第13話 呼んでもいないし、頼んでもいない汚客様(2/2)
「この箱のことを知っているかい?」
カールはコミーの眼前に見せつけている箱を持ちながら質問していた。
「し……知らないわよ、そんなものを見せつけて誤魔化そうとしているのでしょ!」
「これはな、録音するための魔道具なんだよ。お前が入ってきて怒鳴った時から録音しているんだな、これが。一部始終の会話を出すところに出しても構わんぞ? お前が俺に理不尽に迫っている内容しか入っていないが」
コミーは顔を赤くしたり青くしたりして忙しくなっている。コミーが黙っている間、カリンは彼女が入店してからずっと自分自身の言語能力が正しいのかについて確認を取っていた。あまりに変なことを言ってくるので、カールに対して放った言葉を理解できず、自信を無くしそうになっていた。
「ふ……ふざけないで! いいこと、“録音したってね、言ったことを証明にはなっても言わなかった証拠にはならないの!” 私の問い詰めに対して口を割らなかったとしても、貴方は言いふらしているわ! 名前を巧妙に出さないようにして、好き放題に悪口を言っているのよ!」
「??????????」
カリンは今日食べたチョコレートケーキの事を思い出していた。夢見心地に連れて行ってくれた幸せなケーキであったが、こんな不思議の国に連れて来られる覚えは無かったのだ。心の中で抗議しようとしたが、脳内のお菓子屋の店員から『違うわよ!』と突っ込まれた気がした。
現実に戻ってきてなんとか理解してあげようとしたが、頭の中の【?】が解決できず、首をかしげすぎて宙を一回転しそうだった。
「そこのお嬢さん、貴方もこの女性心理が分かるわよね? やっぱり男のお爺さんに話しても理解してもらえないわ」
「えー、わたしまだちぃさいからわっからなーい」
「こいつ……! こんな時だけ子供ぶりやがって!」
全力でカリンは逃げた。つい『うわぁ! とうとうこちらに矛先が向きましたわ!』と声を上げてしまいそうになったが、危なかった。これは本当に関わっちゃいけないタイプの人だ、捕まったら女性を持ち上げるための便利な道具にされてしまう。そんな魂胆を見破られてか、カリンはカールに軽くにらまれていた。後で叱られそうだが、本当に巻き込まれたくなかった。
「何度も言うけどね、貴方がどれだ自己弁護しても“言わなかった証明”にはならないの。でも結果として彼女は泣いているのよ……私は泣いているあの子のために、抗議できない弱い彼女のために、私が貴方に言ってあげているのよ! まあもう良いわよ、少なくとも、この巻貝を通じて彼女の気は済んだと思うし。でも覚えておきなさい……貴方の疑いは晴れていないわ!」
「悪魔の証明やんけ、こいつ何もかも終わっとるな……しかも言うだけ言って帰ろうとしているのかよ……許せるか? 許せねえよなぁ」
カールは時々出る不思議な話し方をした。カリンはこの話し方をした時のカールが爆発寸前であることを知っていて、少し足が震えた。下半身の水密扉も全力で閉じておいた。
「おいおいおいおい! お前本気かよ! これで終わり? 帰すわけねえだろ馬鹿野郎が! おいコミーとやら、お前ばっかり話をしているがよ、結局お前に言いふらしたのは誰なんだぁ!? ええ、おい! お前らは俺をサンドバックにして気持ちよくなったかも知れんがな、俺の気持ちをち──────ったあ考えられんものかね!?」
「えっ?」
突然豹変したカールに、コミーは戸惑っていた。
「は──────!? お前本気かよ! お前はな、な──────んの意味のない正義感で突っ走って、特に聞いた話の裏も取らずにお前の脳内にようわからん造言飛語をぶち込んで、お前は『美味しいよぉ、美味しいよ』って咀嚼もせずに飲み込みやがったんだよ! 歯のない赤ちゃんとやっていることが同じじゃねえか、自分の正義感だけを燃やす言葉はおいちかったでちゅか!? 耳にも、とても気持ち良かったでちゅね!? 」
「なっ!? 私は中立なの、どちらの味方でもないわ!」
あっ、これは本当に危険だ。カリンは頭の中で壮大な音楽が流れ始めた。馬車の中で散々にされてしまった、お母様以来2度目のメンタルクラッシュ攻撃があった時と同じように、頭をおかしくさせるぐらいの大音量で警報を鳴らしていた。
「ファ──────! 笑うレベルにすら達してねえ冗談だな。いや冗談だろ、ま・さ・か! 本気じゃねえよな……いいか、如何にもお前みたいな奴は赤ちゃんのまま人間になっちまったようなくっそ低い次元に生きている馬鹿野郎なんだよ! よ──────く聞けよベビーイアー! お前は中立のふりをして正義の味方ごっこをしているがまるで違う! 結局はホワイトの奴の味方をして、俺たちの反論を“中立”という盾で防いでいるだけだ!」
「私は誰の悪口も聞きたくないの、これ以上は不毛な議論よ!」
「い──────や違うね! お前は勝手に燃やすだけ燃やして不毛って言い張っているだけだ。残念ながらお前に追求しないといけない内容はフッサフサなんですわ! ───おいこら黙っているんじゃねえよ、結局お前に吹き込んだのは誰だって聞いているんだよ!」
「個人を特定するお手伝いをする気はないわ。もしこれ以上追求するなら、“私が言ったことにする”。そうすれば誰も傷つかないもの」
「おいおい聞いたかカリン! こいつはどうやら自分自身が俺の悪評や罵詈雑言といった内容をホワイトの野郎に吹き込んで、そのせいでホワイトが泣きわめいて、そのことに何故かブチ切れて、ホワイトが泣いたのは俺のせいだ! って自分自身の目を曇らせて突撃したことにするらしいぞ! こ・れ・は・あ・か・ん・や・つ・や・で!」
ああ、馬車でやられていた時の私はこんなにボッコボコにされていたんだなとカリンは冷静に感じ取っていた。今の状態においては、カール側の立場にいることが出来て良かったと神に感謝した。
「もうそれでいいわよ! 私ひとりを責めたらいいじゃない!」
「それはそれはどうも。そういえばお前は最初に言っていたよなぁ! 『貴方がクレイちゃんの悪口を言いふらしているって何人か聞いたわ! 借金を返さないのは、男と遊ぶので一生懸命だからとか、いつも男漁りで忙しいからだとか、ギャンブルで散財しているからだとか言っているのよね!』ってな。でもそれの犯人は“コミー・アース・ブリティッシュ”だと言うことを告白してくれたぞ、今な」
「だから何だって言うの?」
「てめえは俺の商売を傷つけた、俺の営業を妨害した、俺の名誉を棄損した。よって俺はナニワ王国の裁判所に訴えて、お前を牢屋にぶち込む。文句はねえよな、だって『私が言ったことにする』だもんな! お勤めご苦労様です! クサイ飯はきっと俺の納めた税金から捻出されていると思うんで、感謝しながら味わってくださいね!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!」
コミーはカールに殴りかかった。だがそれをひょいっとかわすと、カールは彼女の首根っこを掴んだ。
「ここだと可愛い孫に迷惑がかかるんだわ。ちょっと外に出ようや、久々にキレちまったよ」
いや、カールは結構な頻度で怒っているだろとカリンは思ったが、今日は軽口を叩くと泣かされることになるだろうと思ったのでやめておいた。
コミーは首根っこを掴まれたまま外に連れ出され、大木のあるところで押し込まれた。
「女性に暴力を働くなんて最低よ! 訴えてやるんだから!」
パシンッ! と破裂する音がなった。カールは躊躇わずにコミーの頬をビンタしたのだ。
「誰が俺に対する造言飛語を言った?」
「えっ? 何?(パシンッ!)」
「誰が言った?」
「殴ったわね!(パシンッ!)」
「誰が言った?」
「訴えるわよ!(パシンッ!)」
「誰が言った?」
「女性の権利を守る会が黙って(パシンッ!)」
「誰が言った?」
「ゆ……ゆるし(パシンッ!)」
「誰が言った?」
「助け(パシンッ!)」
カールは問答無用でビンタを続けた。最初こそ、無駄に気の強いコミーはひたすらに名前を上げることを拒否して、カールの暴力行為を非難していたが、とうとう助けを乞うように懇願し始めた。あんなに強気だった人が、顔の半分が倍ほどに膨れ上がって泣いており、鼻水と涙と血と尊厳が流れていて怖かった。だがそれ以上にカールが怖かった。
「チャンスをやろう……今が正に分水嶺だな。おい全身スプリンクラー女! ここで素直に話せばここまでで許してやる。だがこれ以上庇うって言うなら、まだ綺麗な逆側をビンタして、てめえの顔を倍にしてやる」
「うっうっうっ……」
彼女は泣いて返事が出来なかった。そんな姿にカールが更に怒り、彼女の耳を引っ張って口を近づけ、
「聞こえてんのか聞こえてるのかハッキリと返事しろやこのボケがああああああ! 聞こえねえ耳なら引きちぎんぞ!」
「あああああああああああああ」
彼女は耳を抑えて倒れた。
「もうやめて、カール! 彼女はもう限界よ、きっと素直に話してくれるわ。お願い、コミーさん。これ以上はもうやめて! 見ている私が辛いの!」
「い……言います、だからこれ以上酷いことをするのは止めてください」
コミーは懇願するように、カールの足元で土下座をしていた。
「そうだ、最初からそうすれば良かったんだ。変な意地を張りやがって、このド阿呆が。“雉も鳴かずば撃たれまい”に」
コミーは観念して名前を挙げた。その名前は……
「クレイ・モア・ホワイト……です。彼女がカールという老人が悪口を言って触れ回っているって泣きながら私に訴えました。それで私は……」
「どうりでな、いくら何でもタイミングが良すぎると思っていたんだよ」
カールは変に納得した様子で頷いていた。
「カリン、これが人間の醜さってやつだ。このダボが突っ込んでくることも、ホワイトの奴は織り込み済みだったんだよ。いいか、人間なんていくらでも醜くなるんだ。人間の本質が、まさか金貸しで理解できるとは思いもよらなかったよ」
「私には理解できていないわ。結局これって何が起こっているのよ?」
カリンは目の前で起きたことが怒涛の如く流れていたせいで、結局何が発生したのか何も理解できていなかった。カールはカリンの頭を撫でながら優しく語りかけた。
「俺の借用書にいる、クレイ・モア・ホワイトって奴は俺に金を返したくなかったんだよ。でも返済期限が過ぎてしまったら俺が取り立てに来てしまう。それを阻止したくて、誰かを俺の下に送ってやろうとホワイトの奴が画策したのさ」
「それがこのおばさん?」
「そうだよ。きっとホワイトの奴、泣いて懇願したらこのお節介やろうが殴り込みに行ってくれることを分かっていたんだ。そして案の定、このコミーって奴が殴り込みに来て、もしかしたら踏み倒せるかもしれないと考えたんだろうよ。『加害者のお前が悪いんだ、だから彼女に謝罪して、彼女を苦しめている借用書も放棄しろ! 彼女を傷つけた慰謝料の代わりがそれだ!』 ってな」
「えげつなすぎますわね、人ってそこまで醜くなれるものなんですの?」
「なあカリン、お前にこんなことを教えるのは正直言って酷だと思う。なにせまだ子供だ、情操教育的にも良くはない。だが俺が生きているうちに教えてやれることを教え込まなきゃならんのだ。そうだな……今教えてやれることがひとつある。“人はいくらでも裏切るが、金は多少信用しても良い”って言葉を覚えておけ」
「そんな言葉を覚えなくちゃいけないぐらい……世の中って酷いの? でも……目の前にある光景が証明しちゃっているわね、目を背けたいけど」
カリンは少し目をそらした。だがカールは彼女のこめかみに手を当てると、無理やり方向を変えて、全身から水を噴出した可哀想な物体の観察をさせられた。
「まあ哀れなもんだよな。こいつもホワイトの操り人形だったんだ。正義感と言う人の心を醜く捻じ曲げられちまったのさ。だが憐れんで手を緩めることはしちゃいけないんだよ。全部奪い取られるぞ、俺自身がその証明だ」
「それでも……私は……」
カールはカリンのこめかみに当てていた手を放して、胸元に抱き寄せた。
「カリン……その気持ちは痛いほどよくわかるんだ。俺だって人を信じたかったさ、だが茶屋で話しただろ? “金さえ絡まなきゃ良い人”ってのはいくらでもいるんだが、金が全てを台無しにしちまうんだ。俺は人を変えてしまう金を憎んでいるが、同時に生きるためには金が必要なんだよ!」
カールは力強くカリンを抱いた。
「カール……痛いわ。そんな力で抱かれたら壊れちゃうわよ……」
「この痛みを覚えておけ、人を憎まなきゃならんってのはとてもとても痛いもんなんだ。身体は薬でいくらでも治せるのかもしれん。だが心ってのはなかなか治ってくれやしないんだ」
「ええ……痛いわ」
「カリン、お前は優しい子だ。だからこそ厳しいことをお前に教えるんだ、お前が可哀想な目に遭わないためにな」
カールはしばらくカリンを抱きしめていたが、そっと力を弱めて彼女を解放した。彼女の頭を撫でた後、コミーの方に振り返った。コミーの胸元に入れていた巻貝の形をした魔道具を取り出すと、カールは口元に寄せた。
「おいホワイト、お前のせいで哀れな操り人形が尊厳を全て外に出しちまったぞ。金を返せないなら、てめえの口から言えば良かっただろうがよ。まあ構わねえよ、今からお前の店に行く、首を洗って待っていろ」
巻貝からガタガタっという音が鳴った気がした。慌てて逃げようとする音なのかもしれなかった。
「行くぞカリン、社会勉強のお時間だ。朝からダニエルの心のこもったケーキで幸せいっぱいだった俺に、とんでもない爆弾を送り付けた野郎にお礼参りだ」
カールとカリンは道具屋へと引き返していった。
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