第18話 巨星堕つ(1/2)
××年××月××日 カール・フォン・オットーの手記
なんだか身体の調子が悪くなってきて、商品を売り終わった後に医者にかかった。医者から言われたことに、訳が分からなくなっちまった。なんだ、余命を宣告されちまった。だが俺はダニエルを引き取ったばかりなんだ! この孫をせめて……せめて成人になるまでは育て上げさせてくれ! 神よ、いるならこれ以上ダニエルを苦しめないでくれ!
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カール達は何も変わらない日々を過ごしていた。ただ、カールは子供たちの成長を日々感じていた。彼の目から見て、ダニエルの身長はそれほど伸びなかったものの、物を作る手つき目つきが大人びたものに変わっていることに気が付いた。神童と言っても良いダニエルは、大人になったとしても埋もれるような人間にはなっていなかった。
「お爺ちゃん、明日とうとう僕も成人になるよ! そしたらこの道具屋の経営も僕がやってもいいよね!」
カールはダニエルに経営は教えていなかった。まず手に職を付けるところを伸ばしてやれば、誰にも負けない職人になれるだろうと思っていた。変に経営を先に教えてしまえば、値段や材料の事ばかりを考えて、モノづくりに集中出来ないだろうという老婆心でもあったのかもしれない。
「カール、貴方も年なのだから、そんな重い荷物を持たなくてもいいわよ」
カリンは見違えるほど美人になっていた。道場に通わせてからずっと鍛錬させ続けて、とうとう免許皆伝にまで上達していた。おそらくそこらの暴漢が襲ってきたとしても、簡単に返り討ちにすることだろう。
「俺を年寄り扱いするな。それに、お前も成人したのだから、そろそろ嫁の貰い手でも探さなきゃならんと思うのだが……お転婆に育てちまった。嫁の貰い手がねえな」
カリンに憎まれ口を叩いていたが、募集さえしてしまえば、あっという間に集まるだろう。だがせっかく育てたカリンを簡単に募集して手放したくもないという自分らしくない気持ちにも襲われていた。
「私はずっとこの家にいるわよ。なにせ借金のカタに貴方に引き取られちゃったからね。それともどこかに売っちゃう?」
カリンは満面の笑みでカールに笑いかけた。カールなら売り飛ばさないだろうと信用しての笑顔だろう。
「ふんっ、お前の商品価値を上げすぎちまったよ。これじゃあ売るにしても勿体なさ過ぎる。あんなにウジウジしていたガキが、ここまで生意気になっちまうとは思わなかったよ」
「貴方が道場なんかに連れて行くからよ。なんだかどんどん心が強くなった気がするわ。力が強くなっていけば行くほど、自分に自信が持てるようになった気がするわ」
カリンは腕の筋肉をアピールするように力こぶを見せていた。淑女がやるポーズじゃねえだろとカールは笑っており、カリン自身もそんなカールを見て笑っていた。
「ああ、しかし時の流れは早すぎる。お前達を引き取ってもう何年も経った、俺はまるで昨日のことのように思い出せるが、思い出話を語りたくなるってことは年を取った証拠なのかもしれん」
「あら? 急に老けたように話すわね。貴方は確か最強じゃなかったのかしら? ダニエルは未だに信じ切っているわよ」
「ダニエルは純粋なまま育ててしまったが、本当にこれで良かったかは分からん。これぞ神のみぞ知るって奴だ、責任の所在を神に投げるのは良くないってのは知っているがな」
「そうね……それじゃあ私は町に出かけるわ。ダニエルへのケーキも予約しなきゃだからね」
「ああ、俺も行きたいところがあるから丁度良かったよ」
カリンは身支度を整えると、町中に向かって歩き始めた。今日もきっと帰ってきたらナンパされた話でも自慢げにするのだろう。
カールは、ワインの瓶を入れたカバンを手に持って、道具屋を後にした。カールは町の外れに向かって歩いて行った。長年連れ添ってきた馬も、去年老衰で亡くなっており、役割を最後まで果たしてくれていた。
「そろそろ幕引きの時間がやってきたな。明日はダニエルの誕生日で、そして成人になる日だ。俺も結構頑張ったんじゃないかな。ああ……楽しかったなぁ」
そんなことを言いながら一歩一歩ゆっくりと歩いていた。あの医者から余命を言い渡された日から毎年1度は来るようにしているが、なんだか久しぶりにこの道を歩んでいる気がした。
「相変わらず人に優しくない道だな、こんなジジイが歩けているだけ、まだましかもしれん」
獣道を軽く息切れしながら歩いていると、大きな泉に辿り着いた。
「今年も来たよ、妖精さん。これが町で1番美味いワインだ、受け取ってくれ」
ダニエルはカバンから敷物を取って地面に敷くと、ワインとチーズを取り出して、泉の畔に並べた。
「俺が余命を言われてから10年間、今日ここまで生きてこられたのは妖精さんのおかげだ。今日まで本当に楽しく生きて来られた、いい人生だったよ」
「わあああああ、今年もいっぱい持ってきてくれたね。とっても美味しそう!」
カールは妖精と言って話しかけている光の塊が泉の中から出てきて、無邪気にワインとチーズを見ていた。
「ああ、自慢の1品らしいぞ。同じお店で買ったものもかなり美味かったからな、おそらく妖精さんの口にも合うと思う」
「本当はこんなことしちゃいけないんだけどね! でも美味しいワインとチーズもくれるし、可愛い孫さんのために、神様に無理言っちゃった!」
光の塊がカールの周りをブンブンと回って、彼に語り掛けていた。
「でも本当に良いの? もうここまで来ちゃったら、まだまだ生きていけるよ。私達の単位だと、もう1年も10年も変わらないんだから! そ・の・か・わ・り! ワインとチーズを毎年お供えするのだぁ!」
「ありがとう、妖精さん。あんた達の言葉に、俺の決心が揺らぎそうになった。本音を言えば、俺は天に召されることを覚悟していた。だが……孫達の成長を見ていて……生き続けたくなっちまったよ! ああ、もっともっと見ていきたい、ダニエル達が店主として立派に働いて……できればダニエルとカリンが結ばれてくれれば最高だなぁ」
「だったらお願いしてくれたらいいじゃん! たぶん神様も許してくれるよ! ほら、貴方の身体に入ってあげてる子もまだまだいけるって言ってるよ」
カールの胸元が光り、ダニエルを安心させるように包み込んでいた。
「ああ……あああああ。本当に妖精さんは優しいな、だが初めてあった時に言っていたじゃないか、俺の身体に入って寿命を延ばすことは、妖精にとってもかなり大変なことだってな」
「それはそうだけど……頑固だねえ」
光の塊なので、カールは表情を読み取れなかったが、声から呆れられていることだけは分かった。
「人って言うのはさ、寿命があるから頑張れると思うんだ。生きているうちに何かを成し遂げたい、だから時間と戦いながら頑張れるのさ。俺は10年前、本当は死んでしまうはずだったんだ。だけど言い伝えを聞いて、藁をも掴む気持ちで来たら助かっちまったな」
カールは10年間の思い出を振り返っていた。
「ダニエルが毛糸で帽子や手袋を編んでくれたよ。俺の手を薬で治してくれたよ。俺のためにケーキを買ってくれたよ。カリンって言う生意気な小娘を……金を借りる担保にしたクソ親から奪ってやったが、あの娘は本当に良い子だ。俺はひとりの孫を育てていると思ったが、男の子ひとり、女の子ひとりを育てさせてもらった。子育てってのは良いものだ、こんなに毎日育っていく子供たちを見ることが出来るなんて、最高だったよ。ありがとう妖精さん」
「う~ん、【魚心あれば水心】かな。頼み事をしに来る人はいたし、金貨を投げ込んだ人もいたよ。でもそんなもの、僕たちに渡されても嬉しくないもんね! やっぱり美味しいワインとチーズを持ってきて、しかも『独りぼっちになってしまった孫を成人するまで育てさせてくれ』って内容は熱かったよね。これは僕達の会議でも一瞬で決定したよ!」
カールは光の塊に向かって深々と頭を下げた。
「妖精さん、本当にありがとう。俺は明日死ぬことになるだろうが、一切の後悔はない。感謝の言葉以外は出て来ないんだ、ありがとう」
「ふ~ん。毎年ワインとチーズを持ってきてくれるから有難かったのに、もう持ってきてくれる人がいなくなっちゃうや……残念!」
「俺の家にいる子達が持っていけそうなら持って行かせるよ。お爺ちゃんの寿命を10年延ばしてくれた有難い妖精さん達にお礼を言いに行ってくれって頼むから、誰かしらいくと思う」
光の塊が泉の縁をなぞる様にクルクル回って宙高く舞い上がった。そしてしばらくするとゆっくりと泉の中心へと戻ってきた。
「そっかぁ……じゃあね、バイバイ! さようなら! 明日までカールの中に仲間が入ってくれているからね、最後の幕引き、この泉からみんなで見させてもらうね!」
「ああ! 妖精さん達のおかげで悔いが残らない最高の人生だったよ。じゃあな、バイバイ!」
カールは力強く手を振ると、泉を後にした。森を抜けると、胸の中が光で熱く感じた。
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