第7話 神殿もうあるってよ④


「良し、それじゃあ出るぞ。みんな、忘れ物は無いな?」


 フェンサリルを解除し、何もない空間へと戻った玉手箱で、俺はカードたちへと問いかけた。

 玉手箱内にあるものは、外へ出た時に周囲にばら撒かれてしまう。

 それが嫌なら、自分で持っておくかオードリーたちの収納スキルに仕舞っておく必要があるが……。


「忘れ物はないようだな」


 俺は手ぶらのカードたちと、何もない周囲を見渡し、言った。


「じゃあ、メア、悪いが俺に幻覚を被せてくれ」

「はーい」


 玉手箱に入る前、俺たちは神殿に参拝している客たちからそれなりの注目を集めていた。

 彼らから見て、いきなり煙に包まれたかと思ったら次の瞬間にはおっさんになっていることになる。

 周囲の人たちを無駄に驚かせないためにも、予め若い姿を被せておくべきだろう。

 メアがスキルを使ったのを確認すると、俺は玉手箱から出た。

 その瞬間、周囲に喧騒が戻ってくる。

 半年ぶりの外界の雰囲気を懐かしく思いつつ、俺が真っ先に確認したのはイライザとプリマのカードだった。

 はたして、真眷属強化のスキルは無事に習得出来ているのか。


「む! イライザは駄目で、プリマはいけたか」


 プリマのカードには、真眷属強化の字が刻まれていた一方、イライザのカードには無印の眷属強化のスキルしかなかった。


「これで、ほぼほぼ確定か」


 どうやら後天スキルでの真スキルの習得は、カードキーで無くては不可能なようだ。

 イライザで駄目でプリマで行けたとなると、もう確定と見て良いだろう。

 となれば、次は……。


『イライザ、ユウキの真なる者をコピーできるか?』

『イエス、マスター』

 

 イライザが頷き返すと同時、彼女のカードが光を放つ。

 見れば、そこには真眷属強化の文字が刻まれていた。


「良し!」


 後天真スキルの取得条件は、真なる者スキルで確定か!

 そして、マイフェアレディでコピー可能な以上、真なる者を習得できる可能性はある。

 その際のクリアランスレベルはどうなるのかなど、色々と気になるところだった。


『イライザ、今度は真なる者の習得を試してみてくれ』


 俺の言葉に、イライザがコクリと頷き返す。


『しかし、後天での真スキル取得条件がカードキーというのは、面倒だな……』


 場合によっては、今のメンバーをCランクカードキーへランクダウンさせる必要もあるだろう。

 ランクダウンなど通常では考えられないが、手に入るカードキーはCランクが最高なのだから仕方がない。

 まぁ、するにしても、元の種族のカードを確保してからになるだろうが……。 

 そんなようなことを考えながら、他のカードたちのスキルも確認していく。



・蓮華:頑丈→金剛体(CHANGE!)、俊足(NEW!)→韋駄天(CHANGE!)

・鈴鹿:頑丈(先天スキル内包)→金剛体(CHANGE!)、庇う(NEW!)→献身の盾(CHANGE!)

・マイラ:庇う(NEW!)→献身の盾(CHANGE!)、頑丈(NEW!)

・モリー:頑丈→金剛体(CHANGE!)、怪力→金剛力(CHANGE!)、

・オードリー:頑丈(NEW!)→金剛体(CHANGE!)、魔力隠蔽(NEW!)

・アテナ:生命の泉(NEW!)


【備考】

 前衛組は、原則として生き残りを重視し、防御力や生命力を上げるステータス向上系のスキルを重視した。

 蓮華やオードリーなどは、前衛ではないが、蓮華は鬼子母神へと変身すると前衛型のステータスとなること、オードリーは俺の傍で守りに着くことが多いことから、前衛組と混じってステータス向上系のスキルを習得させることとした。

 献身の盾を習得させたのは、多くのカードが習得することでダメージの平均化が狙えるためと、スキル使用時の防御力、生命力アップが狙い。

 ドレスに習得させれば良いかとも考えたのだが、常に『破壊と殺戮と勝利の宴』を発動させているわけではないことと、ゆくゆくは『不滅の盾』へのランクアップを習得させることを考えて、まずは前衛組からの習得を目指すことにした。


(金剛体:生命力と耐久力を常時、極めて大きく向上させる)




・ユウキ:中等補助魔法→高等補助魔法(CHANGE!)、怪力(NEW!)→金剛力(CHANGE!)

・メア:中等魔法使い→高等魔法使い(CHANGE!)、追加詠唱(NEW!)

・ヴィー:魔力感知(NEW!)+魔力隠蔽(NEW!)→知恵の泉(CHANGE!)

・アケーディア:中等魔法使い→高等魔法使い(CHANGE!)


【備考】

 後衛組は、魔法能力の強化を重視。

 ユウキに関しては、様々な状況に対応できるように一先ず高等補助魔法までを習得させ、その後は距離を問わないアタッカーとして攻撃力を伸ばすべく、ステータス系を習得させた。


(金剛力:筋力が常時、極めて大きく向上する)



・ドレス:見切り(NEW!)、直感(NEW!)、庇う→献身の盾(CHANGE!)


【備考】

 ドレスに関しては、装備化での共有を考え、主に強敵との戦いで生存に繋がるスキルを習得させることとした。

 範囲型絶対攻撃などの反則技を使う敵も出てきてはいるが、こうした小さな積み重ねが、生死を分けることもあるだろう。

 一通りステータスをチェックしたところで、アテナと鈴鹿たちへと振り返る。


「変身時間は……今はわからんか」

「そうですね」

「うん」


 玉手箱内では成長も止まるため、霊格再帰や真名解放がどれだけ馴染んだかもわからなかった。

 が、玉手箱から出ても、スキルの取得と異なりカードのステータスに反映されないため、実際に使ってみるまでは修行の成果はわからない。

 一応、玉手箱内での修行も効果はあることはわかってはいるが……。


「まぁ、今は、お預けか」


 俺はそう呟くと、カードを仕舞った。

 そこで、ユージンさんが戻って来た。

 その後ろには、一神教の神父とシスターのような服を着た二人の人影が。

 金髪碧眼の、一目で外国人とわかる顔立ち。ヴィクターさんとリアちゃんだ。

 

「やぁ、リーダー! 会いたかったよ! 久しぶりだね!」


 俺の顔を見たヴィクターさんは、両手を広げ、満面の笑みでそう声を掛けてきた。

 俺も笑みを浮かべ、それに答える。


「お久しぶりです。ご無事なようでよかった」

「そちらこそ!」


 挨拶を交わすヴィクターさんの様子は、一見普通だ。記憶にある彼と同じ、海外らしいフレンドリーな態度。とても、ユージンさんの言うように狂信的な信者には見えない。……が。


『うぉ……これは……』『うぅん、なるほど、確かに狂信者、ですね』


 カードたちの見方は違うらしく、ヴィクターさんとリアちゃんを見て、どこか引いたような表情となっていた。


『そんなにか?』

『ああ……。神殿という受け皿が出来た今、アタシたちにもハッキリと信仰ってヤツが感じられる』

『神殿があると無いじゃ、こんなにも見え方……というか感じ方が違うものなんですね』


 冷や汗を浮かべつつ、蓮華とアテナが答える。

 ……どうやら、表面上は普通でも、その中身はしっかり狂信者のようだ。


『気を付けてくださいね。歌麿。殉教者と狂信者では、信仰の在り方も異なりますから』

『……それは、どう違うんだ?』


 アテナの忠告に、俺は内心で小首を傾げつつ問い返した。


『殉教者も狂信者も己が信じる神のために命を捧げられるのは同じですが、あるがままの神の姿を信じる殉教者に対し、己の信じたい神の姿を信じるのが狂信者です。その信仰は、時に信仰対象の存在すらも歪めることがあります。貴方は殉教者、そして目の前の二人は狂信者の部類となります』


 信仰対象すらも歪める……だと?


『それは、大丈夫なのか?』


 信仰によって蓮華たちに影響があるとすれば……。

 表情を険しくする俺に、蓮華は軽く笑い。


『安心しろ。それは、マスターとかの強い繋がりがある場合の話だ。ただの信者である限り、影響なんてねーよ』

『そうか……』


 ホッと胸をなでおろす。


『むしろ警戒するのは、貴方の方です、歌麿。人同士の方が、よほど思想に染まりやすいのだから』

『……ああ、わかった』


 アテナの言葉に、俺はしっかりと頷き返した。


「……どうかしたのかな?」


 突然黙りこくった俺を見て、ヴィクターさんが心配そうに声を掛けてくる。

 それに、俺は首を振って答えた。


「いえ、大丈夫です。それより、内密な話があるので、誰にも聞かれないところを案内していただいても良いですか?」

「ああ、わかった。こちらへ」


 ヴィクターさんたちに案内され、神殿の奥へと案内される。

 そうして俺たちが通されたのは、神殿地下に作られたシェルターだった。

 島中の人間を収容できるように作られているのか、ギルドのシェルターにも勝るとも劣らないほどに大規模かつ堅牢な造りとなっていた。

 その中の一室、シェルターでも奥の方へと案内されると、ヴィクターさんが言った。


「ここなら、誰も来ないだろう」


 俺は頷くと、念のために防音結界の魔道具を起動させ、ヴィクターさんらへと神殿の効果について軽く説明した。

 ……といっても、説明したのは、真スキルについてと信仰を使って色々とカードを強化できることぐらいで、キーアイテムの代わりになることなどまでは説明しない。


「……というわけで、この島に神殿を建ててもらえないか、お願いに来たんですが」

「すでに我々が自分で建てていた、と。しかし、神殿にそんな効果があったとは……」


 感心したように頷くヴィクターさんらへと、俺は言う。


「で、ですね。できれば、階段付近にも神殿を建ててもらえればと思うんですが」


 ここは、少し階段から遠すぎる。

 防衛の観点からも、階段付近に新しく神殿を建てたいところだった。


「神殿が強力な防衛設備になるというなら、帝国の侵略を抑えるためにも必須だろうな」


 ユージンさんが真っ先に頷く。


「ところで、信仰ってヤツは、別々の場所で捧げられても神に届くのか? それとも神殿ごとにストックされるのか?」

「それは、私たちも気になるね。どうなんだ、リーダー?」


 信仰に関わることとあって、ヴィクターさんとリアちゃんも真剣な表情で問いかけてくる。

 自分たちの祈りがちゃんと神に届くのかというのは、彼らからしても重大な問題なのだろう。

 俺は蓮華たちへと問いかけた。


「……どうなんだ?」

「実際に試してみねーとわからないが、たぶん神殿ごとにストックだろうな……」


 鳥取エジプト王国では、階段を取り囲むように建てられた砦型の小神殿と、それに併設するように建てられた大神殿があった。

 もし別々に建てられた神殿でも信仰が共有されるのならば、わざわざ小神殿と大神殿を併設して建てる必要はない、か。

 通路などで繋がっていないと同じ神殿と見なされず、同じ神殿でないと信仰も共有されないと見るべきだろう。


「まぁ、まずは階段を取り囲むように防衛向きの神殿を建ててみて、信仰が共有されないようだったら、この神殿と繋ぐ工事をしてみるか。伏見稲荷大社の千本鳥居みたいな通路を作ってさ」


 千本鳥居のようにか。そこまでしたら、確かに別々の神殿も一つの神殿と見なされるかもしれない。


「何なら、この島全体を一つの神殿のようにしてしまうのもアリかもしれませんね」

「ははは、それもアリかもな」


 冗談めかして言うリアちゃんとヴィクターさんに、俺とユージンさんは引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。

 その信仰の深さを知った今、とても冗談には聞こえなかった。


「ところで……神殿で何か真スキルは解放されたのか?」


 ユージンさんが、どこか遠慮がちに問いかけてくる。

 それに、ヴィクターさんとリアちゃんが、ストンと無表情となってユージンさんを凝視する。

 一気に空気がピンと張り詰めた気がした。


「あ、いや、別に答えられないならそれで良いんだが……」

「いえ、大丈夫です」


 どっちみち、真スキルについては、この三人に相談するつもりではあった。


「ウチのカードで真スキル化しているのは蓮華だけになります。そして……その効果は、若返りです」

「若返り……」


 ゴクリとユージンさんが喉を鳴らす。

 蓮華の真スキルが持つ効果の意味を、理解したのだろう。

 使い放題の、しかも範囲型の若返りのスキルは、短命の人間たちにとっては喉から手が出るほどの甘い蜜だ。

 その恩恵にあずかるためならば、足を舐めるくらい簡単にする人間もいるだろう。

 ……特に、彼の奥さんなんかは、まさに若返りを欲する側の人間だろうからな。


「素晴らしい……! さすがは蓮華様だ! その力があれば、信仰も簡単に集まるぞ!」


 逆に目を輝かせたのは、ヴィクターさんら親子だった。

 その様子からは、自身の若返りよりも信仰拡大のチャンスの方に意識が傾いているようだった。

 まだ若いリアちゃんはともかく、ヴィクターさんぐらいの歳だと若返りに心惹かれるはずだが……さすが狂信者と言ったところか。

 そんな彼らへと、しかし俺は首を振り。


「俺もそう思ったんですが、一つ問題がありまして」

「問題?」


 俺は、信仰の受け渡しができるのが、同じ神話体系のカード同士のみという説明をした。

 

「若返りの力で信者を集めては、信仰も蓮華様にのみ集まってしまう。それでは他の神々が真スキル化できないということか」


 話を聞いたヴィクターさんらは、難しい顔で黙り込んでしまった。


「効率からすれば、ギリシャ勢に信仰が集まってくれると真スキル化しやすいんですが……」

「難しいな。信仰と言うのは、布教はできても強制できるものではないからな……。逆に、今の信仰を捨てろというのも難しい」


 確かに、と頷く。

 これを信仰しろ、と言われたら逆に信仰する気も無くすだろう。


「うーん、こればかりは一朝一夕に解決できる問題じゃないな。とりあえず、蓮華様の真スキルについては、伏せるとしよう。広まれば、それこそ信仰が一極化してしまう」


 俺は、頷いた。


「とりあえずは、階段付近に神殿を建てるということで。……次の侵攻までに間に合うと良いんだが」


 憂鬱そうにユージンさんが呟く。

 ……時間、か。

 一瞬カードキーという単語が頭に浮かびかけたが、すぐに却下する。

 この島の迷宮を消して時間を加速した場合、帝国もこの島がカードキーを手に入れたことにすぐに気づくだろう。

 そうなれば、帝国も本腰を入れて侵略してくるかもしれない。

 最初の侵略以降、帝国が本格的な侵攻を掛けてこないのは、この島にあるシークレットダンジョンがショボイからだろう。

 手に入れるメリットと、侵略のコストが割に合わないから、他のもっと良い土地を攻めるのを優先して、ここは後回しにされているだけだ。

 だが、カードキーがあるとなれば、話は違ってくる。この島が将来の禍根とならぬよう、帝国も本気モードになる恐れがある。

 帝国を油断させておくためにも、今はまだカードキーを渡すべきではないだろう。


「さて、せっかく来たんだ。神殿を案内させてもらえないだろうか?」


 話が一段落着いたところで、ヴィクターさんが言う。


「何か気に入らない点とかあったら、遠慮なくおっしゃってください。すぐに直しますから」


 俺の手をそっと握りながら微笑むリアちゃんに、俺に頷く以外の選択肢はなかったのだった。

 



【Tips】神殿の効果

 神殿は、高位の神属性にとって門番の領域と同様の効果を持つ。

 神殿で祀られ、信仰を集めた神は、全ての枷から解放され様々な恩恵を持つ。

 祀られている神が神殿内にいる場合、神殿の頑丈さは、その神の頑丈さと同等となるため、そう簡単に破壊されなくなる(複数の神を祀っている場合は主祭神のものが適用)。信仰をリソースに修復も可能。

 色々と恩恵の大きい神殿であるが、神殿に祀った時点で信仰が一切溜まって無くとも、かなりの枷が外れ、マスターへ危害を加えることも可能となるため、その利用には慎重さとカードとの絆が必要とされる。

 なお、神である場合は、神殿という形となるだけで、悪魔や竜など別の種族の場合はまた別の形で同様の領域を持つことが可能。



 現在判明している、神殿の大まかな効果は以下の通り。


 ・殉教者や狂信者のマスター、あるいは信者一万人分以上の信仰で真スキルの解放。

 ・集まった信仰に応じた神殿内でのステータス強化。およそ百人分の信仰で1%の上昇。

 ・眷属召喚の永続化と対眷属スキルに対する耐性。百人分の信仰で一体。

 ・疑似安全地帯の範囲が神殿内全てになる。

 ・霊格再帰等のスキルの条件を緩和。Aランククラスのキーアイテム一つ分。




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