01-1:古都セージバル
古都セージバルにも小さいながら天上教団の支部がある。
数人程度が常駐しているらしく、都市の中で細やかな手助けをしているのが散見された。相当なお人好しでなければ、人助けをしている人を見れば天上教団と思えと言われるほど彼らの活動は精力的である。街中で見る彼らは有り体に言えば善人であった。だが急激な規模拡大もあってか、陰ながらに黒い噂は流されている。その中でもよく聞くのは教団の内部に善人はいないだ。純粋な信徒を使い慈善事業を行い、教団の印象を良くする。それに伴い宗教国家内での勢力図は大きく塗り替えられており、2年前に本拠地と定めてから既に発言権を持ち始めている。この調子で行けば数年内に天上教団は宗教国家の最大勢力になると予想された。そうなれば何もせず教団の内部、上層の人間は宗教国家において強い権力を持つことになる。それが天上教団の狙いではないかとまことしやかに囁かれていた。
「やっかみだよなぁ」
そんな噂話を聞いて結城は独り言をこぼした。
そもそも宗教国家の運営は、国内で四大勢力と呼ばれる大規模な宗教団体のトップが実権を握っている。極端な話、国民はこの四つの宗派に分かれており、トップの指示に従う人間が多いからこそ国内において実権を握れるのだ。国内で発言権を持つ宗教団体というのは、この四大勢力に迫る組織であると言う事であった。それは少女が年月をかけて自身の奇跡を信用させた結果であるが、もう一つ信徒が増える理由があった。結城は3人の男に絡まれている線の細い教団員を眺めながら、その理由を実感する。
「ですから私共は金銭による困窮を救う団体ではありません」
「あーあ、腹減って死にそうだなぁ」
「困ってる人を助けるんだろ? 俺達困ってんだけど?」
「3日に一度炊き出しもしています。そちらをご利用ください」
「あぁ? そんなに待てるわけねぇだろ。馬鹿か?」
きっとこの男達は今まで天上教団の信徒に会ったことが無かったのだろう。そうでなければ天上教団相手に馬鹿なことはしないはずだ。いや、それに対抗する手段を持つ人間であれば、こんな下らない絡み方はしない。男の一人は信徒の胸ぐらを掴み引き寄せる。凄んだ顔を目の前で見せられる彼は可哀想なものだ。
「てめぇが自分の金をおいていけば俺達は助かんだよ」
「見ろよ、誰も助けようとしないぜ? 普段から身を粉にして他人を助けてるのにあんまりだよなぁ」
「勘違いしないでください。私共は誰かに助けてもらいたいから手を差し伸べるわけではありません。自分の中にある誰かの為になりたいという気持ちに従っているに過ぎません」
「あーあ、強がっちゃって。痛い目を見ないとわかんないみたいだね」
「やっちゃうよ? やっちゃうよ? 僕たちを助けて君は怪我をしないのが一番賢いんじゃない? わかるよね?」
胸ぐらを掴んだ腕を前後させ、もう片腕を持ち上げて暴力をちらつかせる。青年を諭すような言葉は明らかに他人を馬鹿にして見下す口調。グラグラと揺らされる青年は僅かに眉をしかめた。
「天上教団の教えの1つに、金銭による困窮の解決はしてはいけないというものがあります。それは一時的なもので根本的な問題の解決にならないからです」
「あ、何言ってんだてめぇ」
「他には困っている人を助ける際に自分を犠牲にしないというものもあります。それはみんなで少し幸せになるという教義に反するからです」
男の一人はこめかみに指を当て首を振る。それを見た青年を掴む男も呆れた様であった。
「もういいわ、やっぱ宗教にのめり込むやつは頭おかしいんだな」
言うやいなや男は青年の顔を殴って、胸ぐらを掴んでいた手を離す。呻きながらたたらを踏む青年をよそに男達はゲラゲラと笑っていた。
「あーあ、やっちゃったよこいつ。可愛そーじゃん」
「うへー、いたそー」
「会話も出来ない頭の可哀想な奴には体に教えてやんねぇとさ。ほら、わかったろ? ちゃんと俺の言う事を聞かないから痛い思いしてるんだ」
顔を抑え俯向いていた青年の髪を掴み、無理矢理自分の方へ顔を向かせ周りの男にもその顔を見せつけた。
「鼻血出てんじゃん」
「ごめんな、こいつお腹減ると見境なくてさ。だからね、早くお金だそ?」
「こいつのせいで余計に腹減ってきたわ。また明日も殴りに来るか」
「お前、どうせ夜には腹減ったって殴りに来る気だろ」
下品な笑いに包まれる青年は掠れた声で何かを言ったが、髪を掴んでいた男には聞き取れず更に力を込めて頭を無理やり持ち上げた。
「ああん? なんだよ、今更金がねぇって言うつもりか? お前の家まで行けばいいだけの話だろ」
「……教団には一部の人間にしか伝えない教えがあります」
「まだ言ってんの? マジで頭やべぇんじゃねぇの?」
「お前が殴ったせいじゃね?」
「それは……殴られたら殴り返せです」
その青年の言葉を聞いた三人は一層大きく下品な笑いを響かせた。
「おいおい、やべぇよ。信徒がやべぇと宗派もやべぇんだな!!」
「まじかよ、最高じゃん。入っちゃう?」
「僕殴っちゃったぁ、怖いよー!!」
「……そう、殴ったのは貴方です。なので私が殴れるのは貴方だけです」
髪を捕まれ殴られた顔は赤くなり、鼻からは血が流れている。それでも青年の目は真っ直ぐに自身を殴った男を見据え、腰だめに拳を握る。どう見ても細い青年に殴られても大した事はないと男は口を歪めた。
「あぁ、殴られちゃうよー。僕も入信するから殴り返し──」
最後まで言葉を続けることなく、男は5メートルほど宙を浮き結城の足元まで転がる。一発で気絶させられた男は口から泡を吹き白目をむいていた。
これがもう一つの信徒が増える理由。奇跡の下賜、聖具である。半年に一度、信徒の中から数人が選別され教主による洗礼を受ける。その際に教主から奇跡の一部として、聖具と呼ばれる教団員の証を下賜されるのだ。その聖具は誰にでも扱えるものではないが、確かに奇跡を内包している。覚醒条件は不明だが下賜されてすぐに扱える者もいれば、未だに扱えないものもいる。そう言った存在がいることを知る人間は、意味もなく天上教団に喧嘩を売ろうとは思わない。聖具を扱える者は奇跡を起こす事ができ、そして彼は既に覚醒済みの信徒であった。
残された二人もやり返そうにも殴っては殴り返されるのを目の前で実演されたのだ。それも凡そ普通の人間ではありえない様な力で人一人が殴り飛ばされたのを見ては手を出せる訳もなく、二人は気絶した男を担ぐと逃げ去っていった。なるほど、会話の出来ない頭の可哀想な奴には体に教えるか。そうやって育てられ、それしかコミュニケーションの方法を知らないのであれは、それは救う対象になりそうだと結城は興味なく考えていた。一人残った殴られた青年は蹲り顔を抑えている。その青年の前まで行くと結城は屈み声をかけた。
「大丈夫かな」
「……いえ、痛いです」
「そうだよね、血も出てるし」
結城はポケットから古ぼけてくすんだ鈴を取り出す。その小さな鈴から伸びる紐を持つと軽く振った。本来音がなるはずの鈴は音もなく宙をはねる。
「立てる?」
「え、あ……。あれ?」
鳴らない鈴の音を聞いた聞いた青年は顔から手を離した。先程までの痛みが和らぎ、指で鼻を触れると鼻血は止まっていた。
「軽いのにしか効かないんだけどね」
「もしかして、貴方も団員の……?」
「まぁ、どこかに所属してる訳ではないけど似たようなもんかな」
「あぁ、そうでしたか!!」
まだ鼻に血の跡が残る青年は嬉しそうに顔を上げた。結城は役目を終えた鈴をポケットに戻す。
「顔は大丈夫?」
「えぇ、貴方のお陰で痛みは引いたみたいです」
「そっか、良かったよ」
結城が立ち上がり、青年もそれに合わせて足を伸ばす。袖で鼻をこすると血の跡もきれいに消えていた。
「見覚えはありませんし、外から来たんですよね?」
「そうだよ。ちょっと用事があって何日か滞在する予定なんだ」
「そうでしたか。もし良ければ支部の方へお越しになりませんか? 数日程度であれば泊まってもらっても大丈夫ですよ」
「本当? 助かるよ」
「えぇ。代わりに外の話を聞かせてもらえませんか。私はこことレミリガンドでしか他の団員さんと会うことがないので興味があります」
「うん、いいよ」
「では、行きましょうか。あ、申し遅れました。私は天上教団セージバル支部、副支部長の夏目優と言います」
「僕は咲良結城だよ。よろしくね」
ゆっくりと世間話をしながら二人は支部へと向かい歩いていった。
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