第10話 ガチャの価値②


「やぁ、ようこそ」


 鳥取エジプト王国に来ると、すっかり客人対応となった兵士に案内され、前回の時と同じ応接室へと通された。

 そこには既に砂原さんが待っており、俺が部屋に入ると立ち上がり出迎えてくれた。

 見たところ、一枚のカードも連れていないのを見て、こちらも透明化した蓮華だけを残し――さすがに砂原さんもこの場にカードを連れていないだけで、召喚自体はしているだろう――他のカードたちは戻す。

 それから軽く挨拶を交わし、席へと着いたところで、さっそくとばかりに砂原さんが問いかけてきた。


「で、答えは出たのかな?」

「ええ、サラちゃんの件、お引き受けいたします」

 

 蘇生スキルも使え、彼女を同行させることで面倒な結婚の話も回避できるとなれば、こちらとしても大歓迎だ。

 問題があるとすれば、俺がロリコン扱いされかねない事だが……それは今更だろう。

 俺の答えに、砂原さんは満足げに頷く。


「良かった。……一応言っておくが、婚約者だからと言って実際に手を出したりしないでくれよ?」

「し、しませんよ、そんなこと」


 一国の主らしい迫力で凄んでくる砂原さんに、慌てて首を振って否定する。


「……ウチの娘が手を出すには値しない、と?」


 面倒くさ!!! 


「ま、それはさておき……娘と同行するならこれを渡しておこう」


 冗談だったのか、あるいは軽く釘を刺したかっただけなのか……砂原さんはコロッと表情を変えると、俺に一冊の本を渡してきた。

 これは……。


「トートの書、ですか?」


 俺がそう答えれば、砂原さんは少し驚いたような顔をした。


「お、知っていたか」

「ええ、一冊持っています。しかし、なぜトートの書を?」

「人間の蘇生には、死体の状態も重要でね。あんまり状態が悪かったり、死後時間が経っていると蘇生できなくなるんだ」

 

 ああ、そういうことか、と納得する。

 そう言えば、トートの書には、死体の状態を保つ魔法が載っていたな。

 これで、死体の状態を保っておけば、確実に蘇生できるようになるということか。


「それと、冥府の神の権能も必要になるんだが……」


 と探るような視線で問いかけてくる砂原さんに、頷き返す。


「それは、持っているんで大丈夫です」

「そうか、さすがだな」


 冥府の権能は、ヘカテーがあるから大丈夫だろう。

 ここで冥府の神がいませんと言えばアヌビス辺りを渡されたかもしれないが、あんまり借りを作るのもな……。


「ちなみにカードの蘇生は、トートの書も冥府の神の権能も必要ない。ソウルカードさえあれば良いから安心してくれ」


 それは良かった。


「ま、一冊持っているとのことだが、一応受け取っておいてくれ」

「え、でも……」

「いいから。……重要拠点ごとに一冊配置しておくと安心感が違うぞ。これは、俺の実体験だ」


 拠点ごとに、か。

 確かに、俺がいない間の学校にこれがあると安心かもしれない。

 ここは有難く受け取っておくか。


「すいません、では有難く」

「うん」


 ここは、素直に受け取っておくことにする。


「……そういえば、蓮華ちゃんは、幸運の権能も真スキル化しているということで良いのかな?」


 それから雑談――主に如何にサラちゃんが可愛いかという親バカ話――をしていると、ふと思い出したように砂原さんが言った。


「ええ、まぁ……」

「ということは、ガーネットによる幸運操作も?」


 ああ、これは、そういう話かな? と思いながら頷く。


「幸運操作のことをご存知でしたか」

「うん、ウチにも昔、幸運の権能を持った門番がいてね」


 昔ということは、今はいないのだろうか。

 ……関係が拗れて始末したか、あるいは帝国の侵略で消されたかな?

 戦力の補充という点で、真っ先に狙われるだろうしな。


「どうだろう? ガーネット100個と宝籤のカードはこちらで用意するから、Bランクカードを引いてくれるとありがたいんだが……」


 ガーネット100個……?

 俺は一瞬言うか言うまいか迷った末、素直に告げることにした。


「幸運操作に必要なガーネットの量は40個なんですが……」

「なんだって?」


 俺の言葉に、砂原さんは驚きに目を見開いた。


「……ボラれたか? いや、虚偽察知に反応は無かった。あの種族に虚偽の逸話もない。となると……」


 砂原さんは、しばしブツブツと考え込んでいたが、やがて。


「ふむ、どうやら同じ幸運の権能でも、その力には差があるようだね。ウチの領地にかつていた幸運の権能持ちの門番は、Bランクカードの幸運操作にガーネット80個を必要としていた」

「ガーネット80個……」


 差分の20個は、手数料とかだろうか?

 しかし、ちょうど蓮華の倍か。

 チラリと、俺の横で透明化して退屈そうにしている蓮華を見る。

 同じ権能でも、力の差か……。

 ここにいた門番の力が弱かったのか、あるいは蓮華の力が強いのか……。


「で、どうだろう? ガーネット百個と、宝籤のカードでBランクカードのガチャを引かせてくれないだろうか?」

「えっと……ですから、Bランクカードを引くのにガーネットは40個で良いんですが」


 俺が困惑しつつ言うと、砂原さんは当然のように頷き。


「ああ、わかっている。だが、それはそちらのカードの能力によって生じた誤差だろう? ならば、相場はかつての門番と同じガーネット100個が妥当なところだろう。……もちろん、もっと安くやってくれる幸運操作持ちが新しく出てきたら、こちらも価格交渉をさせてもらうがね。それまでは、ガーネット100個が相場といったところだろう」


 そういうもの……なんだろうか?

 確かに、差分に関しては蓮華の力による物だろうが、普通は、それでも値切るものだと思うが……。

 そこまで考え、気付く。

 これは、もしかしてあえて値切らないことでこちらの信頼を買おうとしているのではないだろうか?

 俺が素直に幸運操作に必要なガーネットの数を言ってしまったのは、取引の場としてはミスと言える。だが、砂原さんはそれをミスではなく「こちらの誠実さの表れ」として受け取り、その返答としてかつての門番と同じ値段を払うことで「誠実さ」をアピールしているのではないだろうか?

 いわば、こちらが差し出した「誠実さ」に、あちらも同じだけの「誠実さ」を返してきた形だ。

 となると、これは、安易な値下げはしない方が良いな。

 下手に値下げすれば、その分、相手の差し出してきた誠実さを突っ返すことになる。

 そうなれば、俺は「誠実な男」から、「単に取引の場で口を滑らせただけの間抜け」となるだろう。

 ここは、素直に受け取っておくとしよう。

 だが、それはそれとして……。


「わかりました。一回のガチャの値段に関しては、それで問題ありません。ただ……一つ、いえ二つほどお願いが」

「……何かな?」


 少し警戒するような顔をする砂原さんへと、俺は言う。


「一つ目は、ガチャをした際に、もし絶対解除スキル持ちが出たら、一度だけ手を貸して貰いたいということ。次に、もしクリアランスレベルCのカードキーがあれば、やはり一度だけ貸して貰いたい、ということ……」

「ふむ……」


 顎に手を当て考え込む砂原さんを、ドキドキと見守る。

 やがて、結論が出たのか砂原さんが顔を上げ、口を開いた。


「まず一つ目の条件についてだが……」

「……はい」

「これは構わない。さすがに貸し出しは無理だが、その時はカードの派遣なり、手伝おうと約束しよう」

「おお、ありがとうございます!」


 良し! 内心でガッツポーズを取る。

 これで絶対解除持ちが出た際には、親父と合流できる。

 実質、砂原さんのガーネットで絶対解除持ちガチャが出来るようなもんだ。


「そして、二つ目の条件についてだが」


 その言葉に、緩んだ気を引き締める。

 一つ目の条件ほどではないが、こちらも重要な案件だ。


「こちらも構わない。というか、元々君にはクリアランスレベルCのカードキーを貸し出すつもりだった」


 元々貸し出すつもりだった……?

 どういうことだ? 俺にカードキーを貸し出すことで、砂原さんにも何らかのメリットがあるということか? 迷宮の消滅により、砂原さんに生じる利益とはなんだ?

 そこまで考え、気付く。

 いや、待て。カードキーを貸し出すことによって何らかの利益があるのではなく、『元々貸し出すはずだったカード』がカードキーだったとすれば……?

 つまり……。


「……もしや、サラちゃん、ですか?」

「その通りだ。さすがに察しが良いな」


 ニヤリと笑う砂原さん。


「どうもカードキーを持つネフィリムは、親のクリアランスレベルを引き継ぐらしくてね。さすがに正規カードキー扱いではなく、廃棄カードキー同様、一回限りではあるが、カードキーとして使うことができる」

「……晴さんのクリアランスレベルは?」

「Cランクだ。……もしかしたらもっと高かったのかもしれないが、廃棄カードキーは使った迷宮のクリアランスレベルに上書きされるようでね。Cランク迷宮で使った際に、それで固定されてしまった」


 そして、サラちゃんにも、その固定されたクリアランスレベルが引き継がれた、と。


「というわけで、君の二つのお願いについては、問題ないわけだが……」


 さすがにこれ以上、後だしで条件を付けてきたりはしないよな? と目で問いかけてくる砂原さんに、俺は微笑んで頷き返した。


「ええ、ぜひともよろしくお願いします」

「おお、良かった。助かるよ」


 いくら同盟相手とはいえ、あまりに強化するのは危険ではある。

 鳥取エジプト王国が、第二の帝国とならないという保証は、どこにもないからだ。

 だが、一回ガーネット100個なら、あちらが二枚Bランクカードを得るたびに、こちらは三枚のBランクカードを得ることが出来る。

 これならば、一方的に相手を強化することにはならない。

 むしろ、すればするほど、こちらが強化される。

 ならば、対帝国のことを考えて同盟相手を強化するのも悪くないだろう。


 懸念すべきは、むしろ真スキルだが、これもBランクカードを得たからと言って簡単に得られるものではない。

 神殿はカードの枷を解き、疑似的な呪いのカード化するというリスクもあるため、どんなに有能でも信頼できないカードを神殿で祀ることはできない。

 呪いのカードの脅威は、オセの件からも明らかだ。

 たとえ、どれだけマスターに好意的だったとしても、人と人外の価値観から破滅に繋がりかねない危うさが、枷の外れたカードには……ある。

 通常のカードですら、高位のBランクは神のプライド等の理由から運用が難しいという問題があるのだ。

 枷が外れたカードともなれば、なおさらである。


 さらに言うなら、信仰は同じ神話体系でしか融通し合えないという縛りもある。

 鳥取エジプト王国の人口は二万。効率と、砂原さんの趣向を考えれば、神殿で祀るカードはエジプト系に限られるだろう。

 そして日本において不遇なエジプト系にBランクは少なく、その中に幸運の権能を持つカードはない。

 一応にエジプトにも幸運や運命を司る神はいるのだが、そのランクは日本ではCランクなのだ。

 神殿で真スキル化できるのがBランクからである以上、砂原さんが自力で幸運操作持ちを得る可能性も低い。

 その上で、ガチャで絶対解除持ちが出たら協力して貰えるとなれば、もはや何も問題はなかった。

 マジで俺に得しかなくて、むしろ申し訳ないくらいだ。

 ……っと、そうだ。


「ヴィーヴィルダイヤがあるなら、ガーネット40個でガチャをしますよ」

「ほう? わかった」


 ヴィーヴィルダイヤの数は、アイテムガチャの回数に直結する。

 それを考えれば、ガチャでのこちらの取り分は無しにしても良いくらいの価値は十分にあった。






 それから、改めて真スキルの相互協定や、カードのガチャ、絶対解除持ちがガチャで出た際の協力についてなどを契約の権能で正式に契約を交わすと、ドアがノックされる音が部屋に響いた。


「来たか、入ってくれ」


 砂原さんがキリッと顔を引き締めると、部屋に砂原さんのハトホル……晴さんとサラちゃんが入って来た。


「失礼します。ガーネットをお持ちしました。いっしゃいませ、北川様」

「お邪魔しています」


 こちらを見て、軽く頭を下げてくる晴さんに、こちらも軽く頭を下げると。


「ヤッホー、ウタマロ。元気にしてた?」


 サラちゃんが、そう言いながら、ポスンと俺の膝の上へと腰かけてきた。


「ちょ……!」

 

 それに俺が動揺していると、サラちゃんが顔だけで振り向いて、からかう様に笑う。


「キャハハ、なに慌ててんのー? 婚約者なんだから別に良いじゃん」

「いや……婚約者って言っても形だけのことで……」

「えー? なにそれ傷つくな~」

「あ、ごめ……」


 俺が、どうすれば良いのかわからずにひたすら対処に困っていると、ふいに膝から重さが消えた。

 何が起こったのかと見ると、いつの間にか姿を現した蓮華が、サラちゃんを乱暴に引っ張っているところだった。


「……なにアンタ?」


 強引にどかされたサラちゃんが、肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべ、蓮華を睨む。

 が、蓮華はそちらをチラリとも見ず、俺へと言う。


「情けねぇなぁ~、なに新入りに良いようにやられてんだよ。お前が舐められるとこっちまで舐められるだろうが」

「う……」


 腰に手を当て、心底呆れたような感じで言う蓮華に、俺はぐうの音も出ず、顔を引き攣らせた。

 

「……へぇ、無視するんだ?」


 そんな俺たちのやり取りに、完全に無視された形のサラちゃんが、顔を引き攣らせる。


「そっちがその気なら……!」

「「ッ!」」


 そう言うと同時、彼女の纏う気配が一変する。

 髪が騒めき、牛のような角が側頭部から伸びると、頭上に太陽円盤がどこからともなく現れた。

 一瞬の後には、そこにはハトホルへと姿を変えたサラちゃんの姿があった。


「さぁ、どっちが上か……!」


 と彼女が一歩足を踏み出した瞬間。


「そこまでだ」


 砂原さんの鋭い声が、空気を切り裂いて響いた。

 威厳に満ちた声に、その場の全員の視線がそちらへと集中する。


「サラ、はしたないぞ。いくら婚約者といっても、男の膝の上に乗るんじゃない」


 至って真面目な様子で告げられた親バカ丸出しの言葉に、思わず場の空気が一気に緩む。


「あー、はいはい。わかりましたよ。うるさいなぁ」


 ため息交じりにそう言って、サラちゃんが元の……人間の姿へと戻る。


「部屋に戻ってるから、ここを発つ時に声かけて」


 そう言うと、彼女はヒラヒラと手を振って部屋を出て行ってしまった。

 晴さんも、こちらに一度頭を下げ、それを追い、部屋を出て行く。

 それを見た蓮華も姿を消す。

 一気に場が寂しくなった。


「すまんね、わがままな娘で」

「あー、いえいえ」


 嘆息しつつ頭を下げてくる砂原さんに、俺はなんて返せば良いかわからず、そう返すしかなかった。


「まぁ、失礼なことをしたら普通に叩きのめしてくれても構わないから。自分が一番偉いわけでも強いわけでもないと知れば、アレも多少は大人しくなるだろう」

「叩きのめしてって……」

「それくらいしないと、ネフィリムという存在はわからないということだ」

「……………………」


 真剣な顔でそう言う砂原さんの言葉に、俺も真剣な顔となる。

 ……生まれながらに人間以上の力を持って生まれた新人類だけに、傲慢というか、力で判断するところがある、ということなのだろうか。


「あ、言っておくが、わからせると言ってもそういう意味じゃないぞ? 普通に腕試しでもしてくれってことだ」

「わかってますよ……」


 思わず脱力する。

 砂原さん、どうも娘の事となると王様から父親に戻るところがあるな。

 まぁ、可愛い娘を持つ父親なんてこんなもんか、と親父を思い出しながら苦笑する。


「ところで、さっそくガチャをお願いしても良いかな? ……実は、帝国のせいで結構内情が厳しくてね」


 カード化されたガーネットを見せながら、砂原さんが苦笑する。

 冗談めかしてはいるが、いささか性急なその様子から、実は本気で困っていることが伺えた。

 ……どうやら、俺が思っているよりも帝国に追い詰められているのかもしれない。


「わかりました」

「ありがとう、助かるよ。とりあえず、ガーネットで40回分、ヴィーヴィルダイヤで10回分お願いしても良いかな?」


 いきなり50回分……ガーネット4400個とダイヤ10個か。剛毅なことだ。

 俺の取り分は、ガーネット2400とダイヤ10個。もちろん、大歓迎だ。

 

「……ふぅ、助かったよ」

「いえ、こちらこそ」

 

 それから俺たちは、三十分ほどかけてガチャを引いた。

 ホクホク顔でお礼を言ってくる砂原さんに、俺も同じくホクホク顔で笑顔を返す。

 残念ながら絶対解除持ちは出なかったが、ネヴァンが出たので、ガーネット400個で買い取らせてもらったのだ。

 クリアランスレベルCのカードキーもあることだし、カードキーのネヴァンを狙った方が良いのではないか? ガーネット400個で10回分のガチャを引くという手もあるのでは? とも考えたのだが、確実に出る保証もないということで、ここはドレスの確実なカードキー化を優先して、買い取らせてもらったのだ。

 向こうも、ケルトの三女神が揃ってない状態のネヴァンは価値が落ちるとして、ガチャ4回分の400個でトレードに応じてくれた。

 その後さらに砂原さんは4回分ガチャを引いてくれたので、実質的にネヴァンはガーネット160個で手に入ったようなものだった。

 結局、今回のガチャでは、2240個ものガーネットを得ることが出来た。

 ダイヤも10個手に入ったし、これだけあれば、キーアイテムの一つか二つは引けるかもしれない。

 そう考えたところで、ふと思いつく。


「そうだ。もしよかったらなんですが、カードや魔道具のトレードをしませんか?」


 ガーネットがそれなりの数あるということは、それだけの金色のガッカリ箱が開けられたということ。

 その中には、キーアイテムも眠っている可能性があった。


「なるほど、ウチとしても助かる話だ。ただ、さすがにすぐには無理だな。準備が出来たら連絡する」

「ありがとうございます、よろしくお願いします」


 もしかしたら砂原さんのところでキーアイテムが手に入るかもしれないし、今回手に入れたガーネットでアイテムガチャをするのは、その後でも良いか。

 いや、逆か? トレードで得たキーアイテムをガチャで引く可能性があるし、先にガチャをすべきか?

 だが、ガチャでキーアイテムを手に入れられずに、砂原さんのところにキーアイテムや絶対解除持ちのカードやアイテムがあった場合、困ることになる。

 悩ましいところだな……。


「そういえば……」


 話がひと段落したところで、ふと思い出したように砂原さんがポツリと呟いた。


「クリアランスレベルCのカードキーが欲しいとのことだったが、北川くんは、エリア内の迷宮を全て消滅させたことは?」

「……いえ、ありません」

「ああ、なら、迷宮の消滅は気を付けた方が良いかもしれないな」


 この口ぶりからすると……。


「砂原さんは、エリア内の迷宮をすべて消滅させたことが……?」

「ああ、ある」


 俺の問いに、砂原さんは真剣な表情で頷いた。


「結論から言うと、エリア内の迷宮を消滅させた場合、隣接する土地と統合される」

「隣接するエリアと……統合?」

「ああ、実験を兼ねて、ここではなく、適当な迷宮数の少ないエリアの迷宮を全て消滅させて見たことがあるんだが……その瞬間、空間の隔離が解除されて、隣の地区と繋がったんだ」


 ……マジか。

 ということは、もしすべての迷宮を消滅させていけば、日本を元の形にすることも……?

 期待に眼を輝かせる俺に、砂原さんは表情をやや険しくする。


「言って置くが、隣接するエリアとの統合は慎重になった方が良い。俺の時は、隣のエリアにAランク迷宮があったことで、無数のAランクが雪崩れ込んできて、危うく死に掛けたよ……」

「そ、それは……」


 なんと、恐ろしい。

 そうか、隣のエリアがどうなっているかわからない以上、迂闊にエリアを統合するのも危険というか。


「それと、迷宮を消滅させた地域では、消滅させた迷宮よりランクの低い迷宮が発生し無くなり、より高ランクの迷宮が発生しやすいのも注意点だ。ウチの領地でもCランク迷宮は消滅させないようにしている」

「なるほど……」


 ……迷宮消滅も、やはりメリットだけではなかったか。

 迷宮を生み出す側も、消滅させられるとわかって迷宮を発生させるのは徒労に感じるだろうしな。

 Dランク以下を消したら、次から発生するのはCランク以上と考えるべきだろう。

 C以上は、完全沈静化に留めておくべきだな。

 俺は砂原さんへと深々と頭を下げた。


「貴重な情報をありがとうございました」

「ああ、役に立てたなら良かった」


 砂原さんは朗らかに笑うと、そこでアピールするように腕のカードギアを見た。


「……さて、そろそろサラを呼んでも良いかな?」

「ええ、お願いします」


 そう俺が頷いて、数分後。

 晴さんとサラちゃんがやってきた。


「これからよろしく~」

「ああ、よろしく」


 そして、いつの間にか姿を現していた蓮華を冷たく一瞥し、一言。


「……アンタも、一応よろしく」

「ん? おう」


 かつての蓮華とメアの初対面の時よりも冷え冷えとした空気に、俺はこの先の道中を思い、天を仰ぐのだった。




【Tips】権能の力

 同じ権能を持つ神であっても、その権能で出来ることや出力は、その神によって微妙に異なる。

 そもそも個々の神々が持つ権能は、その神の逸話そのものである。

 それぞれの逸話に、ある程度似通っている部分はあれど、別の神話体系、別の逸話で権能の詳細が異なるのは当然の事である。

 そのため、幸運の権能や豊穣の権能などとするよりも「吉祥天の権能」や「デメテルの権能」とする方が正確となる。

 ○○の権能という分類は、あくまで人間側が個々の神の逸話の本質を無視して、最低限共通して持つ権能の力だけを見て無理やりに分類したものとなる。

 ただし、同じ種族の神であれば、当然効果も強さも大きな差は無いはずだが……?

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