天上教団のすすめ
kazuki( ˘ω˘)幽霊部員
00:Prologue アラル荒野〜古都セージバル
──アラル荒野。
湖畔都市スイメルから蒸気都市ギレッドを最短距離で結んだ際に横断する事になる荒野である。薄く積もった砂の下には頑強な地盤があり、一説によれば密集した岩石群が長い年月をかけ大地に圧迫される事で締め固まり、荒れた地表面は風に運ばれた砂で削られて出来たとされている。そのため交通機関の整備が進まず、一般的には迂回されたルートを通る事が常であった。
男は照りつける日差しの下、焼ける荒野を年代物のエレメンタル・バイク(自走式二輪駆動車)で横断していた。照りつける日差しを物ともしないほど涼しい風が流れ、エレメンタル・バイクは硬い地盤に砂埃の線を引いていく。
バイクの主は既に目的地を入力しており、ハンドルを握る事はない。まだしばらく荒野が続く事を知る男は後ろに傾いた背もたれに体を預け腕を組み、ハンドルの上に足を投げ出して目を閉じていた。適度な揺れと駆動音は男にとっては子守唄の様で徐々に音が遠くなった頃、甲高い機械音が鳴り響き不満の声を漏らす。足をハンドルから下ろし体を起こすとメーター横のボタンを押し、燃料を確認した。残量は明らかに目的地まで持たないレッドゾーン。
「……はぁ、古いからなぁ」
悪態をついた男は自動操縦から手動へと切り替えハンドルを握る。前傾姿勢になり二度足元のペダルを踏むとバイクは速度を上げ、最寄りの都市へと進路を変更して荒野を駆け抜けていった。
──古都セージバル。
アラル荒野を避けた迂回ルート先にある歴史の古い都市である。始まりは小さな村だったらしいが周囲の都市が発展し、都市間の交流が盛んになった事で中継地として重宝され、いつしか住民が増え始め現在の都市を築いた。
「あんちゃん、随分とまぁ古いの乗ってんなぁ」
エレメンタル・バイクの主、咲良結城は整備屋に燃料の調達に訪れていた。
「n-205Fvなんて久方振りに見たよ」
「……燃料を頼みます」
「15年位前だったか。発売当時は最先端って触れ込みで流行ったけど、流石に今の物と比べるとなぁ。あちゃあ、結構乱暴な乗り方してるなぁ。どこまで行くんだい」
「レミリガンドまで」
「宗教国家たぁ若いのに信心深いんだね。でもこれじやあ厳しいなぁ」
整備屋の主は燃料以外頼んでもいないのにベタベタと弄り回し、世間話と同じく流れる様にカバーを外して駆動系を確認していた。染み付いたオイルの匂いを砂埃の匂いがくすませる。
「砂も酷いな。最後にいつ整備したんだい」
「……一回もしてませんね」
「そら駄目だ。元々年代物で経年劣化もある。古い物は新しい物以上にしっかり整備しないと使い物にならないよ」
「貰い物なんですよ」
「流行った分流通量はあったけど、何分燃費の悪さが桁違いだ。それに最先端とは言っても、独自技術ばっかりで互換性も悪いし故障しやすい。観賞用で買うなら高い贅沢品だけど、実用前提じゃあ安物買いの銭失いって言われても仕方ないよ」
外したカバーを戻し、今度はタイヤの確認を始める。タイヤを軽く指で押すと、ホイールとタイヤの隙間を何箇所か確認し顔を上げる。
「どこ走ってきたの、タイヤも酷いね。このままだと燃料だけ補給しても目的地に行く前に駆動系がやられるかタイヤが使えなくなるよ」
「……アラル荒野が悪かったかな?」
「あそこは普通のタイヤじゃだめだよ。岩が硬いし荒いし砂も多い。摩擦にタイヤが負けてるよ。それで燃料だけで良いのかい? うちで整備する必要はないけど、必ずどこかで必要にはなるよ」
「そっかぁ、どうしようかな。燃料はすぐに準備出来ます?」
「3日待ってくれるなら仕入れるよ。こいつの良かった所は今でも使える燃料が残ってる事と、今でも通用するデザインだ」
「3日ならお願いします。整備は考えておきますね」
「あいよ。こいつは置いてくかい?」
「お願いします。燃料が来るまでは滞在しないといけませんので」
結城は赤いバイクを整備屋の主に預けるとオイルの匂いを引き連れ整備場を後にした。
ここ最近、天上教団と呼ばれる宗教団体が台頭してきた。
それは急速に規模を拡大し、今では複数の宗教が混在する宗教国家レミリガンドでも大多数の支持を得る教団となっていた。教団が急速に規模を拡大したのには明確な理由がある。それは他の宗教とは違い、確かな奇跡を体現し続けている事であった。
──6年前。レミリガンドにて、とある少女が奇跡の体現を行った。その奇跡は不老。そんな物は与太であり確認のしようもないと人々は嘲った。少女と青年、一人の女性は後に戴冠式と呼ばれるようになった日、大人しくレミリガンドを去っていく。翌年同日、去年と同じ容姿の少女はこの一年の行脚について話をした。今の世界はどんな世界で、どんな人々が、どんな生活を送り、どういった悩みがあり、どういった救いを求めているのか。それらを救うのが自分たちの役目であると断言した。それが私達の活動理念であり、存在意義であると。また来年の同日に来ると宣言し三人は街を去っていった。その話を聞いていた幾人は、そういえば去年に見た覚えがあり確かに少女は老けているように見えなかったという。そして更に翌年、三人に一人の青年が加わった四人がレミリガンドに現れた。3度目の来訪、3年目の活動、そして3年前と変わらない少女。少女が率いる教団は3年目の同日同じ場所で、明確な意思を口にした。
「今日この日を持って私達は天上の教えを説く教団。天上教団を設立します」
3年前から変わらない少女を目の当たりにし、3年を要して奇跡を実感させられた限られた人間は、ただ少女の言葉を待つ。
「ここに訪れるのも三度目ですね。ここが生活圏の方であれば私達の事を覚えている方もいるかもしれません。ここを離れた一年前、私達は前回同様世界を巡りました。そして確信しました。この世界に欠けているものを」
説くように優しく温和な口調。行き交う人々の目を見るような丁寧な目配り。その所作は少女の外見にそぐわない大人びた気品を感じるものであり、そのそぐわなさが不老の奇跡をより際立たせた。
「今この世界には愛が欠けています。愛と言ってもだいそれたものではありません。ほんの些細な気遣い、慈しみ、他者を思う心。それらが欠けています」
淡々と事実を述べるかのように、温和だが明確な声は雑多な音に飲まれることなく聴衆に届く。
「ですが、それらを埋める事は容易ではありません。ましてや気付くことなど中々出来ません。私達は丸2年を費やし世界を見て回りました。その見聞を持って人々の幸せについて考えたのです。裕福な人が幸せなのか、自由な人が幸せなのか……。地域によっては他国と争う場所もありますが、それは幸せなのでしょうか。争うことで幸せになれるのは自分たちには被害がなく利益を得ることができる極一部の人間では無いでしょうか。私達は違います。極一部の人間が幸せになるのではなく、他者の手を取り、隣人を理解し赦し合い、みんなで少しだけ幸せを共有する世界。それが私達の目指す世界です」
「……なぁ」
聴衆の一人が口を開く。
「何で少しだけ幸せなんだ。みんなで幸せを共有するじゃないのか?」
「それは無理ですよ」
柔らかい口調ではあるが、確固たる意思を持ち無理と断言した少女は質問に答える。
「貴方にとって幸せとはなんですか?」
「……急に言われても困るけど、お金があるとか」
「そのお金で何かしたいのですか?」
「出掛けたり良いもん食べたり……」
「それは出掛けたりしたいのであって、本来はお金が欲しいわけではありませんよね」
「……まぁ、そうだな」
「質問を変えましょう。お金があれば幸せであるならば、幸せはお金で買えるのでしょうか?」
「そう言われると安っぽく聞こえるな」
「そうですね。お金で買える程度の幸せで、本当に自分は幸せだなんて思える人は少ないでしょう。往々にして人は幸せを過大評価しているのです。幸せに憧れて幸せになりたいけど、幸せが何かわからず幸せになる方法がわからない。皆さんもこれまでに幸せだと感じた事はあると思います。ですがそれは幸せになろうとして幸せになったものでしょうか。幸せとはそんな打算的に感じられるものでしょうか。もし狙って幸せを感じられたのであれば、それは達成感と幸せを混同しているだけです。試験で高得点を狙って勉強して達成したとして、それを幸せと呼びますか? それらは自身の努力が実った結果からくる達成感です」
「ならよぅ、幸せってのはなんなんだ」
「それこそ愛なのです」
ここは宗教国家レミリガンド、多かれ少なかれ心の支えを必要とする人間が集まる都市。誰もが求める幸せになりたいという欲求を、彼女は愛によって満たす事ができると言い切った。
「貴方の眼の前で誰かが転けてしまったとしましょう。それを見て反射的に大丈夫ですかと声をかけます。大抵の人は問題がなければ大丈夫と答えてくれるでしょう。足をひねってしまい歩くのが大変そうであれば肩を貸しますね。ただそれだけで貴方は困ってる人を救い、助けてくれた人はありがとうと礼を述べます。金銭の授受はありません。それでも別れた後に貴方は良い事したなぁと何となく思うでしょう。その何となく程度の細やかな良い事したなぁが私達の言う少しの幸せです。そんな些細な助け合いを心掛け、積み重ね、意識せずに困ってる人に手をかせるようになれば、自然と隣人を理解して赦せるようになるでしょう。それが愛であり、皆さんの望む漠然とした幸せの正体です」
「言いたい事はわかったけどよぅ、どうしょうもない事もあんだろ?」
「その為の私達です。確かに個人では救えないことも多いでしょう。ですが同じ志を持った人達が何人もいたらどうでしょう。想像するだけで気持ちも軽くなって何とかなりそうだと思いませんか?」
「まぁ、一人よりは……」
「そうでしょう? 私達が此処に来るのは三度目です。同じ場所で少しだけ話をして此処を離れていました。どうでしょう、この近隣を毎日通る方や職場や家が近い方は私の事を覚えていませんか。私は3年前、奇跡の体現として不老になりました。あの日から容姿は変わっていません。本来であれば横にいる二人の男性とは同い年なのです。私の方が幼く見えませんか」
その言葉を聞き聴衆は疎らにどよめいた。左右の男性はもう成人間近、もしくはしたてといった風貌である。しかし、少女は未だ大人とも子供とも取れそうで取れない、未完成さを宿していた。
「それはただ、あんたが若く見えるってだけじゃあ無いのかい」
「あは、ありがとうございます。だからこそ今日は今までよりも長く話をして、皆さんと対話をしているのです。皆さんどうか私を覚えておいてください。3度目の今日、3年前から成長を止めた私を覚えて下さい。此処で天上教団の設立を宣言したのは、ここに本拠地を構える予定だからです。今回はまだ拠点を構えるには時期尚早、この後は三度目の世界行脚に出掛けます。そして来年の今日この場にて、私達は此処を正式な本拠地として逗留します。ですからその時に、4年前と、3年前と、2年前と、今日と。私が変わっていない事を理解して欲しいのです。そして来年からは翌年、翌々年と変わらない私を見てください。私の不老という奇跡は時間を要さなければ理解されないのです。そしてもし、私の奇跡を信じてもらえたならば、私達と手を取り、皆で少しだけ幸せな世界にするという私達の願いを手助けしてください。それが天上教団の団員としての最初の救いです」
少女は小さく頭を下げると後ろに控えた女性を見やる。それだけで意思疎通を終えた少女は話を締めくくった。
「話が長くなってしまいましたね。ご清聴ありがとうございました。それでは皆さん、また来年──」
「最後に教えてくんねぇか?」
「はい? 何でしょうか」
「あんた、名前は」
一瞬だけ驚いた少女は、本当に嬉しそうに人懐っこい笑顔を浮かべた。
「あは、緊張して名乗ってませんでした。では、来年まで私の顔と名前を覚えていてくださいね。私は天上教団教主、天上院愛と言います。天上教団も私の名前から取ったもので、天上の教えと言ってもみんなで助けあおーって言うゆるーいものですので気軽に入団してくださいね。天上教団の門戸に鍵はついていませんので出入りは自由ですよ」
くすくすと笑う少女は3人を引き連れ都市を去って行った。
──そして2年前、4度目の訪問で宣言通りレミリガンドに天上教団の本拠地を構えた。その際に連れていたのは三人ではなく、世界巡礼で賛同を得た団員、数十人規模を伴っての逗留であった。
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