01-2:古都セージバル
案内されたのは2階建ての小さな建物だった。
入り口脇には天上教団セージバル支部の看板が掛けてある。中では一人の男性が執務についていた。
「支部長、戻りました」
「うん、お疲れ様。そちらの方は?」
顔を上げた男性は30代半ばと言った顔立ちである。落ち着いた声は貫禄というよりは、穏やかな声音であった。
「数日ほど滞在するようでしたので、うちの空き室を使ってもらおうと思いまして。この人も僕と同じ修道士です」
「初めまして、咲良結城です」
「おぉ、外の教団員の方でしたか。よくいらっしゃいました」
柔和な笑顔を浮かべた男性は席を立つと結城の前へ歩み寄り、小さく頭を下げた。
「私はこの支部の長をしている田原兼晴と言います。ここへは何か用事で?」
「いえ。目的地は先なんですが、少しばかり立ち往生と言いますか」
「そうでしたか。どちらまで行かれるご予定ですか?」
「レミリガンドです」
「そうでしたか。と言うことは聖堂にご用事ですね。先も長いですし、ゆっくりお休みください。どうぞこちらへ」
そう言った兼晴は結城を二階へと案内する。階段を上がって直ぐの部屋に通された。
「普段は休憩室や仮眠室としているんですが、外から来た教団の方には宿泊部屋として使ってもらっています。普段から使っている分掃除もしていますので、そのまま使ってもらえますよ」
「ありがとうございます」
「お食事は……」
「今日は自分が宿直なので一緒に取りますよ」
「そう? じゃあ、お願いするよ。私は下にいるから何かあれば言ってください」
「私も団員の活動に戻りますね。出入りは好きにしてもらって構いませんが、今日は日が暮れる頃には戻ってくださいね」
そう言って二人は部屋を出ていく。
残された結城はベッドに倒れ込んで大きく息を吐いた。
「どうしよっかなぁ」
とりあえずエレメンタル・バイクが無いと身動きは取れない。とはいえ、優や兼晴のように慈善活動を行う気分でもない。彼らも強制をしないと言う教義に従い自分には何も言ってこなかった。ここの人間は恐らく純粋な教団員なのだろう。それだけで彼らの行為に裏はないと思え、安心することが出来た。きっとこういった信頼や安心感が信仰なんだろう。
結城の乗るエレメンタル・バイクはエレメンタル・ギアと呼ばれる機構を利用した物である。エレメンタル・ギアとは長年深い地中で大地のエレメントを吸収した鉱物が元になっており、それを加工して様々な機構の動力とした物を指す。加工された鉱物は流通する専用の動力炉に組み込まれ、各々の機構に搭載される。動力炉も粗悪なものから高性能なものがあり、性能が高いほどエレメントのエネルギー効率がよく、少量の鉱物でも長期間安定した性能となった。動力炉も時代が進めば高性能なものになり、古い物は生産されなくなっていく。結果として結城の乗るバイクは動力の流通量が減り、入手しづらくなっていた。燃費の悪さは流行りに乗った大量生産に合わせた動力炉の粗悪化が原因の一つであり、以降の動力炉開発に重きをおく要因でもあった。その為、現在は昔と比べて安定して高い性能の動力炉が多い。
貰った時の事を思い出した結城は体を起こし、整備屋へと足を向けた。
「そんなに遠い所から来られたんですね。でもレミリガンドの大聖堂に用があるならタイミングが悪いかもしれませんね」
「そうなの?」
夏目優と夕食を囲みながら、歓談していると彼は僅かに眉を寄せた。
「えぇ。最近は何と言うか……、少し悪い噂ばかりが多くて他の宗教が混在している場所では、あまり良く思われなくなってまして」
「うん、道中でも聞いたよ。まぁ、やっかみだと思うけどね」
「……そうでしょうか」
「何かあるの?」
どこか不安そうな優は食事の手を止めて俯いた。
「教団は2年前にレミリガンドに本拠地を設けました。それから半年程は目立った噂もなかったのですが、教主様が信徒や支部を増やす為に大聖堂を空けるようになってから噂が立ち始めまして」
「熱心だなぁ。ここはいつ出来たの?」
「1年程前ですね。支部が出来る際に私も洗礼を受けました。それで教主様がいない間は大司教様が聖堂の運営を代行しているのですが、噂を聞くと邪推してしまいまして……」
「ふぅん、大司教様がねぇ。教主様は良く大聖堂を空けてるの?」
「まちまちですが、戻ってくると一月ほど滞在しては巡礼に行くようですね。やはり教主様の奇跡は本人が足を向けて認知させる事で最も効果もあるでしょうし。だから色んな所を巡礼して時間をかけて信徒を増やしているのだと思います」
「そうなんだ。……君は悪い噂があっても教団にいるんだね」
「はい。確かに悪い噂も聴いて不信感もあります。ですが、教団のみんなで少しだけ幸せになるという考えは共感できますし、洗礼の際の教主様を思い出すと教義自体は嘘では無いと思います。ただ、一部の人間が不穏で……」
「そっか、それなら一緒にレミリガンドまで行って確認しない?」
「え?」
思いがけない言葉に優は、結城の顔を見る。
「せっかくみんなで少しだけ幸せになろうとしてるのに、自分が所属してる団体が信用できないのは嫌じゃない? それならはっきりさせて気分よく活動しようよ。それに僕も一人旅じゃ飽きちゃうし、長い旅でもないけど、どうかな」
「……少し考えさせてください。支部長にも相談したいので」
「もちろんだよ。ただ3日後にはここを出る予定だから、それまでに決めてほしいな」
「わかりました。ところで──」
優は他の修道士に会ったのは初めてで、結城の聖具にも興味を持っていた。隠すものでもないとポケットから古ぼけてくすんだ鈴を取り出す。
「これですか?」
優が疑問を口にする。それは自分が持つ聖具とは明らかに違う物であったからだ。
「そう。《敬虔な鈴》って言ってね、簡単な傷程度なら治癒させてくれるんだ」
現在出回っている聖具の大半には固有の形はない。基本的には全て指輪状のリングとなっており、それを身に着けている事で奇跡を起こす事ができる。他の修道士に会ったことがない優は、不思議に思いはしたがすんなりと飲み込んだ。
「それのお陰で助かりました。ありがとうございます」
「僕も泊めてもらってるし、お互い様だよ。君のは力を強くするもの?」
「えぇ、私のは《心の水面》と言います。自分の信仰を信じられる限りは身体能力を上げてくれます」
「信心深い教団員にはうってつけだね」
「はい。お陰で本来一人では無理な力仕事もこなせるので助かっています」
「聖具は人の為に使うように言われてるし、正しい使い方だよね」
洗礼の際に渡される聖具。それは奇跡を体現する道具であり、同時に人外へと踏み込む鍵である。如何に聖具とはいえ意志はなく、使用者の意図によって行使される。だからこそ、洗礼の際には教主から直々に誤った事に使うことが無いよう言い渡されるのだ。しかしながら、誰でも入れて好きに辞められるということもあり必ずしも正しい使い方をしない修道士も存在する。その中では真っ当で純粋な信徒である優は珍しい存在なのかもしれない。
「私としては聖具を悪用する為に入団する人の気持ちがわかりませんが、それも教団を疑ってしまう理由にもなっています」
「一応、審判課もあるから今の所大きい問題にはならなってないけど身内の処理も大変だよね」
──違教義審問審判課。
先の問題を対処するために結成された組織であり、全員が修道士である。諜報部隊と実行部隊に分かれており、各地に上がる問題は諜報部隊へと上がり審問にかけらる。その後対処が必要となった際に実行部隊が派遣され、対象を鎮圧し聖具を押収する。現在は審判課の行動によってのみ組織内の問題は対処されていた。この審判課は教主に次ぐ立場の大司教である〝尊要〟が発足した組織である。更に主要各都市の天上教団の管理者として5人の天上司祭を任命しているのも尊要であり、教団内における実質的な権限は彼が保有していると言っても過言ではない状況であった。
「教主様は信用できそうなんだよね。大司教様はどうなの?」
「正直わかりません。もちろん、見た事はありますが教主様の傍に控えているのを見ただけで話した事はありませんので」
「そっか。まぁ、そうだよね。関わるのなんて一部の人間だろうし」
教主の寛容さは無責任とも取れた。その無責任にルールを敷いているのが大司教であり、聖具を使用できる修道士の集まりであった。過去にも聖具を持ち教団を抜けた人間は存在するが表立って問題が発覚しない限りは黙認されていることも確かである。
夕食を終えた結城は借りた部屋へと戻りベッドに倒れ込むと疲労が溜まっていたのか、直ぐに眠りにつく事ができた。
3日後に結城は優と旅立った。
整備され燃料を補給したエレメンタル・バイクにサイトカーを搭載して。
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