第10話 ガチャの価値
翌日、俺は、アンナと織部の二人と部室で旅立ち前の最後の話し合いを行っていた。
部室の黒檀の円卓の上には、十枚のカード。
それは、俺がたった今カードガチャで当てたBランクカードだった。
今日のメインの議題は、この十枚のカードについてである。
【Bランク最上位】
ウルスラグナ:ゾロアスター教の中級神霊ヤザタの一柱。Bランク最上位クラスであり、複数体の完全上位互換である化身のスキルを持つ。
【Bランク上位】
ミシャグジ:諏訪地方の豊穣神にして祟り神。外見は、まるで男性器のような頭部をした赤黒い大蛇。特異的な眷属召喚スキルを持つ。
増長天:仏教における四天王の一柱。他の四天王が揃うことで絶対結界を発動可能。Bランク下位の鳩槃荼、薜茘多の眷属召喚スキルを持つ。
【Bランク中位】
ヴァプラ:ソロモン七十二柱の一柱。グリフォンの翼をもった獅子の姿をしており、36の軍団を統べる。職人に必要な技能や知識を与える力を持つ。避難民たちの技術指導に最適か?
メガイラ:復讐の三相女神エリーニュスの一柱。醜悪な老婆のような姿をしており、揃えば強いが不人気。
【Bランク下位】
バフォメット:そっくりさんとして有名なレオナールを召喚可能。汎用量産型ソロモン七十二柱の異名を持つ。
デュナミス
【Bランク最下位】
ポモナ:ローマの果物の女神。ヘスペリデスとの相性◎。
この中で特筆すべきは、やはり何と言ってもウルスラグナだろう。
ゾロアスター教の中級神霊ヤザタの一柱で、ヒンドゥー教のインドラを起源に持つ。
そのためか、日本ではあまり有名ではないゾロアスター教ではあるが、Bランク最上位認定されている。
ウルスラグナをBランク最上位足らしめているのは、その化身スキルだ。
化身スキルは、ヘスペリデスやカマイタチなどの複数体スキルの完全上位互換と考えられている。
複数体のカードは、すべての個体が死なない限りロストしない代わりに戦闘力が分散するのがデメリットだったが、化身スキルは戦闘力が分散しない上に化身ごとに異なる先天スキルを持つ。
簡単に言ってしまえば、一枚で複数枚分の力を持つカードというわけだ。もちろん同時に出現する化身は眷属でもないので、対眷属スキルも通用しない。
まさに、Bランク最上位に相応しいスキルである。
「まさかBランク最上位が出るとは……」
「それもウルスラグナですか」
そんなウルスラグナを見る二人の表情は、しかし難しいものだった。
「使いこなせれば、無類の強さだが……」
その理由は、今まさに織部が言った言葉にあった。
Bランク最上位であり、軍神であり、善神の代表格でもあるウルスラグナは、使い手も相当に限られる。
手に入れたからと言って、すぐに使いこなせるようなものでもなかった。
まず俺は男カードということで除外、織部も善属性は相性が悪いため除外、ウチの家族もこのクラスの神のプライド持ちを制御できるわけがないので当然除外。
残るは、善属性のアンナと万能属性の師匠になるが……。
「まぁ、保留だな。一応、学校には残しておく」
難しい表情でウルスラグナを見つめる二人を見て、俺は言った。
俺が使えないカードである以上、後の判断は学校の皆に任せるとしよう。
「次は、ミシャグジさまだが……」
「あ、私はいいです」
「我もだ」
チラリと二人を見れば、そう即答されてしまった。
それに、やはりかと苦笑する。
ミシャグジさまは、Bランク上位で強いのだが……如何せんビジュアルがなぁ。
俺は、男性器の先っぽを思わせる頭部を持つ赤黒い大蛇のような――というか鱗がないためミミズに近い――フォルムのミシャグジさまを見て、後輩女子たちの反応も無理もないと頷いた。
どう考えても、小野に渡した『やまらのおろち』系統のカードだしな。現に、ランクアップ適性もあるし。
何より、そのスキルが、些か刺激が強すぎる。
ミシャグジさまは、眷属召喚スキル持ちなのだが、そのやり方が少々……いやかなり特殊なのだ。
具体的に言うと、ミシャグジさまは白濁液をぶっかけて、それを浴びた女性カード(モンスター)を母体としてミシャグジチャイルドとでも言うべき眷属を召喚するのだ。
呼び出される眷属の戦闘力は母体の強さに関係なく一定(Bランク下位)だが、母体の後天スキルの一部を引き継ぐと言う性質を持っている。
また母体となった相手は、当然大きく生命力や体力等その他もろもろが多く削られることとなる。
人呼んで、孕ませ召喚。
女性であれば、嫌悪感を抱いて当然のスキルだった。
正直、俺ですら「うわぁ……」と思うくらいだ。
……とはいえ、だ。
せっかくのBランク上位のカードを死蔵するのは勿体ないのも事実。
ミシャグジさまは、祟り神として有名ではあるが、豊穣神としての側面もあり、酒造・安産・子育て・無病息災など権能も幅広い。
ビジュアル以外は、普通に優秀なカードなのだ。
「うーん……小野にでも渡すか?」
小野のやまらのおろちの使い込み具合によっては、ミシャグジさまの神のプライドも無効化できるかもしれない。
そう考えて俺が言うと、アンナたちは渋い表情となった。
「うーん、小野さんですか……。いくら不人気カードとはいえ、さすがにいきなりこのクラスのカードを渡すのは、他の生徒たちとのパワーバランスが……」
「まぁ、そうなるか……」
決して小野を信用していないわけではないが、アイツだけ露骨に贔屓することになれば、色々と学校運営にも支障が出てくるだろう。
すでに風俗部門という大きな利権を渡すことが決定しているしな……。
そこにBランク上位のカードもとなると、さすがに影響が大きすぎる。
「これも、保留か」
俺も使わないカードのため、これもとりあえず学校へ残しておく。
「次は、増長天だな」
「四神とは別の絶対結界持ちが手に入ったのは、嬉しいですね」
「しかもこっちは、Bランクの眷属召喚持ちだしな」
ミシャグジさまとは違って、こちらには二人もニッコリだ。
増長天、持国天、広目天、多聞天(毘沙門天)の仏教四天王は、四神同様、四体揃うことで絶対結界を張ることが出来るカードである。
またそれぞれの四天王は、羅刹や夜叉といった八部鬼衆と呼ばれるBランクの眷属召喚——さすがに無限召喚ではないが——が可能で、絶対結界以外は目立った権能やスキルの無い四神と異なり、四体揃わずともそれ一枚で有力な戦力となるのも大きかった。
おまけに、この手の守護神は、人々の守護のためならば協力してくれることも多く、そういう意味でも防衛向きの良いカードだった。
「これも学校に残しておくから、有効に活用してくれ」
「ありがとうございます」
これに関しては、特に担当を決めずとも少なくとも防衛には使えるだろう。
「次は、ヴァプラとメガイラだな」
ヴァプラはソロモン七十二柱、メガイラは三相女神だ。
「戦闘特化で三枚揃わないと真価を発揮できないメガイラの方はともかくとして……ヴァプラの方は、その権能だけでも役に立ちそうですね」
ヴァプラは、手先の器用さと、様々な職業の知識や技術を与えるという悪魔だ。
建設ラッシュに沸く今の学校においては、ピッタリなカードだろう。
無論、戦力としても軍団召喚持ちとして期待できる。
「この二枚のカードは……小夜に任すか」
「二枚もか? 良いのか?」
俺の言葉に、織部は少し驚いたように目を見開く。
「悪魔系のカードは小夜と相性が良いし、メガイラの方も小夜好みだろ?」
メガイラのホラー系のビジュアルは、まんま小夜の好みだった。
「まぁ、そうだが」
と頷きつつ、織部はアンナの方をチラリと見る。
自分だけ二枚も貰って良いのかと気にしているのだろう。
が、アンナは軽く手を振ると。
「私は、気にしないで。適材適所だし」
「そうか。そういうことなら有難く使わせてもらう」
それで納得したのか、織部は俺へと礼を言うとカードを受け取った。
「ああ。さて、残りは、Bランク下位カードか」
「石長比売、栲幡千々姫神、ポモナの内政系カードは、神のプライドもありませんし、いつも通り先輩のお母上預かりで良いんじゃないでしょうか?」
「そうだな」
この手のヘスペリデスの食料生産を助けるカードは、ヘスペリデスとの相性が良いのと、創立メンバーの召喚枠を圧迫したくないというのもあって、すっかりお袋担当となりつつあった。
……ポモナなんかは、結構胸も大きくて美人と、個人的にキープしておきたい気持ちもあったのだが、さすがに俺の元で死蔵しておくには惜しい能力だし、仕方ない。
「となると、残りはバフォメットとデュナミスだな」
バフォメットは……たしか師匠がレオナールを持っていたな。
織部にはすでにヴァプラを渡してあるし、これは師匠行きで良いだろう。
あとで、イライザに届けさせるとしよう。
そしてデュミナスは、と。
「ほら」
「良いんですか?」
デュミナスのカードをアンナへと差し出せば、ガッチリとカードを握りながら、そう問い返してきた。
良いんですかもなにも……。
「お前、普通に期待してただろ」
「えへへ」
俺がツッコめば、アンナは誤魔化すように笑った。
コイツは、ホント、ちゃっかりしてるぜ。
まぁ、織部にBランク中位のカードを二枚も渡している以上、一枚くらいは渡してやらないとな。
「しかし、先輩のカードは一枚も出ませんでしたね」
「ああ、まぁ、仕方ない」
たった十回で望みのカードが出ると思う方が間違っているだろう。
……それだけに、やはりハーメルンの笛吹き男戦でのガチャには、作為的なものを感じるわけだが。
「さて、そろそろ行くか」
カードギアを見て、鳥取エジプト王国の方の時間で、人を訪ねても失礼じゃない時間帯であることを確認すると、俺はそう言った。
「一応、師匠との連絡が途絶えたら、すぐ教えてくれ」
師匠は未だエリアAに残り、シークレット迷宮のガーネット回収と、Cランク迷宮の沈静化作業を行ってくれている。
その師匠に緊急事態が起きた時とのことを考えて、念のためアンナたちへと頼んでおく。
「あと、何か物資が不足したら言ってくれ。メルクリウスのカードかヘルメスのところへ行って、仕入れてくるから」
商業神であるメルクリウスのカードは立川に残して行くことも考えたが、対価となるイレギュラーエンカウントの魔石を持つのが俺ということもあり、結局は俺が持つことにした。
さすがに、真眷属強化の効果もわかった今、イレギュラーエンカウントの魔石を置いていくという選択肢は無い。
配送もハーメルンの笛があればすぐだし、特に問題ないだろう。
ちなみに、毎日チャージされるイレギュラーエンカウントの魔石のエネルギーを無駄にするのも勿体ないので、メルクリウスのカードを使っての過去からの商品の仕入れは玉手箱内でも毎日ちゃんと行っている(正確に言えば、玉手箱に入る前にツケ払いで商品を買い、その支払いは玉手箱内となるが……)。
そのため結構長い付き合いとなるが、それでもなおレギュラーメンバー化していないのは……つまりそういうことだった。
どうやら俺に、商業神に認められるだけの商人の才は無いらしい。
それでも、対価さえ払えば、物だけは売ってくれるのは幸いか。
「あとは……特に無いか」
カードギアのメッセージ機能もあるし、用事が出来たらその都度連絡すれば良い。
そこで、イライザの演奏が終わり、ハーメルンの笛のゲートが開く。
「じゃあ、行ってくる」
「ええ、お気をつけて」
「色んな意味でな」
「う、うん……」
微妙に釘を刺してくる彼女たちに若干怯みつつ、最後はちょっと逃げるように俺はゲートへと飛び込むのだった。
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