第12話 呼んでもいないし、頼んでもいない汚客様(1/2)


 食休めをしていたカリンの前に、カールは倉庫から持ってきた大きな箱を置いた。


「こいつの中には借用書が入っている。この箱は言わば宝箱だな」


 大きな箱を開けると、大量の丸められた羊皮紙が入っていた。その羊皮紙の数だけ、債務者がいるのだ。

 カールは日課のように一枚一枚開いて、中身を確認していた。


「こいつは……きちんと払っているな。こいつは……ほお、ちゃんと払えるじゃないか、出し渋りしやがって。これは……1枚たりとも払っていない、とんでもないゴミ野郎を見つけてしまったわい」


 カールの手にもっている羊皮紙は全て魔道具であり、ナニワ王国の中央銀行と連携している。返済されれば、その記録が羊皮紙に浮かんでおり、遅延すれば赤色で金額が表示される優れものだ。


「真っ赤っかも真っ赤っか! こいつはとんでもねえ債務者だ。名前は……クレイ・モア・ホワイトか。こいつも払うもんも払わんと説明すらせず黙って逃げるタイプのクソッタレよ。世の中まともな人間の方が少ないという言葉もあながち否定できんのが悲しい世の中よなぁ」


 悪態をつきながら、羊皮紙をくるくると巻いて戻した。そしてカールは胸元に入れると『出かけるぞカリン、社会勉強のお時間だ!』と言ってカリンを起こした。


「まだ……食休めしちゃだめかしら?」


「ゆっくり馬車を走らせてやるから乗れ、また仕立屋みたいに逃げられちゃかなわん」


「ああ、そう言えば珍しく逃げられたのね。カールの負けかしら?」


「くっくっく、甘いなぁ、カリンは」


 カールは悪そうな顔をしてカリンの眼を見つめた。


「仕立屋の売掛金は全部回収してやった。買い掛けのためにプールしていた金も引き出す前に全部差し押さえてやったよ。今頃は……仕立屋に材料を卸していた業者たちに追い回されているだろうよ、ざまぁみろ。ああ、仕立屋の賃貸の保証金もしっかり確保済みだからな、俺に取りっぱぐれは1枚も無し、大勝利!」


 カールはカリンにピースしながら答えた。


「買い掛け? 売掛金?」


「ああ、子供のお前には難しい言葉だったな。大きな店になるとな、1回1回の取引で毎回金を払わないんだよ。月末や特定の日を決めて、それまでに使った分を決裁するんだ。だから仕立屋がもらえるはずのお金だったり、払わなきゃならなかったはずのお金を俺が押さえてやったんだ」


「勉強になるわね、きっと売掛金? というお金を頼って逃げた仕立屋は困っているわ」


「返さん奴が悪い。俺は一切悪くないのだ。踏ん張らないといけないところで逃げる癖がついた奴にお似合いの末路だ」


「このお爺さん、やっぱり相変わらず手厳しいようで……」


「そんな厳しいお爺さんから学ぶことができるんだ、神に感謝するんだな。それに……」


「それに?」


「おそらく今日はタフな取り立てになるだろう、お前もよく勉強しろ。特に……感情論で暴れて、理屈が通用しない連中の対処要領だ」


「カールでも苦戦するの?」


「苦戦すると言うより、疲れるという表現が正しい。殺意を抑えるので必死になるんだよな」


「ガンバッテクダサイ、カールオジイサン」


「棒読みが酷いな。だが安心しろ、お前を出汁にしてやるからな、他人事にはさせんぞ」


「酷い、児童虐待だ!」


「お前の両親ほどではない」


「ぐうの音も出ないわね」


カールは出かける前にカウンターの引き出しから、ラッパの形をした紋様のある箱を取り出した。しばらくその箱を見つめていると、道具屋の扉が強引に開く音がした。


「貴方ね! 貴方が……クレイちゃんを虐めている極悪意地悪爺さんよねえ!」


 扉の前には、中年の女性が立っていた。茶色の軽くウェブのかかった肩まで伸びた髪をしており、カリンは綺麗だなと思ったが、顔と目つきが憤怒に満ち満ちており、ただただ恐ろしいものに感じていた。


「一切何のことか分からんのだが、客かい?」


「違うわよ! 私はコミー・アース・ブリティッシュって言うの。今日はね、貴方に抗議するためにわざわざ遠い所から出向いて来てやったのよ!」


カールは手元にあった箱を開いて、何かのボタンを押した。


「クレイってのは……俺の知っている人だと、クレイ・モア・ホワイトって言う奴なんだが、お前はそれの何なんだ?」


「私はね、彼女が泣いていたから貴方のところに来たの、謝りなさい!」


「はああああああああ!? 俺がいったい何をしたから謝れって?」


「とにかく謝りなさいよ! 女の子が泣いていたのよ!」


 カリンは自分自身の頭がおかしくなったのかと疑った。恐ろしすぎるぐらい目の前の光景が理解できなかったのだ。突然道具屋に入店したかと思えば、開口一番カールに対して謝罪を要求する女性が暴れまわっている。そしてカールもそんな女性にキレたという状況である。訳が分からないよ! としか言いようがなかった。


「悪い、状況を俺に懇切丁寧に教えてくれや。俺はいきなり怒鳴り散らされて訳が分からないんだよ。なんでホワイトの奴が泣いていたら、俺のせいになっちまうんだ?」


「貴方がクレイちゃんの悪口を言いふらしているって何人からか聞いたわ! 借金を返さないのは、男と遊ぶので一生懸命だからとか、いつも男漁りで忙しいからだとか、ギャンブルで散財しているからだとか言っているのよね! 【火のない所に煙は立たぬ】という言葉があるくらいよ、本当に許さないんだから!」


「おいおいおいおい! どっかの放火魔がその火を燃やしているんじゃないのか? 火のないところに煙を立たせてから油まで撒いて、山火事にするような野郎はどこにでもいるもんだからな! だいたい……なんで俺が悪口をわざわざ言いふらす必要があるんだよ?」


 『それはカールの日頃の行いが悪いからよ』とカリンは語りかけてあげたかったが、流石にこの件についてはちょっと違う気がして、カリンは口にしなかった。


「もし仮に、貴方がクレイちゃんについて名前を出していなくても、クレイちゃんが“自分の事を言われているわ!”と感じたら、それが全てなのよ。そ・れ・で! クレイちゃんが泣いていることについて謝罪してもらわないと、彼女の気が済まないのよ!」


 『そ・れ・で!』という言葉に前後の繋がりがあったのか、カリンは急激に摂取した糖分をフル稼働させて頭を働かせていたが、前後の関係性を理解することが出来なかった。というより理解したくなかった。


「じゃあお前にそれを吹き込んだ奴を教えろよ。俺が全員に潔白を証明して来てやる。それでいいだろ?」


「いいえ、それは守秘義務があるから言えないわ。それに、貴方に教えたらその人のところに行って、問い詰めて潰してしまうかもしれないもの。何せ極悪だの鬼畜だの悪魔だのと聞いているものね」


「なんだなんだ! お前はよ──────く分からん連中から適当に言われたことを全部鵜呑みにして俺を糾弾しに来たって言うのか!」


「いいえ、私は“中立”です。どちらの言葉も聞いているだけです」


 カリンは戦慄を覚えた。そして自分の中の国語辞典で頑張って『中立』という言葉を探してみたものの、このコミーが言っている『中立』と同じ言葉で同じ意味を解説している言葉を引き出すことが出来なかった。ちなみに意味だけを検索した結果、引っかかった言葉は、“加担”だった。


「俺はこれほどまでに傾いた“中立”を見たことがねえよ。随分とぶっ壊れた天秤で人のことを図っていやがる、とんでもないサイコパス野郎だな」


「女の子がね、泣いているのよ? 私は“中立”だけど、私、女の涙には弱いのよ! 誰かがクレイちゃんの味方になってあげないと、心が壊れてしまったメンヘラ女子になっちゃうのよ!」


「中立……中立!? えっ中立!? なんだろう……即落ち2コマで語るに落ちるのを止めてもらっていいですか?」


 カールはあまりに目の前の光景がおかしすぎて、ふざけたい気持ちになった。軽く煽ろうかと思ったが、自分に似合わなすぎることに気が付いてすぐにやめた。


「まあふざけるのは良いとしてだな、お前は結局何がしたいんだよ! 訳が分からねえよ!」


「ふふふっ、これを見なさい!」


コミーは胸から巻貝のようなものを取り出した。


「これはね、通信が出来る魔道具なのよ! 同じものがクレイちゃんのお店に設置してあるわ、そしてこの巻貝を通じて、相手に声が通じるのよ!」


「ああそうかい、それで俺に対する疑問は晴れたってことでお帰りいただけるのか?」


「いいえ、貴方は嘘を付いている可能性だってあるの。だけどまず女の子が泣いているのだから、貴方は謝るべきよ! 意地でも謝らせてみせるんだから!」


「まあ俺も自衛する道具は持っているんだな、これが……」


 カールは手元に持っていた箱を、親指と人差し指でつまんで見せつけた。どうやら地獄のようなやり取りはまだまだ続きそうだ。

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