第7話 神殿もうあるってよ③



 それからの霊格再帰のゲージが溜まるまでの約一月、俺たちは特に何をするでもなく、まったりと過ごした。

 特にスキルの修行などはせず、将棋を指したり、漫画を読んだり……思い思いの時を送る。

 例外は、修行が趣味のようになっているイライザとプリマくらいか。

 それ以外は、あえて先へ進むことを避けるよう、まったり過ごしていた。

 それは、それぞれが心の整理をつけるためでもあり、ここまで全力で駆け抜けてきたことに関する休息でもあった。

 

 その間、鈴鹿は俺のくっつき虫と化した。

 四六時中、俺の後をついて回り、椅子に座る時もピッタリと張り付き、離れるのはトイレや風呂に入る時のみ(これはさすがに俺が引きはがしたが)。

 寝る時も、わざわざ同じ部屋にベッドを運び入れるほどだった。

 これに他のカードたちは呆れた表情をしつつも、しかし今回ばかりは何も言うことは無かった。

 それは、俺の後をついて回る鈴鹿の様子が、まるで見知らぬ場所で迷子になってようやく親と再会した後の幼子のようだったからだろう。

 大変だったのはむしろ俺で、カラダだけはエロい鈴鹿に常に張り付かれ、いっそ手を出してしまおうかと何度も思いつつ、しかし子供返りしたような今の鈴鹿に手を出すのも躊躇われる、という生殺し状態で、まるで天国のような地獄であった。

 

 それでも一か月ほど経つ頃には、鈴鹿も徐々に元気になってきて、それでもそのまま俺に引っ付いたまま過ごそうとする彼女を他のカードたちが強引に引きはがす、という一幕もあったものの、いつもの様子を取り戻した。

 その頃から、俺たちも「信仰の融通は出来るのか」や「メアは霊格再帰すれば信仰を利用可能になるのか」など神殿の仕様を確認し始めることにした。


 まず、信仰に関してだが、これは「条件付きだが可能」だった。

 その条件とは、「同じ神話体系の種族」であること。

 すなわち、アテナや月の三相女神は互いに信仰を受け渡し可能だが、蓮華やケルトの三女神には渡すことが出来ないということだ。逆もまた然り。


 これには、俺も少し困った。

 信仰を手っ取り早く稼ごうと思ったら、蓮華の若返りの力を見せるのが一番だ。

 蓮華の若返りで釣って、そこから信仰を他のカードに分配する、というのが当初の予定であった。

 だが、俺のカードで蓮華と同じ神話体系のカードはいない。

 鈴鹿ならワンチャン、と思ったが仏教系である吉祥天と神道系である瀬織津姫は、同じ日本の神であっても別系統となるようであった。


 ちなみに、ウチのカードで信仰が大きかったのは、蓮華がぶっちぎりのトップで、次点がアテナとイライザ。他のカードはほとんど団子であった。

 数値にすると、蓮華が100以上なら、アテナとイライザが30程度。後は10未満と言ったところか。

 やはり信仰の中枢にいるのがヴィクターさんらで、彼らが主に信仰しているのが命を救われた蓮華であることが大きいのだろう。

 アテナとイライザに関しては、道中で疑似安全地帯で守られていたのと、イライザの転移能力によるものだろう。

 残念ながら、ギリシャ勢に集まった信仰では、今のところ一枚に集中しても真スキル化はできそうになかった。


 次にメアに関してだが、霊格再帰すれば信仰をやり取りできることが可能だった。

 またヘカテーとしてのメアにも信仰は集まっており、それも利用可能となった。

 

 鈴鹿の霊格再帰やアテナの真明開放についても、議論に議論を重ねた結果、「神殿にはスキルの開放条件を軽くする、あるいは代わりとなる効果があるのでは?」という結論に至った。

 おそらく、その効果はキーアイテム一つ分。

 これは、鈴鹿が霊格再帰まで後キーアイテム一つだった鈴鹿御前に至ったのに対し天照には至らなかったことから、そう判断した。

 また、玉手箱内で再度、如意宝珠を使った場合の運命操作の結果を見たところ、蓮華が霊格再帰に至る未来が見えたのも、この仮説を後押しした。

 つまり、蓮華の霊格再帰は二つあり、その一つは残りキーアイテム二つ、もう一つが三つというわけだ。


 ちなみに、だが。

 今はまだ如意宝珠を使っての蓮華の霊格再帰先の確認はしないことにした。

 理由は、この先キーアイテムを偶然手に入れた時、如意宝珠で出したキーアイテムと被ると勿体ないから。

 そして……鈴鹿の時と同じように、蓮華の人格に影響を及ぶ恐れを考えてのことである。

 おそらくはAランクの中でも下の方であろう鈴鹿御前であの変わり方だったのだ。

 Aランクのキーアイテム四つ分の蓮華の霊格再帰先は、さらに霊格も高いはず。

 その蓮華が、もしも暴走したら……想像するだけでゾッとする。

 どうせ、この場で霊格再帰に至っても神殿の中でしか変身できないのだ。

 ならば、今のところは後回しにしても問題ないはず。

 俺たちは、そう判断した。


 神殿の効果について粗方調べ終わった後は、ずっと宙ぶらりんになっていたオセのスキルカードの使い道についても話し合った。

 聖女曰く、スキルカードを使っても人格等に悪影響は出ないとのことだった。

 聖女の言うことをどれだけ信じても良いかは怪しいところだが、あのハーメルンの笛吹き男の残したスキルカードを使っても影響がなかったのだから、オセのスキルカードを使っても問題ないのでは? という結論に達した。


 そうなると、問題はその使用先である。

 スキルカードに刻まれたスキル名は、真眷属強化。

 読んで字の如く、眷属を強化するスキルと思われる。

 オセの眷属が眷属封印で消えなかったのが、このスキルによるものだったとすれば……対眷属スキル持ちも珍しくなくなってきた今の環境で、最強のメタスキルとなりうるだろう。

 だが、ウチのカードには眷属スキル持ちは非常に多い。

 誰が使うべきか喧々諤々の論争が日夜行われ、最終的にやはりというか、ドレスがその座を勝ち取った。

 まぁ、ドレスの装備化なら全員に共有できる以上、当然のことだ。

 そうして、フェンサリルの中庭にて、みんなが見守る中、いざドレスにオセのスキルカードを使おうとしたところ……。


「……使えない?」


 カードを召喚する時のように使用を念じても、ランクアップの時のようにカードを重ね合わせても、あるいはドレス自身にスキルカードを押し付けても……どうやってもドレスにスキルカードが使えなかった。

 

「これ、どうやって使うんだ……?」


 色々と試してもうんともすんとも言わないスキルカードを前に、俺はすっかり途方に暮れるしかなかった。


「うーん、たしかイライザの時は勝手に体に吸い込まれたんだよな?」

「いや、少し違う。あの時は確かイライザの身体を通り抜けて、俺の胸ポケットに入れていたカードに……」


 そう言いながら、再度ドレスのカードに押し当てても、何の反応もない。


「何かやり方を間違えているのか……?」

「……もしくは、ドレスが条件を満たしていないか、ですね」


 俺の呟きを拾う形で、アテナが言う。

 条件……スキルカードはどんなカードでも使えるわけではない?

 ……いや、もしそうなら聖女も一言くらい言うんじゃないだろうか?

 使い方について特にレクチャーしなかったのも簡単に使えるからで、普通のスキルカードはどんなカードにも使えるとすれば、むしろ原因は、このスキルカードの方にあるのではないだろうか?

 考えられるとすれば、これが真スキルであること。

 俺のカードの中で後天スキルの真スキルを持つのは、ユウキとプリマのみ。

 共通点は……。


「カードキーであること、か?」


 俺は蓮華のカードを取り出すと、それにスキルカードを押し当てた。

 するとスキルカードが光と共に蓮華のカードへと吸い込まれていき――——。



【種族】吉祥天/黒闇天(蓮華)

【戦闘力】3400(MAX!)

【先天技能】

 ・真吉祥天の真言

 ・真二相女神

 ・真アムリタの雨


【後天技能】

 ・廃棄されし者

 ・限界突破

 ・明星の瞳

 ・零落せし存在

 ・霊格強化

 ・天衣無縫

 ・高等魔法使い

 ・知恵の泉

 ・友情連携

 ・かくれんぼ

 ・神の寵愛

 ・高等忍術

 ・生還の心得

 ・戦術

 ・美術

 ・眷属維持

 ・文武一道

 ・生命の泉

 ・頑丈

 ・物理強化

 ・無拍子

 ・真眷属強化(NEW!)




 ――――そこには、新たなスキルが刻まれていた。


「おっ?」


 同時に、蓮華が何かに気付いたように自分の手を見る。


「うん、ちゃんとスキルを手に入れられたみたいだな」

「どうだ? なにか身体に異変はあるか?」

「いや、大丈夫だ。……純粋な力のみって聖女の話は合ってたみてーだな」

「そうか」


 一先ず、ホッと胸をなでおろす。

 やはり、カードキーであることが条件だったか。

 とっさに蓮華のカードで試してしまったが……まぁいいだろう。

 蓮華、ユウキ、プリマの三名を見比べた場合、最も眷属が強いのは鬼子母神・蓮華の羅刹召喚になる。

 考えたところで、蓮華だったのは変わらなかっただろう。


「で、どんな効果だ?」

「そうだな……」


 蓮華は、しばし自分の身体を探るように目を閉じ、やがて目を開けると答えた。


「まず、自分が召喚した眷属のランクが最高位眷属体になるみたいだな」


 ふむふむ、自分の眷属のランクが最高位眷属体に、か。

 それは、凄い。最高位眷属体ともなると、召喚主の後天スキルを共有できる。

 限界突破スキルを共有した際の眷属の強さは、羅刹たちで良く知って……?


「羅刹たちの眷属ランクって……」

「……最高位眷属体、だな」


 俺の問いかけに、蓮華が微妙に目を逸らしながら答える。


「うわ、最悪……」

「うるせぇな~! まずって言っただろ!? これはオマケだ、オマケ!」


 思わずと言った様子で鈴鹿が呟けば、蓮華はそう怒鳴り返した。


「他にも効果があるのか?」

「ああ」


 俺の問いに、蓮華も真剣な表情で頷き返す。

 それを見たカードたちも一先ず話を聞く態勢を取った。


「真眷属強化の二つ目の効果は、魔石を消費しての対眷属スキル耐性の付与だ。召喚する眷属と同ランクの魔石を使うことで、一定時間、耐性を付与できる」

「対眷属スキル耐性の付与……!」


 やはり、その手のスキルだったか!

 しかも、魔石だけで良いとは……!


「そして三つ目」


 期待通りの効果に笑みを浮かべる俺に、蓮華はさらに指を三つ立てて見せる。

 まだあるのか……?


「……人間の魂を消費して、眷属を永続的に真眷属体に出来る」

「ッ……!? 人間の魂、を?」

「ああ」


 重々しく頷く蓮華。


「魂の回収方法は種族によって違うみてーだが、人間の魂を使えば真眷属体に出来る、ということはわかる。アタシの場合は、敬虔な信者の魂に限り、目の見える範囲か、神殿を通じてその魂を回収できるみてーだな」


 その言葉で思い出したのは、オセ。

 直感的に、喰らった魂を使って、対眷属スキルの耐性をつけているのでは? と考えたが、やはり当たっていたか。

 神系の種族が敬虔な信者の魂を回収できるとなると、悪魔の場合は殺した人間の魂を回収できる、って感じか。最悪だな……。


「ちなみに」


 まだ、あるのかよ……。


「真眷属体にする時、冥界などの魂に関わる権能を持つ神であれば、生前の記憶や人格などを残すこともできるみたいだな」

「生前の記憶や人格を……?」


 それに、脳裏に嫌な閃きが走りかけたが……。


「まぁ、こんなところだな。まぁ、魂の回収が出来るってのも、そう悪い話じゃない。考え方によっちゃ、近くにアタシか神殿があれば、魂が昇天されずに確実に蘇生できるってことでもあるしな」


 それも、蓮華の言葉ですぐに掻き消えた。

 なるほど、魂が確保できるなら、肉体さえある程度無事なら、確実に蘇生できるようになるってことか。

 そう考えると、確かに悪い話じゃないか。

 ……もしかしたら、人間として生き返るよりも真眷属体として生まれ変わることを望む人間もいるかもだしな。

 まとめると、真眷属強化スキルの効果はこんな感じか。


・真眷属強化:自身の眷属の眷属体スキルを最高位眷属体(戦闘力がMAXとなり、後天スキルを一つ共有できる)まで引き上げる。眷属と同じランクの魔石を一つ消費することにより、一定時間、召喚した眷属に対眷属スキル耐性を付与する。敬遠な信者の魂を消費することで、眷属を永続的に真眷属体とする。

 


 その後、適当なBランクの魔石を使って実験してみたところ、凡そ30分から一時間程度の間、対眷属スキル耐性を付与できることが判明した。

 この効果時間の差は、魔石の秘めるエネルギーの違いの差らしく、強い種族ほどBランクの中でも大きめの魔石が必要なようだった。

 まぁ、一口にBランクの魔石と言っても、その中に秘めるエネルギー量は一世帯当たりの電気量にして三万戸から六万戸ほどの差がある。

 Bランクでも強めの種族に、Bランク最下位の魔石で強化した場合、その分効果時間が減るということなのだろう。

 ハーメルンの笛吹き男の魔石なら、羅刹・羅刹女たちを20セットは耐性を付与できるようだった。

 ……もっと早くこのスキルカードを使っていればグガランナ戦も楽勝だったのに、と思わないでもないが、まぁ仕方ない。

 スキルカードの悪影響がどの程度かわからなかった以上、気軽に試すわけにもいかなかったし、後の祭りというヤツだろう。


「イライザ、真眷属強化スキルはコピーできるか?」


 ある程度の検証を終えると、俺はイライザへと問いかけた。

 彼女は、数秒目を閉じ。


「……可能なようです」

「良し!」


 ガッツポーズ。

 以前、彼女のマイフェアレディの仕様を確認した際、真眷属召喚がコピー出来ていたので、もしかしてと思ったが、真眷属強化もコピー可能なようだ。


「イライザ、悪いが玉手箱を出るまでの残りの期間は、真眷属強化の習得を試してみてくれ」


 真眷属召喚を彼女が習得できれば、これまで対眷属スキルのせいでイマイチ活躍どころのなかった彼女のネメアーの獅子召喚スキルの価値もグッと上がる。

 イライザ単体で3000、ドレスの装備化で3300、そこに真眷属召喚で最高位眷属となって限界突破を共有できるようになったネメアーの獅子の2800(初期戦闘力700)が加われば、イライザの戦闘力は9000を超える。

 戦闘力だけならパラスアテナとも対等に戦えるレベルだ。

 その際、たった一つしかないコピー枠を占領するのは、あまりに勿体ない。

 自力習得が可能かどうかは絶対に試すべきだった。

 そこで、プリマが挙手をしながら言う。


「真眷属強化の習得を試すのであれば、誰かに教導で教えながらの方が効率的なのでは?」


 ふむ……確かにカードキーであるプリマは、習得の可能性が高いか。


「ああ、わかった。頼む」


 相変わらず向上心の塊のようなプリマに苦笑しつつ頷く。


「他の面々も、そろそろ修行を開始してくれ。特にアケーディアは、アスタロトへのマイナーチェンジのためにも、頑張ってくれ」

「はぁい~」「やれやれ、休暇もおしまいか」「まぁ、あまりダラけても腕がなまる。ちょうど良い頃合いであろう」


 アケーディアがおっとりと頷くと、他の面々もボヤきながらそれに続いた。

 そこで、アテナと鈴鹿が話しかけてくる。


「妾も、真名解放をしようと思います。今は数分程度しか持ちませんが、慣れれば変身時間も伸びそうですので」

「私も……」


 真名解放と霊格再帰の特訓か。確かに、彼女たちに関しては下手なスキルを取得するよりもそちらの方が良いだろう。

 しかし……。


「鈴鹿は、大丈夫か?」

「うん……まずは茨木童子から完全にならそうと思ってるから」


 なるほど、まずは影響の少ない茨木童子から慣れて、か。

 確かに、その方が良いだろう。

 茨木童子にフルで変身できるようになったら、鈴鹿御前に変身しても飲まれることも無くなるかもしれない。


「良し、それじゃあ、そういうことで頼む」


 そうして、残りの数か月は修行期間となった。

 その間、アテナや鈴鹿の修行に付き合った結果、思わぬところで限界突破の詳しい仕様が明らかになった。

 鈴鹿とアテナに、ドレスの装備化で限界突破スキルを共有させてみたところ、初期戦闘力は二倍になったにもかかわらず、成長限界に変動が見られなかったのだ。

 Aランクの成長限界がすでに四倍、五倍になっている以上、これ以上は倍増できないということなのか、あるいはAランクの先天スキル自体に限界突破と類似する効果がすでに内包されているのか……。

 理由は定かではないが、Bランクまでと違ってお手軽に戦闘力を二倍に! とはいかないようであった。

 残念なような、ホッとしたような……微妙な気分だった。


 そうこうしている間に、あっという間に時は過ぎ、玉手箱を出る時が来たのだった。


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