第8話 抜け駆け①
その後。
神殿の案内を一通りしてもらい、蓮華たちの等身大フィギュアのような神像を見たり、御神籤を引いたり、お守りやカードたちの顔が描かれたお饅頭をお土産にもらうと、俺は立川へと帰還した。
立川へと帰還すると、真っ先にアンナたちへと連絡を入れる。
すぐに部室へと集まることになり、皆が集まると俺は小良ヶ島であったことを皆へと伝えた。
「小良ヶ島ですでに神殿が建てられていたとは……」
話を聞き終えたアンナが、呆れ半分感心半分といった様子で言う。
「意外とファラオ砂原さんの同類は多いんでしょうか?」
「さぁ……?」
いくら命を救われたとはいえ、カードの神殿まで建てちゃうのは普通じゃない気もするが……。
「しかし、神殿にそこまでの効果があるなんてね……」
そう言ったのは、小鳥ちゃんだった。
今日は部室に珍しく、師匠の姿もあった。
どうやら会議に参加できる程度には、師匠とアンナたちとの仲も修復されたようだった。
「キーアイテムの代わりになる効果に真名解放、か。まさか霊格再帰以外に疑似的なランクアップが可能なスキルがあるとはね……」
「その真名解放だったか? 神殿内だけとはいえ、疑似的なAランクへのランクアップが出来るようになるのは大きいな」
……もっとも、Aランクへのランクアップは、リスクもあるがな。
感心したような師匠と織部の言葉に、内心でそう呟く。
霊格再帰により鈴鹿の人格に影響があったことは、皆にも話していなかった。
これは俺たちの問題だし、何より鈴鹿もあまり言い触らして欲しくないだろうと思ったからだ。
「神殿にそこまでの効果があるとなると、神殿はまず階段付近に作るべきでしょうね。霊格再帰や真名解放には、信仰も必要ないんですよね?」
「ああ、神殿内であることが条件だ」
俺の言葉を聞いたアンナは満足げに頷く。
「であるなら、小さくても良いので、まず階段を取り囲むように神殿を建ててしまいましょう。別々の神殿で信仰が共有されるかどうかはそれでわかります」
「信仰の共有の有無にかかわらず、戦闘用のカード化した神殿も作るべきだろうな」
織部が言う。
確かに、神殿をカード化して持ち運べるようにしたら、防衛だけじゃなく、迷宮攻略や侵攻にも使えそうだが……どうかな。
なんとなく、移動式の神殿は上手くいかない気もした。
うまく言えないが、それはもう神殿とは呼べないような……。
「材料は学校の迷宮から採れますし、時間差もありますから、先輩が外へお出かけしている間にご用意できるかと」
時間差、か。
俺はアンナへと問いかけた。
「立川の迷宮消滅作業はどんな感じだ?」
「そうですね、すでにこの立川のDランク以下の迷宮は、すべて消滅済みです」
「もうそんなに!?」
今日一日で、そんなに攻略が進んでいたとは……いや、時間差か。
「迷宮消滅に何日かかった?」
「四日です。学校の防衛と地上のBランクモンスターの討伐は神無月さんに任せ、私と小夜の二人で、初日に地上のEランク迷宮以下の迷宮をすべて踏破し、その後は三日かけてすべてのDランク迷宮を消滅させていきました。全部で、Dランク23個、Eランク迷宮31個、Fランク45個になります」
四日……。
「今、立川と、池袋や小良ヶ島でどれくらいの時間差があるんだ?」
迷宮消滅作業前、立川、池袋、小良ヶ島の時間差は、ほとんど誤差レベルだったが……。
「小良ヶ島に派遣させた神無月さんカードの計測によれば、凡そ六倍ですね」
アンナたちに頼まれて迷宮消滅作業の前に、師匠のカードを池袋や小良ヶ島に配置して回っていた。
そのカードに時計でも持たせて、迷宮消滅によりどの程度時間差が発生するかを計っていたのだろう。
しかし、六倍か……。Dランク以下の迷宮をすべて消滅させたということは、この立川にあるのは学校の物を含む八個のCランク迷宮がすべてになる。
それで、池袋や小良ヶ島と六倍程度しか変わらないとは……。
「時間差は、迷宮の総数よりも迷宮のランクの方が影響も大きいと言うことか?」
だとすれば、Bランク迷宮がある池袋は、立川よりも時間が経つのがずっと遅くなるはずだが……。
「それについてなのですが、先輩に頂いた池袋エリアの迷宮マップや総階層数を計算してみたところ、池袋の迷宮の総階層数は、ちょうど立川の半分程度であることがわかりました」
「半分?」
「ええ、そして、立川の迷宮を総階数の半分ほど消滅させた時の小良ヶ島との時間差は、ちょうど二倍ほどでした」
立川と池袋では、迷宮の総階層数に二倍の差があったにもかかわらず、時間の経過はほぼ同じだった。そして時間の経過がほぼ同じだった小良ヶ島とは、迷宮を総階数の半分ほど消滅させた際、時間差は二倍となった……。
それは、つまり……。
「……時間差は、その地域で最も深い迷宮のランクと、総階層数で決まるということか?」
俺の言葉に、コクリとアンナたちが頷き返す。
アンナが椅子から立ち上がり、ホワイトボードの前に立つとペンを走らせながら言う。
「こちらが、今回の迷宮消滅作業での計測結果を元に割り出した計算式となります」
【X×Y=エリアの時間ポイント】
【Aエリアの時間ポイント÷Bエリアの時間ポイント=時間差】
・X=エリア内の迷宮の総階層数
・Y=エリア内の迷宮の最大ランクのポイント(B=16P、C=8P、D=4P、E=2P、F=1P)
「ふぅむ……なるほど」
データが少ないから正確なところはわからないが、この計算式は一見合っているように見える。
が、一つ気になるのは……。
「しかし、最初に立川と小良ヶ島で数千倍もの時間差があったのは、なんだったんだ?」
俺が立川に帰還した頃の小良ヶ島には、Cランク迷宮はなく、Dランク迷宮が一つとEランク迷宮以下の迷宮が数個だけだった。
仮にこの時点の小良ヶ島の迷宮の総階層数が100階だったとして、Dランク迷宮のポイントである4を掛けるとエリアの時間ポイントは400。
俺が立川に帰還した時の立川の迷宮数が、迷宮消滅作業を開始した時とさほど変わらなかったとすれば、その総階層数は約1800。これにCランクのポイントである8を掛けると14400P。これを小良ヶ島の時間ポイントで割るとちょうど36。
この計算式によれば、立川は小良ヶ島の36倍時間経過が遅いだけ、ということになる。
だが、実際には、その百倍近い数千倍もの時間差があった。
その時点で、この計算式は間違っているように思える。
「それについてなんですが、数千倍もの時間差が発生したのはフェイズ5のある時期までで、今はそこまでの極端な時間差は発生していないのでは? と考えているんですが……」
「それは……」
それは、確かにあり得るかもしれない。
エリアごとの時間の歪みが発生した直後……フェイズ5が始まったばかりの頃は、確かに立川や池袋の都心部と、小良ヶ島で数千倍もの時間差があったのは確かだ。
だが、こうして大量の迷宮を消滅させても立川と小良ヶ島で六倍程度の差しかないならば、時間の歪みそのものが小さくなっているように思える。
つまり、ある時期までは迷宮のランクや総階層数以上の極端な時間差が発生していたが、今はこの計算式通りの常識的……と言ってよいのかわからないが、そこまで酷い時間差は無くなっている可能性が高かった。
そこで、ふと思う。
「そう言えば、迷宮が一気にめちゃくちゃ減ったわけだが、ギルドから何か連絡は?」
「今のところは特に」
「そうか」
まだ気づいていないのか、あるいは突如大量に消滅した迷宮にパニックになっているのか……。
まぁ、向こうのリアクションを待つ形で良いだろう。
「というわけで、立川の迷宮消滅作業は完了しましたので、次はシークレット迷宮のあるエリアの迷宮消滅作業に移りたいのですが……ギルドのマップの方はどうでしたか?」
「ああ、それな……」
俺は小さくため息を吐くと、ギルドのマップに載っているシークレット迷宮は、どれもどこかの勢力に占領されていたことを告げた。
「そう、ですか……薄っすら予想はしていましたが」
アンナたちは、予想済みであったらしい。
その顔に大きな落胆はなかった。
「となると、ウチで確保できるのは学校の準シークレットと、先輩が旅の途中で見つけたというシークレット迷宮、それと池袋のシークレット迷宮だけですか」
「こうなると、誰にも見つかってない迷宮が一つあるだけでも有難いくらいだな。転移門の一つはそこに、ということで良いだろう」
織部の言葉に、皆で頷く。
「まずはシークレット迷宮のあるエリアの迷宮を消滅させて、続いてそこに神殿を建ててから転移門を設置しましょう。転移門の守りにもなりますし、神殿が転移門で繋がるのかどうかの実験にもなります」
転移門で神殿を繋ぐか。
その発想はなかったな。上手くすれば、別々の神殿で信仰が共有されなかったとしても、小良ヶ島と立川、シークレット迷宮のあるエリアで、信仰を共有できる。試す価値は十分にあるか。
「続いて、学校内の内政について報告があります」
「うん」
外を飛び回って学校内のことには、ほとんどノータッチなこともあって、姿勢を正して聞く態勢を取る。
「まず避難民たちに自分で家を建てさせる計画は順調です。学内の商業施設を再稼働し、建設代も高めに設定したことから結構な人が建設業に携わっています。建設の技能を持つカードが無い人でも、建築士やデザイナーなどの人にも雇用が生まれているようです。建築バブルで稼いだ人たちが飲食店や娯楽施設などで派手にチケットを使うようになった結果、そちらも活性しています」
「へぇ」
思ったよりも順調に経済が回りだしたようだ。
「面倒な奴らが、また文句を言い出さなかったか?」
「それに関しては、同時にギルドへ移住希望者も募ったのでほとんどありませんでしたね。せっせと働く人たちを横目に冷笑を浮かべている感じです」
……まさにアリとキリギリスですね、と薄っすらと冷笑を浮かべ言うアンナ。
アンナは、キリギリス嫌いだからな……。
キリギリスたちは、そのままギルドに移り住めると思っているようだが、実際には一時的に預かってもらうだけだ。
ギルドでこちらよりも窮屈な暮らしをしてもらい、こちらの暮らしがいかに恵まれていたかを実感して貰う。
いずれ避難民たちが音を上げた頃に、ギルド側から追い出されるようにこちらへと戻される予定となっていた。
……本当のところはそのまま引き取って貰えたら有難いのだが、まぁ向こうも色々と厳しいようなので、仕方ない。
ギルドのような多くの避難民を抱える組織が潰れて難民と化した人々がこちらへと押しかけてくる(あるいは野盗化する)展開は、こちらとしても望むところではない。
色々とちょっかいを掛けられたにもかかわらず、機械製品の無料再生産や生活用品の支援、犯罪者の引き取りなどで済ませたのは、あんまり吹っ掛けてあちらに潰れられたらこっちも困る、というのが大きかった。
今となっては、信仰のこともある。
数十万人というギルドの避難民たちは、もはや貴重な資源だ。
ぜひとも、生活の面倒はギルドに見てもらいつつ、信仰だけはこちらが貰いたいところだった。
と、そこでアンナが少し困ったようで顔で続ける。
「で、まぁ、避難民たちが勤労の喜びに目覚め商業も活性化したのは良いんですが、一方で所持するカードや資格によって貧富の格差が出来ているのと、避難民同士の間でチケットの貸し借りや、ギャンブルやらが横行し始めているようです。それによるトラブルが上がってきています」
「こっちでもか……」
俺は、避難民を引き連れながらの旅の間のことを思い出し、嘆息した。
あの時も、ギャンブルやら女の子カードを使った売春なんかが横行したものだ。
貧富の格差は仕方ないとしても、非合法のギャンブルや売春は治安の悪化にも繋がる。
決して放置できる問題ではなかった。
「今のところ、風紀委員を使って取り締まりを行っていますが、風紀委員自身も客になっているようで、うまく行ってないようです」
ミイラ取りがミイラになっているらしい。
まぁ、治安維持部隊なんて言っても所詮は高校生だしな……。
「そろそろ公営賭博をスタートさせるべきか?」
元々、避難民同士でギャンブルが横行することは想定しており、それに伴うトラブル防止のためにもカジノや麻雀などのギャンブルの準備はこちらでもしていた。漫画喫茶がアンナ、映画関連が織部肝いりの企画なら、ギャンブルが俺の担当だった形だ。
故に、その担当も俺になるはずだったのだが、俺が不在であったこと、帰還後もそれどころではなかったこともあり、今のところスタートしていないのが現状だった。
「うーん、しかしその場合、誰に任せるか、という問題があります」
「ふむ……」
ギャンブル関係は、大きな利権となる。
下手な人間に任せては、汚職や横領が横行し、最悪マフィア化することも考えられる。
故に創立メンバーの中でも俺が担当する予定だったのだが、外を飛び回ることになってしまった今の俺に、その手の運営はもはや不可能だ。
代わりの人物を立てるしかないが、その人選は慎重になる必要がある。
「アンナが言わないから代わりに言うが……ギャンブルについてもだが、もう一つ大きな問題がある」
俺が悩んでいると、織部が言った。それに、アンナが「うっ」と気まずげに顔を引き攣らせる。
「なんだ?」
「ギャンブルと同じように売春行為も横行し始めている」
「あ~……」
やはりというか、そちらもあったらしい。
アンナは、ちょっと気まずげにモジモジしている。
久しぶりに、コイツの年ごろらしい部分が見えてちょっとホッコリした。
しかし、ギャンブルと売春部門か……。
「うーん、ちょっと考えてみる」
「よろしくお願いします。それまでは、我々のうち手が空いている者で計画を進めておきますので」
そうして、会議は終わった。
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