第5話 虚偽察知はいらない



「蘇生スキルに、ネフィリム……カードと人間のハーフ、ですか」


 立川、部室にて。

 俺はアンナと織部のいつもの二人に、砂原さんとの会話内容を伝えていた。

 二人は俺の話に時折表情を変えつつも――特に婚約者云々のくだりで――黙って聞いていた。

 そして、最後まで聞き終え、アンナが第一声として呟いたのが、それであった。

 そのまま難しい表情で黙り込む二人に、俺は内心ちょっとビクビクしながら言う。


「真アムリタと蘇生スキルの相互協定を勝手に決めてきちまったが……」

「ああ、それは問題ありません。蘇生スキルという同等の見返りがありますし、そもそも真アムリタは先輩の持ち札ですしね。今後も必要でしたら、先輩の判断で切っていただいても構いません。場合によっては、その場で即決しなければならない場面もあるでしょうしね」


 ただ……とアンナが言葉を切り視線を伏せれば、織部がその後に続くように呟いた。


「婚約者、か……」

「ああ……やっぱり、そこは気になるか?」

「ええ、まぁ……」


 と、微妙そうな顔で頷く二人。


「言っておくが、名目上の物で、本当に婚約するわけじゃないぞ」


 まだ十歳だし。いくら俺がおっぱい星人とは言え、他の要素がアウト過ぎる。


「まぁ、そこはわかっています。人質と言う面もあるでしょうし」


 人質、か。確かにそう言う面もあるだろうな。

 自分の娘を同盟相手に預けるのだから、単純に避難だけというわけではないのだろう。

 しかし……と思う。


「砂原さんがそこまでする必要あるか?」


 同盟の話を持ち掛けたのは、こちら側。真スキルの協定も、相互だ。砂原さん側が下出に出る必要はないはずだが……。


「それだけ帝国に追い詰められているということなのかもしれんな。あるいは、今後の同盟内での地位を見越しての布石か……」


 俺の問いに答えたのは、織部だった。


「同盟内の地位? それが、なぜ俺に人質を送ることと繋がる?」

「今後組まれる対帝国の同盟、そのトップは誰になると思う?」

「そりゃあ一番強い勢力か――――」


 そこまで言って、気付く。


「話を持ち掛けて取りまとめたヤツ……俺か」


 コクリとアンナが頷く。


「一番最初に同盟を組んだ鳥取エジプト王国が娘を人質として送ったなら、他の勢力も同調して人質を送ってくる可能性があります。人質を送った勢力と送らなかった勢力、どちらが優先されるかは一目瞭然ですからね。その際に、一番最初に婚約者として人質を送るのは、他の勢力が婚約者を送ってくるのを防ぐのと同時に、鳥取エジプト王国の同盟内の地位を高めることにも繋がる。……鳥取エジプト王国は、この同盟が対帝国後も続くことになると考えているのでしょう」

「なるほどな……」


 自分の娘を同行させたとなれば、他の勢力もそれを人質と取るだろう。それでいて、表向きは人質ではなく婚約者なのだから鳥取エジプト王国の体面も傷つかないし、同時に他の勢力が婚約者を送ってくるの防ぐことも出来る。

 二重三重の意味合いを持った策だったというわけか。

 だが、一つ気になるのは……。


「他の勢力が同調してこなかったら?」


 他の勢力が人質を送ってくるとは限らないし、人質にちょうど良い人材がいる勢力ばかりでもないだろう。


「その時は、婚約をサラッと解除すれば良いだけです」


 ……サラちゃんだけに?

 と言おうとも思ったが、二人の真剣な表情を見て止めた。


「婚約者ということにする、と先輩にちゃんと言ったのも、他の勢力が同調しなかったり、先輩が同盟の盟主になれなかった際にスムーズに解除するためでしょう」


 もし婚約者という肩書を真に受けて俺がマジになったら困る、ということなのだろう。


「名目だけの婚約者。それは、わかっているんですが……」


 と、そこでアンナは天を仰ぎ。


「婚約者かぁ~……」「しかもロリ巨乳」

「いや、だから相手は妹よりも年下なんだって!」


 俺は改めてそう主張したが。


「でも、十年……いや五年経ったら?」

「………………………………」


 俺は瞑目し、沈黙した。

 虚偽察知のスキルがある以上、下手な発言は悪手! 沈黙!! それが、正しい答え……!


「そこで黙るのは、肯定してるも同然ですが?」


 グッ……!

 その追い詰め方はズルいだろうが……!

 そこで、織部が一つ嘆息し、言う。


「まぁ……先輩を一応信じるとしよう」


 一応かい。


「仕方ない、か」


 アンナも嘆息し、同意する。


「同盟のことを考えたらサラさんの同行は断れないですし、蘇生スキルも惜しいですしね。……真スキル持ちのネフィリムを招き入れるのは、ややリスクはありますが」


 わかっている、と頷く。

 お袋や愛もいるのに、フリーハンドにするほど、俺も砂原さんを無条件に信頼しているわけではない。


「ある程度、サラちゃんと信頼関係を築くまでは、立川にもあまり立ち寄らず、外を飛び回ることになると思う」


 最悪、フリッグの契約で縛るのも考えているが……砂原さんとの関係を考えると、それは出来るだけ避けたいところだ。

 向こうは娘まで預けているのに、こっちは契約で縛らなければ本拠地にすら立ち入らせない、というのはな……。完全に従属国の人質の扱いだ。最悪、同盟の解消すらあり得る。

 お互いに信頼関係を築くのが、穏当な対応となるだろう。

 どうせ各地を飛び回ることになるのだから、ゆっくりと信頼関係を築いていくつもりだった。

 俺の言葉に、アンナは少し考える素振りを見せると……。


「そう言うことであれば、この立川の迷宮を消滅させても良いでしょうか?」


 そう言った。


「……それは、なぜ?」


 迷宮を消滅させれば、この地の時間の進みが他の地域よりも早まることになる。そうなれば、俺が不在の時間も伸びるし、知らない間に家族や仲間たちだけ歳を取られても困るのだが……。

 困惑する俺に、アンナは指を二つ立てて言う。


「目的は二つ。ガーネットやダイヤの回収と、神殿の建設のためです」


 ああ、なるほど……神殿とガーネットか。

 確かに、立川の迷宮を消滅させて時間を加速させれば、俺がいない間に神殿を建てることも、ガーネットの回収効率を上げることもできるだろう。

 現状、せっかく学校と言う準シークレット迷宮を抑えているのに、あまり活用できていないからな。

 だが……。


「カードキーや迷宮の消滅については、どう説明する?」


 迷宮を消滅させれば、その事実は確実にギルドに伝わる。

 そうなれば、迷宮を消滅の手段を俺たちが持っていることも知られるだろうし、それを前々から知っていたとなれば、非難は免れないが……。


「カードキーに関しては、先輩が鳥取の地で情報を得た、で良いでしょう。いつから知っていたのか、という問いには、アンゴルモア前はもちろんわからなかった、と答えます」


 まぁ、それしかないだろうな、と頷く。

 別に嘘ではないしな。


「学校の迷宮だけではなく、星母の会から受け取った転移門をお預けいただけるなら、他の土地にあるというシークレット迷宮のガーネット回収も考えています」

「それは有難い」


 学校の迷宮だけではなく、俺が旅の間に見つけたシークレット迷宮も代行してくれるならガーネットの回収効率も格段に上がる。

 ……というか、迷宮を消滅させてのガーネットの回収効率上昇はもっと早くやっておくべきだったな。

 まあ、池袋の迷宮攻略があったから仕方ないが。


「しかし、神殿を作るのは良いが、信者は?」


 神殿と信者はセットだ。神殿だけ作っても無駄……とまではいかないが、信仰を集めなければ、その真価は発揮できない。


「そんなもの、若返りの力を見せれば簡単に集まりますよ」


 俺の言葉に、アンナは「なんだそんなことか」という風に答える。

 真アムリタを、か。確かに若返りスキルを見せれば、簡単に信仰も集まるだろうが……。


「若返りスキルを隠す方針は、止めたのか?」


 最初に蓮華の真スキルについて明かした際は、核兵器のようなものだから軽々に明かすこともできない、という話だったが。


「そうですね。未だ切り所の難しい手札ではありますが、神殿による真スキル化はリスクを上回って余りあるリターンがありますから」


 確かに、と頷く。

 ギルドの戦力も割れてきたし、なにより神殿は防衛向きの施設だ。

 リスクよりも、圧倒的にリターンがある。……が。


「何を焦っている?」


 俺は、アンナの顔を覗き込むように問いかけた。

 言っていることの筋は通っている。だが、それを行う動機。そこに、俺は彼女の焦りを確かに感じ取っていた。

 俺の言葉に、アンナは一瞬目を泳がせ、やがて諦めたように答えた。


「……少し、相対的に我々の価値が下がって来たので、ここらでアピールしておこうかと」

「ふむ……」


 なるほど、色々と状況が変わってきて、俺に見捨てられないか不安になったか。

 鳥取エジプト王国には真スキルと、対帝国ための同盟という大きな価値がある。

 小良ヶ島は今まではお荷物だったが、これからは真スキル化のための貴重な人的資源となりえる。

 だが、学校はと言うと、真スキルも無く、戦力としても中途半端で、人口も二千人程度と真スキルを開放できるほどの数も無い。

 客観的に見て、ここを俺が選び続ける理由もない、と。

 アンナは、そう心配になったのだろう。

 ……………………まったく何を心配しているんだが。

 俺は内心呆れながら言った。


「この際ハッキリ言っておくが……」

「はい……」


 やや顔を強張らせて、アンナが頷く。


「俺の中で、お前らは家族と同じくらい大事な存在になっている。……俺が、家族を簡単に見捨てる人間に見えるか?」

「ッ……!」


 アンナが、ハッと目を見開く。

 家族を助ける時に、助けるメリットだとかそういうことを考えるだろうか? 考えない。少なくとも俺にとっては、家族と言うのはそういうものだった。

 そして、アンナたちはすでにそういう存在となっていた。


 ――――【俺】にはいなかった、家族と同じくらい大事な人たち。


 たとえ、彼女たちがすべてのカードを失っても、俺が見捨てることは無いだろう。

 砂原さんやユージンさんには申し訳ないが、それがアンナたちと彼らとの違いだった。


「だから、仲間でいる価値だとか、そういうことはもう考えんな。……それともお前らは、俺が力を失ったら見捨てるのか?」

「ふん、あり得ん」 


 俺の問いかけに真っ先に答えたのは織部だった。

 彼女は鼻で笑うと言う。


「もし、先輩がすべてを失っても我が面倒を見てやるから安心しろ」

「そりゃ頼もしい」


 俺たちは笑いあい、それからアンナを見た。

 彼女は自分を見つめ直すようにしばし目を瞑っていたが、やがて小さく笑うと。


「……そうですね。たとえすべてを失おうとも、私たちは永遠に仲間です」


 晴れやかな顔でそう言ったのだった。




【Tips】殉教者と狂信者

 信仰する存在のために、命すら自ら捧げることが出来る者を、殉教者や狂信者と呼ぶ。

 殉教者や狂信者の存在は、他の信者とは比較にならないほどの力を神へと与え、信仰対象のカードのマスターが殉教者や狂信者であった場合、一人でカードの枷をすべて解き、真スキルへの昇華を可能とする。

 人間が使う物であるカードを信仰するマスターは少なく、殉教者や狂信者と呼べるほどの者は、さらに貴重となる。

 殉教者と狂信者の違いは、殉教者は信仰先の「あるがままの姿」を信仰し、狂信者は「自らの信じる姿」を信仰する。

 自らの力を純粋に高めてくれる殉教者の存在は、多くの信者を抱える神としても貴重だが、作るのは難しく。狂信者は比較的簡単に作れる一方、自らの存在すら歪めかねない諸刃の剣となる。

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る