ゾンビへの攻撃は回復魔法で十分です!~異世界アポカリプスで魔眼姫とともに
オカノヒカル
【第一章】ウォーキング・アンデッド
第1話「青い眼の白いドラゴン」
北方の山林地帯でようやく見つけたホワイトドラゴン。
そのドラゴンは稀少な魔物であり、大きさは30ナート(約30m)を超える巨体であった。
青い眼と真っ白な身体が特長的で、解体して素材を売ればかなりの金が手に入る。そのためパーティーメンバーも、今回の討伐にはかなり気合いが入っていた。
「うりゃああああああ!!!!」
まずは女剣士である『赤髪のヘイヤ』がご自慢の魔法剣で切り込む。魔力さえ充填されていればかなり強力な攻撃力を持つレア武器だ。
だが彼女は、頭よりも先に体が動くタイプである。
動きに無駄が多く、闇雲に突っ込むので余計なケガを負う。そのため、彼女には回復魔法が欠かせない。
「
「……」
ヘイヤは俺の名を呼ばない。高圧的に俺の蔑むのはいつものことだ。まあ、同じ年らしいので、それで軽口を叩いているのだろう……と思い込むことにはしている。
そして、周りを見ていないのは彼女の方ではある。少し前に回復魔法をかけたことにも気付いていないし、今回のダメージだって敵をよく見てれば避けられた攻撃だ。
「あ、ごめん。よけて」
後ろからそんな声が聞こえて、俺の居る場所ギリギリを炎の弾がかすめていく。これは『女魔導師のヤマネ』が撃った魔法だ。
彼女の場合は天然なのかワザとなのかの判断が付かない。時々、こういう危険な戦いをしてくる。見た目は10代っぽいのであまり経験がないのだろうと思う。
実際に魔法が直撃して、かなりのダメージを喰らったこともあった。彼女の戦い方は本当にシャレにならないので注意が必要だ。
「エシラ。
唯一俺を名前で呼ぶのは、リーダーでもある『弓使いのハッタ』。彼は30歳になったばかりの短髪の男で、俺よりも6つも年上だった。
ハッタは弓を武器とするが、敵との距離感をわかっていない。後衛だというのに、常に突出してダメージを負う。自分の力量をわかっていない大馬鹿ものであった。
ゆえに俺の回復に頼り切り。だというのに、そんな自覚さえないのだ。
とはいえ、最年長でもあるので従わざるを得ない。
まあ、魔物を狩るのに人数は必要だ。しかも俺は攻撃力のない回復職なので、あまり贅沢はいえない。
さらに、俺が他の国から流れてきたよそ者であり、信用がないので他の人間とパーティーを組みにくいというのもあるだろう。
しかたなしに俺は、このクソみたいなパーティに身を置いていた。
脳筋物理アタッカー、距離感を把握のできない弓使い、魔法の扱いが雑な魔導師。
全体的に効率の悪い戦いなので、ホワイトドラゴンを倒すまでにかなりの時間を要する。それでもなんとか回復を効率良く行っていたので全滅せずには済んでいた。
そのせいで俺の回復魔法は使用限度回数に至ってしまう。
他の皆もボロボロだ。
剣士の魔法剣だって魔力切れ、攻撃魔法を放つ魔導師も、もう魔法を撃てないくらい消耗していた。
だが、リーダーのハッタはいくつか矢を残している。慎重な性格というより、ただ単に自分の身がかわいいだけであろう。
残している矢は、毒矢や痺れ矢など。いざという時の為にとっておいたという感じか。
さきほどの戦いで、それらを使ってくれたらどんなに楽だっただろうか。そんな指摘をしても無駄なことはわかっている。
なぜなら、彼は常に自分が正しいと思っているからだ。
俺は疲れ切って倒れた大木に腰を下ろし、ドラゴンを解体している仲間をぼんやりと眺める。
ふいに体中に寒気が走った。と同時に、魔導師のヤマネが声を上げる。
「なに? この音」
耳を澄ますとドシンドシンという地鳴りが響いてくる。
「この気配、まさか」
俺は振り返ると、その地鳴りの主を確認した。思わず息を呑む。
こちらに向かってくるのは巨大なドラゴン。さきほど戦ったホワイトドラゴンと同等の大きさである『赤い目』をした全身真っ黒なドラゴンだ。ブラックドラゴンと呼ばれる気の荒い個体である。
「ま、まじかよ」
リーダーのハッタの震えた声が聞こえてくる。それに反応した剣士のヘイヤが焦ったように問いかける。
「おい、どうすんだ? アタイの魔法剣は魔力切れだ。ドラゴン相手なんてもう無理だぞ」
「どうするたって……」
まあ、逃げるしかないだろうな。
「ボクも魔力切れだから無理だよ」
緊張感のない声でヤマネが呟く。やっぱこいつ天然なんだろうか。半年も一緒に行動していたが、未だにこいつの性格が把握できない。
そんな中、リーダーが情けなく呟く。
「に、逃げるか?」
無難な答えだが、それに対してヘイヤが呆れたように呟く。
「逃げるたって。あのドラゴン。完全にアタイたちを目標として定めたよ」
彼女が言っていることは正しい。黒いドラゴンの赤い目は、完全に俺たちを捉えている。逃げたところで、簡単にドラゴンには追いつかれてしまう。
「いいんだ。俺に考えがある」
リーダーに、まともな指揮能力はない。あるのはズル賢い思考だ。
俺はそのことに気付くのに一瞬遅れた。
立ち上がろうとした瞬間に、左足を矢が貫く。それはハッタの放った矢だった。
そのまま俺は崩れ落ちる。左足を射貫かれただけなのに体が動かない。これはたぶん、彼が温存していた痺れ矢だ。
「悪いな。おまえは今日でお払い箱だ。せいぜい、俺たちが逃げる間の時間稼ぎとなってくれ」
「あはは、使えない無愛想野郎がようやく役立ってくれたのか。最後ぐらい礼を言うぜ。ありがとな。せいぜい、ドラゴンの腹を満たしてくれ」
「……」
そう言って逃げ去る彼らは俺の視界から消えていく。あいつらにとって回復魔法なんて自然に涌き出る水くらいにしか思っていなかったのだろう。だから平気で使い捨てる。
「……ちくしょう。こんな状態異常くらい、俺の解毒魔法で」
俺は自分の体に入った毒素を解析する。解毒魔法というのは万能ではない。毒素に合った魔力の術式を展開しなくてはならないのだ。
既知の毒であれば、すぐに魔法を発動できる。だが、あまり知られていない毒の場合、解析に手間取ってしまうのだ。
リーダーが放った痺れ矢の毒素は、俺が知らないものだった。
解析している間にもドラゴンは近づいてくる。
焦るな。焦っても状況は変わらない。いや、変わらないどころか最悪な事態に陥る。
集中しろ。
……解析完了。魔法陣を身体の真上に展開。発動呪文を呟く。
「
痺れて冷たくなった体が、じんわりと温かくなってくる。よし、これで動ける。
だが、ドラゴンはもう目前だ。ブラックドラゴンはホワイトドラゴンと同等の大きさ。俺一人では食い殺されるのは確実。
考えろ!
この危機的状況で一発逆転する方法を。
俺の使える魔法は回復系のみ。
回復魔法を攻撃として使えるのはアンデッドだけだ。
解毒魔法も蘇生魔法も、こんな状況では意味はない。
魔法杖を使えば打撃の物理ダメージを与えられるが、そんなものはドラゴンには効かない。数発で杖は損壊するだろう。
いや、助けなんて来るわけがない。俺を見捨てた元仲間が、俺のことなんか気にかけるわけがないだろう。
そもそも、常に回復する場所を作っても、死に至らしめる攻撃を喰らったら元もない。
詰みなのか?
これで俺は終わりなのか?
俺は周りを見回す。
逃げ道としても最適な方向はない。なら、さきほど倒したホワイトドラゴンの死体の中に隠れるか?
いや、俺はすでにブラックドラゴンに視認されている。今さら隠れたところでどうにもなるまい。
死体?
一つだけ方法があるじゃないか。ただし、これはかなりのギャンブルとなる。
それは蘇生魔法だ。
倒されたホワイトドラゴンに魔法をかけて生き返らせる。
ドラゴンは単体行動が基本だし、ナワバリ意識は強い。こいつが生き返れば黒いドラゴンの脅威になるだろう。
まあ、『ブラックドラゴンと同等の脅威をわざわざ生き返らせる』なんてイカれたことを考える奴はあまりいないだろうけどな。
だけど、時間さえ稼げれば俺だって逃げるチャンスはある。
蘇生魔法の成功条件は次の通りだ。
・頭部が損傷していないこと
・寿命を迎えていないこと
・一度も蘇生魔法を使われていないこと(つまり同じ生物に二度目以降の蘇生魔法は無効になる)
まあ、最低条件は満たしているはずだ。
ただし、蘇生魔法は成功確率が低い。だいたい1割くらいと言った方がいいだろう。そして、俺が1日のうちに使える蘇生魔法は5回まで。
全部使ったとして……ざっくり計算すれば4割までは成功率があがる。ギャンブルとしては悪くないじゃないか。
どうせ何もしなければ死ぬのは確定なのだから、これくらいの希望を持たせてもらおう。
俺はホワイトドラゴンの死骸に向けて走り出した。両手を前に掲げて魔法を発動させるための魔法陣を空間に展開する。
「
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