第7話 神殿もうあるってよ②



 煙が俺たちを包み込み、それが晴れた時には俺たちは玉手箱の何もない空間に立っていた。

 さて、カードは……。


「うん、元に戻ったりはしてないか」


 どうやら、神殿内での使用であれば、玉手箱内であっても神殿の効果は続くらしい。


「良し、まずはアテナ。真明開放はどんなスキルなんだ?」


 鈴鹿の新しい霊格再帰先も気になるところだが、霊格再帰はクールタイムの問題もあるから今ここで試すかの問題もあるし、まずはこちらからだろう。


「それは使ってみれば、一目瞭然かと」


 アテナがそう言うと、その身体を一瞬光が包み込み込んだ。

 そして、光が消えると……。


「何も変わってない?」


 そこには、いつもと同じアテナの姿があった。

 ……いや、よく見れば鎧や盾の意匠が少し変わっている、か?

 Aランクの魔道具のアイギスと同じデザインに見える。

 それに、その身が放つ威圧感もまた……。

 俺はアテナのカードへと視線を落とした。



【種族】パラスアテナ(アテナ)

【戦闘力】2950(950UP!)

【先天技能】

 ・都市と英雄の守護女神

 ・アイギスの護り

 ・女神の気まぐれ

 ・ゼウスの寵愛

 ・来たれ、勝利の女神よ

 ・高等魔法使い


【後天技能】

 ・純潔の誓い

 ・神の寵愛

 ・武芸百般

 ・真名解放

 ・小さな勇者

 ・生還の心得

 ・かくれんぼ

 ・詠唱破棄

 ・魔力の泉



「これは……」


 種族がパラスアテナになっている。戦闘力も完全にAランククラスだ。先天スキルまでもが、微妙に変わっている。

 これは、Aランクになった、ということか?


「ふふん、どうですか? 真の姿を取り戻した妾は! もう子ども扱いは出来ないでしょう?」

「ん、ああ……うん」


 正直、見た目はあんまり変わってないんだが……まあ、あえて喜びに水は差すまい。

 だが、この力は凄まじい。

 特に戦闘力は未だマックスと表記されていないことからも、まだ先があることがわかる。


「アテナ、レベルアップを掛けてみてくれ」

「わかりました」


 さて、戦闘力は……ッ!?


「は、10000……ッ! マジか……」


 限界突破や装備化スキル無しでこれかよ……!

 初期戦闘力が4000ということはあり得ないから、おそらくは初期戦闘力は2000。実に五倍か。

 茨木童子の成長限界が初期戦闘力の四倍だったから、Aランクは成長限界は四倍と思っていたのだが……。

 まさか、Aランクは成長限界まで種族によって異なるということか?

 それとも、真名解放による特殊効果? ……今は材料が足りなくてわからないな。

 それにしても、霊格再帰以外に自力でのランクアップが可能なスキルがあったとはな……。

 それもパラスアテナなんて種族は、本場ギリシャですら聞いたことが無い。

 真名解放……真名、か。

 色々と気になるところだが、まずはスキルの把握からだな。

 

「アテナ、先天スキルが色々と変わっているが、何か違いはあるか?」

「ええ、どれも変わっています」


 アテナから色々とヒアリングしてみたところ、新たな先天スキルの効果は以下の通りとなった。


 ・都市と英雄の守護女神:既存の権能に加え、獣の権能が追加。

 ・アイギスの護り:絶対結界(一日一回のみ、十二時間持続)がプラス。

 ・女神の気まぐれ:英雄への加護の効果に加え、メドゥーサ(Bランク)とアラクネー(Cランク)の無限眷属召喚が可能に。

 ・ゼウスの寵愛:ゼウスの雷を召喚する。範囲型絶対攻撃。クールタイム1時間。

 ・来たれ、勝利の女神よ:真眷属体のニケーを召喚可能。


「待て、真眷属だと?」


 Aランクに相応しい効果となったアテナのスキルに唸りながら話を聞いていた俺だったが、最後のニケーが真眷属となったという言葉に、思わず問い返した。

 

「ええ。戦闘力はすでに成長限界、後天スキルは妾が持っているものの中からいくつかランダムで与えられているようです」


 アテナの後天スキルが……いや、それも凄まじいが、問題は真眷属体であるということだ。


「クソ、グガランナに眷属封印が効かなかったのは、そういう理由か……」


 真眷属体が、眷属殺しや眷属封印の対象にならないということは、ユウキの真眷属召喚スキルで既に確認済みだ。

 てっきり、グガランナの召喚は、地上の人間を攫って信者にしているか、オセのように魂を喰らって対眷属スキルの耐性でもつけているのかと思っていたが、まさかAランクの眷属召喚スキルが真眷属体を呼び出せるものだったとは……。


「ちなみに、ニケーのカードを取り込めば、さらに複数召喚できるようになるのか?」

「ん~、試して見ないとはっきりしたことはわかりませんが……おそらくは可能かと」

「そう、か……」


 ニケーのカードを取り込んで神殿を出たらどうなるのか、といった疑問は尽きないが、まあ今は考えても仕方のないことか。


「しかし、改めて凄いパワーアップだな」


 アイギスの大幅性能アップに、クールタイムは長いものの範囲型の絶対攻撃。

 一気にトップに躍り出た感じだ。

 神殿内限定なのが惜しいところだが、守りの要としては完璧だ。

 ……っと、そうだ。


「見た感じ、霊格再帰と同じ自力でのランクアップスキルという感じだが、変身時間とかはあるのか?」

「……残念ながらあるようです。そろそろ力が尽きる感覚があります。再変身までの期間もそれなりにあるかと」


 そこは、霊格再帰と同じか。


「良し、わかった。それじゃあ、お次は鈴鹿だな」

「う……この流れで私もやるの?」


 鈴鹿へと水を向けると、なぜか怯んだ様子を見せる。


「どうした?」


 いつもなら嬉々として変身するのに……と問いかけて見れば、彼女は拗ねるように唇を尖らして呟いた。


「……せっかくの新しい変身なのに、これじゃあ私のパワーアップが霞んじゃうじゃん」

『あ~……』


 それに、一同納得の声が上がる。

 確かに、このアテナのパワーアップを見た後じゃ、鈴鹿の霊格再帰も霞む、か?

 最悪、というか結構高い確率で、アテナよりも弱い可能性もあるし……。

 

「……今回は止めとくか?」

「それもヤダ!」


 一応そう問いかけて見れば、そんな答えが返ってくる。

 アテナの後で霞むのは嫌だが、後回しにされるのも嫌らしい。

 気持ちはわかるが……どないせいっちゅうねん、と思っていると。


「じゃあやるけど、そのクソガキとは比べないでよ!」


 ようやく決心がついたのか、キッと皆を見回して、鈴鹿が言う。

 わかったわかった、と苦笑する俺たちが見守る中、鈴鹿の身体を光が包み込む。

 やがて、光が晴れると、そこには狩衣に緋袴に身を包み、三明の剣を腰に差した絶世の美女がそこに立っていた。

 外見的には、鎧姿の大鬼であった茨木童子よりも大人しいものだ。

 一見すると、華奢な巫女にも見える。

 だが、その身が放つ血の気配と威圧感は……。

 その答えを見るように、俺はカードへと目を落とした。



【種族】鈴鹿御前(鈴鹿)

【戦闘力】2950(750UP!)

【先天技能】

 ・鈴鹿山の鬼神

 ・天の魔焰

 ・三明の剣

 ・神出鬼没の神通車

 ・薬師如来の妙薬


 

「戦闘力2950……」


 奇しくもアテナと同じ戦闘力だが……霊格再帰による補正が400、それと成長分の750を引けば……初期戦闘力は1800といったところか。

 っと、いかんいかん。さっそくアテナと比べちまった。


「誰か、鈴鹿にレベルアップの魔法を」


 俺がそう言えば、イライザが鈴鹿へとレベルアップの魔法を掛けてくれた。


「……7600」


 ちょうど四倍か。

 茨木童子も四倍だったし、Aランクは最低四倍はあると見て良いだろう。

 だが、それ以上に重要なのは……。


「鈴鹿、スキルの効果はわかるか?」


 Aランクの脅威は、戦闘力よりもむしろ先天スキル。

 その効果もギルドのスキル図鑑には載ってないため直接本人に聞くしかない……と問いかけた俺だったが。


「………………………」

「…………………鈴鹿?」


 鈴鹿は何かに苦悩するように顔を歪め、質問に答えない。

 それにどうかしたのかと、声を掛けようとして……ふいに目が合った。


 ――――まるで、道端の石ころか虫でも視るかのような、冷たい眼。


 初めて見る彼女の眼に、ゾクリと背筋が粟立つ。


「下がってろ」


 蓮華が俺の襟首を掴んで、強引に鈴鹿から距離を取らせた。

 他のカードたちも俺を庇うように前に立つ……まるで敵を警戒するように。

 俺たちが固唾を呑んで見守る中、鈴鹿が突然、霊格再帰を解いた。


「……ハァッ! ハァッ!」


 汗だくで四つん這いになって荒く息を吐く鈴鹿に、アテナが冷たく言う。


「蛆虫、今ちょっと危なかったですね」

「……うるさい、クソガキが」


 答える鈴鹿の悪態も、どこか元気がない。


「……今のは」

「コイツは、霊格再帰先の『格』に飲まれかけたんだよ」


 俺の質問に答えたのは、蓮華だった。


「霊格再帰先に?」

「ああ、Aランクともなると、魂の格もさらに一段上がるからな。人間とカードの魂の差を幼稚園児と大人だとすれば、Aランクからは猿と人間くらい違ってくる。そうなれば、もう対等な存在どころか、同種として見なすのも難しい。茨木童子は、Bランクに毛が生えたようなもんだから影響も少なかったみてーだが……」


 そう言いながら鈴鹿を見つめる蓮華の顔は、どこか強張って見えた。

 俺の予想が正しければ、蓮華の霊格再帰先は、ワールドネイティブの中でも最上位クラス。

 その際の魂の格の差は、鈴鹿の比ではないだろう……。

 その時、果たして蓮華はどうなる……?


「……アテナは、大丈夫だったのか?」


 俺は何故だかそれ以上考えたくなくて、話を逸らすようにアテナへと問いかけた。

 実際、Aランク相当にパワーアップする真名解放は、霊格再帰と同じだけのリスクがあるはず。

 俺の問いかけに、しかしアテナは鼻で笑いつつ答える。


「ふん、妾は、妾に相応しい本来の格に戻っただけのこと。初めから高位の神であった妾と、所詮は低級の鬼だったソレと同じにしてもらっては困りますね!」

「……………………」


 チラチラと鈴鹿を見ながらのアテナの挑発にも、鈴鹿は肩を震わし俯くだけで、何も返さない。

 いつもなら言い返してくるはずの鈴鹿のそんな様子に、アテナもへにょりと気まずげに眉を下げる。


「……とりあえず、今日のところはここまでにしよう」


 アテナや鈴鹿の霊格再帰のクールタイムが回復するまで、このまま玉手箱内で過ごすことになるのだ。

 鈴鹿御前の先天スキルの効果などは、その間にゆっくり聞けば良いだろう。

 鈴鹿の、そして俺たちの気持ちの整理も……。

 せっかく大幅にパワーアップしたというのに、フェンサリルの宮殿へと入る俺たちの足取りは、どこか重かった。




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