第6話 胸の大きさも重要な情報
話し合いが終わると、俺たちはさっそく動き出した。
アンナたちは、立川の迷宮攻略作業を。
俺は、星母の会の門を使ってギルドから貰ったシークレット迷宮のマップを選別することにした。
星母の会から受け取った転移門は三つ。数に限りがある以上、できるだけ良い土地に設置したい。
そう考え、マップのシークレット迷宮を確認しに行ったのだが……。
「チッ! ここも、か……」
姿を消したイライザの目を通して、シークレット迷宮を占拠する集団を目にした俺は、思わず舌打ちした。
比較的原形を保ったダンジョンマートの前には、帝国の奴らと思わしき革鎧を身に纏った男たちの姿があった。
マップに載ったシークレット迷宮、あるいはそのエリアは、今のところ、そのすべてが何者かによって占拠されていた。
それは帝国だったり、星母の会だったり、現地のギルドだったり、あるいは全く別の勢力だったりしたが、どうやらギルドのシークレット迷宮マップが完全に割れていることは明らかだった。
ガーネットの効果も知れ渡っているのか、あるいは単純にカーバンクルの経験値や金色のガッカリ箱狙いか……。
それは定かではないが、少なくともシークレット迷宮が多くの勢力に狙われているのは間違いなかった。
まぁ、シークレット迷宮のある土地、その全てにすでに星母の会の門が接続済みだった時点で嫌な予感はしていたが……。
「まさか帝国や他の勢力も、とはな」
門番の真スキルで門を繋いだものの、門の前の見張りの存在により足すら踏み入れることが出来なかったエリアを思い出し、歯噛みする。
もしかしたら帝国も野放図に侵略を仕掛けているわけではなく、シークレット迷宮のある土地を狙って攻め込んでいるのかもしれない。
ギルドマップによれば鳥取砂丘にはシークレット迷宮はないが、隣接するエリアにあるか、あるいは新しく発生したか。
小良ヶ島も最初に斥候らしき奴らが来ていたという話だったし、あれが単なる戦力調査ではなくシークレット迷宮の有り無しを計る部隊だった、という可能性は大いにあった。
「星母の会もさすがにシークレット迷宮の使用許可はくれなかったしな……」
星母の会の占領するシークレット迷宮なら使えないかと千歌ちゃんを通じて聖女に問い合わせてみたが、シークレット迷宮は聖女直轄となっており、五星将であっても私物化は出来ないとのことだった。
さすがに、そこら辺の利権はガッチリとトップが握っているらしい。
「……仕方ない」
俺は小さく嘆息すると、偵察に出していたイライザを引き上げさせた。
この分だと、マップに載った他の迷宮もすべて占拠済みだろう。今は学校と、旅の間に見つけたシークレット迷宮だけで妥協しておくか。
俺はそう切り替えると、ついでにアンナパパから貰った無人島を確認することにした。
アンゴルモアが始まってから、あの島には一度も行ってない。十七夜月邸の設備は立派なものだったから無事だと嬉しいのだが……。
というか、そもそも転移門自体が残っているか、どうか。
そんな不安を抱えつつも星母の会シェルターから、転移門の設置されたダミーの十七夜月家がある地域へと飛ぶ。
まるでアマゾンの密林のようになって完全に面影の無くなってしまった住宅地から、カードギアの地図アプリだけに十七夜月家を探しだすと……。
「良かった……無事だったか」
豆腐のようなデザインだった地上部分は完全に消滅していたが、幸いにも地下の門が設置されている空間は無事だった。
ホッと胸をなでおろしつつ、門を通り、島へと出る。
静かな潮風が俺の頬を撫でる。
一見、異常はない。モンスターの気配もない、が。
「イライザ、オードリー」
俺の目くばせに、イライザが一礼して魔法の馬車で空へと飛び立つ。
そのまま彼女たちは、グルリと島を回り。
「……うん、ちゃんと無事みたいだな」
イライザの視界を共有して、上空から島と家の状態を確認した俺はホッと胸をなでおろした。
人の気配も無ければ、新たに迷宮が発生した様子もない。
第一条件はとりあえずクリア。
後は……。
「蓮華」
「おう」
俺の声に答え、蓮華が岩の槍を放ち、転移門を破壊する。
……門番の真スキルは、各地の門だけじゃなく魔道具の転移門にもアクセスできる可能性があるからな。
一度設置した転移門の再利用ができるならともかく、ハーメルンの笛で転移出来るようになった今、もうこの門を残して行く理由は、一つたりとも無い。
さてと、次は……。
『イライザ、そのままこの島のあるエリアの確認を』
無人島であったこの島には迷宮もモンスターも存在しなくとも、同じエリア内には普通に存在していてもおかしくない。
特に、エリアが一定以上の人口となるように区切られるのであれば、無人島であったここは確実に人口の多いエリアと繋がっているはず。
オードリーを同行させたのは、生き残った人々が異空間型カードに隠れている可能性を考えてのことだ。
しばらくして、イライザから連絡が来る。
『マスター、エリアの確認を終えました。どうやら、このエリアは無人のようです』
『無人?』
『はい。……一体だけですが、Bランクモンスターの姿が確認できました』
『ああ、そういうことか……』
空間の隔離が行われた時点では、このエリアの人口も確かに一万人以上存在していたのだろう。だが、その後モンスターによって全滅した、というわけだ。
最近は、真スキルやらAランクモンスターやらで感覚が麻痺していたが、本来Bランクというのは、一体でそのエリアを滅ぼせるだけの力を持つ。
このエリアにプロクラスの戦力がいなかったならば、普通に全滅していてもおかしくない……。
「ふぅ……せめて仇を取ってやるとするか」
俺は小さく嘆息すると、イライザへと問いかけた。
『そのBランクはどんなヤツだ?』
『竜に跨った黒翼の女です。……あっ!』
『どうした!?』
『それと、胸のサイズは、私と同じくらいです』
『う、うん……そうか』
胸の大きさまで言う必要あった……? いや、個人的には重要だけどさ。なんか、イライザの俺のイメージが垣間見えて、ちょっと複雑な気分だった。
まあ、それはさておき。
「ふむ、黒翼か……」
黒い翼とくれば、十中八九、堕天使か悪魔の類だろう。
それに竜に跨っているとなると……。
「ヴォラク……いやアスタロト、か?」
どちらも竜に跨った天使の姿とされている悪魔だが、前者は座敷童のように種族的に子供の姿をしている。胸が大きいとなれば、異教の女神に起源を持つアスタロトの方だろう。
なんだ、胸の大きさも意外と重要な情報だったな。
「しかし、アスタロトか……欲しいな」
アスタロトは、アケーディア……キマリスと同じソロモン72柱であり、その中でもかなり高位に位置する悪魔だ。
特筆すべきは、その二種の軍団スキル。
一つは、ソロモン72柱が共通して持つ召喚スキル。
かつて天使であったという記述を持つソロモン72柱の悪魔は、天使だった頃のスキルの堕天使バージョンを持つことが多い。
天使であった頃は第三位『座天使(ソロネ)』であったというアスタロトは、天使系にお馴染みの自らの下位存在を呼び出すスキルを持つ。
ソロネの一段階下は、ドミニオン。そう、俺がユージンさんに渡したカードだ。
対悪魔・不死族特攻のスキルが対天使・精霊特攻となり、その召喚スキルの方向性に変更はない。
すなわち、デュナミスの堕天使バージョンの無限召喚である。
もう一つは、アスタロト自身が持つ召喚スキル。ネビロスとサルガタナスという二体の配下を呼び出すスキルである。
ネビロスもサルガタナスもソロモン72柱ではないものの、ソロモン72柱クラスの軍団召喚スキルを持ち、その性能はソロモン72柱の悪魔たちにも劣らない。
つまり、アスタロトはソロモン72柱でも珍しい他のソロモン72柱(厳密には違うが)を呼び出せる悪魔というわけだ。
……ぶっちゃけ、アスタロトは、キマリスの完全上位互換と言って良い。
キマリスには装備化スキルこそあるものの、ケルトの三女神と同じ祝福型装備化スキルであるため併用が出来ず、ケルトの三女神と併用できるデュナミスの憑依装備化スキルの方がウチに必要なスキルである。
権能の方もメインの宝探しの権能はサルガタナスも持っているし、他のカード・魔道具で代用できる。
出来ることならばアケーディアをアスタロトにマイナーチェンジしたいところだが……。
『アケーディア……お前をアスタロトにマイナーチェンジできれば、と思っているんだが、どう思う?』
『へぇ……』
俺の言葉に、アケーディアは一瞬驚いたような顔をした後、にんまりと笑った。
『大変よろしいかと~。でも、そう言うことであれば~、交渉は私にお任せして頂いても~?』
『お?』
どうやらアケーディアに何か考えがあるようだ。
『わかった』
『は~い。で~は~、まずアスタロトをロスト寸前まで追い詰めるとしましょう~』
悪魔は力を見せないと交渉のテーブルにもつけないというアケーディアに頷き、俺たちはアスタロトの元へと向かった。
――――そして。
「グッ……おのれ……!」
俺たちの前には、四肢をへし折られ、魔法で幾重にも拘束されたアスタロトの姿があった。
Bランクでも最上位に近いクラスとはいえ、さすがに門番でもないBランク相手に苦戦などしようはずもない。
最大の武器であった眷属召喚も月の三女神のスキルで封じて、圧倒的戦闘力の差で簡単に征服することが出来た。
『で、ここからどうする? 死んでも従わなそうな目をしているが』
俺は今にも「クッ、殺せ!」とでも言いそうなアスタロトを見ながらアケーディアへと問いかけた。
『は~い、ここからは私にお任せを』
アケーディアが、一歩前に出れば、アスタロトがピクリと眉を跳ね上げた。
「どうも~」
「ふん……同胞か」
「我が主が貴方をカードにしたいとおっしゃっていますので、大人しくカードになっていただけますか~?」
アケーディアがそう言うと、アスタロトは鼻で笑った。
「笑止。それに、我に何の利がある? 奴隷の如く扱き使われて生き長らえるくらいなら、ここで散った方が百倍マシよ」
「利はですね~。私のマイナーチェンジに使われること、ですかね?」
「……ほお?」
そこで、初めてアスタロトが興味深そうな顔つきとなった。
……プリマによれば、ランクアップやマイナーチェンジ先として使われるカードは、使う側のカードのスキルの一部を得られるんだったか。
ただカードとなって扱き使われるのではなく、己にも利のある話と知って、ようやく話を聞く気になったようだった。
「……お前のスキルは?」
「マスター、私のステータスカードを」
「ん」
俺はアケーディアのカードをアスタロトへと見せた。
【種族】キマリス(アケーディア)
【戦闘力】1300(MAX!)
【先天技能】
・ソロモン第66の大悪魔:
・アフリカの悪霊を統べる者
・戦士の波動
・眷属強化
【後天技能】
・大悪魔のプライド
・乙女心
・良妻賢母
・農家
・中等魔法使い
・高等補助魔法
・生還の心得
・かくれんぼ
・眷属維持
・魔力の泉
「ふむ……まぁまぁ、ではあるが……これではわが身を犠牲にするほどではないな」
「では~、このまま何も得られずにロストしますかぁ?」
「……………………」
アケーディアの言葉に、顔を顰めて俯くアスタロト。
マイナーチェンジに使われることで少しでも利を得てロストするか、あるいはプライドを優先して何も得られずにロストするか……。
悪魔として、利益と誇りが天秤で揺れているのが、傍からも見て取れた。
「マスター、他の方々のカードも」
アスタロトの様子を見てもうひと押しと見たか、アケーディアが言う。
俺は頷き、蓮華たち他のメンバーのステータスも見せた。
後天スキルにずらりと並ぶレアスキルの数々。それを見たアスタロトの目が見開かれる。
「これは……!」
「カードの育成にかけては~、我が主の右に出る者はおりません。今の私のステータスで不満ということであればぁ、他のスキルを得てからマイナーチェンジに使うというのはどうです?」
「むぅ……」
アスタロトは少し考え込む様子を見せ、頷いた。
「いいだろう。では、お前が、このセレーネーと同じだけのスキルを得たらマイナーチェンジに使うという条件でカードになってやろう」
「それはあまりに欲張りすぎというものですね~。そうですねぇ、高等魔法使いと詠唱破棄の取得辺りで手を打ちませんかぁ?」
「これだけのスキルを見せられて、それだけで諦めろ、と? 酷なことを言う。せめて――――」
「では~、こちらとこちらで――――」
そこからは、カード化を前提とした細かい条件の打ち合わせに入った。
最終的に、『アスタロトの使用はランクアップ、マイナーチェンジのみに限り、通常の使役は不可。トレードにも使わない』『ランクアップ、マイナーチェンジは、アケーディアが高等魔法使いと知恵の泉を得たら』『通常のカードと同様の枷を課す』という条件の元、アスタロトはカード化を同意した。
「ふぅ……なんとかうまく行ったな。助かった、アケーディア」
カード化したアスタロトのカードをホルダーにしまうと、俺はアケーディアをねぎらった。
「いえいえ、私のためでもあるので~。上手く行ったのも、あくまで対価を重視する悪魔相手だったから、というのもありますし」
確かに……それはあるかもしれない。
これが利よりもプライドを優先する高位の神や竜相手では、交渉もうまくいかなかったことだろう。
種族や個体によってやり方を変えなければいけないというのは、なかなか大変そうだった。
改めて、ガーネットと宝籤のカードさえあればBランクカードをいくらでも得られる蓮華の能力の凄まじさがわかるというものだ。
「さて、思わぬ収穫もあったことだし、そろそろ小良ヶ島に向かうとするか」
ユージンさんとは毎日定期連絡を行っており、無事は確認しているが、そろそろ一度様子を見に行くべきだろう。
神殿と信者の関係が判明し、こちらに友好的で人口の多い小良ヶ島の価値も上がった。
出来るならば、小良ヶ島に神殿を建てさせてもらって、効果の実証実験を行いたいところだった。
そんなようなことを考えながら小良ヶ島へと転移した俺だったが――――。
「は? もう神殿がある????」
そこで知らされたのは、ウチのメンバー全員を祀った神殿の存在だった。
【Tips】種族の変更
カードにとっては、ランクアップもマイナーチェンジも種族の変更という意味ではシステムとして大した違いはない。
変更先となるカードにとっては種族変更をするカードの後天スキルの一部を得られるという基本的にメリットしかないシステムとなっているため、蘇生用のカードと違ってカード化の際に交渉の余地がある。
ただし、プライドの高い種族にとっては「自分の種族と後天スキルをそのまま受け渡す」ということになるため、たとえメリットがあっても受け入れがたいことが多い。
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