第7話 神殿もうあるってよ①
小良ヶ島に転移すると、俺はまずユージンさんのところへと向かった。
挨拶を交わし、帝国の侵略の様子や、ドミニオンの使い心地などを軽く話す。
幸い、あれから帝国は侵略部隊が一人も帰って来なかったことで警戒しているのか威力偵察程度の部隊が来る程度で本格的な侵攻も無く、渡したドミニオンもリアちゃんとの相性は悪くないそうだ。
定期連絡で聞いていた通り、特に問題無さそうなことに安心しつつ、場がある程度温まったところで、俺は本題に入った。
そう、小良ヶ島への神殿の建設についてである。
「ん? 別に良いが……神殿ならすでにあるぞ?」
そこで、返ってきたのが、上の言葉だった。
「は? もう神殿がある????」
「ああ、ヴィクターさんがな……勝手に建てた」
呆気に取られる俺に、紅茶のカップを片手に苦笑するユージンさん。
「リアちゃんのヘファイストスの力を借りて、材料は迷宮から採って来て、あれよあれよとな」
なるほど……ヘファイストスがあれば、神殿自体は簡単に建てられるか。
元々は、そのために入手したようなもんだしな。
しかし、なぜヴィクターさんが……。
「最初は外国人だから一神教の教会でも建てるのかな~と思って特に何も言わなかったんだが、出来上がって見れば蓮華ちゃんたちを祀る神殿で驚いたよ」
「その、なぜヴィクターさんは神殿を?」
「なぜってそりゃ……」
俺の質問に、ユージンさんは微妙そうな表情を浮かべると。
「お前らが、命の恩人だからだろうよ。死にそうなところを助けられて、安全な土地まで案内されたら、信仰心の一つでも芽生えてもおかしくないと思うがな」
そう言われて、俺の脳裏にフラッシュバックしたのは、初めてヴィクターさんたちと出会った時のこと。
モンスターで死にかけていた外国村の宿泊客を蓮華のアムリタで癒した時の、ヴィクターさんの目……。あれは、確かに本物の神を見る目だった。
所詮は初めて高ランクのカードの力を見たことによる一時のモノと気にしていなかったが……なるほど、信仰の萌芽はあの時すでにあったわけか。
「オセの事件もあったし、ヘファイストスを置いていってくれたこともあって、何だかんだ今じゃ島のほとんどの人があの神殿にお参りに行ってるよ。もう集会所みたいなもんだな」
ちなみに、帝国が侵略してきた時の避難所にもなっている、と肩を竦めるユージンさん。
ふむ……島のほとんどの人がお参りに……。
信者とまでは行かないかもしれないが、すでに島の人々に肯定的に神殿が受け入れられているというのは、嬉しい誤算だった。
これならば、若返りの力を見せるだけで、本物の信者に変えられるかもしれない。
「しかし、前回分身で下見した時は、そんなのがあるって聞かなかったんですけど……」
分身に意思がない以上、島の案内はユージンさんに任されていた。
その上で、神殿には案内されず、ヴィクターさんにも会えなかった以上、神殿もヴィクターさんも敢えて隠されていたと考えるのが自然。
俺の言葉に、ユージンさんはそっと目を逸らし。
「ああ、それは、まぁ……そんなのあるって聞いたお前らの反応がどうなるか予想がつかなかったからな」
「ああ……」
まぁ、そうなるか。
人のカードの神殿を勝手に造って祀ってるって……普通に考えてヤベーし。
俺がドン引きして二度と島に寄り付かなくなることを恐れたのだろう。
そして今、俺から神殿の話が出て、話しても大丈夫と判断したということか。
……これまで、ヴィクターさんと何だかんだ言って会うタイミングを逃し続けたのも、もしかするとユージンさん側があえて会わさないようにしていたのかもしれない。
「とりあえず、その神殿を見せて頂いても良いですか?」
「もちろん、ヴィクターさんも会いたがってたしな。むしろ助かる。……マジで」
最後に垣間見えたユージンさんの本音に苦笑しつつ、ユージンさんと共にイライザの馬車に乗って、神殿へと向かう。
神殿は、俺が島から貰った元廃村の傍にあるらしい。
道すがら、ユージンさんが問いかけてくる。
「ところで、神殿が欲しいなんて急に言ってきた理由は?」
ふむ、どこまで言うべきか。
真スキルについてあまり言いふらすのは、良くない気もするが……。
俺は少し考え、ユージンさんにはすべてを言って置くことにした。
ここで騙してもいずれわかるだろうし、できる限り誠実であるべきと思ったからだ。
「……真スキル、門番と同じ力、か」
神殿の効果を聞いたユージンさんは、しばし難しい顔で考え込んでいたが、やがて首を振ると言った。
「その話、できれば他の奴らには内緒にしておいた方が良いな。良くないことを考えかねない」
ユージンさんの言葉に、俺は頷いた。
「この島では俺とレイナとヴィクターさん、リアちゃんくらいに留めておこう」
「その人選の理由は?」
「レイナは、子供が出来てすっかり落ち着いて昔の野心は消えたし、ヴィクターさんとリアちゃんは、あー……お前の狂信者だから問題ない」
「狂信者て」
と苦笑する俺に、しかしユージンさんは真顔で。
「いや、マジで。試しに、どちらかに足を舐めろと言ってみろ。たぶん、ノータイムで舐めるから」
「……………………」
俺はゴクリと喉を鳴らした。
そ、そんなに……?
七年の歳月のせいで、信仰が薄まるのではなく、逆に美化されたのか……?
「ま、まあ……それはともかく、神殿の効果は秘密にすべきでしょうね。リスクもありますし」
一見、良いとこばかりと思われる神殿だが、それに伴うほどのリスクも存在する。
カードの枷が外れることだ。
砂原さんの話が確かなら、万の信者が必要なのは真スキル化だけで、カードの枷自体は神殿で祀った時点で外れる可能性が高い。
枷が外れれば、マスターに危害を加えるのも可能になるし、呪いのカード同様マスターを乗っ取ることも可能となる。
……一見マスターに好意的に見えても、価値観の相違により破滅する可能性があるのは、オセの件が証明している。
下手をすれば、第二第三のオセとそろもんを生み出すことにもなりかねない。
俺にしたって、今のメンバーならばともかく、新しく手に入れたカードを祀るのは止めた方が良いだろう。
「着いたぞ」
そんなようなことを話しているうちに、目的地に着いた。
魔法の馬車から身を乗り出して、空から地上を見下ろしてみれば、そこには――こう言っちゃなんだが、こんな小さな島には不釣り合いなほどの――立派で荘厳な神殿が聳え立っていた。
大きさは、大型ショッピングモールほどはあるだろうか?
作り手がヘファイストスだから基本的な造りは古代ギリシャ風だが、入口には
鳥居、境内は砂利が敷かれ、正面にはお賽銭箱があるなど日本の要素もミックスされていた。
……日本人から見ると、ちょっと違和感のある作りである。
『ふむ、まあまあですね。純ギリシャ風ではないのは気になるところですが』
『ま、こんなもんだろ』
『メアも祀ってくれてるかな~』
『ちと、ケルト要素が薄すぎぬか?』
『……悪魔の私は、そもそも祀ってもらえて無さそうですねぇ』
カードたちも神殿を見下ろし、盛り上がっている。
一部不満はあるようだが、ウチのメンバーで大多数を占めるギリシャ系のカードたちは概ね満足のようだった。
そうして、鳥居の前へと降りて中へと入る。
『……何も無いな』
カードたちを見まわし、俺は言った。
もっとこう、神殿に入った瞬間に、劇的に変わる物があるかと思ったのだが。
『……もしかして、簡易神殿のスキルを使う必要があるのでは?』
『ああ、なるほど、あり得る』
アテナの言葉に、なるほどと頷く。
簡易神殿のスキルを持っているのは……ヴィーか。
『ヴィー、頼む』
『うむ』
ヴィーが簡易神殿のスキルを発動した――――その瞬間。
『ッ……!?』
俺たちに、ある感覚が走った。
それは、どこかリンクの感覚と似ていた。
何か、大きな力の塊と接続される感覚。
この主不在の神殿に無意味に捧げられ蓄えられ続けていた信仰が、本来の主を見つけたのだ。
この感覚を受け取っていないのは……メア、マイラ、アケーディア、プリマの四名。いずれも、高位の神ではない種族たちだ。
「これは……」
逆に、特に強い驚きを見せているのは、アテナと鈴鹿の二名。
自分の手をじっと見つめている。
『どうした? 何があった?』
傍にユージンさんがいることもあり、そっと肩に触れテレパスで問いかける。
それにまず答えたのは、鈴鹿。
『……なんか鈴鹿御前の霊格再帰ができるようになったんだけど』
「なに!?」
思わず、驚きの声が漏れる。
霊格再帰が!? 神殿にはそんな効果もあるのか!?
「北川? どうした?」
「あ、ああ……いえ、すいません。こっちの話です」
怪訝そうに声を掛けてきたユージンさんに、とりあえずそう返すと、彼は何かを察した表情となり、言った。
「ふむ……俺はヴィクターさんを呼んでくるから、ちょっとここで待っててくれ」
……自分は席を外すから、ゆっくり確認してくれということか。
「すいません、お願いします」
「ああ」
歩き去っていくユージンさんを見送り、カードたちへと問いかける。
『蓮華はどうだ? 鈴鹿も、天照?』
『アタシは、まだだ』
『私も、霊格再帰したのは鈴鹿御前だけ』
『そうか……』
蓮華は無く、鈴鹿のみ。その鈴鹿も鈴鹿御前の霊格再帰先は得ても、もう一つの天照への霊格再帰には至らなかった。
鈴鹿御前の最後のキーアイテムが神殿だった? ……なんとなく、違う気がする。
神殿はキーアイテム一つ分の条件を緩和する効果がある。……これが近いか?
『アテナは?』
彼女も、鈴鹿並みに反応を示していた。
だが、彼女は、霊格再帰を持っていなかったはず。
『妾に関しては、カードを見た方が早いかと……』
『カード?』
それに、俺は胸ポケットから彼女のカードを取り出して――――。
『これは……!』
【種族】アテナ(アテナ)
【戦闘力】1900(MAX!)
【先天技能】
・都市と英雄の守護女神
・アイギスの護り
・英雄への加護
・来たれ、勝利の女神よ
・高等魔法使い
【後天技能】
・純潔の誓い
・神の寵愛
・武芸百般(UNLOCK!)
・技能解放→真名解放(CHANGE!)
・小さな勇者
・生還の心得
・かくれんぼ
・詠唱破棄
・魔力の泉
『武芸百般に、それに真名解放だと?』
武芸百般……武術系スキルのマスタークラスだ。武芸に関するすべての技能を修めた証であり、武術、剣術、槍術、弓術、柔術、盾術、甲冑術、騎乗、投擲、水泳、戦略、教導のすべてのスキルを内包し、行動に極めて強いプラス補正が加わるスキル。
戦略スキルが消えているのは、このスキルに統合されたのだろう。
だが、真名解放……これは聞いたことのないスキルだ。
技能解放自体が初耳のスキルなのだから、当然とも言えるが……。
『効果はわかるか?』
『ええ、なんとなく……まあ、使ってみた方が早いかと』
『ふむ……』
俺は周囲を見渡しつつ、考える。
神殿にはそれなりの参拝客がおり、中には俺たちに気付いている反応を見せる者たちもいた。
……ここでは目立つか。
『ちょっと場所を移して見よう』
俺たちは神殿から離れて、人気の無い場所へと向かった。
……が。
「あ、鈴鹿御前の霊格再帰ができなくなった」
「妾も身体を満たしていた力が消えましたね」
神殿からある程度離れたところで、鈴鹿とアテナが言った。
その言葉にアテナのステータスを見ると、真名解放が技能解放に戻り、武芸百般のスキルも無くなっていた。
「やはり、神殿内限定の効果だったか」
となると、やはり検証は神殿内で行う必要があるか。
少し考え、俺は言った。
『玉手箱内で検証するか』
『そうですね、それが良いでしょう』
俺の提案に、アテナも頷き返す。
玉手箱内ならば検証は一瞬で済むし、神殿内での使用ならば玉手箱内でも神殿の効果が続くかの検証にもなる。
俺たち再び神殿内に戻ると、玉手箱の蓋を開いた。
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