第4話 これがニュータイプか……!②



 やはり……!

 イシスと言えばオシリスの蘇生!

 これまで自己蘇生や他者のロストを肩代わりするスキルはあっても、他者の蘇生を可能とするスキルは未発見だったが、Aランクのスキルには存在していたか……!

 それも人間の蘇生も可能とは、凄まじい。


「どうかな?」

「ええ、こちらからお願いしたいくらいです!」


 俺は前のめりになっている自分を自覚しつつ、そう言った。

 グガランナ戦で蘇生アイテムを大量に消費した今、蘇生スキルの存在はまさに渡りに船だ。

 それも人間の蘇生も可能となれば、土下座してでも協力関係を結ぶレベルである。


「良かった。じゃあ、決まりということで」


 固く握手を結んだところで、ふと思い出したように砂原さんが言う。


「ところで、北川くんはこれからどう行動していくつもりなのかな?」


 これから、か。

 俺は少し考え、答えた。


「帝国に侵略されている土地を回って、対帝国の打診をするつもりですが……」

「ふむ、他の土地……勢力、か」


 俺の言葉を聞いた砂原さんは、少し考え込むように顎に手を当てると。


「北川くんは、結婚はしているのかな?」


 そんな突拍子も無いことを聞いてきた。


「け、結婚!? い、いえ……」


 結婚どこか、未だ彼女いない歴=年齢の童貞だっつの。


「じゃあ、婚約者とか彼女とかは?」

「今は、いないですね」

「……じゃあ、ちょうど良い、か」


 俺の答えを聞いた砂原さんは、そう呟くと、おもむろに部屋の外へと呼びかけた。


「おーい、入ってきてくれ」

「はーい」


 そんな気安い態度と共に入って来たのは、長い白髪をツーサイドアップにした――――褐色ロリ巨乳だった。

 年のころはウチの妹よりも下……十歳くらいだろうか? 明らかに小さな背丈と幼げな顔立ちに、それと不釣り合いなほどに、たわわに実った胸元。

 え? なに、あれは? 詰め物じゃないよな? いや、俺のおっぱい星人としてのレーダーが告げている。あれは、間違いなく本物だと。

 って、何考えてんだ! 小学生くらいの女の子に! だ、だが……あれは、さすがに無視しろって方が……。駄目だ、ウチの妹より年下の女の子に、俺好みの巨乳がついているという光景に、脳が混乱する。クソッ、相手は砂原さんの娘だってのに!


 ……………………………………娘?


 不意に、冷静になる。なぜそう思った?

 改めて、少女を見る。どこかハトホルを連想させる、ツーサイドアップの長い白髪に、黒曜石のような瞳。顔立ちも、ハトホルをそのまま小さくした感じだ。鷹のように鋭い切れ長の目元は、砂原さんに似ている気がする。そして、その悪戯っぽい表情も、また……。

 もはや、間違いない、か?

 俺は単刀直入に問いかけた。


「……娘さん、ですか?」

「へぇ! 良くわかったね。ああ、娘の砂良(サラ)だ」

「お母さんは、そちらの?」

「ああ、妻の晴(ハル)……こっちのハトホルになる」


 そっとハトホルの腰を抱き寄せながら答える砂原さん。

 それに、俺はソファーにもたれかかって呆然と天井を見上げた。

 ……カードと人間のハーフ。ネフィリムか。

 聖女との話から、そういう存在があり得ることは知っていたが、ヤツはどちらかと言えばAランクモンスターが人間を母体にして生まれてきた転生体と言った感じだった。

 だが、目の前にいる彼女は違う。人間である砂原さんと、カードであるハトホルが愛し合って生まれた、正真正銘の新しい生命体。愛の結晶だ。

 その事実が、妙に俺の心をかき乱す。カードと人間が……? そんなことが許されるのか? いや、許されないとすれば、なんだと言うんだ? 砂原さんの娘の存在を否定するつもりか? それこそ、許されない。

 つまり、カードと人間が愛し合うことに何の支障もないわけで、ならば俺も――――。


「……北川くん?」


 砂原さんに呼びかけられてハッと我に返る。


「す、すいません、ちょっと……驚いて」


 そう答えて、俺は砂原さんの娘さん……サラちゃんへと目を向けた。


「えっと、北川歌麿です。よろしく」

「よろしくー」


 ヒラヒラと声を振って答えるサラちゃん。

 その眼は、俺をどこか品定めしているようにも見えた。


「……で、ウチの娘はどうかな?」

「どう……って」


 唐突だな……。カードと人間のハーフであることを聞いてきているのか? どう答えたもんか。とりあえず無難な返答をして様子見をしてみるか。


「えーと、明るくて大変可愛らしいですね」

「気に入った、ということかな?」

「え? ええ、そうですね」


 少しおかしな質問に戸惑いつつも頷く。ここで否定することは、すなわち嫌いと答えるも同然だから。

 俺の答えを聞いた砂原さんは、満足げに頷き。


「それは、良かった。じゃあ、サラはこれから北川くんの婚約者ということで」

「はぁ!?」


 そう声を出したのは、俺……ではなく、後ろで成り行きを見守っていたカードたちだった。

 いや、あるいは俺も出してかもしれない。

 いずれにせよ、トンデモ発言だった。


「いやいやいや、婚約者って!」

「うん? 何か問題でも?」

「問題ありまくりですよ! 初対面だし、子供だし!」

「年の差など、これから永久の時を生きる君にとっては誤差みたいなものだろう」


 それは、確かにそうだが……って。


「というか、それ以前にいくらなんでもいきなり過ぎですって!」

「「そーだそーだ!」」


 俺の言葉に、カードたちも口を揃えて続く。


「ふむ……ウチの娘はタイプではない?」「えー、傷つくなー」

「いや、そういうわけじゃなく……」

「だよな、さっきもウチの娘の胸を凝視してたじ」


 うっ……! バレていたか。


「あのー、それはですね。つい、というか、やましい気持ちではなく、万有引力が……」


 俺がしどろもどろになりながら言い訳していると。


「ハハハハ、冗談、冗談だよ」


 砂原さんが大笑いしながら言った。

 それにホッと胸をなでおろす。

 良かった。冗談か、いや、マジで焦った。

 と、そこで砂原さんは真面目な表情に戻り。


「いや、正確に言えば、冗談半分本気半分といったところか」

「と、言いますと?」


 その様子に、俺も真面目な態度に戻り、問い返す。


「つまり、これから北川くんが訪れる各地の勢力に、このサラを君の婚約者として同行させて欲しいということだ」


 サラちゃんを? それも婚約者として?


「えっと、色々とどうしてですか?」

「一つは、君の取り込みを防ぐためだな」


 俺の取り込み? ……ふむ。


「君が思っている以上に、君の価値は大きい。単純な勢力としても、蓮華ちゃんの真スキルにしても。どこの勢力からしても喉から手が出るほど欲しいものだ」


 まぁ、それはわからないでもない。

 他の勢力が神殿やパーフェクトリンクなど真スキル化の条件をどれだけ知っているかはわからないが、真スキルが希少であることは間違いない。

 門番と協力関係を築くにしても、狙ったスキルを持つ門番と必ずしも協力関係を築けるとは限らず、また対価も必要となるだろう。

 俺を取り込むことによって、戦力と若返り等の手段が手に入るなら、積極的に取り込みに入ることは予想できる。


「そうなれば、他所の勢力がこうして自分の娘を差し出してくる可能性がある。有力者の取り込みとして一番の手は、古今東西、婚姻関係と相場は決まっているからな。

果たして、同盟の証として結婚を求められた時、君は断り切れるかな? 断り切れたとして、果たしてすんなり同盟の話も進むだろうか?」

「それは……」


 俺は口籠った。

 確かに、歴史を振り返れば、同盟の証に結婚を利用した例は多い。

 もちろん死神殺しを倒したら用済みとなる同盟のために結婚までする気はないが、結婚を断ることで、同盟の条件が不利なものとなる可能性は否めない。


「これから君が手を結ぶ勢力の中には、ウチと致命的に相容れない相手もいるかもしれない。そんな相手に、君が取り込まれる危険性は避けたい。そこで、ウチの娘を同行させることで、そもそも結婚の話自体が出るのを阻止したい、というわけだ」


 確かに、婚約者を連れている相手に結婚の打診をすることは無い……とは言い切れないが、少なくとも多少なりとも躊躇するのは間違いないだろう。

 それは、砂原さんに喧嘩を売るも同然だからな。


「そして、もう一つ。保険、という意味合いもある」

「保険?」

「これから先、ウチもどうなるかわからない。場合によっては君と一緒にいた方が安全、ということもあるかも知れないからな。……あるんだろう? 門以外にも各地を自在に移動する手段が」


 ……ハーメルンの笛の存在を知られていたか。

 最初にここを訪れた時、俺だけ立川に帰還したのを見られていたかな?

 なるほど、転移スキルを持つ俺なら、娘を同行させても安全と見たか。

 もしも帝国との戦いに負けて自分たちが殺されようとも、娘だけは……と、そういうわけか。

 保険、ね。……アンナパパも似たようなことを言って、俺に娘を託したっけ。

 そういえば、あの無人島は今どうなってるんだろう?

 そんなことを頭の片隅で考えつつ、俺は問いかけた。


「お話はわかりました。……ですが、それを受けるこちらのメリットは?」


 今話した内容は、すべて砂原さん側の事情だ。

 ハッキリ言って、俺からすれば「知ったこっちゃない」で片付けられる話である。

 オマケに、俺がロリコン扱いされるという無視できない風評被害までついてくると来た。

 はい、そうですかと受け入れられる話ではない。

 さて、砂原さんが俺の事を完全にナメ腐っているのでなければ、それなりのメリットを提示してくるはずだが……?

 そんな俺の試すような視線に、砂原さんはニヤリと笑い。


「もちろん、君にもメリットはある。ウチのサラはね、母親似なんだ」


 それは、見ればわかるが……。

 だがまあ、将来は母親みたいな爆乳褐色美人に育つからお得だよ! という話で無いのならば――――。


「スキル、ですか?」

「ご明察。流石だな」


 やはり、か。

 人外と人間のハーフとなれば、単純計算、カード側の力を半分は受け継いでいてもおかしくない。


「ウチのサラは、母親から癒しと蘇生のスキルを引き継いでいる。それも生まれながらに真スキルとしてな」


 蘇生……! それも真スキルか! 

 なるほどな、それは確かに大きなメリットだ。

 蘇生のスキルを一番使いたいタイミングは、戦闘後ではなく、むしろ戦闘中。彼女を同行させることで、いつでも蘇生のスキルの恩恵を受けられるとなれば、そのメリットは計り知れない。

 そして、砂原さんが保険と言った意味も分かってきた。

 蘇生のスキルを持つ娘を俺に同行させれば、もしも自分たちが帝国との戦いに負けても後から蘇生が可能、と。そういうわけか。


「もちろん、戦闘力も母親から引き継いでいる。まぁ、まだ幼いこともあって発展途上ではあるがね。……そしてなにより、サラはカードにも、カードのマスターにもなれる」

「カードにも、マスターにも……!」


 完全に、カードと人間の良い所取りだな。

 雑種強勢……いや、もはや新人類というべきか。

 カードの力と、カードを従える力を持った、新時代の人類。

 神話上にのみ存在していた、神の血を引く人間。

 この世は、神代の時代に戻った、ということなのかもしれない。


「で、どうだろうか? サラには、君の言うことを聞くように言ってある。君にもメリットはあるはずだが」

「そうですね……。その前に、サラちゃん自身はどう思ってるのかな?」

「サラ?」


 形だけの婚約者とはいえ、いきなり初対面の男の婚約者のフリをするというのは、女の子にとっては抵抗があるだろう。

 と水を向けてみれば、彼女は自分を指さし可愛らしく小首を傾げて見せた。


「サラは別にいいよ。外の世界も興味あるし、ウタマロも気に入ったし~」


 呼び捨てかい、と俺は苦笑しつつ、砂原さんへと振り向いた。

 

「とりあえず、一度持ち帰って考えても良いですか? 仲間とも相談してみたいので」


 婚約者云々は、おいておくとしても、蘇生スキルの恩恵は大きい。

 個人的には受け入れても良いとは思うが……真スキル持ちのネフィリムを連れ帰るともなると、さすがにアンナたちとも話をする必要があるだろう。


「うん、そうだろうな。答えは、次に君が来た時に聞くとしよう」


 砂原さんも、ここで強引に決めるつもりもなかったのか、あっさりと引き下がった。


 ――――それからアンゴルモアが始まってからのことをお互いに話したりと、まったりと過ごした後、俺はそろそろ帰ることにした。


「それでは、俺はそろそろ」

「ああ、また」

「またね~」


 砂原一家に手を振り返し、俺は立川へのゲートを通った。

 サラちゃんのことを、アンナたちにどう説明したものか、と頭を悩ましながら……。




【Tips】ネフィリム その2

 カードと人間のハーフ。両種族の性質を併せ持つ新人類。

 元々は星母の会由来の呼称であるが、アンゴルモア後の世界において正式名称として定着しつつある。

 ネフィリムは、人間形態とモンスター形態の二つの姿を持ち、人間形態ではマスターとしてカードを使用できるが、モンスター形態では親から引き継いだ力を発揮できる代わりにカードのマスターとしての力を一時喪失する(所有権等には影響はない)。

 身体がある程度大きくなる十代前半から二十歳程度までは人間と同様に成長するが、以降は親の種族によって老化速度が異なる。

 生殖能力に関しては、人間相手では普通に子供が出来るが、ネフィリム同士では親の種族が完全に一致しないと子供はできない。

 また、相手が人間の場合、生まれてくる子供は多くが人間となり、同じネフィリムが生まれる可能性は低くなる(十分の一程度)。


~~

・ハトホルのネフィリム×ハトホルのネフィリム=ハトホルのネフィリム

・ハトホルのネフィリム×他種族=子供は生まれない

・ハトホルのネフィリム×人間=子供はできるがネフィリムは低確率

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