第4話 これがニュータイプか……!①





「ふむ……では先に私の方から話そうか。すでに、ほとんど話してしまったようなものだしね」


 数瞬、牽制するような視線が互いに交わされた後。先に口を開いたのは、砂原さんの方だった。

 神殿の効果について気になっていたので、先にそちらから話して貰えるというなら有難い。

 俺が頷いて見せれば、砂原さんが話し始めた。


「最後に会った時、簡易神殿があるならば、簡易じゃない神殿もあるはず、という話をしたことを覚えているかな? カードが妙に欲しがる物は、自分の欠けた部分を埋める物で、それを無意識に欲しているんじゃないか、という話をしたことも」

「ええ、覚えています」


 故に、俺は神殿がアテナの幼体スキルの解除条件じゃないかと思っていたのだが……。


「単刀直入に言おうか。神殿には、神属性のカードを、疑似的な門番にする効果がある。いや、神殿が門番の領域の代わりとなる、というべきか」


 疑似的な……門番? 門番の領域の代わり? どういうことだ? 単純に、真スキルを開放するだけではない?


「門番が、真と付くスキルを持つことは知っているね?」

「ええ」

「では、門番が領域にいるモンスターや人間の数に応じてステータスが強化されることは?」


 え、なにそれ……。


「それは……知りませんでした」


 俺が素直にそう言えば、砂原さんは馬鹿にした様子もなく頷いて見せた。


「まぁ、門番の領域には人間は基本的にいないし、領域内にいるモンスターの数で強化されるステータスは誤差みたいなものだから無理もない」


 ふむ……、ハッキリとわかるほどに強化されるにはそれなりの数が必要ということか。


「神殿内で祀られ一定以上の信仰を集めた神のカードは、全ての枷から解放されて真スキルを使えるようになる。また、信者の数に応じて神殿内においてステータスが強化され、眷属召喚の永続化と対眷属スキルに対する耐性、疑似安全地帯の範囲が神殿内全てになるなどの、様々な恩恵がある」


 ステータスの強化だけじゃなく、眷属の永続召喚と対眷属スキル耐性に、疑似安全地帯の範囲拡張か……。

 神殿内だけなのが惜しいが、どれも凄まじい効果だ。

 これほど防衛向きの陣地も無い。

 なるほど、三年もの間、帝国の侵攻を抑えられたわけだ。


「そして……」


 と、そこまで言って、砂原さんが視線を逸らし、口籠った。

 

「いや、これは君が神殿を作った時にカードから聞くべきだろう。必要であれば、君のカードの方から教えてくれるはずだ」


 いや、もったいぶらずに教えてくれよ。

 ……とは、気軽に言えなかった。

 それだけ、砂原さんの表情は苦渋に満ちたものだった。

 そして、ハトホルも、また……。


「ちなみに、今となっては関係ないことではあるが、アンゴルモア前でも神殿内に限り迷宮外で召喚も可能になったが……」

「それはウチも同じですね。……付け加えるなら、マスターへの攻撃が可能になり、また限界突破というスキルを得ました」


 俺がそう言えば、ああ……と砂原さんが頷いた。


「限界突破か。ウチのハトホルも得たよ。枷が外れると同時に得たということは、蓮華ちゃんも廃棄カードキーだったんだろうな」

「廃棄カードキーですか……」


 当たり前のようにその単語が出てきたな。

 まあ、薄々察してはいたが。


「その様子だと、そちらも知っているようだな。まあ、星母の会と付き合いがあるなら当然か」

「ええ、まあ」


 俺は曖昧に頷いた。


「さて、こちらとしてはそんなところだな」

「次はこちらの番ですね」


 俺は頷くと、蓮華が真スキルに目覚めた経緯について話した。

 猟犬使いとの一件で、シンクロ率100%まで至った結果、蓮華の枷が外れ迷宮外でも召喚可能になったこと。ランクアップと同時に先天スキルが真スキル化したことを話した。


「なるほどな……」


 俺の話を聞いた砂原さんは一分ほど考え込むように沈黙し。


「話を聞く限り、そのパーフェクトリンクとやらをきっかけに、君自身が疑似的に神殿の役割を満たしたように思われるな」

「俺自身が?」

「ああ、いわば君自身が蓮華ちゃん専用の移動神殿と化したことにより、通常であれば神殿内だけで可能なはずの迷宮外での召喚が可能となり、ランクアップにより高位のカードとなったことで残す先天スキルの真スキル化の条件も満たした……そう思える」


 もっとも、本物の神殿のように、とはいかないようだが、と砂原さんは続ける。

 ふむ……。パーフェクトリンクにより枷を完全に外したマスターが疑似的に神殿の役割を果たす、という推測はそれなりに的を得ているように思えた。

 しかし……。


「高位のカードとなったことで、とは?」


 真スキル自体は、Cランクの門番でも持つことが可能なはずだが……。


「ああ……これはアンゴルモア前に知人に神殿を建てさせてわかったことなんだが、どうやら神属性であってもCランクのカードでは無理なようだ。最低でもBランクは必要のようだな」


 Bランク以上……。ああ、だからパーフェクトリンクで蓮華の枷を外しただけでは真スキル化せず、吉祥天へのランクアップで真スキル化したのか。


「それに、単に神殿を建設しただけでは枷を外すには至らないらしい。真スキルに至るには、殉教者や狂信者と呼ばれるほどの強い信仰心を持った信者がマスターである必要があるらしい」


 信仰心を持ったマスター、か。……そんなもんを抱いた覚えはないんだが。

 蓮華たちのことは家族同様に大切に想っているが、信仰しているかと言えば首を捻るところだ。


「信仰とは……」


 そこで、それまで黙っていたハトホルが突然口を開いた。


「その存在を信じるということ。そこに崇拝や隷属は必要ありません。必要なのは、ただ相手を信じる心」


 相手を信じる……。俺はチラリと傍らの蓮華を見た。

 なるほど、それならば確かに、俺は蓮華を信仰している。


「その信じる心が死を厭わぬほどに強いのであれば、殉教者あるいは狂信者となる……」


 ――――殉教者……か。つくづく惜しい。


 かつてアテナが言った言葉が脳裏に蘇る。

 あれは、そういう意味だったのか……?

 考え込む俺を他所に、砂原さんが話を続ける。


「一応、殉教者や狂信者がマスターではなくとも大量の信者を集めることでも枷は外せるようだ。ウチもハトホルに関しては神殿を作っただけで真スキルが解放されたが、さらに一万人の信者を集めたことで他のカードも真スキルが解放されたからな。殉教者や狂信者は万の信者に匹敵するってことなんだろう。だから、大体、一万人もいれば真スキルが解放されるはずだ。

 他の効果についても、ステータスの強化は百人につき1%くらい、対眷属スキルの耐性も、信者百人につき、一体分の耐性だな。また同時に複数の神を祀る場合、捧げられた信仰の半分くらいが神殿自体にプールされ、それは祀られた神同士で融通できる。……まあ、個々人の信仰の強さにもよるから、あくまで目安ではあるが」


 信仰、なんて名前の割にずいぶんシステマティックなようだ。信仰とは一体……。

 しかし、そういう仕様なら神属性のカードが多いウチとしては助かるか。


「さて、神殿についての話はこの辺で良いだろう。そろそろ本題に入ろうじゃないか」


 話がひと段落着いた感じになったところで、砂原さんが表情を改めて言う。


「北川くんは、どういった用件でわざわざ遠く離れたこの地までやって来たんだ?」


 ついに来たか。

 俺はグッと顎を引き、気を引き締めると言った。


「こちらも単刀直入に言いますと、対帝国の同盟の打診です」

「……やはりか」


 俺の言葉を聞いた砂原さんは、どこか疲れたように小さく嘆息し、ソファーへと身を預けた。


「確かに、帝国には俺も困らされている」


 だが……と砂原さんは、こちらを鋭く見据える。


「君が帝国と戦うのは星母の会から言われたからなんだろうが、君は何故あのカルトに従う」

「それは、話すと長くなりますが……」

「時間はある。聞こうじゃないか」


 俺は頷くと、アンゴルモアが始まってからのことを簡単に話し始めた。

 初日に色々とあって家族や仲間たちと離れ離れとなってしまったこと。家族との合流を目指して旅を続けていたところ、空間の隔離に加え、時間の歪みまで発生したこと。そのタイミングで、星母の会が声を掛けてきたこと。家族との合流のため、星母の会と手を結ぶことにしたこと……。


「なるほど……家族と再会するために、ね。人の弱みに付け込んでとは、実にカルトらしい」


 一通り話を聞き終えた砂原さんは、納得したように頷いた。


「こちらも似たようなものだ。帝国の侵略が始まって少し経った頃に星母の会の方から声をかけられた。帝国の侵略にお困りではありませんか? とな。その際に、奴らのしたことを聞かされたよ。今回のアンゴルモアは、世界を救うために我々がやったことです、とな。……連中、このことを特に隠すつもりは無いらしい」


 なるほど、砂原さんも星母の会の所業については聞かされていたか……。

 通りで、カルトカルトと、砂原さんにしては時折トゲがあると思っていた。

 それにしても、俺の時と良い、砂原さんの時と良い……アイツ等、自分たちのしたことを悪いと思っていないのか?

 ……思っていなさそうだな。むしろ、世界を救うためなのだから誇らしいとすら思っていそうだ。でなきゃ、自分からベラベラと話したりはしないだろう。

 奴らからすれば、俺たち人間が鳥インフルエンザにかかった鶏を大量処分する感覚と同じなんだろうが、それを処分される側が聞いてどう思うか、という有って当然の視点が欠けているように思える。

 ここら辺、やはり人外の存在が運営する組織という感じだ。どこかが、致命的に俺たち人間とはズレている。


「星母の会のやったことを考えれば、手を結ぶことはできない」


 きっぱりと告げる砂原さん。

 ……だよな。まあ、仕方ない。俺だって、砂原さんの立場なら断っている。神殿の話が聞けただけでも収穫だったか。


「……が、君個人となら手を結んでも良い」


 そう俺が諦めかけたその時、砂原さんが言った。

 俺個人となら?


「と、言いますと?」

「真アムリタだよ。使い放題の若返り効果など、永遠の若さが保証されたようなものだからな」


 やはりそうか。

 どうやら、最初にこちらからアムリタの若返り効果を提示したのは間違いじゃなかったようだ。


「互いに真スキルの相互使用協定を結んでおきたい。そちらは、真アムリタを。こちらはこのハトホルの……正確に言えばイシスの真スキルを提供する」


 その言葉に思わずハトホルの方を見る。

 星母の会の資料に霊格再帰覚醒済みとあったが、ハトホルの霊格再帰先はイシスだったか。

 まあ、ハトホルからイシスへの霊格再帰は納得しかない。

 同じホルスの母として、ハトホルがイシスに吸収される形で習合されているからな。

 そして、イシスの最も特徴的に逸話と言えば……。


「ウチのイシスの真スキルは、蘇生。カードはもちろん、人間の蘇生も可能だ。……そちらの若返りとも十分釣り合うと思うが?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る