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理菜が初めてチャーを部屋に入れたのは、それから何日も立たない日の、休日の朝だった。
その日は、町内で決められている古紙回収の日。
朝9時までに指定の場所に持っていかなければ、次の回収日はひと月後だ。
眠さの残る重い頭でなんとか古紙をビニール紐でまとめ、廊下に出た理菜は、隣家のドアの前でじっと座り込むチャーの姿を目にして驚いた。
「あら、キミまた閉め出されちゃったの?」
理菜の声に反応するように、チャーはチラリと理菜に目を向けたが、すぐにまた、目の前のドアへと視線を戻す。
「ちょっと待っててね、今これ出してきたら、すぐ戻ってくるからね」
そう声をかけると、理菜は急いで古紙回収場所へと向かった。
もしかしたら、隣家の主人が気づいて、もう中に入れてもらってるかも?と思いながら戻った数分後。
そこには、先ほどと全く変わらず、置物よろしく座り込んでいるチャーの姿。
「困った飼い主さんだねぇ」
苦笑を浮かべながら、理菜は隣家のインターホンを鳴らした。
だが、いくら待っても応答が無い。
何度か鳴らしてみても応答は無く、途方にくれて足元を見ると。
チャーはじっと理菜を見た後、スッと立ち上がり、そのまま理菜の部屋の前まで歩いて振り返った。
その姿は、『早くおいでよ』と理菜を誘っているようでもあり、理菜は思わず吹き出した。
「そこ、私の部屋だよ?」
チャーについて、理菜も自分の部屋へと向かう。
「うちで、待ってる?」
ニャ。
理菜の言葉に答えるように、チャーは短く鳴いた。
理菜の住むアパートは、ワンルームの古いアパートだ。
オートロックも付いてなければ、防音設備もあまり良いとは言えない。
お行儀が良くないとは思いつつ、チャーと共に部屋に戻った理菜は、隣家との仕切りとなっている壁に耳を当ててみた。
だがやはり、隣からは何の音も聞こえなかった。
「お出かけ、しちゃったのかな?」
そう呟くと同時に、理菜のお腹が空腹を訴えて悲鳴をあげる。
「ねぇ、キミも・・・・チャーちゃんも、お腹空いてる?」
ペロリと舌を出して口回りを舐める仕草は、イエスの答えのようにも見えて。
「じゃ、一緒に朝ごはん食べよっか!」
理菜は焼いた魚をチャーと一緒に食べたのだった。
チャーは実に手のかからない、おとなしい猫だった。
ベランダに続くガラス戸から陽が差し込む場所で、のんびりと寛いでいる。
結局、隣人が戻ってきたのは、お昼を少し回った頃。
隣家の扉が閉まる音に気づいた理菜がチャーを抱いて訪ねると、酒の臭いを纏わせた女はロクに礼を述べることもせず、チャーを奪うように理菜の腕から抱き上げ、ドアを閉めたのだった。
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