く。


 アンデッドということは、これは死んだ住人ということだろう。


 ならば蘇生魔法を使ってこのアンデッドを生き返らせられないのか?


 そうすれば今のこのおかしな状況を聞くことができるじゃないか?


 蘇生魔法の成功条件は頭部の損傷が無く、寿命で死んでいないこと。たぶん、それは満たしているとは思う。


 あとはこの人間が『過去に蘇生魔法で生き返っていない』ことを祈るだけか。


「ふぅー」


 俺は集中するために息をゆっくりと吐いた。


 拘束状態のアンデッドなんて滅多にお目にかかれない。蘇生魔法は成功率が低いけど、この状態なら失敗したところで危険はないのだ。


 ためらう必要はない。


 さっそく両腕を前に突き出して魔法陣を展開する。


蘇生リバイブ


 オレンジ色の光がアンデッドの体を包み込んでいった。あれ? いつもなら光の色は淡い青色なのだが……。


 するとアンデッドの体がみるみる修復されていく。これは成功か? 確率10%で当たりを引いたのか?


 蘇生に成功したアンデッドは、見惚れるような可憐な美少女だった。金髪のロングヘアに目鼻だちの整った顔。華奢な体つきで、年の頃は14、5歳だろうか。


 さらに着ていた服も修復されていた。本来の蘇生魔法では、生体のみの蘇生であって、衣服などには効果はないはずなのだが……。


 少女の着ている服は濃い紫地に白のエプロンドレス。こいつはメイドなのか? まあ、そんなことはどうでもいい。


 非力な少女でもあるし、生き返っても俺に対して脅威になるわけではなさそうだ。縛られていたロープも解いてやるとしよう。


 俺は彼女の身体を抱き上げると、納屋の外へと連れ出す。中にはもう一体アンデッドがいるわけだから、安全を考慮してだ。


 蘇生魔法もまだ使える。もう一体生き返らせるかは、こいつから話を聞いてからでいいだろう。


「んんっ……」


 しばらくすると少女が目覚め、目蓋が開かれる。


「気分はどうだ?」

「ここは……どこ?」


 気怠そうに起き上がる少女の青い瞳がこちらに向く。



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