第8話 抜け駆け②



「おっ、師匠! 久しぶりやん!」


 会議が終わり、家族や東西コンビにでも会いに行こうかと校内を歩いていると、そう声を掛けられた。

 聞き覚えのある声とイントネーション。

 振り向けば、そこには案の定、小野が胡散臭い笑みを浮かべ立っていた。


「今、ええか? ちょっと話があるんやけど」

「別にいいが……」


 周囲を気にする素振りを見せながらの小野の言葉に俺は頷くと、共に屋上へと向かった。


「で、ギャンブルと風俗部門の担当はどうなった?」


 屋上へと上がって、防音結界の魔道具を起動するなり、小野が言う。

 

「なんのことだ?」


 俺がすっとぼけると、小野は目から笑みを消し、言う。


「おい、つまらん誤魔化しはええって。さっきの会議じゃそのことを話してたんやろ?」


 どうやら単純にカマを掛けてきたわけではないようだ。コイツなりに確信があって声を掛けてきたのだろう。

 俺は小さく嘆息した。


「本当に抜け目ないヤツだな……」


 俺の肯定とも取れる言葉を聞いた小野は、にんまりと笑みを深める。


「やはりな。その様子じゃ、担当も決まってないんやろ?」

「まぁな」


 俺は素直に頷くと、屋上の扉へと背中を預けた。


「……それで? 何が言いたい?」


 静かに問いかける俺に、小野は言葉を選ぶようにいくらか間を置き……言った。


「……単刀直入に言う。俺にギャンブルと風俗部門を任せてほしい」


 ふむ、小野を、か……。だが、その前に。


「なんで俺に言う?」


 内政を取り仕切っているのは、アンナだ。俺ではなくアンナに言うべきだ……と俺がそう言うと、小野は呆れたような表情となった。


「そんなん師匠に通れば閣下に通ったも同然だからに決まっとるやんけ。ここのトップが本当は誰かなんて、僕じゃなくとも皆もう知っとるわ」


 まぁ、そうか、と苦笑する。

 皆の前で派手にカードたちを見せつけたし、それぞれの部門の役職についているのは俺の友人たちばかりだ。

 これで本当のトップが誰か察しがつかないヤツがいたら、相当鈍いと言わざるを得ない。

 

「それはともかくとして……お前を推さなくちゃいけない理由は?」


 俺を通せば、内定確定なのはわかったが、俺がコイツを推さなくてはいけない理由もない。

 試すように視線を向ければ、小野はゴクリと唾を飲み込み、真剣な表情で口を開いた。


「……まず、理由の一つとしては、ギャンブルと風俗に関しちゃ、コミュニティのトップが絶対に着くべきじゃない役職だからだ」


 続けろ、と視線で促す。


「ギャンブルや風俗は、得るものも大きいが、それと引き換えに敬遠もされる生業だ。特に風俗に関しちゃ、そのトップは女の上前を撥ねるヒモも同然。尊敬されることは、決してない。コミュニティのトップには向かない役職だ」


 ……江戸時代の𠮷原では、遊女屋の主人は『亡八』……人としてすべての徳を忘れた者と蔑まれ、金はあってもその身分は低いものとされていたという。

 マフィアやギャングを題材とした映画なんかでも、風俗部門担当は金回りこそ良かったがヒモと馬鹿にされている描写が目立った。

 女を食い物にするような職業は、基本的に尊敬されることはないのだ。


「そんな役職に東西コンビをつけるのは、お前としても本望じゃないはずだ。だが、俺なら平気だ。風俗関係には、情報も集まってくるし噂も流しやすい。情報収集や情報操作は俺の得意分野だ」


 確かに、コイツの情報収集能力と風俗は相性が良いだろう。

 コイツなら、風俗経営による風評被害も気にしないだろうしな。

 そこで、小野はニヤリと笑う。


「なにより、俺はすでに似たようなことをやってるっていうのもある」

「似たようなこと?」


 コイツ、まさか既に裏で賭博や風俗をやってるんじゃないだろうな? だとしたら、むしろ絶対に任せられんぞ。

 と睨む俺に、小野はニヤニヤ笑いを崩さずに続ける。


「ほら、アレ。映画館の裏オプションだよ」

「ああ~……」


 あれかぁ、と俺は遠い目をした。

 映画館には、深夜帯に男性限定で提供しているサービスがあった。

 表の上映時間案内には記載されず、口コミのみで周知されているウラのオプション。

 本来、仕切りの無い視聴覚室に、簡単に仕切りが付けられ、お客さんたちは人目を気にせず動画が鑑賞できる……それだけのサービスである。

 普段はポップコーンなどを売っている売店では、なぜか白こんにゃくが売られ、海藻由来の非常にヌルヌルした飲み物が買えるが、もちろん他意はない。あまり一般受けはしない飲食物を夜限定で試しているだけだ。

 ブース内では、静かに鑑賞するなら中で何をしていても基本的に無干渉。上映が終わると、初等家事魔法持ちのカードがブースを回ってクリーンの魔法を掛けてくれるが、これは単に映画館の清掃時間と上映終了時間が被っただけである。中にはローショ……飲み物を股間に零してしまうお客もいるため、お客が望めば、ついでに……あくまでついでにお客本人にもクリーンを掛けてくれるだけだ。

 ただそれだけだと言うのに……なぜか絶対零度のような視線を向けてくるアンナや織部たちにも負けず、鋼の意思で俺がどうにかこうにか通したサービスだった。


「閣下たちの反対を押し切ってアレを導入させたのがお前と知って、我々男性陣はどれだけの感謝と尊敬の念を抱いたことか……」

「フッ……」


 しみじみと言う小野に、俺はニヒルに笑って見せた。

 俺はやはり間違ってなかった、と報われた気持ちになった。

 こればかりは女性陣に任せていると、潔癖すぎる環境になるからな。

 あんまりにも性的なものを排除すれば、逆に事件が起こりかねない。

 戻ってきて、俺が不在でもちゃんと夜の映画館が上映されていると知り、俺がどれだけホッとしたことか。

 後輩女子たちの好感度と引き換えに頑張った甲斐があったというものだ。


「……まぁ、ジャンルが巨乳物に極端に偏ってたのは、アレだが」


 ほっとけ。ちゃんと有名どころは、巨乳じゃなくても揃えといただろうが。


「ともかく、風俗みたいなもんをすでに経営してるようなもんなんだから、このまま俺に風俗部門も任すのが一番スムーズなはずだ。だろ?」


 ここぞとばかりに売り込んでくる小野に、俺は小さく嘆息すると言った。


「仮にお前に任せるとして、あ~……人材についてはどうするつもりなんだ?」


 俺の言葉に、小野はニヤリと笑い。


「心配せずとも、人間を使うつもりはあらへん。女の子カード、それも夢魔系オンリーでやるつもりや」


 まあ妥当なところだろう。夢魔系のカードは、基本的に性的なモノに苦手意識がない。夢魔系にとってその手の行為は、食事に近いものだからだ。

 故に、こういうことを任せるなら夢魔系のカードが適任となる。

 しかし。


「お前、夢魔系のカードなんて持ってんの?」


 俺がそう問いかけると、小野はヘラリと笑い。


「いや、まあ、そこはホラ。他の娯楽も設備や初期投資はそっち持ちなわけやし…………な?」


 やっぱりな、と俺はため息を吐いた。

 だが、まあ、仕方ないか……。

 俺は、カードホルダーから一枚のカードを取りだすと、小野へと渡した。


「おっ?」

「モルモー。エンプーサの無限召喚持ちだ」

「ってことは!?」


 喜色満面でこちらを見る小野に、俺は言った。


「ああ、風俗部門はお前に任せる」


 実際、この手の絶対に必要だが、どこか後ろ暗いことは、創立メンバーの面々じゃ難しいところではあった。

 女子は論外、東西コンビのような友人たちに任せるのも貧乏籤を引かせるようで気が引け、かといって他に信頼できる人間が見つかるとも限らない。

 そこにきて、汚れ仕事を自分から引き受けてくれる小野の存在は、渡りに船ではあった。


「おお~! ……って風俗部門は?」


 モルモーのカードを掲げ持ちながら目を輝かせた小野だったが、俺の台詞に引っかかるものがあったのか、すぐに問いかけるような眼差しを送ってきた。

 そんな小野に、俺はジト目を返し、言った。


「風俗部門だけだ。……お前さっきからさりげなく一纏めにしてたけど、この二つは同じじゃないだろ」


 ギャンブルも風俗も共にヤクザな商売のイメージがあるが、ギャンブルの方はまだ一般にも受け入れられやすい生業である。

 確かに恨みや妬みを買いやすい商売ではあるが、それだけだ。トップが堂々と運営していても問題はない。

 日本においても、公営の風俗はないが、公営の賭博はあることから、それは証明されている。

 にもかかわらず、小野が先ほどから一纏めにしてきたのは、さも二つで一つみたいに思わせることでギャンブル部門も一緒にもらおうという思惑があったからだ。

 だが、そんな誘導には乗らない。

 ……頭の良い奴に誘導される可能性があるから直した方がいい。かつてそう忠告してきたのは、他ならぬコイツ自身なのだから。


「ギャンブルと風俗は、ちょっと相性が良すぎる。両方はアンナたちも絶対に認めないだろうよ」

「まぁ、仕方ないか」


 俺がそう言えば、小野もあっさりと引き下がる。

 この様子じゃ、ギャンブル部門は駄目で元々、風俗部門が本命だったのだろう。

 典型的なドア・イン・ザ・フェイスというヤツだ。

 それをわかっていて乗ったのは、風俗部門の話を聞いた時には、すでにコイツの顔が浮かんでいたから……ってのは、特に言わなくても良いだろう。


「俺がするのはあくまでアンナへの推薦まで。具体的な取り分についてとかは、アンナと話し合ってくれ」

「また骨の折れそうな交渉やなぁ。……年下の女の子とエッチなお店に関する交渉するのって、セクハラにならんかな?」

「そりゃなるだろうなぁ……」

「これがホントの性交渉、か」

「やかましいわ」


 そこで不意に会話が途切れた。

 不快な沈黙ではない。

 黙ったままでも、特に気まずさは感じなかった。

 暖かな日差しが降り注ぎ、爽やかな風が頬を撫でる。

 校舎の周りの果樹園の香りのせいだろうか、なんとなく風も甘く感じる。

 何気なく空を見上げれば、そこには雲一つない青空が広がっていた。

 太陽の温かさを感じながらどこまでも蒼い空を見上げていると、なんとなく心が落ち着くような気がした。


「……………………」

「……ギャンブル部門は、誰に任せるつもりなんや?」


 しばし、ぼんやりと空を見上げていると、小野がぽつりと呟くようにそう言った。


「んー? あー……小鳥ちゃんに任せようかと思ってる」

「小鳥ちゃん、か」


 小野は微妙そうな顔になると。


「あの娘って、ぶっちゃけ本当は……」


 そう言いかけ、首を振った。


「……いや、何でもない。それより、ギャンブル部門の準備とかはしとるんか? すでに水面下で闇賭博が流行りだしてる以上、客を奪うには、それなりのサービスが無いとアカンで?」

 

 話題を逸らすようにそう言う小野に、俺もそれに乗る。


「一応、ギャンブルについちゃ俺らもいずれ必要になるかと思って色々準備はしてある」


 さすがにスロットは無理だったが、カジノにある大抵のゲームは再現できるようルーレットを始め様々なモノを用意した。西洋のモノだけでなく、花札やサイコロ、麻雀の自動卓なんかも準備している。

 それらについて説明すると、小野は呆れたような顔をした。


「おいおい、ずいぶん準備がええなぁ。特に自動卓とか、結構高かったんちゃうか? 一体何台揃えたんや?」

「まあざっと五十台」

「五十……て、いくらかかったんや? あれ、結構したやろ」


 その金でもっと準備すべきものがあったのでは? と少し責めるような眼差しを向けてくる小野に、俺は肩を竦めて返した。


「大した額じゃねぇよ。リースだからな」

「リース?」

「ああ、麻雀の自動卓ってレンタルできるんだよ。三年以上の長期契約が前提だけど、月に二万とかで借りられる。最初の半年は一万とかで借りられるから、予言発表前に借りたんだ。だから総額で百万も払ってない」

「はぇ~……」


 俺の説明に小野は感心したようにそう声を漏らした後、小さく苦笑した。


「そりゃまた……ある種の詐欺みたいなもんやな」

「まあ、そうだな」


 と俺も苦笑した。

 実際、百万円程度で五十台もの自動卓をだまし取ったようなものだからな。

 こうして借りパク前提でリースした機材は、他にも米や麦の収穫用のトラクターや製紙機と印刷機、紡績機とミシンなど多岐に渡った。

 買おうと思ったらいくら金があっても足りないモノであってもリースであれば手が届くモノも多く、調べたところ思いのほか多くの種類のモノがリース可能で驚いたものだ。

 ……まぁ、この世の中の惨状を見るに、俺たちが借りなくてもどうせ失われていただろう。

 予言発表後に、「サービス提供を終了しますのでご返却ください」みたいな通知も特になかったしな。

 壊れた場合は全額弁償の契約だったから、提供先も壊れることを前提としていた節がある。

 上手いことアンゴルモアを乗り切れたら、弁償を迫るつもりだったのだろう。

 まぁ、結果としてはこういう形となってしまったが……。


「しかし、わざわざ自動卓までレンタルするなんて、気合入っとんな」

「まあ、な。元々は、俺が担当するつもりだったからな。ちょっと贔屓した」

「師匠が? なんでまた……」


 怪訝そう顔をする小野に、俺は苦笑した。

 まぁ、ぶっちゃけわざわざ俺がギャンブル部門を担当するメリットはないからな。

 賭けのチップとなるチケットの供給源は、俺たち冒険者部。チケットの消費先となるデザートやら娯楽の供給源も俺たち。ばら撒いたチケットをギャンブルで回収したところで、得られるのはギャンブルで負けた奴らからの恨みつらみだけだ。

 正直こういうのは、風俗部門を小野に任せたように、誰か他の者を矢面に立たせて旨味だけを吸い上げるのが一番なのだ。

 それでも俺がギャンブル部門を担当しようと思ったのは……。


「まあ、純粋に興味があったから、かな。……ギャンブルとか好きだし」

「ああ、なるほど……」


 俺のふわふわとした答えに、しかし小野は深く納得したように頷いた。

 ……それでそんなに納得されるのもちょっと微妙な気分なんだが。


「さて、と」


 扉から背を離すと俺は小野へと背を向け、言った。


「ま、もしアンナに却下されたとしても、そのモルモーのカードについちゃ貸してやるよ。俺は使わないしな」

「おおきに」


 ま、俺の推薦と貸したモルモーのカードでほぼ確定したようなもんだろうが。


「ギャンブル部門、小鳥ちゃんが引き受けんかったら僕がいつでも引き受けるからなー」


 小野の声を背に受けながら、俺はその場を立ち去ったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る