第14話 とんでもない鋭利なブーメラン(1/3)
カールとカリンは道具屋に戻って身支度を整えた。馬車は外でずっと待たせており、馬は暇そうに水をのんびりと飲んでいた。
「カール、あのね……馬車にあの女の人を乗せてあげてもいいかしら?」
カールは不思議そうな目でカリンを見つめた。
「あんなの放っておけばいいだろ? それに全身が汚ねえぞ、馬車を汚したくない」
「気持ちはわかるわ、カール。でもね、彼女はホワイトさんのことを純粋に信じちゃったのよ。色々と問題はあったけど、彼女も被害者だから……」
「『女の女性心理』って奴か? それなら俺は一切聞く気がしねえぞ。そうだな……」
カールが少し考え込んでいた。どうするのかを考えているのだろう。
「よし、俺は気に入らないが、お前が連れて行きたいって言うなら、俺を説得してみろ。言っておくが、俺は感情論では動かん。俺を理屈でやりこめてみせろ」
カールは両手を広げて、カリンに対して受けて立つと言ったポーズを取った。
「そんな……私が貴方を説得するなんて無理よ。それを分かって言っているの?」
「違う違う、俺は本気だ。人間を成長させるには、やはり知恵を振り絞って考えることをしなきゃならんのだ。さあカリンおいで、そしてお前の出せる精一杯の知恵をこの意地悪お爺ちゃんに言ってごらん」
「うーん……」
カリンは必死に頭を回転させた。『じゃあいいわ、放っておいて行きましょう』と言うのは楽だろうが、そんな事を言えばきっと彼をガッカリさせてしまうだろう。彼女を乗せたいと思わせるような何かが無ければ、ダメだ。可哀想って理由で乗せることは絶対に有り得ない。
「馬車……馬車……馬車に乗せる……馬車に乗せるもの……!?」
一瞬、天啓を得たかのような感覚をカリンは得た。馬車に乗せる物といえば、【人】と【物】だ。カールは人として乗せたくないなら、物として乗せようと言えばどうなるだろうか。カリンは必死に言葉を紡いだ。
「カール、彼女を人と思わないで欲しいの……そうね、例えば物として運んでもらうことはできないかしら? 物なら運ぶ時に汚れることだってあるわ、それなら良いかしら?」
カールは眉をピクリとさせた。カリンの言葉は、少しだけカールの心の琴線に触れる事が出来たかもしれない。
「50点だな……あともう少し知恵を捻ろうか。俺はゴミを運ぶ業者じゃねえぞ、それともお前が頼んでゴミ捨ての金を払うのか?」
「うっ……」
言葉に詰まってしまった。それでも、カールの反応を見る限り、大きな道から外れてはいないはずだ。何かが足りない、あとその何かが足りないのだ。
「ふむ、まあ限界ってところかな。まあ結論としては乗せてやろう」
「えっ……! ありがとう。でも50点で本当に良かったの?」
カールは鼻で少し笑っていた。馬鹿にされているのではなく、少し嬉しそうだった。
「50点ではダメだ。だが方向性は正しかった。カリン、その点では合格だが、詰めが甘い。せめて馬車に乗せるなら、その物の商品価値を俺に説明すべきだな。馬車を動かすのだってタダじゃ……ないんだせ?」
「あっ……」
カリンはハッとした。そうだ、この馬車は商品を売るために存在しているのだ。
「でも、この人を奴隷のように売るわけじゃ無いわよね?」
「物の価値ってのは、正面から見ている部分だけで語ってはいけないもんよ。上から、下から、前から、後ろから……とにかく、一方だけで価値を決めるのは危険ってこった。視野の狭い人間ほど愚かな選択肢を取るもんだからな」
カールは道具屋の外に対して指を指していた。視野狭窄暴走無停止攻勢ドクトリンの女性の末路を示しているようだ。
「じゃあ、あの人にどんな価値があるって言うの?」
「考えてみな。それがお前にとっての成長に繋がるから」
カリンは懸命に考えたが、答えは出なかった。ただ、カールは彼女に対しての商品価値を見出したのだ。
カールは席を立つと、道具屋の外に出て行った。しばらくするとコミーを引っ張ってきた。
「こいつを治療して着替えさせてやる。倉庫に連れて行くから、お前は着替えを手伝ってやれ」
「分かったわ、でも着替えなんて……」
「ダニエルがワンピースを作ってみたいって言っていたからな、少し待っていたら出来上がっているだろうよ」
「ワンピースってそんなあっさりできる物だったかしら?」
「……ダニエルを信じろ」
「別の意味でスパルタだわ」
カールとカリンは倉庫に向かった。中ではダニエルが幸せそうにワンピースを縫っており、鼻声が聞こえてきた。
「あっ、お爺ちゃん! お出かけするんじゃなかったっけ?」
「仕事の邪魔をしたな、ダニエル。ちょっとお前に頼みごとがあるんだが………」
ダニエルはカールの言葉を聞いて、目を輝かせた。
「何でも言ってよ、お爺ちゃん! 僕は何をしたらいいの?」
カールはコミーをダニエルの前に突き出した。
「こいつを治療してやってもらいたいんだ。あと服もボロボロなんでな、ワンピースを作っているって言っていたが、適当に着せてやれるものはあるのか?」
ダニエルはポケットの中から薬の入った小瓶を取り出した。
「まず治療からしなきゃね、このおばさん、とっても痛そうだなんだもの。なんで顔の半分だけこんなに腫れているんだろ? でも安心して、昨日実は渡しそびれていた薬が余っているんだ! もし自分が怪我をしたら使おうかなって思っていたんだけど、このおばさんに使ってあげる!」
コミーの腫れた顔を見て、ちょっと顔を引きつったダニエルであったが、カールの頼みごとを達成できる喜びの方が勝った。
「このお薬できっと治るよ! あの……痛いかもしれないけど、塗るね」
ダニエルは薬の入った小瓶からクリーム色の粘度のある液体を取り出した。
彼は丁寧に彼女の顔に塗り、傷口がシューっと音を上げながら消えていった。更に暖かい光がコミーの頬を包み、膨れ上がっていた頬が徐々に小さくなっていった。
「相変わらず狂った薬ね、やっぱりあり得ないんだけど」
カリンはただただ呆れるしかなかった。この世にそんなに早く治る薬なんてものが存在するなんて、カリンは少なくとも知らなかった。
「ああ……私の顔が……元に戻ってきている。元通りの顔に! ああ、これは奇跡だわ。それにとても顔が暖かいわ、なんて幸せな気分なのかしら」
コミーは涙を流しながら喜んでいた。カールにボコボコされていた時とは違う涙だ、感動的である。
「良かった、また喜んでもらえたよ! ところでワンピースなんだけど……何も装飾していない真っ白なワンピースを作っちゃった。本当はね、もっと色鮮やかにやってみたかったんだ! 純白なワンピースなんだけど我慢してね?」
ダニエルは失敗しちゃったと言わんばかりの顔をして言うが、ワンピースはかなり上品に仕上がっていた。上流貴族が着ていたとしても、違和感を得ることは無いだろう。
「ダニエル、貴方の作ったワンピースは素敵よ。この人に着せるぐらいなら、私が着たいぐらいよ」
カリンは素直にそう思っていた。自分の服もお願いしたら作ってもらえるだろうが、きちんとお金を払えるようにしたかった。
「今のカリンには大きすぎるかもしれないね。偶然だけど、そのおかげでこの人に着せてあげられるや」
ダニエルがワンピースとコミーの服を見比べて、目で採寸していた。
「ところで、何でこの人はこんなにボロボロになっているの? 身体もちょっと匂うよ?」
「階段から落ちて泣いていたのよ。それで怪我をしちゃって、お手洗いにも行けなくなっちゃって……後はこの人の名誉のために、言わないようにするわ」
「ふーん、変なの」
ダニエルは気にせずにワンピースの手直しをしていた。
「ところで……何でこの人を治療するの? こんな事は言いたくないけども、ボロボロの状況を見せた方が、相手も大人しくなると思うの」
カリンは小声で、コミーに聞こえないようにカールに言った。
「ハハハッ! なあカリン、悲しいことに俺は人間をボコボコにした暴力男だ。例え相手に非があったとしても、手を出せば色々と問題があるんだよ。だったら、”証拠なんて消してしまえば良い”んだ」
「でも証拠なんて……あっ!」
「奴の顔はどうなっている? ダニエルの薬で綺麗さっぱり消えちまったぞ」
「服は? 服はボロボロのボロリンチョよ」
「奴の服なんぞ、勝手に漏らしただけの話さ。それにダニエルの作った素晴らしいワンピースを着せてやっているんだぞ、文句もあるまいよ」
ダニエルは不敵な笑みをしていた。手を出した時に、彼が捕まってしまうかもしれないという不安があったが、裏がきちんとあったのだ。
「カリン、『邪道は正道に勝てない』って言ったどっかのお偉いさんがいるんだが、俺はそんなことは無いと思う。正道を使って勝てる奴は素直に使えばいいが、それじゃあダメだって言うなら搦め手を使うべきなんだよ。俺は馬鹿正直に生きていける世の中であってもらいたいが、世界はどうも素直さを許してくれんようだ」
「騎士道とは真逆な考え方ね。正々堂々と振る舞うことを教え込まれたわ」
「そもそも騎士が乱暴だったんだよ、だから道なんてものを作っているんだ」
「私の世界観をどんどん破壊していくわね」
カリンは自分が歩んできた道を振り返った。貴族としての振る舞いを身に付け、領民たちの手本となれるように、そして社交界では気品を高くする。だが貴族というフィルターが無くなった時、これほどまでに人間模様を眼前に叩き伏せられるものなのかと頭にこびりつく毎日を送ってしまっている。
「お爺ちゃん! このおばちゃんにワンピースがぴったりになったよ!」
「おお早いなダニエル、あっという間じゃないか!」
「放っておいたら風邪ひいちゃうよ、早く着せ替えなきゃ!」
「おいカリン、後は頼んだ」
「分かったわよ」
カリンはコミーを倉庫に用意された試着室に連れて行った。触るとビクッとしたが、純白のワンピースを見せると、嬉しそうに頷いていた。
コミーは試着室に入ると、スルスルスルっという音とペチャっという音が外に響いた。
「尊厳の崩れる音が聞こえるわね、気分の良い物ではないわ……」
カリンはタオルと自分の使っている香水を試着室の袖から渡した。香水もあと少しで無くなる、もう令嬢として使っていた香水が無くなり、自分で買わなければならないのだ。かつて自分が使っていた道具たちが少しずつ無くなっていく感覚に、何とも言えない寂しさがあった。
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