第16話 とんでもない鋭利なブーメラン(3/3)


「おーいホワイトさん、返済期限が過ぎているのに無視をするなんて酷いじゃないか! 見てくれよこの借用書、めっちゃ赤色に輝いているんですけどぉ! あれ? あれれれれ? これはいけませんねえ、確か貸してくれって言った時は『利子が発生しない速度で返済してやるわ!』っておっしゃってましたよねえ? これは一体どういった領分なのかお聞かせくださいな! 私、クソッタレジャーナリストとして、知る権利を行使したいと思います!」


 カールは質問をする人のように左手には借用書、右手は挙手でホワイトの前に立っていた。さっきまであれほどしんみりと話していたにも関わらず、恐ろしい速さで気持ちを切り替えていた。


「うっ……やっぱり来た」


「来ちゃいけませんかねえ、それと質問に答えてもらってもよろしいでしょうかね?」


「あの……コミーさんは?」


「質問に答えろって言ってんだろボケ! お前の脳みそはツルッツルなのか、こんどお前の脳みその上でスケートしてやるよ、少しは刻みが入って頭が良くなるだろうよ!」


「……借金は払えません!」


「あん? なんだこのファッキン・借金・バイキン野郎はよ。返す約束をしておいて、払えないったあどういう理由だ!」


「貴方は私の悪口を言いふらしました、その慰謝料として借金はチャラにしなさい!」


「もうそれいいからさ、払いなって。コミーから充分聞くだけ聞いたからさ、もうこれ以上は面倒くさいが勝っているんだよ」


「いいえ、貴方は言って」


「もういい!」


 カールはホワイトがこれ以上何を言っても無駄だと分かって、粛々と差し押さえるようだが、やはり言われっぱなしは気が済まないようだ。


「コミーから全部聞いたんだよ、てめえが全部吹き込んだことだってな。借金から逃れるために随分と酷いことをするじゃないか、奴は俺の家の近くの木に吊るされているぞ。それで今は近所の連中にお前がやったことを言いふらさせている。今日を逃れたとしても、お前は明日からまともに商売は出来んぞ。噂は広がるのが早いからな、明日は国中に知れ渡られているかもしれんな、笑えるぜ」


「ふん……私が間違った噂を流されたとしても、またあのコミーさんに言い聞かせれば、噂を上塗りしてくれるわ。それにコミーさん以外にも、“女”を武器にしただけで暴れまわってくれる人たちがいっぱいいるの。あの人達も馬鹿よね、話の内容よりも、“泣かされた”って言う言葉だけで突き進んでくれるんだから。でも馬鹿のおかげで私は助かるの」


「ああちなみにコミーの奴に叫ばせているのは、『私はホワイトの涙に騙されて、何の罪のない哀れな老人を面罵してしまいました。本当に悪いのはホワイトなのに、一緒にいた可愛いお孫さんまで驚かせてしまいました。ホワイトのせいだけに、頭が真っ白になって暴れまわった愚かな猿以下の私を許してください。皆さん、普段はかわい子ぶっているホワイトに騙されてはいけません。腹の中はダークマターです!』って内容だ」


「へっ?」


「お前も聞いていただろうが、俺は録音する魔道具を持っていてな。一度録音した後に首にかけて再生させている。ちなみにリピート再生で12時間コースだ、今日の日付が変わるまでずっと流れ続ける……とんでもない近所迷惑だ! ご近所さん、すまん!」


 カールは満面の笑みで言い放った。無論、カリンは大嘘だと知っていたが、こうやって人を揺さぶるのかと勉強していた。


「だったら止めなさいよ!」


「い──────や、止めないね! お前のせいで今日の幸せな気分がぶっ飛んだんだ。だったら俺もぶっ飛んだことをしないと割に合わないだろうがYO!」


 ホワイトがブツブツ呟いて下を向いていた。これはもう終わりだろうかとカリンは見つめていた。


「くっそおおおおお、あの馬鹿女めええええええ! 何口走っているんだ、ふざけるなあああ! 誰を非難しているんだ! お前は馬鹿みたいにカールに突っ込んでめちゃくちゃにしたら良かったんだ、なんでこっちに刃を向けているんだ、方向を間違えているんじゃねえぞ、感情の方向音痴め!」


「お前のせいだろ」


「あんな愚か者を差し向けた私が馬鹿だったわ! ご主人様の命令に従って素直に吠えときゃそれで良かったのに……何してんだ、騒ぐことぐらいしか才能が無くて、無駄に頑固で、都合の良いことしか耳にできなくて、言われたことを分析できなくて、仲間にする奴を間違え続けている天才だと思っていたのに……」


「ホワイトさん……それはちょっと酷くないかしら? コミーさんは貴方のために心を燃やしていたのよ、それをそんな言い方って……」


 カリンがつい耐えきれなくなって言葉を出してしまった。そんなカリンの姿を見て、ホワイトが睨みつけて怒鳴った。


「黙れガキがよ! お前みたいな何の苦労もしていないようなアッパラパーなガキが一番嫌いなんだ!」


「うっ……」


「ガキのお前も、コミーの野郎も腹が立って仕方がないわ! コミーの奴がノコノコと帰ってきたら、余りまくった商品を全部買わせてやるんだから! それでまた“教育”してあげて、ご主人様の言うことをちゃんと聞くように躾してあげなきゃね!」


 カリンは怖くなって言葉を出せなくなった。正気を失った目で睨みつけられ、今すぐ殺しに来られても不思議ではなかった。


「ハハハハハッ! もうコミーの悪口は言い終わったかい?」


「言い足りないぐらいだけどね。で? 私の財産でも没収するって言うの? この売れない商品だったら差し押さえでもなんでもどうぞ。あ……これで借金チャラでいいわよね!」


 ホワイトは調子のよいことを言いだした。だが売れない商品なんて差し押さえにならないだろう。


「語るに落ちてくれて助かるよ、コミーも……そしてホワイト、お前もな!」


「あら? だったらこの乙女の柔肌でも好きにするのかしら?」


「うるせえよ、そんな銅貨1枚の価値すらないもんはいらん。だがお前を最高に陥れるゲームを始めようじゃないか!」


カールは店を見渡して、店に設置してあった巻貝を見つけ、手に取った。


「ふん……やはりボタンは押しっぱなしか。と言うことは……おいコミー、出てきても構わん、ホワイトの店に来い」


 カールは巻貝に向かって呼びかけていた。


「貴方……まさか!」


 ホワイトの顔が急に青ざめた。そしてギギギーっとこの店の扉が開く音が聞こえた。


「クレイちゃん……」


「こ……これは違うの! 本当はコミーちゃんのことを信じていたけど、無理矢理言わされたの! うっ……信じてくれないなんて辛いよぉ……」


 ホワイトは瞬時に泣き落としに入った。カリンは、もう舞台俳優になれよ! と思っていたが、こんな性悪女は身体から悪意が染み出して、ヒロインは無理だろうなと思った。


「クレイちゃん……私信じていたのに、私……信じていたのにいいいい!」


 コミーは雄たけびを上げた。おそらく道具屋で叫んでいた時よりも声量がデカかった。


「違う……違う違う違う……違うわよ! なんで私のことを信じてくれないの!」


「私、最後の最後まで信じていたよ、でも……この巻貝から聞こえてきた貴方の声は本当だったもん……なんでここまで信じた人を裏切るのよぉ……」


 クレイは泣きながらその場で膝を着いた。ホワイトを信じて殴りこんできたときは、『なんだこのキチガイババアは!』と言い放ちたかったが、今のコミーの姿はちょっとカリンの涙腺に来るものがあった。この人は馬鹿で独善的で間違った方向性に優しいだけなのだ。


「ここでコミーさんに素晴らしい商品をご提案できるんですよぉ」


 カールは地面に手を付いているコミーの手元に借用書を置いた。


「コミーさん、実は借用書って譲渡出来るって知っているかい? なあコミーさん、悔しいよなぁ? 信じていた仲間に“道具”としか思われていなくて、頑張ったのに褒めてももらえず陰で悪口放題だったんだぜぇ~ こりゃちょっと許せませんよなぁ……」


「なにが……言いたいの?」


「コミーさんって家が資産家だったよなぁ? このぐらいの金だったら、ポンッ! と払えるんじゃないかってな」


「ふふっ……何でこんなにひどい目に遭わせた人のお金を払ってあげないといけないのかな?」


「コミーさん? この借用書ってあと1年もしたら、奴隷契約に移行できるんですよね。もし貴方がこの借用書を引き取ってくれたら、ホワイトさんを煮るなり焼くなり好きに出来るんですよねえ」


「ま……待って! コミーさん! そんな言葉に乗せられちゃ、ダメ!」


 ホワイトは堪らずに声を上げた。今までは演技臭い声だったが、カリンにはこれは本気に聞こえた。


「私達親友じゃない! 親友を奴隷にするなんて聞いたことがない! どんな吟遊詩人でも朗唱しない話よ!」


 ホワイトが懸命に声をかけていたが、コミーの耳には届かなかった。代わりにとカールが彼女の肩をポンポンッっと軽く叩きながら声をかけた。


「コミーさん、貴方が“唯一”出来る仕返しってこれぐらいなんですよ。貴方は今日一日頑張った! 大切な親友のために身を粉にして働いた! 例えホワイトさんが怪しいと思ったけど、その涙に偽りがないと信じて殴り込みに行った! 自分には一銭の利益はないけども、友情のために一生懸命戦い抜いた! 頬はパンパンになって、身体中の尊厳と言う尊厳が全て出されてしまったけど、それでも頑固にホワイトさんの事を信じぬいてきた!」


「ううううううう」


 コミーは両手を地面につけて、膝をつき、肩は震えながら涙が止まらず、水たまりがどんどん大きくなってきた。


「貴方は頑張った! いや頑張り過ぎた! 貴方は返ってきたら褒めちぎられて、友情を再確認し、自分がやった行いを誇れるはずだった! それを……それを裏切ったのはホワイトさんだ! 貴方はそのままでいいのか! それで対等な関係と言えるのか! “女の涙”を裏切った女が憎くないのか!」


「あああああああああ」


「悔しいでしょう! 悲しいでしょう! ああ、この行き場のない怒りをどこにやったらいいんだ! おお、目の前には借用書がある。こんな紙のせいで大切な友人が苦しんでいたんだが、これを持った人間は彼女に優位に立てるんじゃないか!」


「……!!」


「そしてもう1枚、債権譲渡の契約書がた・ま・た・ま! 手元にありました。ここに名前を書いてしまえば、貴方が彼女の貸主です」


 コミーは真っ赤な字になった借用書を見た。その金額を見てしばらく考え込んでいた。その間もホワイトは『親友を裏切らないわよね! 親友を売らないわよね!』と醜く喚いていた。

考えがまとまったコミーは、勢いよく債権譲渡契約書に名前を書いた。


「私の財産は銀行に預けているわ、好きに持って行って頂戴」


「お買い上げありがとうございます。これで貴方はホワイトさんの精神的奴隷から脱却できました。ようやく真人間になれそうですね、多少はマシな顔になられました」


「治療に使った薬代、それとこの素敵なワンピース代も引き落としてくれて結構よ」


「いえいえお客様、これは人間的にご成長為された貴方への私からのプレゼントと致しましょう」


「ふふっ、急に気持ち悪い喋り方。貴方は乱暴な口調の方がお似合いよ」


「じゃあな、コミー。ちゃんと人の話を聞いて、他の誰かに言われたことも冷静に分析してから行動しろよー!」


 コミーの後ろでは、『嘘よ……嘘よおおおおおお!』と泣き崩れているホワイトの姿があった。カールはカリンの手を引くと、店の外に出た。


「カール? この先は彼女たちはどうなるのかしら?」


「そうだな、きっとコミーに対してひたすら卑屈になるだろうさ。なにせあいつは1枚の硬貨すら払わずに逃げているんだ。それで溜まりに溜まって恐ろしい借金野郎よ。最終的には奴隷になって一生奉仕する生活を強いられるだろうさ」


「あら? じゃあ私も貴方に奉仕する一生の奴隷なのかしら?」


「生意気な態度を取っていたら奴隷にしちまうかもな、せいぜいお転婆程度で済むようにするこったな」


 カールはカリンの尻を抓った。カリンは『児童虐待だ!』と抗議したが、カールに笑い飛ばされていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る