第9話 手札②
「クソッ、遅いッ!」
煙が晴れ、自分が玉手箱の中にいることがわかると、俺は地面へと拳を叩きつけた。
玉手箱を開いてから効果発動までの数秒間のタイムラグ。
その僅か数秒が、Aランクとの闘いでは、あまりに長すぎる……!
瞬間発動なら、そのまま絶対攻撃を叩き込めたのに……!
「……いや」
そこで、首を振る。
どうしようもないことに文句を言っても仕方がない。
玉手箱の仕様は、最初からこうだったんだから、元々戦闘中に使うには向いてなかったということなのだろう。
……それに、俺も戦略ミスがあった。
大きく深呼吸をし気持ちを切り替える。
それから、改めて周囲を見渡し……。
「サラちゃんは……ちゃんといるか」
ホッと胸をなでおろす。
今回の作戦に当たり、サラちゃんには俺のカードとなってもらっていた。
場合によっては、玉手箱内でカードたちの蘇生をする可能性もあったからだ。
召喚枠を一つ使っても、彼女を一緒に玉手箱に連れていけるメリットは大きいと判断した。
……もっとも、これは一時的な話だ。
この作戦が終われば、彼女の所有権は破棄する。
カードとなっている間はサラちゃんも人間形態になれないし、何より砂原さんの娘さんをそのまま俺がカードとして所有し続けるわけにはいかないからだ。
なお、ネフィリムは所有権を破棄しても、その記憶を失わない。
呪いのカード……枷の外れたカードと同じようなものだからだ。
「さて、どうする……正直、化け物過ぎるんだが」
その場にどっかりと座り込み、カードたちへと問いかける。
「味方全体への不滅と絶対命中付与に、範囲型絶対防御と絶対解除か……」
「しかも、ついでのように範囲型の絶対攻撃と絶対状態異常まで持っていましたよ」
ウンザリしたように蓮華が言えば、アテナが同意するように頷く。
「ニュクスの先天スキルは六つでしたっけ?」
「ああ」
ユウキの問いかけに頷き、胸元に入れたメモを見せた。
そこには、事前にアンナパパから聞き出してあったニュクスのステータスが書かれていた。
【種族】ニュクス
【戦闘力】3000
【先天技能】
・原初の夜の女神
・夜は誰にも避けられない
・星々を織りなすヴェール
・ニュクスの怒り
・ニュクスの子供たち
・魔導の神髄
「一番上は権能スキルとして、ニュクスの子供たちは予想通りヒュプノスたちの眷属召喚でしたね。……この『星々を織りなすヴェール』が、絶対防御のスキルでしょうか? そんな感じのエフェクトでしたし」
アテナがそう言うと、そのままニュクスの先天スキルの考察が始まった。
「フィールドを夜に変えるスキルと、味方全体に絶対命中を付与するスキルは、タイミング的に一つのスキルだろーな。名前から察するに、この『夜は誰にも避けられない』ってヤツか? 不滅の付与もこのスキルか?」
「それに加えて何らかの再生スキルもあるかと。無限召喚型の眷属にしてはケーレスの動きが良かったですし、あるいは力の泉ということもあるかもしれません」
蓮華とユウキがそう言えば、メアもそれに続く。
「メア的には、流星群の魔法が絶対攻撃だったのが気になるな。その前の絶対防御と相殺になった光も、状態異常っぽかったし。魔法を絶対攻撃とか絶対状態異常にするスキルなんだと思う。この魔導の神髄ってヤツかな?」
「となると、残ったニュクスの怒りが絶対解除スキル? そんなに怒りって感じはしなかったけど……むしろ無気力? 失望?」
鈴鹿の言葉に、アテナが頷き言う。
「……もしかすると、受けたダメージに応じたカウンタースキルなのかもしれませんね。単にこちらがダメージを与えられなかったから、絶対解除単体に見えただけで」
「あり得るな」
一通り意見が出そろったところで、俺はメモにそれを書き込んでいった。
【種族】ニュクス
【戦闘力】3000
【先天技能】
・原初の夜の女神:権能スキル。
・夜は誰にも避けられない:フィールドを夜へと変える。味方全体に、常時絶対命中効果、不滅、再生スキル(力の泉?)を付与する。
・星々を織りなすヴェール:範囲型絶対防御。高等攻撃魔法メテオの自動カウンター。おそらくは、クールタイム無しのスキル回数型。最低三回以上。
・ニュクスの怒り:範囲型絶対解除。クールタイム一分。受けたダメージに応じたカウンターも?
・ニュクスの子供たち:ニュクスの子供であるヒュプノス(眠りの神)、タナトス(死の神)、モイライ(運命の女神たち)を真眷属体で召喚可能。 あるいは、不滅付与はこのスキルか?
・魔導の神髄:魔法を絶対攻撃と絶対状態異常化。二連発可能? 絶対攻撃と絶対状態異常で一回ずつ?
【眷属】
・ヒュプノス:単体絶対睡眠(クールタイム一分)、スキル回数回復スキル(一日三回)持ち。ケーレスの無限召喚。
・タナトス:絶対攻撃持ち(一日一回、クールタイム一時間)。ケーレスの無限召喚。
・モイライの三相女神:味方全体にステータス二倍のバフと、一回限りの絶対回避付与。あるいは、敵全体にステータス半減と各種デバフ。どちらか片方、一日一回。ケーレスの無限召喚。
「……まとめると、こんな感じか?」
スキル名と、実際に使ってきたことからの考察だが、結構合っているような気はする。
「ヤバッ……! 一回戦っただけでこんなに分かっちゃうの?」
メモを見たサラちゃんが、少し興奮気味に言う。
「まぁ、あくまで相手が見せてきた札の範囲だけどな」
さらなる切り札を伏せている可能性は十分にあるし、それに……。
「なにより、マスターを食らうことでもう一段階パワーアップする可能性もある」
俺が小良ヶ島でのオセ戦の時のことを思い出しながら言うと。
「いや、その心配は無くなった」
蓮華が首を振り言った。
「マスターを食らって力を増すのは、特定の条件を満たした場合のみ。神の場合は、殉教者か狂信者である必要がある。……ニュクスのマスターは、明らかにそのどちらでもなかったからな」
……確かに、あの少女からは、神のために身を捧げるという気配は微塵も感じなかった。
あの少女は、使用の度にマスターを食らうというニュクスへと正統日本から捧げられた、ただの生贄なのだろう。
「これ以上のパワーアップが無いのは朗報だが……現時点で十分に強敵なんだよなぁ」
一体どうやって攻略するべきか。
「最大の問題は、絶対解除よりも、むしろ範囲型絶対防御ですね。……それだけにヒュプノスのスキル回数回復が痛かった」
顔をしかめてのアテナの言葉に、皆で頷く。
「それに関しては、俺の判断ミスだ。……もっと早く鈴鹿の『ストック』を使っておけばよかった」
大淫婦バビロン戦で目覚めた鈴鹿の固有スキル、『オセロー』。
その力は、敵から受けた攻撃を一つだけストックするというもの。
敵の切り札をそっくりそのまま返すことができるそのスキルは、まさに一打で形勢をひっくり返せるポテンシャルがあった。
それだけに、使いどころも難しいのだが……。
「先にストックしてあった絶対解除でヒュプノスたちの不滅を解除して始末しておけば、絶対防御のスキル回数を回復させられることもなかった。……十六夜商事用にできれば温存しておきたいと考えた俺のミスだ」
Aランク上位のニュクス相手に手札を温存しておこうというのが、そもそも間違いだったのだ。
「……まぁ、あの時点で絶対防御がスキル回数型とはわからなかったわけですし、そもそも絶対解除で不滅付与が解除できた保証もありません。茨木童子の鬼の残党のように、ニュクスがいる限りその眷属が不滅となる常時発動型のパッシブスキルだった可能性も十分にあります。所詮は、結果論です」
……確かに、不滅付与が『夜は誰にも避けられない』の発動型ではなく、『ニュクスの子供たち』の方の常時発動型だったら、絶対解除を使ったところで即座に再付与されて無駄撃ちに終わったことだろう。
アテナの言う通り、結果論か。
「それよりも、絶対防御を打ち破る方法を考えた方が建設的だろーな」
蓮華の言葉にみんなで頷く。
「何か絶対防御でわかったことはあるか? どんな些細なことでも良い」
俺がそう言うと、メアが手を挙げる。
「とりあえず、一撃を防ぐタイプじゃないっぽい。絶対防御が付与されたケーレスたちに攻撃したけど、絶対防御が消えたりしなかったから」
一定時間の攻撃を防ぐタイプなのは、確定か。
「こちらの絶対攻撃で三回、鈴鹿がストックしてある絶対解除で一回消せるとして、残り何回使えるかだな……」
せめて、ニュクスの絶対防御の回数か効果時間がわかればな。
そのどちらがわかるだけでも、大分違ってくるのだが……。
「妾の固有スキルも、神殿無しでも使えれば良かったのですが」
歯痒そうにアテナが言う。
彼女が新たに使えるようになった固有スキルは、パラスアテナへの変身を必要とし、その効果範囲も神殿内限定となる。
その分、効果も強力無比であり、彼女の固有スキルが使えればグッと楽になるが……まぁ、無いものねだりをしても仕方が無い。
一応、カード化した神殿は持って来ているが、敵もわざわざ中に入ってこないだろうしな……。
入ってくるとしてもケーレスたちだけだろうし、アテナの固有スキルを知ったら出て行って、入ってくることはないだろう。
そのまま他所を攻めに行かれたら、追いかけることもできない。
やはり、神殿は防衛向けの施設で、攻勢には向かないのだ。
とはいえ、完全に神殿が無意味というわけでもない。
「ゼウスの雷は、神殿から外へ放てるんだろ?」
「ええ」
俺の言葉に、コクリとアテナが頷く。
神殿から動くことはできないが、神殿内で変身して攻撃することはできる。
入り口からゼウスの雷を放てば、ニュクスにも届くだろう。
これで、合計五回か。
「もしも、ニュクスの絶対防御が六回以上だったら、キツいな……」
そんなに使えるものか? とも思うが、クールタイム型のアテナの絶対防御が十分ごとに一回、一日に百回以上も使えることを考えると、ニュクスのスキル回数型の絶対防御も一日十回は使えてもおかしくない……。
「「…………………………」」
俺の言葉に誰もが難しい顔で沈黙する。
口に出さずとも、皆が同じことを考えているのがわかった。
ニュクスをどうにかする方法は、ある。
だが、それはあまりに大きな博打だった。
賭けに負ければ、俺たちだけでなく、味方全員が全滅しかねないほどの……。
故に。
「とりあえず、今日はこのあたりにしよう。考える時間は、たっぷりある」
俺は、この場での結論を避けるように、そう言ったのだった。
――――それから、一週間。
俺たちは玉手箱の中で議論を続けたが、結局ニュクスの絶対防御の具体的な回数がわからないことには具体的な解決策は出てこなかった。
そうして、鈴鹿の霊格再帰のクールタイムが溜まった日の晩。
メアが「話がある」とフェンサリルの俺の部屋へとやってきた。
「寝る前だし、ハーブティーで良いか?」
「うん……」
お茶を淹れてやり、一息吐いたところで、おもむろに切り出す。
「それで、話って?」
「うん……あのさ、最初に大淫婦バビロンに変身した時に何があったか、聞いても良い?」
……その話か。
俺は背もたれに身を預けると、グッと腕を組んだ。
「どうして、そんなことを?」
「ずっと気になってたのと……メアは知らなきゃいけないと思って」
知らなきゃいけない……?
「そんなことはないと思うが……」
そう言う俺にメアは「ううん」と首を振り。
「そこから目を逸らしてたら、メアは前に進めない。……あのさ、マスターは、なんで変身中の記憶が残らないんだと思う?」
「それは……まだ大淫婦バビロンに認められてないからじゃないか?」
と答えると、またもメアは首を振り。
「ううん、大淫婦バビロンはもうマスターを認めてると思う。記憶は残ってないけど、同じ存在だからメアにはそれがわかる。でなきゃ、変身時間が伸びたり、次の変身までのクールタイムが短くなったりもしないよ」
「それは……」
確かに、気になっていた点だった。
最初から変身中の記憶は残っていた鈴鹿の霊格再帰を考えると、最低限変身中の記憶が維持できるようになってから、変身時間の延長や、クールタイムの短縮と霊格再帰の掌握が進んでいくと思われる。
逆に言えば、変身中の記憶も残らないのに、霊格再帰の掌握が進むことはないはず。
だが、メアの場合は、記憶が残らないままに変身時間が長くなっている。
これは、明らかにおかしい。
「変身中の記憶が残らないのは、メア自身がそれを拒んでいたから。……最初の変身で何をしたのかを知りたくなかったから」
……メア自身が、拒んでいたから、か。
最初の変身の時の記憶は無くとも、俺たちの反応やガチガチに対策をした二回目の変身などから、自分が何をしたのかはメアも薄々察していたのだろう。
それが、逆に悪い想像を膨らませて、変身中の記憶が残る妨げになっていたということか。
「でも、これ以上、自分のやったことから目を逸らし続けるわけにはいかないよね……。だから、教えて、マスター。最初に大淫婦バビロンになったときに、メアが何をしたのか」
「……わかった」
俺は頷くと、暴走したメアが何をしたのかを一切の隠し事無しに伝えていった。
やがて、すべてを聞き終えたメアは大きく息を吐くと。
「……予想以上にやらかしてたー!」
そう顔を引きつらせて、シャウトした。
「おおおおおおお! マジでぇ? 普通に、マスターを殺しかけてるじゃん……」
「まぁまぁ」
頭を抱えて床をのたうち回るメアに、俺は苦笑しつつ言う。
「大淫婦バビロンのメアも、本気で俺を殺そうとしたわけじゃないと思うぞ」
転移スキル持ちのイライザを殺さなかったこととか、微妙に手心を加えていたのは感じていた、と俺がフォローすると。
「……いや、メアは半分くらいマスターを殺すつもりだったと思う」
メアは静かに身を起こし、首を振った。
「もしマスターが死んだ時は、その魂を取り込んで永遠に一つになりたい。……そんな欲求があるのも事実だから」
「メア……」
それは、これまで彼女が隠してきた悪魔としての、人外としての一面だった。
「ねぇ、マスター」
「……なんだ?」
「次のニュクスとの闘い。大淫婦バビロンの変身を使って」
「何?」
思わず目を見開く俺へと、メアは真剣なまなざしで訴える。
「大淫婦バビロンの黙示録の獣なら絶対解除が使えるし、絶対魅了もある。ニュクスが何回絶対防御を使えたって関係ない」
「それは……」
確かにそうだ、と頷く。
大淫婦バビロンのスキルなら、ニュクスとも対抗できるのは分かっていた。
それでも使わなかったのは……。
「だが、コントロールできるのか?」
もしニュクスに加えて大淫婦バビロンまで暴走したら……完全に終わりだ。
その時は、俺たちだけでなく、他の勢力まで巻き込んで全滅する恐れがあった。
「大淫婦バビロンは、もう暴走しない。大淫婦バビロンも、メア自身だから……もう目を逸らさない。だから、信じてマスター」
胸に手を当てて訴えるメアに……俺は。
「……わかった」
そう、頷いた。
「そこまで言うなら、明日一度だけ変身を試してみよう。それで記憶が残ったら、ニュクス戦で大淫婦バビロンの変身を使う」
それでも、一応の保険は掛ける。
これは、臆病だからでも、メアを信じていないからでもない。
この戦場には、織部と小鳥ちゃんもいる。
他の人の命もかかっている以上、最低限の確認は必要だ。
まぁ……。
「うん! 見てて、マスター! 必ず大淫婦バビロンを掌握してみせるから!」
この分なら、まず大丈夫だろうけどな。
力強く頷くメアに、俺は確信にも似た予感を抱くのだった。
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